チルニアの気になること
チルニアが目を覚まして、十日が経った。その回復速度は凄まじく、既に──午前中だけに限定はしているが──店の手伝いも始めている。しばらく顔を見せていなかったから心配されていたようで、店を訪れた客からは毎日のようにお帰りや心配の言葉が掛けられていた。
ルーシアはチルニアの店員復帰以降は午後にのみ店に行くようになっていて、今日も昼食を食べてしばらくしてから店に寄っていた。
「よ」
「お、いらっしゃいルーシア。いやー、いつもいつもすまないねえ」
「そう思うならボクにお礼の一つでもして欲しいかな。できれば、言葉じゃなくてモノとして。そうだな、ボク所持してる服が少ない上にファッションとか分からないから、チルニアでコーデしたボクに似合う私服を無償提供して欲しいかな」
「何着?」
「基本二セットあれば回せるけど、念のため三セット」
「んー……安いので良いならいけるけど……なんなら、あたしがハンドメイドで作っちゃおうか。どうせいつも昼から暇だし。そろそろ指先も動かしておかないと、鈍っちゃってるし。それなら、手作りのプレゼントみたいな感じで、タダであげても問題なさそう?」
「チルニアの手作りか……」
実際、チルニアは今もルーシアが身に着けているコートを作った経歴がある。要望通りな上、素材は言うまでもなく、デザインも素人目で見てもかなりいい線を行っていると思う。少なくとも、ルーシアは気に入っている。
「最高だね」
「お、乗り気だね。じゃあ今日から作っちゃおうかなー!」
「あーでも、あまり派手すぎるのはやめてね……ボク、この街ではそれなりに名前も顔も知られてるから、それ以上目立つと面倒臭いからさ」
「おっけーおっけー、任せんしゃい!」
そう言うと、チルニアは机の上にある裁縫道具を手に取った。それは、ルーシアが店の手伝いをしていた頃に使っていたもので、実際これはチルニアのものなのだ。
そして、針山に突き刺した針を指先で弄りながら、服の構想を練り始めた。
「んー、ルーシアに似合う私服かあ。ルーシアちっちゃいから、可愛い感じかな……でも、清楚な感じも行けそう。性格がちょっとボーイッシュだから、そういった線でも行けそうだな……」
と、口々に呟きながら服装の構造を思い浮かべているのだろう。ルーシアはそれを、うっすらと笑みを浮かべながら眺めた。
「ええと……あたしの顔に何か付いてる?」
照れたような笑みを浮かべながら、チルニアがルーシアに聞いてくる。ぼーっと眺めていたことにその質問で気付いたルーシアは、慌てて理由を考える。
「ああっ! ええとぉ! そ、そう。チルニア、元気になってよかったなあって……うん、そう、それだけ」
「まあねー! って言っても、どれもこれもルーシアのお陰なんだよね。あたしを助けてくれたのも、お世話してくれたのも……ホント、ありがとう。目覚めた時、目の前にルーシアがいてくれて、凄く嬉しかった」
チルニアのあまりに直接的な言葉に、ルーシアは顔を赤くして照れた。
「そう言えばさあ、最近気になってることがあるんだよね」
「気になってること? 何か問題?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。昼から暇だからさ、よく外眺めてるんだよ、ルーシアも知ってると思うけど」
「うん」
ルーシアが同じ部屋にいる時も、チルニアはよく窓から外を眺めていた。ルーシアも、愛斗の意識が覚醒する前からの名残りだろうか、外を眺めるのは楽しいので、一緒にぼーっと眺めることはあった。
「そしたらさ、最近店の前にいつも同じ子がいるんだよ。ピンクの髪をした」
「ぴ、ピンクの髪ぃ?」
──さ、さすが異世界……そんな魔法少女みたいな髪色の人もいるのか……
「あたし聞いたことないんだよね、ピンク髪なんて。染めたにしては、綺麗すぎたし。ルーシアの白髪と同じで、珍しい髪色なのかな?」
「ど、どうだろうね」
なんだ、珍しいのか、と胸を撫で下ろす。そんな髪色が蔓延る世界は、ちょっと想像しかねたからだ。
ただ、チルニアが言うからには本当なのだろう。こんなところでチルニアが嘘をつくとは思えないのだ。
