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格の差

 ギルドの奥にある修練場は、予想よりも広かった。十メートル四方の、フローリングの床をした部屋だ。試合をする範囲なのか、六メートル四方の正方形が白い線で引かれており、その周囲から試合を観戦できるらしい。人数はさほど入らないだろうが。


「……すまんな。あいつ、ここ最近まで街を出てたもんだから、お前のこと知らないんだ。格の差を教えてやってくれ」


「いいんです? しばらく立ち直れなくなると思いますけど」


「それでいい」


 セルガストがルーシアに告げて、白線の近くにある台へと上がった。どうやら、審判はあそこでするらしい。


「試合形式は一本先取、先に相手に剣を当てた方の勝ちとする。使用武器はそれぞれ木剣。渡してやってくれ」


 セルガストが言うと、受付嬢の一人が木剣を両手で持って手渡してきた。


「武器をお預かりします」


 ルーシアが剣を渡すと、受付嬢は一度礼をして下がった。向かいの少年も同じように木剣を受け取り、彼自身の得物を受付嬢に預けていた。


 二度、三度と木剣を振り、感触を確かめる。いつも使うあの剣と比べると心許なく、それに軽い。もしいつも通りの力の入れ加減で戦えば、この木剣は耐えかねるだろう。


 数日動いていないため少し動きは鈍くなっているだろうが、なんとかなるだろうと高をくくって目を閉じる。魔力振動で相手の位置を確認する。セルガストに格の差を見せろ、と言われたためにしているのだが、相手からすればルーシアが魔力振動を使っているなどとは思わないだろう。そのため、彼からすれば自分を倒すのに目を開く必要もない、と感じとるはずだ。このくらいのことをすれば、セルガストの要求に応えることはできるだろう。


 目を閉じて立っていると、体幹感覚が少しズレることがあるが、魔力振動を使っている間は周囲のどこに何があり、どのような動きをしているのか、それこそまだ見るよりも正確に感じとることができる。まあ、慣れればの話であるが。


 ルーシアは目を閉じたまま、剣を正面に右手だけで持って構える。少し左足を引いた体勢で構えて、相手の攻撃を受けることにした。少年に至っては、ものすごい形相でルーシアを睨みながら両手で剣を正面に構えている。恐らく、目を閉じていることに気付いたのだろう。


「試合、始め!」


 少年が上段から走り込みながら剣を振り下ろした。ルーシアはそれを受けるでもなく、必要最小限のステップだけで躱す。少年は型も何もなく、ただヤケクソに剣を振り回した。しかし、どれもルーシアには当たらない。剣の軽さのおかげか、少年の剣はかなりの速度で打ち出されているがルーシアはそれを流れるような動きで躱していく。しかも、目は開けていない。


 少年の突き攻撃に、ルーシアはこれまでで一番大きく身を翻した。少年は勢い余って前へとバランスを崩す。本来ならここで追い討ちをかけてとどめを刺すのだが、ルーシアはただ何もせず動きを止めるだけだ。


「この……っ!」


 少年が再び、上段からの袈裟懸けの斬り下ろしを繰り出す。ルーシアはそれを躱す──そう見せかけて、跳び上がった。体を捻りながら、振り下ろされる途中の剣目掛けて蹴りを放った。蹴りが鍔に命中した木剣は、バゴっと鈍い音を立てて床に一度の着地もせず、壁へと衝突した。


 着地したルーシアは、剣を失って呆然とする少年に向けて、空中での回転の勢いそのままに切り掛かった。


「ぐ……ぁっ」


 ルーシアが剣を血を振り落とすように振り払うと、少年は呻きながら蹲った。ルーシアはここでやっと目を開いた。そして、「そこまで!」というセルガストの声が響いた。



 受付嬢から武器を受け取ったルーシアは、ギルドの掲示板の前に戻ってきていた。セルガストにしばらく待っていて欲しいと頼まれたので、どうせ暇だからとクエストを見ていたのだ。


「ふうむ……やっぱりネペントは出てないか。あの時はああ言ったけど、このままマジでこの辺のネペント全滅とかにならないよね……」


『あの時のあんた、凄かったもんね。オーガの形相だったわよ』


「あ、こっちにもその言い回しあるんだね……」


 日本で言う「鬼の形相」と言うやつだ。未だにどうしてあの時あそこまで怒ったのか、自分でも理解していなかった。下着を見られただけなのに、どうしてあそこまでムカついたのか、一向に理解していなかった。


「待たせたな」


「で、待たせた理由はなんです?」


「……すみませんでした」


 セルガストの斜め後ろについて来ていた少年が、セルガストにルーシアの前へと押し出されて間髪入れず謝った。ルーシアとしては元よりそこまで気にしていなかったし、一発でかいのをかましたからそれなりにスッキリしていたため、


「ああ、うん。別にいいよ」


 あっさりと許した。ちなみに、ルーシアの攻撃を喰らった少年は肋骨を二本折っていたため、ルーシアが魔法でささっと回復しておいた。


 少年がセルガストに「もういい」と言われ、ルーシアにもう一度謝罪を言ってから離れた数秒後、ギルドの扉が開いた。そして、男性と女性の声の言い争いが聞こえて来て……


「もう少しいようぜ? 俺しばらく休めると思ってすげー気楽な気分でいたんだけど」


「ルーシアちゃんに会ったら帰るって言ったでしょ。ギルドにいるって聞いたんだから、会ってあの話をしたらすぐ街を出るよ」


「二人とも、街出るの?」


 入って来たのは、黒装備に固めた二刀流の剣士、凶獣狩りのレイルと、白いローブに身を包んだ魔術師の少女、ユリリーナだった。ルーシアが聞くと、レイルは溜息を、ユリリーナは頷きを返して来た。


「……ここの北にある街で凶暴な魔物が出るって情報が入ったんだ。まだ被害は出てないらしいんだが、ユリナがどうしても早く行きたいって言うからさ」


「のんびりしてたらいつ被害が出るか分からないもの。まだ被害がないうちに対処するべきよ」


「どこ情報か凄い気になる……」


「……まあ、凄腕の情報屋かな?」


 ──嘘くせえ!


 ただ、嘘をつくと言うことは知られたくない情報である、ということだ。それの分からないルーシアではないため、今回はそれ以上深く聞かないことにした。それに、そのうち教えてもらえるだろう。


「そう言えば、さっき言ってたあの話って?」


「ああ。お前、トレントと戦っている時、誰かと話していなかったか?」


「ああ、うん……確か、四代前にこの国の国王になるはずだったって言ってたと思うんだけど……名前、なんだったかなあ……」


「シンサイド・スームド・ハレステナ、じゃないか?」


「そうそれ! それで、その人がどうかしたの?」


「いや、この二日間で俺達でその人のことを調べてたんだ。ルーシアがその人と話してたなら知ってると思うが、シンサイドは国王になる日、弟のシンランデに殺されたんだ。話からあの木に宿っている人はほとんど全て貴族か貴族関係で殺されたか死んだようだからな。もしかしたら、って思って」


「ふーん」


「それでね、調べてて面白い話を見つけたの」


「面白い話?」


「……念の為、人のいないところに移動しないか?」


「じゃあ、ボクの部屋使う?」


 そして、ルーシア達三人はギルドを後にしてルーシアの宿へと向かった。

もうすぐでテスト期間だあ……ヤダなあ

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