届いた声
「はい、今日はルーシアの奢りみたいだから、好きなだけ食べなー!」
ミリアが、ルーシア達の注文した料理を器用に両手のお盆に乗せて運んで来た。片方を机に置いて一品ずつ、注文者の前のテーブルに置いていく。
「……二人のは勿論ボクが奢るけど、ボクの分はいつも通りリアが持ってくれるんだよね?」
ルーシアがそう問うと同時に料理を並べ終えたミリアが、片方のお盆を机に置いたままルーシアをラリアットでもするかのように捕まえた。そして、椅子が後方四十度ほど傾くくらい後ろへと押し倒し、顔をルーシアの顔のすぐ横へ近づける。
「あの可愛いピンクっ子誰?」
「……ぼ、ボクの新しい仲間……になるかもしれない子。名前はフレイヤ。リアともこれから会う回数増えるかもしれないから、仲良くしてあげてね」
「当たり前でしょ。私がどれだけ子供の世話をするの、好きだと思ってるの」
「ほごわあああっと!」
椅子の角度をそのまま、ルーシアの支えとなっていた腕が唐突に離れ、バランスを崩しそうになるのをなんとか体重移動で元の体勢へと戻す。
一通りルーシアからフレイヤの情報を聞いたミリアは、机上にあったお盆を持って、「楽しんでねー」と言葉を残して次の注文へと向かった。
ルーシアは額にかいた嫌な冷や汗を袖で拭いながら、恐怖のあまり乱れた呼吸を整える。
ミリア自身も言っていたが、実際ミリアは子供の面倒を見るのは好きだし上手いのだ。学生時代でも、ミリアが学園に訪れた時はルームメイトの三人とも彼女と楽しそうにしていたのをルーシアは見ている。それに、宿にはたまに近所に住んでいる子供がやってきて、ミリアと遊んでいる。恐らくだが、フレイヤとも難なく仲良くなれるだろうという予感はしていた。
「優しそうなお姉さんですね」
「まあね。昔から宿屋で働いてたから、人を相手にするのは慣れてるし、根も優しいから。仲間になったら多分結構関わりも増えるから、仲良くしておきなよ」
「はい! ……これ、美味しいですね!」
「この宿屋のスープは絶品なんだよねー! あたし、長期休暇の時は週に三回は食べに来てたよ! この野菜から取れたスープの味、しっかりとしててちょーうまい!」
チルニアの食レポを聞きながら、ルーシアは苦笑いを浮かべた。毎日のようにスープを口にしていて、慣れてしまったというのもある。ただ、このスープは確かに野菜だけで味を出していて、塩や胡椒などの味付けは一切ないのだ。確かに、このフェルメウス領から海までは少し距離があるし、香辛料はこの周辺では採れないために、大航海時代前のヨーロッパよろしく胡椒などの香辛料はかなりの値段がする。
そのため、日本の味の濃いスープに慣れ親しんでしまっているルーシア──愛斗の舌には、少し物足りなく感じるのだ。そして、母の作ってくれた味噌汁が恋しくもなる。
ただ、チルニア達この世界の平民にとっては、これだけ味のあるスープというだけでかなり豪華なのだ。他領地では、水ですら飲むのが難しいところだってあるのだから。
「この領地も、もっと交易を盛んにしないとね。海岸沿いの領地からの塩や他国からの香辛料の輸入、増やした方が食は豊かになりそうだ。……まあ、今の状態じゃ、それも叶わないか」
「塩とか香辛料とか、難しいこと考えてるね。これだけ美味しいんだから、そんなこと気にしなくても良さそうなのに」
「食事だけじゃないよ。どっかの地方じゃ、魚を塩漬けして一夜干しにしたり、肉に香辛料をつけたりして保存期間を伸ばすなんてことをしているところもある。収納魔法がみんながみんな使えたならいいけど、そうも簡単な話じゃないし、冷凍して保存することも難しい以上、食材を長持ちさせることのできるものはかなり需要が高まる」
「……ホント、いろいろ知ってるんだね。あたしにゃ全然分からないよ」
「食材の長持ち……大事ですね……!」
チルニアは難しそうな話に頭が痛くなったのか、眉間を揉み始め、フレイヤは何か納得したかのように食材の長持ちの大切さに頷いていた。
──この世界には、まだまだ解決すべき問題がいくつもある……でも、一番最初に解決すべき問題は、マリー・アントワネットよろしく……いや、それ以上にタチの悪い豪遊をしているこの国の国王をどうにかしないと
「ほーら、まーたルーシアは難しい顔してる。楽しい食事会なんだから、そういう訳分かんないことは後回しにしよ!」
「う、うん……それもそうだね。今はチルニアの言うことが正しいよ」
「このサラダに掛かった液体、美味しいです!」
「それはドレッシング。この街で採れるもので再現できないかと思って、色々試してるうちにできたんだ。この街原産の香辛料、結構味にクセがあるから苦戦したけど、なんとかそれをアクセントになるように調合したから、美味しいでしょ」
