真相
「あの男が語ったこと、教えてもらえませんか」
ルーシアはギルドの受け付けにて、受付嬢にそう頼んだ。ただ、受付嬢は顔に難色を浮かべている。それはそうだろう。何せ、この国のトップが起こした案件だ、一国民であるルーシアに伝えてよいものか、ギルドの中でも権力は大きくない受付嬢が決めていいものではないのだろうから。
「構わん。こいつは特例だからな」
ギルド長のセルガストが階段から降りて来ながらそう言った。どうやら、声でルーシアが来たことを悟ったらしい。
「俺の部屋に来い。そこで全てを語ろう」
頷いたルーシアは、階段を上がっていくセルガストの後を、受付嬢に礼をしてから追いかけた。
これで入るのは何度目かのギルド長室に入る。調度品は全く変わっておらず、相変わらず派手さはほとんどない部屋だ。
セルガストは部屋の奥にある大きな椅子に腰を下ろす。椅子は見たところかなり古そうだが、座った際に一切の音が立たなかったあたり、やはりセルガストの熟練の体捌きとかなのだろう。
「立っているのもなんだ。座れ」
ルーシアは軽く会釈をして、近くにあるソファーへと腰を下ろす。少し意識してみたものの、座った瞬間に僅かにギギッと音が鳴ったあたり、ルーシアはまだ戦闘に身を置く者としてのレベルは低いのだろう。
「……長々と話すのは好きではない。端的に話すぞ」
「はい。ボクも捕らえる過程である程度の推測は立ててるので、まあそれの確認がしたいだけでもあるので」
「そうか……簡潔に言おう。あの男は、我が国の国王が遣わした者だ。目的は魔法兵器及び魔法兵士の開発、あいつは元より人類における魔法の研究をしていたらしく、抜擢されたそうだ。チルニア嬢含む被害者に施した魔法は、奴と国王の配下にいる魔術師で作ったそうだ」
ルーシアがピクシルからの情報を基に推測したことと、大差なかった。ただ、ルーシアにはもう一つ気になることがあった。
「……ちなみに、チルニア以外の被害者は?」
「現場に向かわせたギルド職員の報告によれば、一人も生存者はいなかったそうだ。うち七人は、剣で首を落とされていた」
「……ボクが、やりました。あのヒョロ男に麻痺させられて、殺されそうになったので……遺族に何て言えば……」
肉屋のおじさんに助けると言ったばかりに、やはり自分の手で殺めたという事実がルーシアに重くのしかかった。
「気にするな。どのみち助からなかったらしいからな。むしろ、お前が苦しみから早く解放してやれた分、マシだったかもな。自分を失う苦しみで死ぬのに比べりゃ」
「でも……」
「んな表情すんな。助けられる人を助けた、お前はその功績だけでいいだろ。助けられない人まで助けようなんて甘い考えじゃ、冒険者は務まらねえよ」
セルガストの言う通りだと、ルーシアも思っている。もしあの人達が命だけは助かったとしても、すでに自我を失くしていた。救いようがなかった。だが、それでもどうにかできなかったのか考えてしまうのは、人間の性なのではなかろうか。少なくともルーシアは──愛斗は、今は救えるなら全てを救いたいと思っている。
だが、タラレバを考えても仕方がないというのは生前からよく言われていたことだ。大事なのは失敗した後、その失敗を活かして反省し、次に同じ失敗をしないこと。そう自分に言い聞かせ、ルーシアは一旦落ち着いた。
「……そうですね。とりあえず、被害者の家族には今回のこと、謝りに行きます」
「その必要はない。ルーシアは冒険者としてやるべきことをやったし、後処理は俺らギルドの仕事だ。お前はまだ目覚めてないチルニア嬢のことをなんとかしろ、今の依頼はそれだ。報酬はないがな」
「ボクがやりたくてやってることなので。……セルガストさんは、今のこの国のことどう思ってるんですか?」
