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全ての人を幸せに

「私、愛斗君に告白しようと思う!」


 そんな声がして、僕は咄嗟に身を隠した。気にする必要はない、分かっているが……あんな風に勇気を振り絞った人がいるのを見たのは、初めてだった。


「やめときなよ、高嶺の花だって」


「でも、今言わなきゃ愛斗君来週には大学に行っちゃうんだよ⁉︎ 私は、振られたとしても気持ちだけは伝えたい!」


 中学一年の女子だ。やはり、色恋沙汰になると勉強なんかの数十倍真剣になるらしい。


 今まで僕は告白されたことは、一度もない。いや、男子の友達すらいなかった。家族以外と話したことはほとんどないし、その家族も去年、事故で父親は死亡し母親は下半身麻痺に陥った。運良く僕と妹に被害がなかったのが唯一の救いか。


 元より僕が家事の大半をしていたため、そこまで苦ではなかった。でも、あれ以来妹ともまともな会話を出来ていない気がする。


 それに、さっき女子生徒が言ったように、僕は来週には大学に行く。進む学部は工学部だ。理由は簡単、母親の下半身麻痺をどうにかするため。恐らく、薬ではどうにも出来ないだろう。だから、機械を使ってなんとかするしかない。


 僕はその場を離れ、そしてその一週間後大学に行った。何故か、告白されることはなかった。


 大学は一年で卒業した。最年少大学卒業の記録更新、とはならなかったが、まあ、それでも充分凄いことだろう。特例の飛び級だ。別に、特例じゃなくても日本も飛び級制度は入れてもいいと思うけど。


 それ以来、テレビの取材や新聞の取材など、僕はマスコミに囲われた。正直、うんざりした。実家まで押し寄せて、妹や下半身麻痺の母親にまで取材しようとするのだ。僕は早々に家に帰り、マスコミを追い返した。母親のために頑張ったのに、ここで母親の迷惑になりたくなかった。


 そして、僕は少し気になって、一年前ほんの数週間だけ通った中学を訪ねた。何故気になったかと言うと、あの女子生徒が何故告白に来なかったのか、その理由を知りたかったのだ。


 教師達には大いに喜ばれた。しかし、女子生徒のことを聞いた瞬間、表情が暗くなったのだ。


「あの、何かあったんですか……?」


「実はな、あいつは……お前が大学に行く一週間前、事故に遭って、今は心神喪失状態なんだ」


「っ」


 言葉を失った。僕が大学に行く一週間前ってことは、あの話を聞いた日か、その後日あたりだろう……もしかしたら、僕に告白をしようとした時に事故に遭ったのではなかろうか。自意識過剰かも知れないが……


 ──僕の周りにいると、みんな、不幸になる……それに、僕は誰かを幸せに出来ない。不幸にするだけで、幸せには出来ない……のか?


 心神喪失状態はまだ死んだわけではない。自発的呼吸は可能だし、心臓も脳の命令で動いている。ペースメーカーが作動しているわけではない。しかし、脳の一部が損傷しているために体に指令を送ることができず、生命活動がまともに出来ない、らしい。しかし、回復の可能性もある、と聞いたことがある。


 僕は中学を後にして、家に帰った。病院にお見舞いに行く気には、どうしてもなれなかった。


 それから、僕は毎日近くの山に向かうようになった。三日こもっては家に帰る、を繰り返していた。


 何をしていたか……僕は、ここに工場を建てていた。必要最低限の木を切り倒し、建築材料を運んでは組み立てていた。私有地ではなかったので、大学を卒業する際に作った脳波受信補助装置の特許を売って、この山は買い取った。


 この装置は、まさに母親のために作ったものだった。脳から送られる電気信号を機械が受け取り、動かない部分や動かしにくい部分の補助をする。他にも似たような装置はあるが、これはもっと特別だった。


