短剣の力
ロクなクエストもなく、農業区で最近被害の出ている「レックスボアの殲滅」クエストを受け、ルーシアは一人で目的地へと来ていた。
一人で、と言うのも、いつもはピクシルと一緒にいるのだが、今回に至ってはピクシルとも別行動をしているのだ。
なぜかと言えば、ギルドへ向かう前こんなことがあったのだ。
♢
ここは、人気のない路地裏。ピクシルに行方不明者の捜査に関するクエストについて話があると言われ、ピクシルから念の為人気のないところに行きましょうと提案されてここに来た。
「それで、それについて……何?」
『あなた、一度このクエストから手を引いた方がいいわ』
「……何バカなこと言ってるんだよ。昨日のあれ、忘れてないでしょ? 早く探さないと──」
『もう、手遅れだと思うわよ』
「……分からないよ。もしかしたら、何かに利用するために生かされているかも──」
『今のあんたが探しても、見つかるのが遅れるだけよ。一度手を引いた方が賢明だと思うわ』
「……助かるかもしれない命があるのに、黙って引き下がれるかよ……! お前なら理解してると思ってたよ、ボクは助けることのできる命は助けたいってことくらい!」
ルーシアの声が狭い路地に響く。魔力で姿を見せているピクシルの顔は、ピクリとも動かない。まるで、ルーシアのことを見下しているかのように思えた。
「……そうか。ピクシルは、ボクのことを分かってなかったってことか」
『そうね。今のあんたは、理解出来ないわ……何が天才よ。独りよがりになってなんでもできると思い込んで、自分一人で解決しようとしたところで、あんたには何も出来ない』
「……いつボクが独りよがりになったって言うんだよ。ボクは何度もピクシルに相談して──」
『相談した気になって、ほとんど自分で行動してたじゃない。隠れているかもしれない場所も、犯人が存在するかどうかも、全部理解しているかのように……あんたの挙げた場所は、多分とっくに警団が見回ってるわよ。《急ぐと失敗する》……よく言われる言葉よ』
「……っ」
日本風に言えば《急がば回れ》だろうか。ルーシアも、ピクシルの言わんとするところを理解した。ルーシアは焦っているのだ。いや、焦るのは仕方がないだろう、人の命がかかっているのだから。しかし、それ故に視野を狭くしてはダメなのだ。ルーシアは今、視野を狭くしすぎていたのだ。
「……ごめん、ボクが間違ってた」
『いいのよ。あんたならすぐに気付けると思ってたから……でも、そうね。警団が手の届いていない場所とかはあるかもしれないし……あんたが独りよがりになってたのは、僅かな可能性がいくつもあったからでしょう?』
「多分……そうなんだろうな」
『じゃあ、私があんたの持ってる解決の可能性を、全部見てきてあげるわ。それに、人からの隠密ならばあんたよりも魔力の操作をしない限り見つからない私の方が向いてるしね』
「……いいの?」
『あんたなら、今ギルドにあるクエストくらいは何ともないでしょ。何かあったら火の魔法でも上空に打ち上げなさい』
「……分かった。心配かけて、ごめん。それと……ありがと、ボクの失敗を、止めてくれて」
『……』
ピクシルの姿がルーシアの視界からふっと消えた。そして、
『……べ、別に、あんたのためとかじゃないから……勘違いしないでよ!』
──お礼を言われ慣れていないところは、可愛いんだよなあ……
ピクシルのツンデレの常套句に微笑みながら、ルーシアは心の中でもう一度ピクシルにお礼を言って、ギルドへと足を向けた。
♢
──また、やらかしたな……自分が何でもできるなんて思い込み、トレントの時になくしたつもりだったのに。でも……もう、同じ間違いはしない。今はピクシルを信じてボクはボクがやれること、やるべきことをやろう
ルーシアは腰の左側に吊り下げられている剣と短剣の柄を握り、鞘から抜き取る。逆手に抜いた短剣を半回転させ、順手に持ち替える。
目の前には畑が広がり、何体かのレックスボアが屯していた。
