天獄炎龍
どうやら意識のみの存在であった間に、毒素は分解していたらしい。さすが、天才である。自分で言うのもあれだけど。
「さてと。異世界転生と言えば、人智を超えた異常な強さ、だよな……強すぎない程度って言ったはいいけど、もしかしたら異様に強かったりするかもだし……まずは剣からか」
柄を両手で握る。大学入ったばかりの時に試しにやった剣道では、全国大会一位、しかも七段の選手に勝ったことがある。あの時の要領でやれば、ゴブリン程度はなんとかなるだろう。
ゴブリンが一匹近寄ってくる。両手で柄を持った剣を下段に構え、軽く腰を落とす。意識を目の前の一匹に集中させ、ザッと音を立てて地面を強く蹴る。
生物を殺すのに躊躇いはない。今まで実験のために、何百何千と殺してきたのだから。それに、ルーシアとの約束もある。こいつらを倒す。まずはそれから始めるのが、この約束を守ることの第一歩だ。
──この剣軽いな。両刃だけど、構造的には日本刀に似ている……居合いも経験あるし、正直扱いやすくて助かる
そして、目の前のゴブリンに向けて剣を振り上げる。ヒュゴッという空気を斬る音と、ザシュッという肉や骨を斬り裂く音が同時に響く。
──動きは前世の僕と同等、か。見た目の割にしっかり鍛えられてるし、この歳でこれだけ動けるのはなかなかに凄いな
などと、ルーシアの今までの努力を称賛しながら、流れるように次々とゴブリンを斬り伏せる。
そして、二十匹を三十秒ほどで斬り伏せた。残りの数は、ボスであろうあのでかいホブゴブリンを含む、四十匹前後。
「よし、剣の感じは上々っと。次は魔法か」
そう、魔法である。神的な人には、全属性使えたらいいと言ったが、こういう異世界転生では魔力量が尋常じゃない、というのが定番である。
前世に何度か見た「なろう系」と呼ばれる作品では、大抵がそれだった。この世界もそれと同様魔力というものが存在するのは、ルーシアの記憶から認知済みだ。
「さて、どうかな」
まずは炎をイメージする。どうやら、案の定イメージでの魔法も使えるらしい。
──そういや、さっきルーシアが無詠唱でちっちゃい火の玉作ってたっけ。僕もそのくらいかな
そう思いながらも、出来る限り大きく、とイメージを続ける。
火は物質が酸化する際に発する熱と光によって起きる現象だ。つまり、物質の酸化のイメージを強くするほど、温度は上がり、大きさも大きくなる。魔力を使えば、普通では起こりえないことも起こせることは、僕はなんとなく察していた。
そして、完成した火の玉は……
「……うん、異常だな」
直径五メートルに達していた。おそらく、まだサイズアップを図れるだろう。
しかし、これ以上はデカすぎる。このままでは無駄な被害が出るだろうから、僕は形状を変化させることにした。
──炎、炎かぁ……炎っつったら、やっぱ龍かなぁ……ゲームとかでも、よく炎の龍出てくるし。せっかくだ、名前つけるか、技名
「天獄炎龍、炎舞!」
即興の命名により、炎の玉の頂上から細長い何か、まあ、勿論龍が飛び出した。
龍が飛び出すほど玉は小さくなり、そして細い体躯に四本指の手足が四本生える。完全なる炎の龍となった。
「ゴブリンさんたち、逃げるなら今のうちですよ! 流石に森の中にこれを打ち込むわけには行かないんで!」
「ひ、怯むな! あんなのただの見せかけだ! やっちまえ!」
他の冒険者たちは目をひん剥いている。それもそうだろう。多分、誰もこんな魔法見たことないはずだ。
「そーですかそーですか……じゃあ、やっちゃいますね」
「かかれぇ!」
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
剣を地面に刺した僕が手を鳴らした瞬間、炎龍は駆け寄ってくるゴブリンを巻き込みながら、踊るように地上スレスレを舞った。残るものは、何もなし。温度にやられたのか、草すらも残っていなかった。いかん、やり過ぎた。
そして、十秒と経たないうちにホブゴブリン以外のゴブリンは一掃された。
炎の龍を消した僕は、残ったホブゴブリンに話しかける。
「さて、残るはあなただけです。魔法なしのワンマッチでどうです?」
「……舐めやがって、小娘が……っ! 吹き飛ばしてくれるわ!」
「それじゃ、やりますか」
地面に刺さっていた剣を抜いて、両手で持って正面に構える。
すんごい形相のホブゴブリンに対して、僕は余裕の表情を見せていた。
ホブゴブリンが掠れた雄叫びを上げながら駆け寄ってくる。そのスピードは、この巨体でありながら普通のゴブリンよりも速く、上段に振り上げられた棍棒を、僕を潰さんと振り下ろした。
