運ばれる
長い前髪で顔の八割を隠した男が持参した革のボストンバッグを開けて札束を取り出した。
百万の束を十で一山。その山を二つ作り、二割だけ見せた顔の口端を吊り上げる。
「依頼を受けていただけるなら、この事務所には前金一千万と着手金一千万をとりあえずお支払します」
「本物か確かめるぞ」
「どうぞ」
薄暗い雑居ビルの一室。それなりに後ろ暗いところのある所長と私の先輩所員三名が札束を検分する音が聞こえる。
すぐにその音は止み、所長が低い声で口元しか見えない男に問いかけた。
「とりあえずってことは、こっちが納得できるだけの報酬が積み上がるんだろうな?」
「任務に着いていただくのは日本ではありませんし、長期に渡ることが予想されます。着任したそちらのスタッフが生存している限り一年毎に一千万、この事務所の取り分として送金しましょう。成功報酬はこちらの満足度によって、ゼロから一億の間でいかがですか?」
どう予想しようがヤバい臭いしかしない話だが、さほど考える時間も取らず、所長は頷いた。
「指名はそいつだったな?」
所長の指が私を差す。まるで窺えない男の眼がギラリと光ったようで背筋が冷え、私は表情筋を反応させないよう意識しながら口を開いた。
「私の取り分は?」
「任務中の活動費は全てこちらで負担します。加えて様々な支援もいたしますよ。任務完遂の暁には、貴方の欲しいものをご用意いたしましょう」
緩く笑んだ口元から穏やかな声を発しているが、醸し出す雰囲気は物騒この上ない。
これは、どうせ断れない依頼人だろう。
「必要なものは全てそっちで用意するのか?」
「ええ。貴方は身一つでいらしてください」
「出立は?」
「今すぐにでも」
所長に視線を遣るとドアの方ヘ顎をしゃくられた。視線を男に戻して頷く。
「交渉成立ですね」
するりと立ち上がった男に従い事務所のドアを出ると「失礼」と囁かれて目隠しをされた。
そのまま、多分その男に抱え上げられ運ばれる。
こうして私は、『国外ヘ出て私の特殊能力を使い、男の仕事を手伝う』という大層曖昧で胡散臭い依頼を受けることになった。