新装備、注文
その日は一日も寝ていたというのにあっさり、そしてぐっすりと眠ることができた。寝落ちたのが日が変わるころだったから、およそ六時間は寝ている。寝過ぎてむしろ病気にでもなりそうだ。
その朝、愛斗としてルーシアと夢の中で会話をすることはなかった。ルーシアと夢の中で会話するのは昨日が初めてなため、正直どういうタイミングで、どのくらいの間隔を空ければいいのかは全く分からない。だから、次会えるのは明日かもしれないし、来週かもしれないし、来月かもしれない。
「……ま、何の確証もなく無意味に時間を過ごすのは、ボクの性分には合わないか。にしても……最近暑くないか? 今日も寝汗かいてるんだけど……」
麻製のベージュ色の薄着を着ているのだが、襟元が汗で濡れて色が変わっている。背中も蒸れて少し気持ち悪い。
「はあ……着替えよ。今日はどうするかな……」
ギルドからトレント討伐の報酬が出るだろうが、今はめんどくさいので明日か明後日に行くつもりでいた。それに、心配をかけたであろうチルニアにも顔を合わせておきたかった。なにせ、チルニアの店はこの宿からそう遠くはないのだ。ミリアから昨日の正午ごろ、一度お見舞いに来ていたと聞かされている。
タンスの中からいつも着ている黒のシャツとコート、この世界にあって意外だった伸縮性は地球のに比べると弱いが、それなりに伸びるスパッツに膝丈のハイソックスに脚を通す。スカートを履いてコートを羽織り、腰の位置にベルトを装着する。ベルトには鞘を通す輪っかがついてあり、そこにミリアの父親の形見である剣を鞘ごと通し、栗形が引っかかるように収める。いつも付けている左腕の防具も、一応着けておいた。何があるか分からないのがこの世界だから。
手櫛で軽く髪を梳き、ある程度整ったところで準備を終える。鏡はないが、やろうと思えば魔力振動で客観的に姿を見ることも可能なのだが、保湿などはそれなりに気を配っているからこんな寝ぼけている間から気にするつもりはない。
「よし」
部屋から出ると、ミリアが廊下の掃除をしていた。
「朝早くから精が出るねえ」
「昔からずっとやってるから、もう日課みたいなもんだよ。それに、綺麗になるの見てると、ちょっと気持ちいいんだよね」
「出た、リアの潔癖」
「綺麗好きはいいことなんだよ。それで、シアは今日何かあるの? ギルド?」
「ギルドは明日あたりに行くつもり。今日はチルニアの店に行ってオーダーメイドのコートの注文と、おっちゃんの武器屋に行ってくる」
「出た、シアの戦闘狂」
「冒険者にとって戦いが好きなことはいいことなんだよ」
ミリアの言葉を冒険者風に言い直して言い返しておいた。確かに、戦闘が嫌いで冒険者を続けるなど、簡単なことではなかった。ただ、ルーシアは前世の愛斗時代から戦闘ゲームをよくやっていたため、戦闘狂の気質はあったのだ。それが運良く作用したのだ。
「朝食は七時からだよ。今日のメニューはパンとサラダと、一角ウサギのスープね」
「あいよ。ちょっと散歩行ってくる」
「行ってらっしゃい」
♢
食事を済ませたルーシアは、更に一時間ほど部屋でのんびりと寛いで──いるようで、実際はこれからの装備の構想を練っていた。
「一応フードは欲しいよなあ……でも、戦闘中邪魔になるし……取り外せるようにしてもらえるかな。頼んでみよ」
開いた窓から入ってくる風に前髪を揺らしながら、ルーシアはベッドに寝転んで頭ばかりを回転させていた。最初は剣を磨こうと思っていたのだが、いざベッドに寝転ぶと、怠惰の快楽に負けてしまったのだ。
「……今から行ったら、ちょうど開店時間くらいかな」
時刻としてはもうすぐ八時半になる。チルニアの実家である呉服店は、いつもこの時間に開店するのだ。
「さて、行くか」
