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勇者の無力化 9

 視界が戻って最初に目に飛び込んで来たのは、今自分が変身している筈の、記憶の限り一番美しい顔。


「あ・・・れ・・・?」


 瞬きをして首を傾げる。


「ん・・・?」


 鏡じゃない。あれ?


「僕の顔でそんな可愛い表情しないで。そこの変態下僕が喜ぶから」

「え? 光⁉」


 見回すと、ここは確かに、しばらく暮らした『時の無い塔』だ。

 斜め後ろにシェードも転がっている。


「転移途中に空間歪めて引っ張るとか何考えてんだ‼ 危ねぇだろっ‼」


 起き上がりながらシェードが叫ぶ。

 あれ? シェードがここに飛ばしたんじゃないのか。


「違ぇよ! 俺はちゃんと人目につかねぇ宿の一室にっ」

「人目につかない宿の一室に、僕の姿のこの娘を連れ込んで、一体どんなイヤラシいコトをするつもりだったのかな?」


 あ、光の威圧だ。久しぶりに見た気がする。やっぱり本家は迫力が違うなぁ。


「コイツの威圧間近で見て何でその反応⁉」


 だって光の威圧って綺麗だし。


「うわっ、しんじらんねぇ。アンタも何アタマ撫でてんだよ! 自分の姿だろうが!」

「相変わらず五月蝿い駄犬だねぇ。で、僕の姿のこの娘に何をする気だったの?」

「ぐ、うぅ」


 シェード、言えないような何かをするつもりだったのか。

 いくら見た目が光でも、中身は私なのに。

 片想い拗らせた童貞って斜め上に暴走するんだ。


「おい、ちょっと待て。なんだ、その感想は」


 シェードが光大好きなのは最初から気付いてたよ。最初から値踏みしたり、光に保護されてる私への嫉妬で情緒不安定だったり迷走してたから。


「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ でも童貞じゃねぇぞーっ‼」


 えぇ、そこ重要なんだ?


「光、シェードって何歳なの?」

「んー、神様的に二十歳くらいかな?」


 あー、若者なのか。だから熱血暴走君なのかな。


「光はシェードの初恋の君なのかな」

「どうだろうね。童貞じゃないって叫んでるし」

「でも、シェードは解ってないと思うけど、どう頑張っても両想いになってもシェードの方が下だよねぇ」

「それに気付かない辺りが、夢見る子供だよねぇ」


 光の姿の私を宿に連れ込みたかったってことは、タチをやりたかったんだろうけどね。

 どう見てもネコだよ。シェード。


「う、嘘だ。俺の方が何か強そうだろ⁉」

「実際に強いのは光の方でしょ?」

「ぐぅっ」


 こんな可愛らしい感じで、こんな怖い男を押し倒す夢見てるとか、本当に馬鹿カワイイな。


「君、犬好きだったっけ?」


 スリ、と頬を撫でて光が言う。どうして威圧もされてるんだろう。

 あ、強制的に変身解除された。


「変身後は着衣仕様にしたよ。二度とこの変態駄犬の前で僕に変身しちゃダメだよ。危険だからね」


 うっそりと微笑む麗容から威圧を感じまくる。

 あぁ、自分と同じ姿の体が合意無しに抱かれてたら複雑だよなぁ。気を付けよう。


「・・・そうだね。気を付けて」


 何、その間。威圧も強められた。


「それじゃあ、今回の任務の結果を確認してみようか」


 ふっと威圧を消して、光が『記憶の鏡』を操作する。


「勇者のその後だよ」


 鏡に映し出されるのは森の奥の古びた頑丈そうな一軒家。

 映像が家の内部に入り込む。


「え?」

「うわ」


 私とシェードが同時に声を上げる。

 家の中には、至れり尽くせりの環境を整えた立派な檻。

 その中には美しい手枷と足枷を嵌めて太い鎖で檻に繋がれたフェルナンド。

 ウットリと彼に給餌する、元勇者サラ。


「でも、二人とも、幸せそう」

「ああ・・・」


 オドオドした様子も、押し込めた卑屈さも、満たされない寂しさも、鏡の中のフェルナンドからは読み取れない。

 安心して満たされた、歓喜の表情。


「勇者の力が無くなったわけじゃないけど、これも一つのハッピーエンドかもしれないね。僕じゃ思いつかなかったよ。勇者に関する任務はこれで終了」


 ポンポン、と頭を撫でられる。

 そういえば、地球にいた頃は頭を撫でられたことなんて無かったな。

 ぽす。


「え?」

「いや、何となく」


 シェードの手が頭に乗っている。


「駄犬の成長を促す為と、君の死にかけた心を生き返らせる為に組んで任務に当たらせたんだけど、思った以上に仲良くなったねぇ」


 あー、そういえば、常に何かを演じてないや。

 いつでも、表に出さない思考ですら、演じている「何か」に頼っていたのに。


「成長。俺、したのか。これでガキ扱いされなくなるのか」

「そうだね。駄犬はもう十分育ったから、次の任務は別の下僕と組ませようかな」

「嫌だ‼」


 え? 何で?


「最後の方すげぇ楽しかったんだよ! お前だって楽しかっただろ⁉」


 うん。楽しかった。


「ほらな! 次も俺にしとけ!」

「光? いい?」

「・・・また、準備期間を置いたらね」


 それにしても、最初に変身のモデルに選んだのが王子様だったなんて、すごい偶然・・・。偶然・・・。


「偶然⁉」

「うん。君の加護、大暴走だったねぇ。偶然王子様をモデルに変身しちゃって、偶然クリストファーを名乗ってる時だったから勘違いして、偶然クリストファーが娼館通いのドSだって噂を聞いて、偶然観察してた勇者に見つかって堕とす羽目になって、まぁ、通常ルートで解決するより随分とハードモードになったと思うけど、得るものも多かったし結果は良かったんじゃない?」


 偶然の神の加護・・・。地球の神様からの唯一の加護・・・。ほんっとにハードだったわ。

 けど、本当に、得たものは多かったな。

 何かを演じて、こんなに充実していたのは初めてだ。

 今回駄犬が成長したように、私もこれから成長していけるかな。


「だからナチュラルに駄犬て呼ぶな⁉」


 準備期間中に体鍛えよう。


「ワンブックの剣術や体術も覚えてみる?」

「覚えたい!」

「じゃあ、またしばらく塔に籠ろうねぇ」


 にっこり。光が笑ったら私の背後でシェードが倒れた。ぷるぷる痙攣してる。

 何やってんだ? コイツ。

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