「はい! ちょっとピリッてくるのが癖になります! でも、ちゃんと野菜の味を引き立たせてて、凄いです!」
「その言い方だと、ルーシアが作ったみたいだね。いやー、やっぱルーシアってなんでもできるんだなあ、羨ましいよ!」
「なんでもって訳じゃなけどね」
実は、このドレッシングを宿に提供してお金を貰っていたりもする。ルーシアにとって、冒険者稼業以外の収入源の一つだった。
──この街の香辛料を肉の保存に使えたらいいけど……味のクセが強いから、難しいんだよね。一度学生時代に試したんだけど、時間が経つと食べれるもんじゃないし……
ルーシアも、学園生活の間、何も魔法と剣ばかり鍛えていた訳ではない。時間を見つけては、この街を豊かにするための方法を色々と探っていたのだ。ただ、今のところこれといった方法はまだ見つかっていない。
それと言うのも、この街の近辺は森に囲まれていて、魔物の数も多い。木材には困らないのだが、金属や陶器に使う粘土のようなものは全くと言っていいほど手に入らないのだ。現在ルーシアの目の前にある食器も、木製である。
剣などを使うための金属は他領地から購入しているものであるため、この領地で金属製のものを買うのは、なかなかに値の張ることらしい。ルーシアはその辺の相場はこの街でしか培われていないため、あまり気にしていないが。
「……フイは、こんなに楽しい食事を知りませんでした。いつも、パサパサしたパンと味のない生温いスープばかりで、お腹が満たされることも稀でしたので」
「スラムとかの出なの?」
「それ結構プライバシーの侵害じゃない?」
「あ、そうだね」
「いえ、気にしないでください。フイ、実際にスラムで暮らしてますから」
チルニアの質問に注意をしたはいいが、フレイヤにとってスラム出だということはあまり気にならないらしい。
「フイ、今が凄く楽しいです!」
フレイヤは輝くような笑顔をその幼い顔に見せた。ただ、ルーシアはその思いを素直に受け止めることが出来なかった。何故なら、ルーシアは……愛斗は、これ以上の幸せをいくつも見てきたから。日本という国で、地球という星で、いくつもの幸せを目にしてきた。
だからこそ、今のフレイヤの幸せは小さなものに思えていた。
──でも、それはボクの独り善がりな考えだよな……人の幸せはそれぞれだし、ボクが全てを決めていい訳じゃない……
「……フレイヤ」
「はい?」
「ボクは、君を仲間にする。どんな障壁があっても、ボクが取っ払って必ず仲間にする。そして、君は今の狭い世界から飛び出て、自分にとっての一番の幸せを見つけて欲しい。それこそ……人生をかけた幸せを」
「……フイの、人生をかけた幸せ、ですか?」
「うん。今君が感じている幸せが偽りだとかちっぽけなものだとは言わない……むしろ、食事で幸せを感じることができるのは、本当は凄くいいことなんだ。人生を楽しむことのできる一つの才能だ。でも、毎日の幸せで満足してたら、人生を謳歌するには程遠い……と、ボクは思ってる。フレイヤは、何かを成し遂げるためにボクに仲間にしてほしいと言ってきたんだと思う。その何かを成し遂げて、今以上の幸せを感じてみてほしいんだ」
「今以上の、幸せ、ですか……?」
「ルーシア、また難しいこと言ってるよ。あたしですら理解できなないこと、あたしより歳下の子に言っても分かりゃしないって」
「……フイは、自分が幸せになりたい、って思うことはありませんでした。でも、もう……今、幸せを覚えてしまいました。だから、今以上の幸せ、見てみたいです」
「……嘘、だろ」
チルニアは、自分の理解できなかったことをフレイヤが理解していたことに絶望を感じているが、今は放置しておく。
フレイヤの言葉を聞いて、ルーシアは少しだけ勇気が湧いていた。その勇気は、自分の言葉を誰かが聞いてくれた、自分の声は誰かに届くんだ、という勇気だ。今でも、自分の声の、言葉の力に自信を持てないでいたルーシアだったが、フレイヤが自分の言葉で一つの決心をしたことで、小さいながら自信の火が明かりを灯していた。
「よし! それじゃあ、明日はギルマスとの交渉、頑張らないと! そのためにも、今日はしっかり食べてお風呂で休んで、よく寝よ! せっかくだし、お風呂も入っていかない?」
「いいんですか?」
「全然。むしろウェルカム!」
「あ、あたしも一緒に入りたい!」
「ええ……」
「なんでさー!」
絶望から回復したらしいチルニアが手を挙げて言う。ただ、ルーシアはチルニアとのお風呂は、コートを作る際に色々されたために少しだけ遠慮したかった。しかし、ここで断るとチルニアが派手な私服を無理に着させてきそう、という予感がしたため、ルーシアは少しの間渋って、結局許可を出した。
今回から毎週火曜と金曜の十八時に投稿しようと思います