 この装置は大掛かりなものではなく、人工の筋肉と骨の代わりをするジュラルミンで構成されている。そして、電気信号を受け取る装置を取り付けた。


 大掛かりなザ・装置ではないため、作ろうと思えば指先などの細かい動きにも応用が効くし、流石にジーパンみたいな肌にぴったりの服は無理だが、ロングスカートみたいにふんわりして全体を覆える服装であれば、その装置は見えない。つまり、側からみれば普通の人だ。


 そんな装置の特許を売ったのだ。山一つくらいは買えた。三ヶ月で作り上げた工場は、まあ納得のいくものだった。短期間で建てたに拘らず、設計通りにはなっていた。


 そして僕は、病院に向かった。僕自身に問題があったわけではない。……まあ、心の問題は別として。


 僕は、その植物状態になったと言う女子生徒に会いに来たのだ。僕と会うことで何か変わるとは思わないが、何かしら刺激になるんじゃないか、と思って。


 伊達眼鏡とマスクをして病院に向かった僕は、受付で面会の許可をもらいその子の病室に向かった。


 部屋をノックすると中からどうぞ、と言う声が聞こえた。女性の声だし、恐らく母親か友達だろう。


 病室に入ると、見たところ四十代と思われる女性がベッドの脇に置いた椅子に座っていた。母親だった。その奥のベッドには、意思のない目を虚空に向けた、一人の少女が四十五度に折れ曲がったベッドに寝ていた。


「あの……どちら様でしょうか?」


「初めまして、信条愛斗です。──さんと、元同じ中学の」


「テレビに出てた方ですか?」


「まあ、そうです」


 有名人になりたかったわけではないが……まあ、こう言う場では楽に伝わるか。


「……この子、事故に遭う前日、明日愛斗君に告白するんだって張り切っていたんです。でも、その翌日に事故に遭って……」


 あの会話を聞いた翌日のことだったらしい。僕は無力感に飲み込まれた。医学の知識はあるが、医師免許は持ってないし持っていたとしても治せるとは思えない……僕には、この子を救うことは出来ないのだ、と。


 ──僕は、死神なんじゃないか、と。


「すみませんでした。こんな話、聞きたくないですよね……」


 母親は涙を拭いながらそう言った。


 少女は何を見ているのか、虚空を見つめたままだった。僕の作った装置では、この子は救えない。だって、脳からの電気信号はほとんどないのだ。


「……回復することを祈ってます」


 そう言い残して、僕は病室を去った。


 病院を出ようとしていると、一人の車椅子の少女と目が合った。小学生だと思う。多分、低学年。車椅子を押しているのは、片腕が義手の母親である。


 あの子なら、僕の装置で救える。……いや、もう僕の装置じゃないのか。特許は売ったし、僕が作れば僕が助けたことにはなるけど……


 もう、誰にも関わらないほうが、いいか。


 その少女は首から上だけを動かしていた。ジェスチャーなどは、一切なかった。指先が動くことすらなかった。恐らく、全身麻痺というやつだろう。


「僕は一人だ。誰にも頼らず、誰にも頼られず……そんな人生なんだ」


 だって、僕と関わった人は、みんな不幸になるのだから。


 僕はその日から山にこもった。それ以来装置を作る材料を買う際の店員との会話以外、誰とも話していない。


 その三年後、僕は重力操作装置を作った際のミスにより、この世を去った。



 目が覚めた。外はまだ明るくなろうとしている最中だ。


「……そういや、そんなこともあったっけ」


 夢を見ていた。不幸な夢だ。自分を死神だと思い、人生を終えた少年のお話。信条愛斗という名の、天才の生きていた頃の出来事。


 なんともまあ、自分で言うのもなんだがバカげた話だ。周りの人がたくさん苦しんだからと言って、自分が死神だなどと決め付けるのは。


 忘れていたわけではなかった。でも、思い出したくなかったのも事実だ。


「……さて。これからの方針決めないとな。世界をボクの思い通りに変える……そうだな。全ての人を幸せにする、っていうのはいいかもしれない。前世じゃ、人を不幸にばかりしてきたんだし」


 今のボクは、もうボクじゃない。きっと、前世のようなことはない……そう信じたいな。

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