「いつもルーシアが帰った後に来るんだ。店頭商品でも眺めてるのかなって思ってたけど、どうも違うみたいだし……なんていうか、お店から出てくる誰かを待ってる、みたいな」
「……いつも来てるんでしょ? この店の服それなりに価格するし、そんなに毎日同じ客が来るかな……」
「で、あたしが辿り着いた答えは、ルーシアを待ってるってこと。だって、あたしが目を覚ますまでルーシア、最近より一時間とか二時間くらい遅くに帰ってたでしょ? だから、その情報を持ってて、その時間にルーシアを待ってるんじゃないかなーって思ったの」
「……チルニアにしてはなかなかに良い推理だな」
「ふっふーん! ……今あたしにしてはって言った?」
「言ってない。でも、ふむ……じゃあ、今日はもうちょっとゆっくりしてから帰ろうか。チルニアの作業も見たいし、ちょうどいいや」
「あ、あまりジロジロ見られると恥ずかしいかなあ……えへへ……」
ルーシアはその後、敢えて照れさせてやろうとチルニアをじーっと見つめていたが、途中で「それ以上見るなら、超変な服作って無理矢理着させるからね!」と脅されたので、仕方なくジロジロと見るのをやめて、窓の外を見つめることに徹した。
昼間ということもあって、日本のような会社があるわけではない街の通りは、人で賑わっていた。
「冒険者の数、結構いるね」
「この辺は宿が多いからね。ルーシアの泊まってるとこの他にも、何軒かあったはずだよ」
「そうなんだ。そういや、この街のことあまり知らないな……東が商業区、西が住宅区、南が確か農業区で、北が貴族区……だっけ。北東にアルミリアの実家があったよね、確か」
「そうだよ。懐かしいなー、アルミリアさんの家に潜入したの。バレてスッゴイ怒られたけど」
チルニアが楽しそうに、そして怒られたことを思い出したのか苦笑を溢しながら言った。ルーシアも、この前ピクシルに話題に出されたばかりなので記憶に新しい。
「あれはチルニアが全部悪いからね。あんなところでくしゃみするから」
「だってぇ。あそこ植物多くて鼻がムズムズしたんだもん……」
唇をムーっと前に突き出して反論するチルニアに、ルーシアも苦笑を浮かべた顔を向ける。
「まあ、言い出しっぺはボクだしね。サプライズとか今までしたことなかったから、ちょっとしてみたいって思っちゃって……」
前世、家族にサプライズをされたことはあったのだが、微妙な反応を返してしまったのは愛斗の一つの後悔であった。もしかしたら、それを自分の中で決心付けたくて思い付いたのかもしれない。今となっては、学生時代の思い出の一つに落ち着いてしまったが。
「あ、もうこんな時間だ。そろそろ来ると思うよ」
「例のピンクの子か」
裁縫の手を止めたチルニアと少し姿勢を整えたルーシアは、揃って窓から下を覗く。すると、確かにそこにはピンクの髪をした一人の子供が、店の壁にもたれかかって立っていた。
「……あれがチルニアの言ってた子か」
「うん。ほらルーシア、行って来なよ」
「分かった」
チルニアに言われ、ルーシアは部屋から出て階段を降り、店の入り口の扉を開ける。チルニアの部屋はルーシアの今の向きから見て右側にあり、ピンクの子はその真下にいた。だから、ルーシアも店を出る瞬間に右側に視線を向ける。
そして、そこには一人の小さな、ルーシアよりも五センチほど身長の低い子供がいた。
──六、いや八か?
見た目から年齢を推測するが、目を覆い隠すほどの前髪で顔が隠されて、正しく推測ができない。体付きはボロボロの薄い服を着ているが、男とも女とも見て取れない、まるでまだ第二次性徴前の子供のような体型をしていた。
「っ……あ、あのっ!」
ルーシアに気付いた子供は、その長い薄ピンクの髪をフワフワと揺らしながらルーシアに近寄って来た。声変わりはまだ来ていないが、どちらかというと男子寄りの声だろう。しかし、もしこの子を声優が声当てすれば、女性声優が担当するのは確かだ。
「ええと、その……ルーシアさん……ですか? フイ、一つお願いしたいことが……あるんです!」
出ました、ピンクっ子! やがて魔法少女になる者! いえ、そんなわけではないです。
ここからはルーシアとこのピンクっ子を主体として物語が進みます。どうぞ、お楽しみに