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モヤモヤ

 ピクシルと合流したルーシアは、ギルドにクエスト完了の報告をするべく街の中を歩いていた。


『あんた、どれだけ強い魔法放ってるのよ。レックスボアくらい何ともなく倒せるでしょうに』


「いやあ、実はね。この短剣の効果が分かって、それを使ってたんだよ」


 ルーシアが短剣を叩きながら言うと、ピクシルは考える素振りすら見せず返答した。


『へえ……まあ、何となく察しが付いたわ』


「流石ピクシル、ボクと一緒にいる期間が長い分その辺の理解も早くて助かるよ」


『全くよ……それで、詳しい効果は何なの?』


 ピクシルが恐らく確認でルーシアに聞いてくる。ピクシルの姿は周囲には見えていないため、今のルーシアは一人で会話をしているおかしな人に見えているのだが、ルーシアはそんなこと気にしていない。


「この短剣を通すと、もれなく魔法の威力がおよそ倍になります」


『だと思った……でも、そんな都合がいいわけじゃないんじゃない? 何か制限があるとか、使えない魔法があるとか……』


「いや、一通り魔法は試してみたけど全属性使えたよ。痛いのは嫌だから回復魔法までは試してないけど」


『……あんた、その剣使ってれば敵なしじゃない』


「ほんとそれな。と言っても、ボクもあまりこれを使う気はないんだよなあ……威力が強すぎて周囲に被害が出るかもしれないし、そもそもは攻撃パターンの切り替えやサブウェポンとして使うつもりで作ってもらった短剣だし。それに、まだ制約とかがあるかもしれないから、しばらくは使いながらその辺りを見ていこうと思う」


『それがいいと思うわ。私も、七千年近く生きてきてこんな武器は見たことがないし……書物で見たっていうのも嘘でしょう? その前に呟いてたげぇむとか言うのが関係してくるんでしょうけど』


「お見通しかあ……まあ、それはそれとして……そっちはどうだったの?」


 ピクシルは魔力の体で首を横に振った。勿論、全滅の意味を示していることくらいルーシアには分かる。


『あと、どこも警団の捜査後だったわよ』


「そっか。ありがと」


 しかし、これで振り出しに戻った……いや、実際のことを言えば邪魔な思考が排除された分進展した、と言ってもいいかもしれない。だが、どのみち犯人の足取りを掴めたわけではなかった。


「となると、もう思い当たる場所はないんだよな……」


『そうね。なんなら街全体に魔力振動を起こせば一瞬で見つかるでしょうけど』


「それならもう試したよ。でも、残念だけど収穫はなかった」


『そうなの?』


「うん……」


 ルーシアが少し後味の悪そうな言い方をしたのを、ピクシルは見逃さなかった。


『何か、気になることでも?』


「……ううん、何でもない。ちょっと、引っかかったことがあっただけだよ。それも上手く思い出せないから、気になっただけ」


『そう』


 ギルドに着いたため、ルーシアはピクシルとの会話を中断して中へと入った。


 瞬間的に視線が集まるのも慣れてきて、ルーシアは周囲を見渡すこともなく受付へと歩いていく。いつもの赤みがかった茶髪の受付嬢の前へと行き、冒険者の証を提出する。


「クエストお疲れ様です。それで……もう一つの方は、どうですか?」


 クエスト完了の処理をしながら、受付嬢が聞いてくる。勿論、もう一つのクエストというのは行方不明事件のことだ。


「まだ、これといった情報は。一つ聞きたいんですけど、警団はこの街をくまなく捜索したんですか?」


「はい。そのように聞いています。それでも見つからないから、こうしてギルドの方まで依頼してきていますので」


「……どこか、見落としているところがあるってことか。一体どこに……」


 前世から引き継いでいる考えている時の癖、右手を顎に添えて左手で右肘を支えながら、ルーシアはこの街の地図を頭の中で展開する。


 この街はほぼ円形の外壁で囲まれていて、門はそれぞれ東西南北に一つずつ存在する。南に農業区、東に商業区、西と北は主に住宅や宿が立地していて北北東の外壁近くに、アルミリアの実家であるフェルメウス侯爵家の邸宅がある。その中に空き家やあまり知られていない地下室が存在する場所は、今日ピクシルに全て回ってもらったし、どこも外れであった。


 次に、ルーシアの中にある記憶を遡ってみる。もしかしたら、記憶の中にヒントがあるかもしれなかった。


 愛斗が目覚める前、ルーシアという名の少女としてこの街で過ごした三年間。その中にはヒントになりそうなものはなかった。


 次に、愛斗が目覚めてから過ごした学園での三年間。この中にはいくつもの事件や思い出がありその中にヒントが……


「……なんだろう、この、モヤモヤは……」


『また?』


 思い出そうとしても思い出せない。僅かな空白が、ルーシアの記憶の中にあった。第二次学年の集団戦闘を行う前の日。


「……あの日、ボクは……アニルドと何の話をして、誰と戦ったんだ?」


『……何の話をしてるのよ。あの日は、アニルドに特訓をつけてくれって頼まれて、アニルドと勝負したんじゃ──』


「……違う。ボクはあの日、集団戦のヒントをその戦いから感じて……なんで思い出せないんだよ…………ボクは、今何を思い出そうとしてた……?」


『何言って……何、思い出そうとしてたのかしら』


 掴めそうなところで、姿をくらまされた感覚だった。一瞬魔力の流れを感じたような気もしたが、周囲を見渡しても魔法を使った人はいなさそうだった。そもそも、記憶な改竄かいざんなど魔法で簡単にできるものではない。


「あの、大丈夫ですか?」


「あ、はい。大丈夫です」


 相当難しい顔をしていたのか、少し痛みを感じる眉間を揉んでルーシアはギルドを出た。もう既に、何かを思い出そうとしてもその何かすら分からなくなっていた。


「なんだったんだろ、さっきの……」


『魔法が感じ取れたけど、誰が使ったのかも分からないわね……』


「いや、そもそもピクシルって忘れないんじゃなかったの? なんで忘れてるのさ」


『……そういえば、なんでかしらね。私自身、不思議でならないわ』


 二人……いや、一人と一精で首を傾げながら宿へと向かった。



「全く……油断ならん娘ですね。もう少しで思い出されてしまうところでした」


「凶獣の娘さえこちらについていれば、こんな苦労はなかっただろうにな」


「仕方ありませんよ。彼女は我々の崇高なる考えには及ばぬ、忌まれし者の頭なのですから」


「それもそうか。まあいい、これでしばらくは問題なく事を進めることができる……ククク、この世ももうじき、我が手中へと収まるのだな」


「ええ、そうですとも」


 二つの笑い声が、暗い部屋の中に響いた。

最後の会話が何を指し示すか……それは遠くないうちに分かると思います。

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