勇者の無力化 8
さあ、王宮の皆さんが舐め切っているフェルナンド君に怯えてもらおう計画始動だ。
シェードの神眼で描き起こした王宮の地図はバッチリ頭に入っている。
「王族専用門から乗り込むのか?」
「フェルナンド君は王族だし?」
真っ直ぐに、堂々と、視線を逸らさず門兵を見返す。
「止まれ!」
へぇ。いくら人数が多いからって、王子の顔を王族専用門の門兵が知らない筈がないよねぇ?
「それ、僕に言っているの?」
出力百パーは真似できないけど、光仕込みの威圧。レベル0.5で蔑みの視線。
息を飲んで後退る門兵達。
「で? どうするつもり?」
「も、申し訳ございませんでした。どうぞ、お通りください」
困惑を浮かべながらも跪いて頭を垂れる二人の前をシェードと共に過ぎる。
「お待ちください! ここは王族専用門です! その者は向こうに回らせてください!」
うわぁ。想像以上に酷い状況で生きてたんだね、フェルナンド君。門兵でコレなんだ。
「は? 王族が伴う護衛と共に専用門を通れないなんて聞いたことが無いよ?」
「素性の知れぬ護衛を伴う御方はいらっしゃいませんので」
じわりと不快感を滲ませて門兵が嘯く。
有り得ない対応だなぁ。この国、大丈夫なの?
もう少しレベル上げてもショック死なんかしなそうだね。高貴な血をその身に流しているのに気の弱いフェルナンド君を、家臣の身で甚振ることで気持ちよくなっちゃってた図太い変態さんだもんね。
「彼の素性は僕が知っている。それで十分だ」
威圧レベル1で睥睨。
ビクリと固まりカタカタと震え出す門兵達。
「僕は記憶力に自信があってね。今日のことだけじゃなく、今までのことも全部、覚えているよ?」
威圧レベル2で優しげに脅迫。
顔面蒼白で引き攣らせ、歯を鳴らしながら涙を浮かべる門兵達。
「で? 僕と僕の護衛がここを通るのに他に言いたいことはある?」
威圧レベル3の猫なで声。
歯の根が合わず涙も止まらない。言葉を出すことなんて、もう出来ないよねぇ?
「僕が訊いている。答えろ!」
威圧レベル4で怒鳴る。
舌が硬直して動かせない状態なのは知ってるよ。でも、答えないのは不敬だよねぇ。
「殿下、時間の無駄です。行きましょう」
クスリと笑ってシェードが私の手を取る。
「お前が言うなら」
シェードに手を預けて目を細め、必死で私から身を反らそうとする門兵達を威圧レベル5で冷たく見下す。
「無能な門兵は、いらない」
言い捨ててシェードのエスコートで門を抜けた背後で、門兵達がドサリと倒れる音がした。続く細かい振動音は、痙攣でもしているんだろうか。
「おっかねぇなぁ。殿下は」
私の手を引いたまま、ニヤニヤとシェードが進む。
王族専用居住区では近衛兵が絡んでくる。
「曲者! おや、フェルナンド殿下でしたか。これは失礼いたしました」
もう、こいつらどんだけアホなの。
失礼で許される訳ないじゃない。
威圧レベル10の冷ややかな視線。頭も下げずに通り過ぎようとしていた近衛兵の足がその場に縫い止められる。
「僕が曲者に見えたの?」
威圧レベル15の微笑み。近衛兵の足が震え出す。
「あ、その、平民のような服をお召しになって、いらした、もの、で」
「へぇ。この直系王族の指輪も見えなかったんだね」
威圧レベル20で瞳に陰を宿したまま近衛兵に視線を固定し、ゆっくり右手を持ち上げ、中指に嵌めた「本物のフェルナンドの指輪」に唇で触れる。
近衛兵の足の震えは産まれたての子鹿並みに激しくなり、しゃくり上げながら意味の無い音を口から発している。
「そんなに目が悪いのに、よく近衛が務まるね? この先も、続けるつもり?」
威圧レベル25で唇の両端をジワジワと吊り上げるけど、瞳は陰を宿したまま笑わない。
近衛兵が泡を吹いて倒れた。白目を剥いている。
「近衛兵でもレベル25でダウンかぁ。情け無いねぇ」
「いや、普通怖ぇだろ」
「えー? まだ威圧だけで手は出してないんだよ?」
倒れた近衛兵を跨いで先へ進む。
よく分からないけど多分フェルナンド君の兄弟ぽいのとエンカウント。
どの王子だ、こいつ。
「相変わらずナヨナヨと気持ちの悪い。常々お前は抱くより抱かれる側だろうと思っていたが、下賤の男を王宮に引き込むとはな」
チラリとシェードに嫌らしい目を向けて、フェルナンドに蔑みの眼差し。
母親が違っても実の兄弟のことを常々抱かれる側だと思っている方が相当気持ちの悪い奴だと思うよ。
「はっ。あんた、誰?」
威圧レベル30。斜めの角度から軽蔑の眼差しと侮蔑の声音。
腹は立つのに恐怖心で手を上げることは出来ない様子。
「あんまり馬鹿だから、自分の名前も忘れちゃったの?」
威圧レベル35の揶揄。怒りで紅潮した顔が恐怖で青くなることを繰り返し、血管に多大な負担をかけている。全身に震えが走り、喋ることもままならない。
「ほら、名乗ってみなよ。いつもの偉そうな態度でさぁ」
威圧レベル40の誘惑。右手の人差し指を相手の顎にかけて軽く持ち上げ、顔を近付けて目を覗き込む。あぁ、血管、限界だったねぇ。
倒れてピクリとも動かない名無し王子を無感動に見下ろす。
「殺したか?」
「まだ意識不明なだけだよ。明確に殺すとお前、うるさそうだし」
「正当防衛までは止めねぇぞ?」
「生きて反省してキリキリ働いてもらいたいからね〜」
「そうか」
シェードが機嫌良さげに私の頭をクシャリと撫でる。
王の私室、目の前だな。この中年男は誰かな。王族ではないみたいだけど。
「フェルナンド殿下。ここは貴方の来る所ではありません」
いやいや、夜に王族専用居住区にフェルナンドがいるのは何もおかしくないけど、お前は明らかにおかしいからな?
