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コート購入

 翌朝。ボクは珍しく九時近くまで眠っていた。寝たのは大体十一時だったため、およそ十時間は寝ている。そして、今日もルーシアと夢の中で会うことはなかった。


「……会うための条件でもあるのかな。強敵と戦ったとか、気絶していたとか……」


 などと考えてみるが、前例が一度しかないのではそんな見解をつけれようはずもなかった。ルーシアはまた明日ね、と言っていたが、それから既に数日が過ぎている。どうやら、彼女主導で会える、というわけでもなさそうだ。


『今日は随分とゆっくり寝たものね』


「うん。昨日の夜ちょっと頭痛かったから、多分最近色々考え込むせいで疲れてたんだろうね」


 前世ではこんなことほとんどなかったのだが、やはり長考にまだ慣れ切っていないルーシアの脳は、「前世の僕」の脳と比べて疲れが溜まるのも早いのかもしれない。もしくは、眠っている少女のルーシアも思考している分、二倍近く疲れが溜まるという可能性もあるだろう。


 一度伸びをして、ベッドから降りる。今日はそこまで汗もかいておらず、着替えもしやすかった。コートは流石に暑いので今日は着ないで、朝食をとってボクはチルニアの店へと向かった。


 一応二本の剣は持ってきている。短剣の剣帯は借り物であるが、装備のためにはもう少し調節をする必要があるため、今日コートと剣帯を買ったとしてももうしばらく借りることになりそうだった。


 店に到着して、既に開いていることを確認したボクは入り口の扉を開ける。


「いらっしゃいませー。お、来たな小娘」


「ボクと歳変わらないだろ。あと、その呼び方は武器屋のおっちゃんを思い浮かべちゃうからやめてくれ」


「へーい。よし、とりあえずコートと剣帯持ってくる」


 カウンターに座っていたチルニアは、奥にいるらしい母親に交代してーと呼び掛けて奥へと姿を消した。この建物は二階建てになっており、一階は商業スペース、二階が住居兼作業場となっているらしい。チルニアの呼び掛けの一分後、チルニアとよく似た顔立ちの女性が姿を見せた。


「いらっしゃい。娘がいつも世話になってるわね」


「かなり世話しましたね、チルニアは」


「そうでしょうねえ。あの子、おっちょこちょいだしすぐ直感で行動しちゃうから、パミーちゃんにも昔から迷惑ばかりかけてて」


「パミーは面倒見がいいし、相性もピッタリですけどね、あの二人は」


 見た目はチルニアが十年歳をとったような見た目だが、性格はかなり温厚な感じがした。どちらかというとパミーに似ているかもしれない。


 チルニアの母親にチルニアの小さい頃の話を聞かせてもらっていると、ドタドタと音を立ててチルニアが売り場へと戻ってきた。


「ルーシア、あたしの部屋に来て」


「どうぞ」


 チルニアの母親が連携でもしたかのようなタイミングで、カウンターへの入り口の扉を開いてくれた。ボクは「失礼します」と一言断ってから、カウンターを通って階段を登り、チルニアの部屋へと向かった。


 チルニアの部屋は二階の一番奥にあり、扉にはこの世界の文字で「チルニア」と示されていた。服屋らしく、布でこのプレートを作っている。


「入って入って、軽く片付けはしたから気にせずに」


「お邪魔します」


 チルニアの部屋は落ち着いているようで、どことなく明るさを感じた。右手の窓際にはベッド、左手には机と椅子がある。入り口の左手すぐにはクローゼットのようなものもある。カーテンや毛布のような色を使うものがないため、殺風景な雰囲気になりそうなものだが、淡い色合いの木材を使っているためにこの世界の部屋としては、女の子らしさが垣間見える感じがした。


「これがご注文の品だよ」


 件のコートはベッドの上に広げられていた。窓からの光に反射する黒の革は、なかなかに上質なもののように思える。


「エクスリザードの皮を使ってるから、強度や耐火性には優れてるよ」


 エクスリザードはボクはまだ戦ったことはないが、山岳地帯に生息するレックス種の一種だと授業で聞いた。リザードと言えば二足歩行で鎧を着て、槍や剣で冒険者と戦うリザードマンのイメージが強いが、この世界のリザードはそんな人間味はなく、トカゲだ。四足歩行で歩くのが基本で、身体のサイズでトカゲかリザードかの呼び方が決まるらしい。


