短剣の真相
「さて。とりあえずこの剣の効果を推察していくか」
『そうね。事件の真相を解明するにはまだ時間もかかるし、証拠も足りてない。無駄に労力を費やすよりも、その方がまだ戦い方に幅が出来ていいと思うわ』
ピクシルの発言に同調するべく頷きながら、ルーシアは腰に吊り下げている鞘から短剣を抜き取る。純白の刃がキラリと光を反射して輝く様は、どことなく大理石のような印象をもたらすのだが、勿論素材は元々鉄などの刀に用いるものなので、大理石ではない。
「じゃあ、試しにやってみるよ」
ルーシアは左手に短剣を持ち、右手はそのまま、左手は短剣を通して水球を創り出す。流石に室内なので火属性の魔法は遠慮しておいた。
出来上がった水球は、右手のものより左手の剣先に出来上がったものの方が二倍近く大きく、ピクシルも興味ありげにその様子に見入っていた。
『……確かに、注がれてる魔力はどっちも同じみたいね。あんたから流れてる魔力は、左右には差がないわ』
「じゃあ、これの原理はどうなってるか分からない?」
『バカ言わないで。これでも私は魔力が存在の素の妖精よ? 魔力関係で私に分からないことなんて、ほとんどないわ』
「一応あるんだ……」
『見てなさいよ。今から私もあんたと同じように、水球を創るから。そこに流れ込んでる魔力の量をしっかり見ておくこと』
「了解」
ルーシアは創り出した水を開けてある窓から外へと捨て、ピクシルへと視線を向けた。そして、ピクシルはルーシアの右手に創り出した水と同等のかさの水球を創り出す。直径はおよそ二センチなため、中学で習うであろう「身の上に心配あるの参上」の公式に代入すれば、三分の四パイ立方センチメートル、すなわち三分の四ミリリットルだ。
『覚えた?』
「うん」
ピクシルの流れ込ませている魔力量を覚えたと伝えると、ピクシルは頷いて水を魔力へと還元させた。ルーシアも練習しているのだが、未だに魔力への還元は上手くいった試しが数度しかないため、今のところはさっきのように捨てるしかない。
『じゃあ、その剣貸して』
一瞬脱力したように見えたので、恐らく実体のピクシルへと移行したのだろう。魔法を介させるのにそれを魔法で空中に維持していては、元も子もないからだ。
ルーシアはピクシルへと短剣を渡すと、ピクシルはそれを受け取り「思ったより重いわね……」と呟きながら、その小さな両手で短剣を持った。
すると、短剣の先から水球が現れる。その大きさは先程ピクシルが創り出した水球と同じ、直径二センチで──流す魔力の量は、先程と変わらなかった。
「あ、あれ? 変わってない……?」
『つまり、この剣は魔法を二倍にするんじゃなくて、あんたの魔法を二倍にするってことよ』
水を消滅させ剣をルーシアに返しながらピクシルが言う。そして、それはつまり──
「ボク限定ボク専用の……チート武器」
『まあ、そう言うこと。その武器はあんたの魔法に反応する、というよりもあんたの魔法を包む膜に反応しているんだと思うわ』
「膜に? 膜って、使用者ごとに違うの?」
『ええ、違うわよ。人間の言う指紋とかと同じような感じかしら。使用者ごとに違うから、互いの魔法は干渉しないのよ、魔力振動以外では』
「へえ、初耳」
『私が見たところだけど、この剣はあんたの魔力膜に反応して、周囲の魔力を取り込んで威力を増しているようね。あんたが魔法を使う際、魔力がこの剣に取り込まれるのが見れたわ。後は……この剣に制限があるかどうか、ね』
「だね」
流石にゲームのように一日の使用回数制限などはないだろう。この世界は非現実のようだが、少なくともルーシアにとっては現実だ。そんなデータのようなことが起きるとは思えない。
「制限か……使う魔法に関しては問題がなかった。使用回数に関してはまだ何も言えないし……ピンチにならないと使えない、とかもなさそうだな。と、なると……何もないんじゃね?」
『私の予想だと、その剣は一定量を超えた魔力を注ぎ込むと壊れると思うわよ。もう一回、その剣を通して魔法使ってみて』
「分かった」
ルーシアは左手に持っていたままだった剣先に、もう一度水球を創り出す。
『その赤い紋様を見て。光ってるでしょう? 多分、通す魔力量を増やすと、その光が強くなるわよ』
「ふむ……ほ!」
魔力量を倍にしてみると、ピクシルの言う通り刀身の赤い紋様が赤く光りだした。スーパーにある仮面◯イダーやなんちゃらジャーシリーズの武器のような感じがするが、勿論これはあんなおもちゃとは違う。
「なるほど確かに。つまり、あまりやり過ぎるとこの剣は使えなくなるってことでいい?」
『ええ。限界がどのくらいかは分からないけど、無理な使い方はしない方がいいってことね。でも、それ以外で欠点はなさそう』
「マジでこれ使ってたら誰にも負けなくね……? これだったらワンチャン、《天獄炎龍》であのトレント焼けたんじゃ……」
『でも、気を付けた方がいいわよ。他の人間はその武器があんた以外に効果を示さないって知らないから、その武器で魔法を使いすぎてると狙われる可能性がある。それに、その武器は剣としても有能だから、盗まれたら悪用されるわよ』
実体で飛び続けるのに疲れたのか、ピクシルが再び魔力の姿へと戻ってベッドの端にちょこんと座った。
「ま、確かにね。有事以外には使わないようにしようかな。火力の加減とかもするのめんどくさそうだし。そのうち大事な時に使うかもしれないから、それまでは普通の剣として使うよ」
『そうしなさい。で、その水も外に捨てるの?』
「あー、うん。そうだね。よっと」
「うぴゃあ!」
「……え?」
唐突に聞こえてきた悲鳴にルーシアは苦笑いを浮かべて動きを停止した。ただ、声的にはミリアではなく、この宿の人の可能性も低く……だが、聞き覚えのある声ではあった。
「もー、何これ……急に水出てきた……てか、ここルーシアの部屋の前だよね。やいルーシア! 何してくれるのさ!」
「……この声はチルニアだな」
『知らなーい』
「あ、おい!」
ルーシアの部屋は宿の端にある。そして、その端の部屋というのが塀を越すとすぐ道であり、今回ルーシアは水を捨てる場所を遠くしすぎたようで……塀を越えた水が、何故かそこにいたチルニアに掛かったようだった。
「……どんな制裁が来るのかな」
チルニアは根に持つタイプではないのだが、大抵のことはその場で解決する──つまり、その場で制裁を与えるか寛大な心で許すかを決める。しかも仲のいいルーシアには大抵制裁を加えてくるので、この後何をされるのかルーシアは恐怖に少し体を震わせた。
そして三分後。ミリアにびしょ濡れのチルニアから呼び出されたと呼び出しをくらったので、怯えながらもチルニアの下へと向かった。
「……コートが出来たから剣帯の調節に呼びに来たのに、これは流石のあたしも怒るよ?」
「ごめんなさい注意不足でした!」
「じゃあ罰として、久々に一緒にお風呂に入ってもらおうかな?」
「……はい」
──この後、めちゃくちゃにされた。何をされたかは、ボクの口からは言えない
何をされたのか。それは、あなたの想像次第です……