レックスボアは、名前にレックスがあるために恐竜を連想させるが、あながち間違いではない。レックスボアの特徴として、猪と同じ硬い毛皮に加えて、その下に爬虫類の特徴である鱗があるのだ。鱗と言えば魚を連想しそうだが、この世界にはどうやらレックス種という魔物も存在するらしく、そのレックス種の魔物も鱗を持つためにそこから引用されたらしい。
そのため、レックスボアの防御力は並大抵ではなく、簡単なナイフなどでは全く傷を付けることはできないのだ。
「……短刀に長刀だったら、宮本武蔵なんだけどなあ……まず、一体目!」
腰を落とし、地面を蹴り加速する。レックスボアから三メートル離れたところでもう一度強く地面を蹴り、高く跳び上がる。落下の勢いと共に右手の剣を首に叩き付け、スライドさせるように下へと振り切る。血が噴き出ることを考慮してその場からすぐに飛び退いたが──
レックスボアは僅かに身体を揺らしただけで、首に大きく傷が入ったにも拘らず、血を噴き出すどころか倒れる様子もなかった。
「う、うそぉ!」
──こいつ、頸動脈ねーのか⁉︎
剣は違いなく頸動脈の位置を切っており、傷の深さも優に二十センチは越える。確かに、このイノシシの首の太さは直径一メートル近くはあるかもしれないが。
「防御力エグいて……」
ルーシアは頬をピクピクと痙攣らせるしかなかった。
ルーシアの攻撃を耐えたレックスボアは、ブルゴオオォと声を上げ、ルーシアへと突進してきた。レックスボアはもちろん鋭い牙を持ち合わせており、しかも突進力はその巨体も相まって日本の猪の数倍から十数倍、事に至っては数十倍は威力がある。
ルーシアは上へと跳び上がり回避し、先日考案した土魔法と風魔法を組み合わせた立体足場を創り出し、その足場を勢いよく蹴りレックスボアの首近くの背中へと剣を突き刺す。ブギォ⁉︎ と悲鳴が響き、レックスボアの後脚から力が抜けて突進は停止した。
「……脊髄、討ち取ったり」
レックスボアは背中の痛みと動かなくなった下半身に困惑し、鳴き声を上げるばかりで動きを止めた。好機とばかりに、ルーシアはレックスボアの首の傷を更に深くし、一体目のレックスボアを討ち取った。
「……結局この剣だけで終わらせてしまった。この短刀が何か効果あるのか知りたかったけど……でも、攻撃力とかスピードの補正はなさそうだな。いつもと大して変わらなかったし」
ゲーム世界のようにステータスの数値化はないため、そう言ったことに補正が掛かるのかも微妙なところであるが、可能性がゼロではないために何とも言えないでいた。
すると、背後からフギィイ! と別のレックスボアの鳴き声が聞こえてきて、ルーシアはほぼ反射的に左手の短刀を突き出して、火魔法を放っていた。その火魔法はレックスボアに衝突し──ルーシアの予想の二倍近い爆発を起こした。
「……は?」
爆発に巻き込まれたレックスボアは骨まで木っ端微塵となり、その場には大きなクレーターが残った。元々作物がレックスボアにやられていたのは救いだろう。
──まさか……
「それ!」
短刀の効果に何となく予想のついたルーシアは、別のレックスボアに向けて短刀を介して風魔法の《ウインドカット》を放った。本来の威力ならばレックスボアの首に傷を付ける程度だろうが……ルーシアの放った魔法は、レックスボアの首の半径分を断って消滅した。
──あー……確定
結論。この短刀を介して魔法を放つと、魔法の威力や効果が本来の約二倍になる。
どのような原理かはまだ分からないため、この後ピクシルと論議しながら確定していくとして、ルーシアはものの一時間で畑を荒らしていた十数体のレックスボアを殲滅してしまった。短刀の力を使って。
ほぼチートに近い武器の登場です。ただでさえ魔力が尽きずいくらでも火力の出せるルーシアが手に入れれば無敵な武器です。まさに無敵ですが……まあ、奥の手ですので。
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