勿論、この程度なら天才である僕には何も問題は無い。ごめん、自分で天才って言ってて恥ずかしくなった。今のナシ。
「無理しない方がいいよ。動きすぎると、出血でゆっくりと死に近づくだけだから」
「……は?」
ホブゴブリンの背後。僕はそこに立ち、剣に付いたホブゴブリンの血を振り落とす。地面には赤い斑模様が出来上がる。
その直後。ホブゴブリンの体の様々な場所から血が噴き出した。その噴き出し元には、幾つもの切り傷が刻まれていた。
少し体を酷使したかもしれないが、僕はほんの一、二秒の間に、ホブゴブリンの体に十数、事によっては数十カ所の切り傷を残した。面倒だから数えてなかった、ゴメンね。
「ウ、ア、ガアァ、アアアァァァアッッッ!」
「苦しい? でも、お前らがあの村の人達に、ルーシアに与えた苦しみは、この程度じゃないからな。死で償えると思うな、残虐な魔物」
高さが届かない。地面を蹴り、飛び上がる。
水平に薙いだ剣は、全くの抵抗がなかったかのように振り切られた。直後、ホブゴブリンの耳を劈くような悲鳴が鳴り止み、力を失った巨体が膝から崩れ落ちた。
魔物の襲来は終わった。
♢
「いいか、これからは学校を出る際はちゃんと教師に報告するように。今回は魔物の襲来を未然に防いだ、ということで罰則は与えないが、これからはこうはいかないからな。あと、今回のことをこれ見よがしに、魔物の襲来を盾に学校を出ようとするのもなしだ。分かったな?」
「は、はい……」
学校に戻った僕は、担任のフルドムから説教を受けていた。僕にとっては、一度目も通して人生初めての説教である。でもまあ、校則──あるのかは分からないが──を破ったのは僕……実際はルーシアだが、まあ同じようなものなので仕方あるまい。
「多分、領主様から褒賞金が少し出るだろうが、それを使うのは休息日だけだからな。今日の授業はもう終わったが、明日はちゃんと来るんだぞ」
「はい!」
今度はちゃんと返事をして、僕は寮へと戻ることにした。
おそらく、僕のルームメイトの三人は既に部屋にいるだろう。女子ばかりの部屋に行くのは、少し気が引けた。
僕とルーシアは、今どう言った状態なのだろうか。融合した、とは思えない。記憶は多分共有されたんだろうけど、意識は完全に愛斗、つまり僕のものだ。
「そもそも、なんで女子に転生するんだよ。普通男子じゃないのか……」
──これも所謂、TS転生、というやつなのだろうか
前世では、女性経験は全くなかった。そもそも、男子友達すら居なかったのだから、そんな経験があるはずもないだろう。それに、勉強なり研究なりに奔走しまくっていたのだから。
……遠回しに言うのはやめよう。童貞だったわけだ。そして、女子へと転生した今、それを捨てることは叶わなくなった。
「一度くらい、してみたかったもんだよ……」
「してみたいって、何をですか?」
「おひょ!?」
いきなりなんだよ! 変な声出たじゃないか!
金色のウェーブのかかった髪に、どちらかと言うと可愛い顔立ち。
──確か、ルームメイトの上級貴族のアルミリアさん、だっけ……
「私でよければ、願いを叶えて差し上げますよ?」
──……迷うな。もうその願いは叶えられないんだから
「い、いや、なんでもないんですよ! ちょっと、色々あって……」
「そうなんですか? それならいいのですが……それより、今日何故授業に来なかったんですか! 初日から授業をサボる人など、初めて見ましたよ!」
「あー、うん……そのうち分かりますよ」
どのみち、すぐに噂になるだろう。すぐに話す機会もあるさ……
今日は初日ということもあり、授業は午前中で終わっていたらしい。まだ昼過ぎなのにアルミリアがここにいるのは、そういうことだろう。
ゴブリンを殲滅した後は、あの援助に来てくれた冒険者に連れられて、ギルドとギルドマスターへの報告が忙しかった。そのため、学園に戻った時には、既に授業は終わっていた。
アルミリアは納得してなさそうな顔をしたが、僕としては早く休みたかった。意識としては特になんともないのだが──前世ではテレビ局のお偉いさんと会うことも、それこそ、一度国のお偉いさんに会ったこともあったため、このくらいではさほど緊張しない──、やはり慣れないことをした、僕が表に出る前のルーシアとしての疲れが大きい。
部屋に戻ると平民ズに質問攻めをされたが、アルミリアと同じ返事をして、「夕飯に起こしてくれ」と頼んで、そのまま眠りについた。