別れ、そして始まり
かなり盛大に攣ったのか、立ち上がることも辛く、皆の目の前でミリアにおぶってもらうという、本当に締まらない事態になってしまった。なんとも、お恥ずかしい限りです。
ミリアの背中で揺られ、早数分。学園は既に遠目にしか見えなくなり、皆の姿も消えてしまった。
大通りに出てみると人がごった返していた。ちょうど昼食時だからだろうか、女性の姿が多く思える。
地球に比べるとマシだとは思うが、やはりこの世界でも女性が家庭、男性が仕事という考え方が罷り通っているらしい。
とは言うものの、やはり性差による能力差はどうしようもなく出てしまうもので、現代と比べて力仕事の多いこの世界では、女性が働くことは多少難しいものなのだ。
ボクのような強い女もいるにはいるが、それも限られたものだろう。地球の人類と比べると強靭で強力な身体の作りをしているが、それでも人によっては地球人よりも弱かったりする。
ただ、中世くらいの日本と違って「女性は子供を産むもの」といった意識は薄く、どちらかというと大事にされている印象はある。この街の中での印象でしかないが。
「シア、脚大丈夫?」
「ちょっと落ち着いたかな。出来ればもう少しこのままお願いしたい、痛いから」
「はいはい。頼ってくれて嬉しいよ、最近じゃ私よりシアの方がしっかりしてて、お姉ちゃんらしいところ、見せられてないから」
うっ、と言葉に詰まってしまう。
ルーシアがしっかりしてないとは言わないが、そりゃあ勿論生きてる年数はボクの方が二倍近く長い。信条愛斗として十七年、そしてルーシアとして三年──こっちと向こうでは一年の月数が違うが、約一年と換算する──、計二十年生きているのだ。
ルーシアは十年、ミリアも十九年だ。そう考えると、ボクが一番年長であり、しっかりしていてもおかしくはない。
だが、今のボクは十三歳のルーシア。あまりしっかりし過ぎていても、ミリアに怪しまれてしまう。今更な気もするけど。
せめて、村を取り返すまではバレないよう、なんとか立ち回りたいと思っているが、もしかしたら難しいかもしれない。
今のようなルーシアの年齢や性格に見合わないような点を突かれると、ちょっと怯んでしまう。どうすればルーシアの意識を目覚めさせられるのか分からない今、ボクのお陰でルーシアが生きていると思う反面、ルーシアの人生を奪っているという罪悪感もある。
ボクが何も言えないでいると、ミリアが小さく鼻を鳴らして言葉を続けた。
「でもね、しっかりしてきてよかった、とも思うんだ。旅に出るんだったら、一人で生きていかなきゃいけないし、そのためにはしっかりしてなきゃいけない。今のシアだったら、きっと大丈夫……そう思えるの。だから、いつでも送り出せる。まあ、寂しいけどね」
「リア……」
「それにさ。Aランク冒険者にすら勝つくらい強くなって、凄いなって思うよ。アレニルビアに来てから毎日頑張って、学園に特待生で合格して、ずっと頑張ってここまで強くなった。ずっと宿で働いてた私なんか、姉って名乗るのも恥ずかしいくらい、シアは凄──」
「恥ずかしくなんかない!」
ミリアが足を止める。少しして、声を荒げていたことに気付く。ごめん、と慌てて言ってから、どうしてこんなにも感情が昂ったのか探ってみる。でも、考えるまでもなくすぐに分かった。
「……リアのお陰で、ボクは今を生きてる。あの日、リアが村から連れ出してくれたから……あの日、リアが応援を呼んでくれたから……いつも、ボクを支えてくれたから。恥ずかしいなんて言わないで。リアがそんな風に思うのは、ボク、嬉しくない」
きっと、ルーシアも頑張っただろう。ルーシアも、謙遜するミリアに声を荒げただろう。
もしかしたら、ここまで強くなっていないかもしれないが、そう思う。記憶を共有して、ルーシアとボクは似ていると分かっているから。
