魔法陣
ルーシアに下がれと言われたから下がったはいいが、あいつの意図が全く分からない。さっき本人が言った通り、トレントの攻撃を全て受けるつもりなら、そんなの自殺も同義じゃないか。
「あいつ……何する気だ」
かと言って、今回はルーシアの言ったことは守るという風に言われているから、ここで何かをするわけにもいかない。一応、いつでも出られるように剣は手に持っているが、どうしても落ち着かない。
そして、ルーシアへとトレントの枝が振り下ろされた。枝はルーシアの左肩を直撃し、左腕の肩から下と胴体を切り離した。そして、そこから血が飛び散った。
「ルーシ……ッ!」
飛び込もうとした俺を誰かが肩を掴んで止める。左肩に乗せられた手を振り払い、その張本人を横目で確認する。白に赤の線が入ったローブの姿は、見紛うはずもなかった。なにせ、俺が冒険者になってから……いや、それ以前から一緒に旅をしている相棒だったから。
「なんで止めるんだ。このままじゃ、あいつが……!」
「大丈夫だよ。ルーシアの足下を見て」
「足下……? なんだ、あの円は……それに、腕が……」
俺が見たのは、ルーシアを中心に広がる純白の、この世界の文字が並べられた円形の輝き、そして光に包まれたルーシアの姿だ。更に俺を驚かせたのは、先程切り落とされたはずのルーシアの左腕が、服もなんら傷もなく元に戻っていた。トレントの枝が今度は右肩からの袈裟懸けに振り下ろされ、ルーシアの体を斜めに分断した……はずなのに、次の瞬間には飛び散る血もなく元に戻っている。
「なんなんだ、あれは……」
異様な光景に、俺は言葉を失った。トレントの枝に腕を、脚を、体を、頭を、どこを切られたとしても次の瞬間には元に戻るのだ。ユリナの得意魔法に時間を僅かに戻すものがあるが、それとはまた別のものだろうか。
「多分、治癒魔法だと思うよ。私も詳しくは知らないんだけど……あの足下の光は、妖精や極一部の竜種が扱う強力な魔法を発動させる際に現れる、魔法陣ってやつだと思う。本来、人間じゃあそこまでは出来ないはずなの……私が聞いたことある人でも、あの話の賢者以外に魔法陣を伴う魔法を使った人は、いないみたい」
「じゃあ、あいつは……」
「そばに妖精がいて、あの魔法は妖精が使っているか……それか、ルーシアちゃん自身が妖精やかの賢者に届く魔法使いか」
俺も東の方の国で聞いたことがあるだけだが、かの賢者は世界を滅ぼす魔物とやりあえる程に魔法の腕が凄かったらしい。もし、ルーシアがその域の魔法使いなのだとすれば……
それに、敵に魔法使いが来たりユリナの魔法と動きを合わせるために魔法のことをそれなりに勉強した俺だが、魔法陣という言葉は初めて聞いた。今まで竜種とも何度もやりあったことがあるが、それでもあんなものは見たことがない。妖精とも会ったことがあるが、こんな話は知らなかった。
「……でも、痛みはあるんじゃないか? 全身を切り裂かれる痛みの中、あんな魔法を継続的に使えるのか?」
「私は、無理だと思う……だから、妖精の線が一番有効だと思うよ。でも、考えてみて。ルーシアちゃんはあんなに大きな魔法……《天獄炎龍》を使えるんだよ。もしかしたら、この世界で今、一番賢者に近い存在なんじゃないかな」
確かに、卒業試合の時に見せたあの魔法は強力だ。本人はあれは封印された魔物だと言い張っているが、そんな話は到底信じがたい。魔物が封印された人間は存在すると聞くが、その魔物はあのような姿だとは言い伝えられていないはずだ。
「……でも、なんであいつはこんな危険を……」
「考えてみて。トレントの移動はすごく遅い。それに、周囲の木が枯れるんだよ? 私もさっき気付いたんだけど、もしかしたらトレントが動くには、周囲の木から奪わなきゃいけないくらい栄養が必要なんじゃないかな」