ルーシアが問うと、セルガストは一瞬眉を潜めて視線を周囲に向けた。何かを確認し終えたのか、ルーシアに視線を戻す。その視線は、ルーシアを睨むかのように鋭かった。
「……ここから先は他言無用だ。俺でも首が飛びかねん」
「わ、分かりました」
セルガストの放つ重苦しい雰囲気に気圧され、ルーシアは僅かに体を震わす。十数秒に渡る沈黙の後、セルガストが口を開いた。
「俺の見立てでは、この国は国が滅ぶか国王が死ぬか……どちらかが遠くないうちに起こるだろう。そして、国王が死ぬのは国民によって、だろうな。この領地以外のところ、どうなっているか知っているか?」
「実際に見たわけじゃないですけど、アルミリアから話くらいは聞いたことが。国と領主が課した税金で生活費の大半を持っていかれ、餓死寸前の生活をしながらなんとか命を繋ぎ留めているというふうに」
この話をしていた時のアルミリアは、実に苦しそうな表情をしていた。ルーシアは愛斗時代にテレビを通して、アフリカなどの貧困地の生活を何度も見てきているが、それでもやはり、心が痛んでしまうものだ。それこそ、すべての人を救う、などと心に誓った今では、その痛みは以前よりも大きくなっている。
「その通りだ。俺は冒険者として活動している頃、ほかの領地や国を見て回っているから、実際にそれを目で見ている。このフェルメウス領はまだマシな方だぞ、税金が少ないからな。それでもスラム街はある、もちろん飢死寸前の奴らもな。このギルドで依頼を受ける冒険者の中にも、そこ出身の奴も今まさにそこで暮らしている奴だっている。見たいなら一度行ってみるといい、商業区から少し南に行ったところにある。お前は女だからな、多分大丈夫だと思うが、行くなら気を付けろ」
「分かりました。……もし、ボクが国王を殺すと言ったら……セルガストさんは、ボクのこと、見限りますか?」
「どうだろうな。成功の見込みがあるなら、こっそりと援助くらいはしてやらなくもないかもしれない。ただ、ギルドには魔物から市民を守るという存在義務があるからな。……いや、少し違ったな。ギルド創設者の言い残した言葉にゃ、生命の危機を脅かす存在から人々を守る、だったか……捉えようによっちゃ、国王も枠内かもな」
「いや、ギルドは必要な組織ですから、存続の危機になるくらいならボク一人でやります。では、ボクはチルニアの様子見に行くのでこれで」
「ああ。……一つ忠告だ。国に手を出すなら騎士団長には気を付けろ。他は雑魚ばかりだが、あいつだけはお前でも敵うか分からん」
「やるのが何年後かも分からないので、一応心に留めておきます。忠告、痛み入ります」
ルーシアはそう言い残して、ギルド長室から発った。
ギルドを出てチルニアの家に向かう途中、ピクシルがルーシアに話しかけてきた。
『あんた、国に手を出すつもり?』
「こんな政策をやるような国、放っておくわけにはいかないからね……でも、まだ完全に魔力を使いこなせたわけじゃないし、ここでやりたいこともやらなきゃなんないことも沢山あるから、それが終わってから。それに、ボクより強いかもしれない相手がいるんだ。もっと特訓してから行った方がいいような気もする」
『そうね。その騎士団長が国王派だったら、あんたと敵対してもおかしくないし』
「だね。さてと! 今日くらいにはチルニア、目覚めてくれないかなあ。はやくあのバカ元気な姿見たいよ」
ルーシアは学園時代のいつものチルニアの姿を思い浮かべて、その顔を綻ばせた。
いつぶりだよって感じの更新です。
今「夢の中の自由譚」通称「ユメジユ」を主に書いてて(こっちも投稿頻度よくないけど)、最近ではこのハイ転は書くのやめようかな、と思ってました。でも、ツイッターでこれ待ってるとフォロワーに言われたので……まあ、ちまちまですが投稿続けようと思います。シリアスばかり続きますが。
以降もよろしくお願いします