「誰に向かって口をきいている」
威圧レベル45の睨み。落雷に痺れたように硬直する中年男。
そのままこちらに倒れかかって来た中年男の腕を捻り上げる。
「お前はいつから僕に触れるほど偉くなったんだ? 勘違いも大概にしろ」
声の無い悲鳴。痛いよねぇ。痛くしてるもん。一番痛い腕の捻り方。軍隊の理不尽な扱きとかでも用いられるやり方だよ。たっぷり味わえ。意識を手放すまで。
威圧レベルは上げずに維持してるから、恐怖でプッツンすることも出来ずに、声も出せず痛みを与えられ続ける。大丈夫。加減は知ってるから折ったりはしないよ。ただ、ずーっと痛いだけ。
「ふふっ。痛い?」
思わず声に出して笑うと中年男の意識が落ちた。威圧レベルは上げてないのになぁ。
「あの状態で楽しそうに笑われたら恐怖マックスだっつーの」
「こっちは非力な坊やなのにねぇ」
「肉体強化無しで俺の掴みを外す奴が非力な訳ねぇ」
鍛えてはいるけど、アレはコツなんだけどねー。
「どうやってんだ?」
教えなーい。教えたら外されないように掴まれるだろうし。
「チッ」
舌打ちしなーい。ラスボスの部屋に入るよ。
「ああ」
「王様は、レベル何まで耐えられるかな?」
凶暴な視線を交わし合い、シェードが開いた扉を私は威圧レベルを上げつつ潜った。
「こんばんは。陛下?」
威圧レベル55の挨拶。ソファの上の国王と部屋を守る近衛兵が二人、手練に見える執事服の男が一人。一斉に動けなくなっている。
「ねぇ、陛下。僕の母が後宮に召し上げられたのは、僅か十歳の時だったんですよね?」
「だ、誰がお前にそのことを・・・」
あ、フェルナンドは知らなかったのか。隠されていたのか。外聞が悪いことは理解していたのに、それでも幼い女の子を好き勝手に蹂躙したかったのか。
自然に威圧レベルが上がり、殺気も混じる。
「陛下には既に11人も子供がいた。血脈の維持を理由にしていいことではありませんよねぇ?」
限界を超えた近衛兵達が倒れる音がする。
「ねぇ陛下。そんな婚姻は無効だと思いませんか? 思いますよね? ねぇ?」
威圧レベル、70。要求。殺気混じり。
王と執事が酸欠で喘いでいる。
「認められない、許されない、僕の母と陛下の婚姻は無効です。無かったことにしてください。陛下ならできるでしょう?」
「・・・お、まえ、は・・・ど、うする・・・ん、だ」
へぇ。腐ってるけど一国の王だ。執事もぶっ倒れてるのに、王様はまだ人の言葉が喋れるんだ。
「母が解放されれば僕の憂いは無くなります。二度と陛下の御前には現れませんよ」
威圧レベル72、狂気の笑み。
「っ・・・、ち、かう。・・・か、いほう、す・・・る・・・かっ・・・らっ」
続けたい言葉はなんだろう。助けてくれ、かな。消えてくれ、かな。
「二度と、僕の母のような悲しい人を作らないと誓えますね?」
威圧レベル73、慈愛の笑み。
「がっ・・・ぁっ・・・ぐぁつ・・・ひっ・・・」
「誓えますね?」
「ち、かうっ! ち、かうっ、からっ‼」
誓うのと引き換えに何を要求するつもりなんだか。強欲なことだ。
シェード、今から光に変身するから、全裸晒す前にマント羽織らせて。
了解の合図に背中を軽く小突かれた。
「それでは陛下、さようなら」
フェルナンドの姿と声で言い終えると同時に光に変身。
塔で過ごす間、ずっと一緒だったから、見た目だけは完璧に再現。
物凄い早業でシェードがマントを羽織らせたお陰で、超美麗な露出狂の出現は阻止できた。
そして、一気に私が出せる見よう見真似の光の威圧。レベル80の支配。私にはこれが限界。
「お前がフェルナンドの父親か。彼の者の肉体と魂は我が貰い受ける」
光の美貌効果って凄いな。息も絶え絶えで動けない筈の王がソファから転げ落ちて平伏してる。
困ったな。とっとと気絶してくれないと立ち去れないじゃないか。
うーん。どうしよう。殴って気絶させる? でも、それで記憶が飛んだら困るな。締め落とす? いや、触らなきゃ締めれないし、この場面で触るのは変だよな。
「おっ前なぁ、最後の最後で何マヌケなこと考えてるんだよ」
背後からボソリとシェードが呟く。
いや、だって、気絶してくれないと出て行けないじゃない。
「俺に命令すりゃいいだろうがよ。何の為にいると思ってんだ。こき使うんじゃなかったのか?」
もしかして、ここから格好良く消えたりなんて出来る?
「朝飯前だ。バーカ」
黒い影に視界を奪われた。その瞬間、空気の匂いが変わった。