ボクは、母さんの不自由をなくすために、毎日勉強を頑張った。特例で飛び級するくらいに賢くなって、そして装置を完成させた。ルーシアは、村を魔物に追い出されて、二度とそんな目に遭わないために、ミリアも、他の人も辛い思いをしないために、頑張った。そして、学園に合格し、魔物の襲来も自分で対処しようとする勇気も見せた。
ボクもルーシアも、誰かのために頑張る人間なのだ。どうしてそこまで頑張るのかは、正直自分でも分かったものではないが、頑張る。命を懸けてでも、頑張る。
だから、ルーシアもきっと、ミリアが自分を恥ずかしいと言えば、否定するだろうと思った。
「そっ、か……ごめんね。私、シアの戦う姿を見て、弱気になってた……ううん、ちっぽけな存在なんだと思ってた。強くて、かっこよくて、賢くて……大きな存在のシアと比べて、私って小さいんだなって思ってた。でも、そっか……シアの中で、私は大きい存在なんだね」
「そうだよ。リアは、ボクにとって凄く、すごーく大きな存在。何度も命を助けてくれた、かけがえのない人。だから、そんなに自分を蔑まないで。自分に自信を持って、自分の生き方を否定しないで」
「……ふふっ。シア、なんだか何十年も生きた人みたい」
「うぇっ⁉︎いや、ボクはまだ十三で……あれ、まだ十二か……?」
誕生日が判明してないから正確には分からないが、十歳になる年に入学したのだから、今は恐らく十二だ。多分、誕生日は十二月頃だから。
「冗談だよ。もう、そんな若々しい肌して何十年も生きてるなんて、羨ましいくらいよ。でも……うん、ありがと。元気になれた」
「それならいいけど……っと」
「脚、大丈夫?」
「うん。話してるうちに治った」
何度か右足を踏みしめて確認するが、歩けない程の痛みではなくなった。
軽やかにステップを踏んで、ミリアの前に立つ。そして、ちょっと前傾姿勢になりつつ上目遣いに目を覗き込み、歯を見せてニカッと笑って見せる。
「例え世界では小さくても、誰かの中では大きな存在だったりするものだよ。だから、世界なんて大きなものを見ないで、近くの大事なものだけを見ようよ。その方が、きっと幸せになれる。だって、幸せは近くにいくらでも転がってるんだから」
「……また、年長者みたい。うん、分かった、そうする。大事なものを見て、大事なものと幸せを掴む」
なんて、全ての人を幸せにしたい、などと言ってる人が言うセリフではないだろうが。でも、これがミリアの幸せに繋がるのならば、ボクは自分を枠から外した発言だって、厭わな──
「シアも、一緒にね」
「……ぁ」
優しい温もりに、包まれる。心が、ぽかぽかと温かくなる。
たくさんの温かい感情の中に……いくつかの、負の感情が湧き上がる。ボクがルーシアではないというものと、前世で妹に優しさを与えてやれなかったというものだ。
「……うん」
こう答えるしか、なかった。
ミリアがボクから離れる。抱き締められていた温もりが、まだ残っている。でも、心の内は、温かさと冷たさが鬩ぎ合い、穏やかではなかった。
「それじゃあ、宿に戻ろっか」
「……うん」
俯き気味だった顔を上げ、ミリアの顔を見た瞬間、僅かに懐かしさが込み上がる。
ミリアの顔立ちの、どこに懐かしさがあったのだろうか。
この世界の人々は、どちらかというと西欧寄りの顔立ちをしている。ルーシアは童顔ということもあり、ちょっとお人形っぽさもあるが、アジアとは違う。
ただ、ミリアには少しだが、アジア系の顔立ちを感じた。それこそ、日本人と似通っている。日本人とイギリス人のハーフ、と言われても不思議はないかもしれない。
まさか、ピクシルの言ってたもう一人の転生者と関係が……いや、その転生者は何千年も前の人物だ、ありえない。子孫という線もあるだろうが、それだけの年数が経ってはクォーターどころではない。先祖返りも甚しすぎるだろう。
このことは今は考えないでおこう。もしかしたら、たまたまそんな気がしただけかもしれない。
そう結論付けて、一度忘れることにした。
先に宿に向けて歩みを進めていたミリアの後を、駆け足でその背中まで追いかけた。