宿を出て東に、途中で北へと曲がって計十分歩くと、右手に例の呉服店が見えてきた。服のマークとこの世界の文字で「呉服・ケルシニル」と書かれている。ケルシニルにはこの世界の言語で「煌びやかな」という意味があるようで、この店が好まれるのは安くはないが、平民でも頑張れば手を出せるレベルの値段で、さまざまな種類の服が買えるのだ。無地のものからフリルがついたもの、細かい装飾が入ったものまである。素材まで数種類取り扱っている。
「たのもー!」
「フリーズ!」
「ひゃわ⁉︎」
道場破りのセリフを言いながら扉を開けると、突如魔法でも使ったかのようなセリフが返ってきた。しかも、実際ルーシアの目の前で小さな氷の粒ができていた。
「あ、危ないじゃん!」
「いやあ、ルーシアが道場破りしてきたから、受けて立つ前に決着付けようと思って」
「なんだよもう……この前話してたおーだぶふ……」
顔に柔かいものが押しつけられる。唐突な展開に頭が理解を拒絶し、パニックに陥る。しかし、かなり強い力で押さえつけられていてルーシアから発せられる声は「むー! ムー!」というものだけだった。
「……心配したんだよ……無事で、良かった」
チルニアの言葉を聞いて、ルーシアはパニックから脱した。その直後にチルニアの抱擁からも解放されて、少ししづらかった呼吸を何度か深く繰り返し、落ち着いたところでチルニアに顔を向け、ニカッと笑顔を見せて言う。
「当たり前じゃん。言ったでしょ? ボクは天才だって。あと……ただいま」
「うん、お帰り。それで、オーダーメイドだよね。どんなのにするの?」
チルニアが目尻に小さく浮かんでいた涙を指先で掬い取り、何もなかったかのように話を元に戻した。
「えーと、注文するのはコートと剣を装備できるベルト。コートは革の黒で、ベルトも革がいいかな。あと、スカートは色々と戦いづらいから、ズボンにしようと思う」
「了解。ズボンはあそこに並べてるから、適当に見繕ってね。それで、コートとベルトについて、もうちょっと詳しく聞かせてもらえる?」
「オーケー。コートはボタンでフードを取り付けれるようにしたい」
「へえ。そりゃまたなんで?」
「だって、ほら……この街ならまだしも、外に出たらボクが女子だからって集ってくるかもでしょ?」
「ああ、男が……」
ルーシアの中身である愛斗が男であるため、そういうのは断固御免だった。自分が女として男を手駒にするのならまだしも、男にいちゃもんをつけられるのは嫌だったのだ。
「だから、フードで顔を隠せるようにしたい。あと、ベルトの形をこう、腰用の剣帯と袈裟懸けの剣帯を組み合わせたみたいなのにしたいんだけど、袈裟懸けの方にこの剣装備したいからコートに穴を開けてベルトを通せるようにしたいんだ。できる?」
「もちのろん。ちょっと位置とか調整しながらだから、それをする時はルーシア呼ぶよ。ベルトもちょっと特殊な形状にするんだ」
「うん。新しい武器を使おうと思って」
「へえ、どんな?」
「コートに隠せるように、短剣を使おうと思って。多分短剣の方が先に仕上がるから、角度とか位置の調節は実物使ってできると思う」
「それなら良かった! 調節って、結構面倒なんだよね……失敗したらやり直せるけど、何度も直してると穴だらけになっちゃうし」
「それはダサいな」
穴だらけの装備に身を包まれるなど、正直御免だった。愛斗は前世からダメージジーンズの何がいいかが分からない類の人間だったのだ。使えればいいとは言え、あんな使い勝手の悪そうなものは一生縁がないだろうと思いながら、本当に縁もなく死んだ。冬場にあれを履く人の感性がわからないのも、愛斗のよく思うことでもある。
「ボクの要望はこんなところかな。あとはチルニアの感性とチルニアから見たボクのイメージで作ってくれていいよ」
「うーわ、丸投げ。ちゃんとメモしてるから、安心しな。完璧なの作ってみせるよ!」
「気長に待ってるよ」
「っと、その前に……採寸するから奥までどーぞ」
「……えっ」
ありとあらゆるサイズを測られました。
今回はコートの注文編です。次は話にも出てた剣を注文に行きます。
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