「つまり……あいつ、自分が犠牲になることで木が枯れても他の冒険者に目が向かないようにして、更にトレントの栄養を使い切らせて動きを封じさせようとしてるのか⁉︎」
「推測だけど、私はそうなんじゃないかな、って思ってる」
バカだ。ルーシアは大バカだ。もしユリナの推測が正しいならば、あいつは異常なまでのお人好しだ。自己犠牲なんてものじゃない。このままじゃ本当に犠牲になる。
「無茶するなって言っただろ……!」
「ダメ!」
「なんでだよ! このままじゃぬおっ!」
バキッズウウゥゥン────……
ユリナに止められて木に手を付いた瞬間、俺の触れた木が呆気なく倒れた。
「……ルーシアちゃんの苦労を、無駄にしちゃダメだよ。ここでレイルが飛び出してもしレイルに何かあったら、ルーシアちゃん、ずっと自分を責め続けるよ」
「っ……」
「少し下がろう。姿を見せたら、トレントに狙われるかもしれないから」
「……分かった」
トレントの攻撃は、もう十分近く続いている。ルーシアはもう、意識があるのかここからは見て取れない。トレントにされるがまま、体をゆらゆらと揺らし、それでも傷は一つも付いていない。
「……こんなの、酷すぎる」
今まで何度も残酷な死に様を見てきた。冒険者になりたての頃ゴブリンに嬲り殺された仲間も、大型サラマンダーの鱗で武器が溶けて成す術なく蒸発させられた奴も、ドラゴンに一撃も与えることなく爪の一薙ぎで上半身と下半身を分断された奴も見てきた。どれも、苦しくて、痛かっただろう。
……でも、いくら痛くても、苦しくても、辛くても自分にしか出来ないことのために死ぬことができない。ずっと耐え続ける今のルーシアは、どんな死に方よりも残酷だ。彼女は、自分を犠牲にして後ろの冒険者を、森の先の街の人達を守ろうとしているのだ。あの小さな背中に、どうしてそこまでの重責が背負えるのか。
俺達も大きな使命を背負った者ではあるが、死ぬことのできない苦しみだけは味わいたくない。味わうくらいなら、その使命を投げ捨ててでも死を選ぶかもしれない。
なのに、ルーシアは使命を捨てない。限界を超えても、戦い続けるのだ。どんなに強くても、どんなにカッコよくても、どんなに頭が良くても……自分を棄てて他を守ろうとするあのバカな姿には、勝てっこない。
「……俺達には、何も出来ないのかよ……!」
「もどかしいよね……」
隣のユリナも、胸の前で握る左手に力が入っている。俺もそうだ、爪が食い込んで皮が剥けて血が出るんじゃないかってくらいに握っている。
トレントの血も涙もない攻撃は十五分以上続いた。そして、百を超えたであろうトレントの枝の振り下ろしは、ルーシアに当たる直前で動きを止めた。それでもまだ攻撃をしようとしているのか、バキバキと音を鳴らして木片を撒き散らしている。
「……止まった」
「……ホント、凄いね、ルーシアちゃん」
ユリナが呟いた直後、ルーシアのゆらゆら揺れる体が前へと大きく傾いた。俺はほぼ意識することもなく叫んでいた。
「ルーシアッ!」
ユリナが止めようと手を伸ばしたが、俺はそれに捕まらないほどのスピードで駆け出していた。
♢
──痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいたいいたいイタイイタイイタイ……もう、ヤダ
よし、久々に二日連続投稿! ……あれ? 昨日投稿してない、というか、前回の投稿が今日の十二時ほぼジャストだったから、一日二本投稿? ……ま、まあ、二日連続投稿ってことで! 感想お待ちしてます!




