再会その2
「はじめちょろちょろ、なかぱっぱ。赤子泣いても、蓋取るなー」
「……どうしてそれをチョイスしたのか、聞いても良いか?」
「愛斗君の記憶に、目覚める時にこれを歌ってるゲームがあったから、私もしてみよーって思ったの」
愛斗は今、見覚えのある場所で目を覚ました。古くから歌い継がれている日本ならではの米の炊き方を記した歌を歌っていたのは、いつもより二センチほど身長の縮んだルーシアだ。
そう、ここは夢の中。一度だけルーシアと邂逅した場所。
どうやら、久々に会うことができたようだ。何というか、前日問題が一つ解決したところなので、幕間のような意味合いがあるのではないか、と勘繰ってしまうのは考えすぎというものだろう。
「何日ぶりだっけ」
「さあ、どうかな。一週間は経った?」
「そのくらいか。さて、せっかくまた会えたんだ、この時間を無駄にしないようにしないとな」
今回は恐らく十日程度の間隔で会うことができた。しかし、次も同じくらいの間隔で会えるとは限らない。ならば、この短い時間を無駄にしないようにしなければならない。
愛斗はルーシアを見つめる。いつも見ている顔なのに、中に入っているのが自分ではないだけでかなり印象が違うような気がしていた。
「今回はかなり不幸な事件だったね。私は愛斗君の記憶を覗いてただけだけど、ずっとハラハラしてたもん。ちょっと、こっちに来て」
ルーシアの言う通りに、愛斗はルーシアの方へと這い寄った。すると、ルーシアはその短い腕で愛斗の頭を己の胸へと引き寄せて、右手で後頭部を上から下へと撫でた。予想外のことをされて、愛斗は一瞬体を強張らせた。
「……あの、何をされていらっしゃって?」
「辛い思いしたと思うから、頭を撫でてるの。……胸があった方がよかった?」
「案ずるな、俺は小さいほうが好きだ……って、そうじゃなくて。これ、構図的に色々問題があると思うんだけど。傍から見ればどう考えても事案だよ」
「大丈夫。ここには私と愛斗君しかいないし、私たち以外は誰も入れないもん。だから、何しても事案じゃないし問題でもないよ」
「ナニできたとしても、僕は何もしないからね……ありがと、もう大丈夫だから」
愛斗はルーシアの肩を掴み、体を離す。額に押し付けられていた柔らかさと肋骨の硬さの感覚を残しながら、愛斗は少ししづらかった呼吸を整える。
乱れた前髪をかき上げて整える。
「もしかして、嫌だった?」
ルーシアが上目遣いに心配そうに尋ねてくる。その——無意識なのかわざとなのか分かりかねる——あざとさに、愛斗は一瞬ドキッとしてしまった。これではまるでロリコンではないか、と自分に言い聞かせる。
「そういうわけじゃないよ。この姿で女子と触れ合うのに慣れてないだけだから」
「そっか。嫌ってわけじゃなかったんだ。それに、私にドキドキしてくれたのって、なんか嬉しいな」
「……そんな言い方されると、男に勘違いされるぞ。まるで僕のことが好きみたいに聞こえたぞ」
「ええと……愛斗君になら、いいかなあ。命の恩人だし、それに、記憶まで共有されちゃってるし……一心同体? って言うんだっけ、こういうの」
確かに、文字通り一心同体ではある。何せ、ルーシアの体に愛斗とルーシアの二つの意識が入っているのだから。
「……十歳の少女に好きだと言われるって、背徳感すごいなあ。いや、好きとは言われてないのか……」
「好きだよ。本当に」
「……そういうとこだよルーシア」
好きと言われたことは何度かあったが、これはレベルが違った。自分のことをほぼ完全に知っている相手から言われるのだ。それはつまり、自分のことをすべて受け入れてくれている、ということになる。
ここまで深い関係になると、いくら取り繕うのがうまい愛斗でも、少し動揺する。ルーシアから目を逸らし、頬を掻く。僅かに心臓の音が煩くなっていた。
「心臓、すごく鳴ってるね」
「あーもう、そういったのも隠せないのか!」
体も共有してる上に、主な意識は愛斗なのだ。バレてもおかしくない。
「愛斗君のろりこーん」
「その煽りはやめてくれ、心に来る……」
「ごめんごめん」
クスクスと笑いながら、ルーシアは謝った。かなり年下の少女にからかわれたことに、愛斗は深い溜息を吐いた。妙に顔が熱くなっていて、右手で扇いで温度を下げようと試みるが、なかなか下がってくれなかった。
「あー、やっぱりこうして誰かとお話するの、楽しいなあ。ずっと寝てるみたいなものだから、つまらないんだ、最近」
「……いつできるか分からないけど、僕でよければいつでも話し相手になるよ」
「愛斗君以外、話し相手になれないもんね」
「そうだな。……っと、意識が薄れてきた。目覚めの時間か」
「もうおしまいかあ。でも、愛斗君をからかえたから、楽しかったよ。また来てね」
「できればからかわないでほしいなあ……じゃあ、また次の機会に」
「ばいばい」
♢
ゆっくりと意識が覚醒する。上体を起こして軽く首を横に振る。
「……さてと、今日もチルニアのところに行くか。昨日よりは元気になってるといいな」
ベッドから降り、棚の中に入っている服を引き出して着替える。剣帯を付けたままのコートを着て、胸の前の留め具をカチッと音を鳴らして留める。
剣帯に直剣と短剣を鞘に入れて取り付ける。
——クエストには行かないし、防具はいいかな
グローブに指を通し、ブレストプレートと腕に取り付ける防具は棚の中にしまう。一度伸びをして、部屋から出る。
食事場所へと向かうと、ミリアが忙しそうに料理を運んでいた。ルーシアも空いている席に座り、今日のメニューを眺める。
「おはよ、シア」
「おはよ。朝っぱらから忙しそうだね」
さっきまでルーシアと日本語で会話していたので、一瞬日本語で言いそうになったが、すぐにこの世界の言語に頭を切り替えてミリアに返答した。
「今日もチルニアちゃんのとこに行くの?」
「うん。まだ何かあるかもしれないからね。オススメ頂戴」
「分かった。じゃ、ゆっくりしていって」
「へーい」
ルーシアは机にうつ伏せになって短く溜息を吐く。
——好きだよ。本当に
夢の中のルーシアの言葉を思い出す。やはり、嬉しかったのだろう。無意識に顔がにやけてしまった。
『何よ、ニヤニヤして気持ち悪い』
——う、うるさいやい!
ピクシルにもからかわれたので、ルーシアはそのことを考えないようにした。
次に新キャラ出すことにしました。お楽しみにー