 エクスリザードの特徴はその上質な表皮で、鱗に覆われているその下には金属もかくやと言うほどの硬さを誇る表皮がある。鱗も素材として使われるが、表皮はこのコートのように革装備として人気がある。ただ、それだけ素材としてのランクが高い上、エクスリザード自体見かけることが少ないためにかなり高額なのだ。


 コートに触れてみると、ツルツルと滑らかな手触りで、革製品の割に柔らかく、腕を通してみるが肘を曲げる時に日本で着たことのある革コートに比べて、抵抗が少ない。


「おお、これは動きやすい。高かったんじゃない?」


「まあねえ。でも、その分ルーシアにはお金を叩いてもらうから、いいんだけど」


 勿論、人件費などがかかっているため、この皮を買った値段よりはボクが買うコートとしての値段の方が高いだろう。さらに、今の地球と比べてミシンなどがないため、作業にかかる手間が違う。その分人件費はかなり掛かる。


「そっか、あの時の金貨が大量にあったからこんなのが買えたんだ」


「ま、それもあるね。でも、ルーシアももうすぐ大金入ってくるんじゃない? 時期的にそろそろでしょ?」


「そうだね。どのくらい入るかは分からないけど」


 大金、というのは、トレントの討伐報酬だ。ボクは最も討伐に貢献したとして、恐らくかなりの金額が貰えるだろう、と多くの人が考えているらしい。ボクもその一人ではあるが、勿論世の中何があるか分からない。ただ、これで何かあればギルドの信頼度が大きく低下するため、多分何もないだろうが。


「じゃあ、その直剣の方だけでも先に付けておく?」


「そうしよっか。短剣の方は時間かかりそう?」


「補強用の糸がなくなっちゃったから。今日の夕方に買いに行くつもり」


「分かった」


「はい、剣帯着けてね」


 少し笑いを堪えてるように見えるが、見なかったことに今日もしておく。仏の顔も三度まで、というのもあり、今回の三度目までは我慢することにした。


 昨日なんだかんだありながらも背中で握手をすることに成功したが、また同じ恥をかくのも嫌だし、それこそあれは肘とか色々痛くなるので、昨日の反省通り先に袈裟懸けの剣帯の剣先を前に垂らしておく。


 昨日と同じ容量で装着したボクは、恐らく昨日と同じことにならなくて面白くなーい、とでも思っていそうなつまらなさそうな顔をしたチルニアへと向く。


「それで、どの辺りに付ける? 角度は?」


「位置は少し下の方がいいかな。ボク腕短いから、上すぎると抜きにくいし。角度はそのまま剣帯に真横に付けていいと思うよ。元々斜めになってるし、重さでまた傾くだろうから」


「ふむふむ。ちょっと構えてみて」


 チルニアに言われた通り、ボクは剣を背中側に持っていき、抜きやすいであろう位置で止める。


「よし、印つけたから外していいよ。すぐに付けるから、待っててね」


 剣帯を外してチルニアに渡すと、チルニアはすぐに作業に取り掛かった。剣帯もエクスリザードほどではないにせよ、それなりに硬い素材を扱っているのに、それも気にせずにささっと縫っていく様は手慣れている感じがすごくした。


 やることもなく、ボクはチルニアが鞘を通すところを取り付ける様子を何となしに眺めていた。その最中、チルニアの左手の人差し指に白くなった傷が出来ているのに気付いた。しかもよく見てみると、手の至る所に傷痕があった。


 ──チルニアの魔法なら、このくらいの傷は簡単に治せるはず……もしかして、魔力がなくなるくらい何度も修復しながらやってたのかな……


 チルニアの顔は真剣ながらも楽しそうだ。強い人と戦っている時のボクも、きっとあんな表情をしているのだろう。辛くて、痛くて……でも、楽しい。楽しいから、どんなに嫌なことがあっても続けられる。多分、チルニアもそんな気持ちでやっているのだろう。きっと、無意識に。


「よし、出来た!」


 五分程でチルニアは作業を終えた。しっかりと固定された定革は鞘の幅とピッタリで、もう一度装備して剣を抜いてみると、まさに抜きやすいところにピッタリだった。


「おお、完璧だ」


「コートと合わせてみてよ」


「分かった」


 コートに空いている横一文字の穴に剣帯を通し、コートを着て剣帯ももう手慣れた手順で装備する。一箇所だけあるコートの前の留め具を留めて、剣を剣帯に挿せば、これで完成だ。


