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ミリアの応援

 散髪が終わり、魔力振動で客観的に姿を見てみる。長さはいつもと変わらないのだが、どうもいつもと違う気がするのは、恐らくミリアに切ってもらったからだろう。嫌な気分ではない。


 緩いウェーブのかかった髪は背中半ばになり、動きに合わせてサラサラと流れる。前髪も目より上になったお陰で、視界が良好になった。なんとなく、心まで明るく感じる。


「ありがと、リア……って、リア、泣いてたの?」


 髪を切っていたため振り向けなかったが、さっきの会話の最中、ミリアは泣いていたようだ。覚悟を決めて、始めて見たミリアの目の周りは、少し赤く腫れていた。


「あはは、お恥ずかしい……気にしないで、気持ちが高まっちゃっただけだから」


「そっか。じゃ、そうする」


 それだけ、ミリアがルーシアを思っていると言うことだろう。あまりからかう気分にもならないし、今回は気にしないでおく。


「戦いは明後日の早朝の予定。でも、リアは気にせずに、いつも通りに過ごして。その方が、ボクも安心して出向けるから」


「うん。シアの足手纏いにはなりたくないから、そうする」


「ありがと」


「じゃあ、そろそろ仕事に戻るね。試合の日に比べれば人は減ったけど、それでもいつもより多くて……今も、ちょっと無理言って抜けさせてもらってるの」


「分かった。お仕事、頑張ってね」


 ミリアはうん、と頷いて、部屋から出て行った。


 予想外のタイミングではあったが、覚悟は決まった。ミリアも頑張ると言っていた。ならば、ボクが心配することは、もう何もない。気兼ねなく、トレントと戦おう。


 時刻は昼時。ちょうど空腹感も主張を始めている。


「昼飯食って、散歩でもしようかな」


 筋肉痛はまだズキズキと痛むが、こういうのは動いた方が早く治まると聞く。


「あっ、冒険者登録忘れてた。やっておかないと」


 冒険者登録無しでクエストは受けれないため、早く卒業したというのに、その登録を危うく忘れるところだった。散歩がてら向かうとしよう。


 コートや武器防具は脱いだまま、薄着で食堂に向かう。そこでは、さっきまで無理言って休みを取っていたミリアが、忙しそうに料理と空いた食器を運んで、調理場との間を往復していた。


 汗も若干かいているようだが、その表情は楽しそうにも思える。商業スマイルと言ってしまえば終わりだが、ルーシアの記憶も持つボクから見れば、あの笑顔は心からの笑顔だと分かる。ワーカホリックなのでは、と心配になりそうになるが、楽しんでいるのなら趣味と似たようなものだろう。


 空いている席を見つけ、そこに座る。メニューの書かれた木版を手に取り、料理名をざっと見通す。


 一番上には、ランチセット。その下には単品の品名が何種類か彫られている。主には、日本で言う洋食が並んでいる。ライスや魚はなく、肉やサラダ、パンなどだ。


 手を挙げると、すぐに気付いたミリアが駆け寄ってくる。これだけ慌ただしく動いているのにボクに気付くあたり、慣れているのもあるだろうが、かなり視野が広いのだろう。ある意味プロだ。


「ランチセット一つね」


「分かった」


 短く済ませ、ミリアが厨房へと向かうのを見送る。そして、再び料理を盆に乗せたミリアがあっちへこっちへと動き回る。


 ものの数分で、料理が運ばれてきた。パンにサラダ、スープ、そして肉といった品目の載せられた皿が、机の上に置かれる。


「お待ちー」


「ありがと」


 多くはないこれらの料理を、味わって二十分程で平らげる。味が薄いのが、ちょっと物足りなくもあるが、健康を考えるならこれくらいがちょうどいいのだろう。別に不味いわけではないし。


 食べてすぐの満腹感が去るのを待っていると、少し息の荒れたミリアがボクの向かいに突っ伏した。そして、長い溜息を零した。


「お疲れ。一段落ついた感じ?」


「うん〜。昨日一昨日に比べたら少ないけど、それでもいつもより多かったからね。とりあえず、注文が来ない限りはちょっと休む」


 そう言って、近くにある椅子を引き寄せて、そこに座った。疲れた表情こそしているものの、それは決して悪いものではないのだろう。言うなれば、スポーツをした後の清々しい疲れだろうか。


「シアは昼から何するの?」


「冒険者の登録がてら、ちょっと散歩かな。筋肉痛には軽い運動、だからね」


 レイルの攻撃を受け止めただけなのに筋肉痛の酷い左腕を摩りながら、答える。冒険者登録と散歩の優先順位が変わってしまったが、こっちの方が正しい順位だろう。だって、登録しないとクエストとしてトレント討伐に向かえないもん。


「そっか。シアが冒険者かあ……あんなに弱々しかったシアが、まさかねえ……」


「弱々しかったって、いつのことだよ。少なくとも、魔法を使えるようになってからは、リアより断然強かったと思うけど」


「戦いにおいてはね。でも、精神はもっと弱かった……でも、今じゃ命だって賭して戦ってるもんね。私じゃ、真似出来ないよ」


 声音は凄く優しい。きっと、羨んでこそいても、妬んではいないのだろう。自分にもその強さがあれば、などという風には。


「命の賭け方なんて、人それぞれだよ。ボクは、戦う力があるから、命を賭して戦ってる……でも、人によっては、研究に人生を賭けたり、それこそ家族に命を賭けたりもする。考え方次第じゃないかな、命をどう見るかなんて」


「……まーた、難しい話してるね。でも、そうだね。私は私の賭けたいものに、私の命を賭ける。たったそれだけだよね。よーし、シアがアレン村を取り返してくれた時のために、お金稼ぎ頑張らないと」


 ミリアが突っ伏していた状態を起こし、胸の前で作った拳に力を入れる。


「やっぱり、宿を建て直すつもりなんだね、あの場所に」


「もちろん。だって、あそこが私の……ううん、私達の本当の家なんだから」


「……そうだね」


 胸がギュッと苦しくなる。多分、またボクがルーシアではないという意識が働いたのだろう。


 いつまでもこの意識が邪魔をするくらいなら、いっそ打ち明けてしまいたいが……でも、まだその時じゃないようにも思う。


 いつが適切なのかは全く分からないが、少なくとも、ルーシアの意思も聞かずに判断していいものか、ボクには分からない。とはいえ、現状この体の奥底で眠っているだろうルーシアと会話する手段は、一切ないのだが。


「すみませーん、注文お願いしまーす」


「あ、はーい! じゃあシア、いってらっしゃい」


「うん。リアも、頑張って」


 うん、と答えて、ミリアはさっきの客の下へと向かった。


 ボクも椅子から立ち上がり、宿を後にする。料金は、宿を出る際に一括払いにしているから、食べ逃げというわけではないぞ。


 部屋で装備を一通り揃え、ルーシアに関する後ろ向きな思考を振り払って、ギルドへと足を前に進める。

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