面白い話?
宿に着いたルーシアは、レイルとユリリーナに椅子を出して自分はベッドに腰を下ろした。
「それじゃあ、面白い話というものを聞かせてもらおうか」
ルーシアが太腿に肘を置き、手を組んで鼻から下を手で隠すような姿勢で切り出した。
「……なんなんだよ、その姿勢」
「いや、ちょっとしたおふざけ。気にしないで話して」
「はあ……ええと、その面白い話っていうのがシンサイドの好みの相手の話なんだ。これについて書いてる本が一つだけあってな、それを読んでみたら面白いものがあったんだ」
「好みの相手……好きな人ってこと?」
「ああ」
ルーシアの質問にレイルが頷きながら答える。そして、ユリリーナがレイルの話を繋げた。
「その好きな相手っていうのがね、物語の登場人物なの」
「ふむ……」
──日本によくいたこの娘は俺の嫁! ってやつか。こんな世界にもいるとは……
「その物語自体はその本には書かれてなかったし、物語自体も今ではほとんど知られていないものらしいの。私達もその話は知らないんだ。でも、その人物の詳細だけは書かれてたの。その詳細っていうのがね……」
ユリリーナが言葉を切った。ルーシアは何か重大なことを言うのだろうか、と思い、唾をゴクリと飲み込んだ。
「白髪紅眼の、姫さまって書いていたの。特徴がルーシアちゃんによく似てるなあってレイルと話してたの」
「……シンサイドさんが好んだ相手の姿がボクに似てたから、面白い話ってこと?」
「そう言うこと」
緊張して損した気分になった。そして、こう思い口に出した。
「他人の空似じゃねーか!」
「……そうとも限らないぞ。今まで世界の色んなところを旅して来たけど、俺の知ってる白髪紅眼の特徴を持つのは二人しかいない。前にルーシアと戦っている時、この国の騎士団長のこと話しただろ? そいつとルーシアの二人だけなんだ」
「いやいや、探せばいるってもっと。ユリリーナだったら、もっと知ってるんじゃない? レイルより周り見てそうだし」
「おい、それは言い掛かり……」
「うーん……私もその二人くらいかなあ。色んな国を見て来たけど、ここまで綺麗な白髪は見かけたことないと思うよ。今の騎士団長の生まれであるキリフィ元公爵家以外に、白髪紅眼の貴族もいないはずだし」
「元って?」
「ええとね。キリフィ元公爵家は十何年か前に魔物に領地を蹂躙されて、痛手を負ったの。その数年後に当時の公爵と夫人が亡くなって、その娘である今の騎士団長が貴族位を放棄したの。だから、元って今は呼ばれてるんだ」
「ふーん……」
この二人がルーシアとその騎士団長以外に白髪紅眼を知らないと言うため、何か関係があるんじゃないか、と思った。さらに、そのキリフィ元公爵家とも何か関係がありそうな予感がしたが、流石にそれはないかと判断した。
──物語に姫……そう言えば、シンサイドさんがいなくなる直前、意識が朦朧としててはっきりとは聞こえなかったけど、「かの物語」とか「姫」とか言ってたような……
「今はまだ情報が少ないからなんとも言えないけど、このことについてルーシアと関係がありそうならまた話すよ。俺達はそろそろ街を出るつもりだからな。もしまた会うことがあったら、手合わせしようぜ」
「あ、うん。ボクもまたレイルと勝負したいな。今までじゃ、レイルとの勝負が一番ワクワクしたもん!」
ルーシアの思案をレイルが遮ったが、レイルの提案にルーシアはその考えていたことも忘れてしまった。やはり、戦闘狂になってしまったルーシアにとって、強敵との戦いというのはトップに入る優先事項なのだった。
「もう、二人とも戦い好きすぎだよ」
「ユリナの言えたことじゃないだろ」
「そうなの?」
「ああ。こいつ、小さい頃は俺よりも強かったんだぜ。今はこうして俺が剣で戦っているけど、もし俺に魔法の才能があればユリナが前衛をしていてもおかしくないくらいだ。しかも、昔は俺じゃなくてユリナから勝負を仕掛けてくることの方が多くてな」
「そ、そんなことないでしょ! あ、あれはレイルが強くなりたいって言うから手伝ってあげてただけで……!」
「ユリリーナ……敵にだけは回さないようにしよう」
「それどう言うこと!」
「あの〜……」
キイイィィ……と音を立てて扉がゆっくりと開いた。そこには、パミーほどではないが僅かな怒気を孕んだ眼の笑っていない笑顔を浮かべたミリアが立っていた。ルーシアがユリリーナからの攻撃をガードするような姿勢、ユリリーナが立ち上がってルーシアに向けて何かを言い放つ姿勢、レイルは二人を見て呆れるような表情のまま、顔色を変えた。
「あまりうるさくされると苦情が来るので、少し声を抑えてもらえますか?」
ミリアの声に、三人は強張った頬を痙攣らせながら肩を跳ねさせた。ここに、Aランク冒険者とそれよりも強い二人の冒険者をビビらせる、非冒険者が存在した。
「「「……はい」」」
そして、今度もキイイィィと音を立ててゆっくりと扉が閉められた。
「……リアのあんな表情、初めて見た」
「……お前の姉ちゃん、おっかねえな。ユリナより怖かったぞ」
ユリリーナは顔文字のガクブルかの如く体を震わせて、何も言わなかった。
「そういえば、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「ん? なんだ、答えれることなら答えるぜ?」
恐怖心から立ち直ったルーシアが切り出すと、それに続いて二人も立ち直った。流石、幾度も強敵と渡し合って来ただけのことはある。
「二人って凶獣狩りって呼ばれてるんだよね? なんでそんな風に呼ばれるまで強敵とばかり戦ってるの?」
「そ、それは……悪い、今は言えないんだ……」
「どうしても、言えない?」
「ああ。これは、そうだな……俗に言う禁則事項ってやつだ」
「……そっか。それなら仕方ないね」
「ごめんね。……レイル、そろそろ行こっか」
「そうだな。また会おうぜ、ルーシア」
「またね」
「うん。次会った時も絶対勝つから」
「そうは行かないぜ。俺だってまだまだ強くなれるんだからな」
「じゃあ、また」
ルーシアの言葉を皮切りに、二人は部屋を、宿を、この街を出て行った。
「……レイルにユリリーナ、か。あの二人はボクと同じで、隠し事多そうだなあ……あの二人が打ち明けてくれたら、ボクも秘密打ち明けないとな」
昼食の時間が近づいてきたため、ルーシアは部屋を出て宿の食事処へと向かった。ミリアの金はまだまだ底を突きそうにもないため、しばらくはただ飯である。
「さて、今日の昼からは──」
いつの間にやら七十部突破しました。
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