ピンクの子のお願い
髪の隙間から上目遣いにルーシアの目を真っ直ぐ見つめるつぶらな瞳に、ルーシアは一瞬不覚にもドキッとしてしまう。虹彩がほんのりとピンクがかった瞳は、真剣そのものだった。
「え、ええと……とりあえず、君は誰?」
「あ、ええと……フイはフレイヤと言います。九歳です。それであの、フイのお願いは……!」
──「フイ」ってのは一人称か。フレイヤを短縮してフイ、と……
思ったよりグイグイ来るフレイヤを見ながら、心の中でそう考えて一時的に現実から目を逸らす。しかし、これは引き下がることもできないだろう。
「えっとぉ、とりあえず中に入って。そこで話聞くから……」
周囲の視線も気になり、ルーシアは妥協点としてそう提案した。ここで追い払うのもこの子が可哀想だし、顔の知れてるルーシアは噂になりやすい、という危惧もあっての判断だ。
フレイヤを連れ立って店内に戻り、チルニアの部屋へと向かう。扉を少し開けてからフレイヤに「ちょっと待ってて」と言い残し、一人で先に入る。
「マジでボクに用があったらしい。お願いがある、って言われたんだけど、この部屋使っていい?」
「おー、あたしの予想ビンゴじゃん! いいよいいよ、好きに使って。必要ならあたしは外に出るから」
「サンクス!」
扉を開けると、目の前にフレイヤが立っている。心配なのか緊張しているのか、左手を右手に包み胸に押し当てていた。
「部屋、使っていいって。中に人いるんだけど、出てもらった方がいいかな?」
「い、いえ。そんな大層な話ではないので、いてくださって構いません……その、失礼します」
ルーシアは、結構しっかりしてる子だなあ、という印象を抱いた。恐らく、日本の高校生の大半よりもしっかりしているとも思った。愛斗、高校行ってないから分からないはずだが。
部屋の中に入り、ルーシアはチルニアが上に壁にもたれかかって座っているベッドの端に腰掛ける。フレイヤはその一メートルほど離れた位置に立ち止まった。
「あー……座る?」
「いえ、立場的に立ったままでお願いします」
「分かった。それで、フレイヤ……ちゃん? は、何をボクに頼みたいの?」
「フイは男です、ちゃん付けはやめてほしいです。……フイ、お金が必要なんです。なので、ルーシアさんのパーティーに入れてもらえませんか!」
フレイヤは実に真剣な眼差しでルーシアを見つめる。部屋の前に立っていた時と同じ状態の手には、プルプルと震えるほど力が篭っていた。
「ルーシアルーシア、冒険者って十歳からじゃないと登録できないはずだよ。この子って何歳なの?」
「九歳……だったっけ?」
「はい、九歳です」
「……冒険者としてパーティー組めないよ?」
「……だね」
冒険者ギルドにパーティー登録という制度があることは、ルーシアも知っている。このパーティー登録を行わないと、複数人でクエストを受けることは不可能なのだ。理由は単純で、パーティーランクというものも冒険者ランクと同様に存在し、これに応じて受けることの可能なクエストを判断するからだ。
複数のパーティーが合同で受ける場合は、その合同パーティーの平均のランク、またはCとDのように隣り合ったパーティー二つが合同で受けるのであれば低いランク、隣り合ったパーティーが複数合同で行うのであればもっもと数の多いランクに合わされる。
しかし、パーティー登録を行うには、パーティーメンバー全員が冒険者登録を行う必要があった。そして、クエストに向かう際に特例である依頼主以外の無登録者を連れて行くことは、安全上禁止されている。
そこまでは学園にいた頃に話を聞いているため、ルーシアも知っていた。
「規則上雇って連れて行くのも無理だな……どうしよう。打つ手なしなんだけど」
「そう言えば聞いてなかったけど、ルーシアの冒険者ランクっていくつ?」
「ボク? ボクのランクはZだよ」
「……何そのランク聞いたことない」
「なんかね、特別な扱いされるっぽい。ほら、ボクって色々とこの世界の人の中では飛び抜けてるでしょ? それでもう、ランクに収めるのは得策じゃないってことで、特別ランクに充てられたの」
「あーね、なるほど理解した。ルーシアの異常さは冒険者間でも存在したか」
「異常って言うなよ」
「……あの、フイのお話、受けてもらえるのでしょうか?」
少し、いやかなり話の論点がズレ始めたところで、フレイヤがそう問うた。ただ、結局まだ解決策の見つかっていないルーシアは、どう答えたものか迷っていた。
「ルーシア、ギルドで特別扱い受けてるんだよね? いい意味で。だったら、ルーシアがお願いすれば特例で冒険者登録させてもらえるんじゃない?」
「……いや、そんなうまい話あるわけが。いくらボクがいじょ……常人よりも優れてるからって、規則を捻じ曲げれるとは思えないよ」
「言い直したね」
「とにかく! ……今日は結論は出せない。君のお願い、ボクとしては受けてもいいんだけど問題がいくつかあるから、それをどうにかしないと。だから、今日のところは話を聞いたってところで終わりにして、明日またギルドで落ち合おう。そこで問題点がなんとかなれば、パーティーを組んでもいいよ」
「わ、分かりました……あの、えと、失礼し──」
フレイヤが退出しようと頭を下げようとした瞬間、当人の腹部辺りからまるで子供のドラゴンが鳴いたようなキューーールという音が部屋に響いた。ただし、ルーシアはドラゴンの子供はおろか、大人の鳴き声も愛斗時代のアニメで見たことしかない。
「トイレなら部屋を出て真っ直ぐ行ったところに……」
「空腹だと思うよ……」
「……お、お腹が空いた音です」
「あ、そっちか」
「普通こっちが先に思い当たると思う」
「いやー、あたし昔からよくお腹壊してたからさ、そっちが先に思い浮かんじゃって!」
パミーから聞いたことがある。チルニアは昔から、気になったものはすぐに食べようとしていたと。虫だったり草だったり。その度にお腹を壊していたそうな。恐らく、その経験から出てきた発想なのだろう。
フレイヤはお腹を押さえて顔を真っ赤にしている。かなり大きい音だったし、恥ずかしいのだろう。ルーシアもその気持ちはよく分かる。何せ、学園時代の授業中、何度も空腹でお腹を鳴らして恥をかいてきたからだ。ついでに、何度も「平民は食い意地が張ってるんだな!」などと言われて怒りも感じていた。
「あー、お金が必要ってことはないんだよね。ボクもこれから夕飯だし、一緒に食べてく?」
「そ、そこまでお世話になるわけには……!」
「ほら、パーティー組むかもしれないんだから、親睦を深めることも兼ねて、さ。どうせならチルニアもどう?」
「お、いいの? ルーシアの宿で食べるの? 久々にあそこのスープ飲みたかったんだー」
「で、でも……」
「いいからいいから。ボクの奢りだし、遠慮しないで」
「よ、余計遠慮しますよ!」
「それもそうか」
その瞬間、再びフレイヤのお腹から大きな音が響いた。
「……ほ、本当にいいのなら……お、お言葉に、甘えさせて、いただきます」
空腹には抗えなかったのか、遂にフレイヤは陥落した。
新キャラの名前はフレイヤです。以後お見知り行きをお願いします。
あと、友達にイラストを描いてもらおうかと思っているので、遠くないうちに載せれるかもしれません。ある程度キャラのイラストが揃ったら、話の区切りごとに提示できるキャラ説明を書いたりすることも考えてます