「おお、いいじゃん!」


「お気に召しましたか、お客様?」


「うむ、良いお手前じゃ」


「それならよかった」


 よく分からん演劇も交えながらも、ボクはそのコートの出来に少し驚いていた。最近は装備も魔法で修復することが多いが、以前学園時代はチルニアに直してもらうことが多かった。だから、チルニアの腕を疑っていたわけではないのだが、ここまでの出来になるとは想像もしていなかったのだ。


「そうだ、フードは?」


「あるよー、ここ……に…………あれ、あたしこんなの付けたっけ?」


「……どかした?」


 チルニアがフードを眺めて少しフリーズしてしまった。何か予想外のことが起きたのだろうかと思って少し覗いてみたのだが、


「ま、まあ一応付けてみて!」


 強引に押し付けられ、ボクは勢いのままにコートの襟にあるボタン穴にフードのボタンを通し、髪を束ねて団子にしてフードを被った。


 恐らく、マンガやアニメならばこんな効果音が流れることだろう。ニャーン、と。


「これは……猫耳」


 フードには、綿でも詰められているのか、自立した猫耳がついていた。重さはほとんど感じないのだが、どことなくそれが異様な存在感を醸し出している。


「え、ええと……深夜のノリでつけちゃったのかなあ……アハハ……か、可愛いよ!」


「ふむ……」


 ──猫耳。確かに前世では一つのジャンルとして確立していた。ただ、この世界ではどう見られるのかはボクには分からない


 少し考えてみて、一つの結論に至った。


「は、外した方がいいよねえ、あはは……」


 チルニアがフードを取ろうとして手を伸ばしたのを、ボクは手で遮った。


「いや、この世界の獣人がどういう立場なのか知らないけど、フードを被るのはボクがルーシアだってことを偽るため。だから、種族という根底のところから偽れるこれの方がいいんじゃないかな」


「え、そ、そう……?」


「うん。ボク、結構猫耳好きだし」


「そ、そっか! じゃ、じゃあそのままでも……いいかな! うん!」


「いくらくらい?」


「ええと、素材が金貨八十枚だから……金貨八十五枚かな」


 チルニアが値段を決めて良いのかは分からなかったが、どうやらこれを作ったのはチルニアなため、母親から既に値段を決める権利をもらっていたらしい。


「八十五……っと。多分、これで充分かな」


 収納魔法にしまってある麻袋から金貨を取り出す。ベッドの上に置いて枚数を数えてから、両手から溢れそう、というより実際五枚ほど手から溢しながらチルニアに手渡す。


「はい、毎度あり。にしても、よくこんなに持ち歩いてるね? 盗まれる可能性とかないの?」


「……むしろ宿に置いてる方が怖いよ? 収納魔法ならボクが取り出さない限りは外に出ないし、安全だから。あと、ボク魔力切れないし」


「あー、そうだった……ルーシアの手元以上に安全な場所はなかったよ、そう言えば」


「傭兵が必要なら呼びたまえ。適正価格で働いてやるぜ?」


「お友達割は?」


「んなものはない! 仕事は仕事だからな!」


「えー、けちー」


 ボクがふっはっはっと高笑いをするのを、チルニアもあははと笑いながら眺める。


 笑い疲れて少し落ち着くと、チルニアがそう言えばと話を切り出した。


「ルーシア、丸くなった?」


「えー、そうかな。そんなに変わってないと思うけど」


「んー……気のせいだと思うけどさ。なんかこう、ふっくらしたような気がする」


「いやいや、卒業からそんなに経ってないし、そこまですぐ変わることはないでしょー」


「そうかなあー」


「……ちなみに、何が丸くなったって?」


 そこで、何かを察したボクがチルニアに聞くと、チルニアが「そりゃあ……」とその質問に答える。


「顔」


「……嘘」


 ボクは両手で顔を挟んでムニムニと揉んだり、頬を引っ張ってみる。


「……太ったかな?」


「……多分? 逆に、ルーシアは何が丸くなったって思ったの?」


「いや、性格かなー、と……」


 ボクがぶつぶつと太った理由を考察している中、チルニアは「性格が丸くなる……どういう意味だ?」と腕を組んで考え込んだ。後に聞いたところ、この世界には性格が丸くなる、という表現はないため、チルニアはボクの勘違いを理解できなかったらしい。


「……何か日常生活の中でダイエットできるもの、ない?」


「うちにはないけど、パミーのところはどうかな? あそこなら、何かあるかも」


「パミーのところ……細工屋か。確かに、何かありそうかも……うん。近いうちに行ってみる。じゃあ、コートと剣帯、ありがと」

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