魔法を毛嫌い
店の奥は野菜屋と似通っていて、冷凍庫のような魔道具の中に売るための肉を貯蔵しており、その脇には店主の休憩用か椅子が二つあった。その脇には食器があり、店主が食事を取ったあとと見るのが一番しっくりくるだろうか。
「ええと……」
「……とりあえずそこに座れ」
「あ、はい」
食器が傍にある椅子に店主が座り、ルーシアはその向かいにあるもう一つの椅子に腰を下ろした。ギィと小さな音がして、かなり使い古されているようだ。
「……その椅子は娘がいつも座ってたものだ。小さい頃からここから店を見るのが好きで、そこに座ってよく売り場を見てたんだ」
──娘を十代半ばと見ると、確かにそれなりに使われてるかな。木材の風化具合も、ここにずっとあったとすれば十年程度か……
そんな昔話を聞いて、ルーシアはその木製の椅子を手でさすった。そして、店主へと顔を戻し話を続ける。
「娘さんがいなくなったのは、何日前ですか? あと、分かるならその時の状況とか……その時娘さんが何をしていたか聞いてもいいですか?」
「……娘がいなくなったのは、四日前だ。娘が八歳になってからは店番は娘が主にやるようになって、俺は裏方に徹していたんだ。四日前の昼の二時ごろだったか……俺がギルドに肉を買い取りに行っていた時だった。ここで休憩していた娘がいなくなっていたんだ。売れ残りの肉は無事だったが……店の中が荒らされていた。それから四日間、娘は帰ってきていない」
店主は怒りに眉間に皺を寄せ、握る拳は小刻みに震えていた。話が進むにつれて声は怒りを押し殺すかのように掠れていき、ルーシアは少しだけ気圧されてしまった。
「……一つ、聞いてもいいですか?」
「……何だ」
「娘さんは、魔法が使えますか?」
「……ああ、魔法か、また魔法なのか……」
「あ、あの……?」
店主は不意に立ち上がり、ルーシアのコートの襟を掴んで前後に揺さぶった。
「魔法かっ! 魔法のせいで娘は連れ去られたのかっ! どうなんだ⁉︎」
「お、おち……落ち着け!」
ルーシアは店主の両腕を掴み、その握る手に力を込める。痛みで店主がルーシアの襟から手を放し、ルーシアも店主から少し離れて倒れた娘の椅子を立てらせ、ズレたコートを直す。
「……魔法、使えるんですね」
「……ああ、使えたさ。でも、俺は娘にはなるべく魔法は使うなと言ってきた……なのに、何故っ!」
──やっぱり、狙いは魔法使いみたいだね
『みたいね。一人の証言だから何とも言えないけど、その可能性が濃厚と考えていいわね』
思考によるピクシルとの会話で、ルーシアはある程度結論をつけた。
「あなたがどうしてそこまで魔法を毛嫌いするのかは分かりませんが、でも今のところ誘拐されたと思われる人は、ほとんどが魔法を使える人だということは分かっています。ただ、その他盗品はなく、男女、一般人や冒険者の見境もないのでやっぱり魔法が使えるかどうかが融解の判断基準……って言うのが、ボクの推測です」
「……魔法は、闇の存在だ。魔法が使えるから、人は不幸になるんだ……」
ルーシアはこれ以上は話を聞けないだろう、と思い店主から話を聞くことを諦めた。ただ、このまま放置するわけにもいかず、ルーシアはもう少しだけここにいることにした。
「……三十年前の話だ」
唐突に、店主の話が始まった。しかし、この世界の歴史について疎いルーシアは、その語り始めに興味を持った。
「……ここからかなり離れた街に、ウィードという街があった。そこの為政者は独裁者で、国民は全て自分の手駒とでも思っていたのかよく戦争に国民を徴兵して駆り出すような無能だった」
──ハハ、そりゃ無能だ……
「そんなある日、突然魔物が街へと襲ってきた……俺は家族と一緒に逃げようとした……だが、為政者は魔法が使えるものは必ず残れと命じた。反すれば命はないぞ、と……妹は偶然にも魔法が少し使えた。でも、炊事に使える程度で、戦闘になど使えるはずもなかった……それでも、妹は戦闘に駆り出された。そして……二度と、妹と会うことはなかった」
これが、俺が魔法を毛嫌いする理由だ、と店主は言う。確かに、そんなことがあれば魔法が使えることを恨むだろう。ルーシアだって恨む。例え、その為政者のせいで妹が死んだのだとしても、魔法が使えなければ妹は助かったのだ。だから、魔法を恨む。
……そう。かつて、自分の身の回りの人ばかり不幸に晒されて、自分を死神と呪い恨んだ愛斗のように。
「……ボクの親は、魔法が使えるからって自分から死地に足を踏み入れて死にました。多分、結局は捉え方なんだと思いますよ、何もかも。人間は正義を振りかざすことしかできない、悲しい生き物です。ボクは魔法、すごいと思いますよ。どんなに死の間際の人でも、使用者によってはたちまち元通りに治せるし、本当なら出来ないようなことでも簡単に出来ちゃう……魔法が使えるようになったから、ボクはこうして生きていることもあります。魔法がなかったら、ボクは三年前に死んでますから」
「……本当に、娘を助けてくれるのか?」
「ボクも出来る限りはするつもりです。でも、まだ誘拐犯の正体も居場所も掴めていないので……それが早く見つかれば、無事な可能性はあります」
「頼む……頼む、娘を……娘を助けてくれ!」
「はい、勿論」
さっき掴みかかったのとは反対に、ルーシアに縋り付く店主の肩を持ち、ルーシアが答えた。そして、その期待にも応えるために、ルーシアはやれるだけのことはやろう、と決めた。
その後、バイトを務めながらもルーシアは今日得た情報とこれまでの既存の情報をもとに、今回の案件について考えていた。
──なんだろう。何か、引っかかるような……こう、モヤモヤする
バイトを終え、結局少しだけモロコスが売れ残ったためにタダ働きとなったルーシアは、宿へと戻りながら考えていた。ただ、何かつっかえる感覚がずっと邪魔をして、その思考はなかなか纏まらなかった。
『そんなハッキリしないんじゃ、全部覚えてる妖精様も何も出来ないわよ』
「だよなあ……ボクも、思い出せたら何かスッキリ出来るんだけど……」
結局、そのモヤモヤはハッキリしないまま宿へと着き、ルーシアは夕食を食べ風呂に入り、そのまま眠りへと着いた。
──明日、剣を受け取ってクエストを受けて、隠れ家候補をいくつか潰しながらクエストを攻略していくか……
バイトという初めての経験に──実際は賃金を受け取っていないので、ボランティアに近いが──それとなく疲れたのか、ルーシアはそんなことを考えた直後には眠りについていた。
この作品、最初はギャグにしようとしてたんですよ? 信じれます? こんなに重い話ばっかりで……ああ、俺もギャグモノを書く才能が欲しい……
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