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レイル戦、決着

 レイルが動く前に、バックステップで距離を作りながら、創り出した火球を三つ周囲に投げ付ける。地面に着いた瞬間に三連続で爆発し、レイルの周辺は土煙で覆われた。


 魔力振動で位置を確認しながら、着地と同時に土魔法で弾丸を作り出し、イメージで回転を加えながらレイルへと十個程飛ばす。


 見えない中でこの数、しかも速度は弾丸とほぼ同じだ。流石のレイルも防御出来まい──そう思ったも束の間、土煙からレイルが姿を見せた。その体には一切の傷を負っていない。いや、魔力振動でレイルが全ての土塊を斬ったのは確認済みだ。


「ぜらあ!」


 レイルの斬撃が再び嵐のように去来する。


 ボクの体力は、もうほとんど尽きている。魔法はまだ使えるが、脳があとどれくらい持つか分からない。少なくとも、《天獄炎龍》を使う余力がないことは確かだ。


 風刃を中心に、レイルの攻撃をすんでのところで防御する。しかし、これももう数秒と持たないだろう。


 打開策はないか、頭をフル回転させて記憶の底を探る。


 無理矢理剣を弾いて隙を作る。もう一本でやられるだろう、却下。魔法で吹き飛ばす。体勢を崩せなければ、すぐに詰め寄られて終わりだろう、却下。地面を凍らせて動きを封じる。意識を向ける余裕がない、却下。


 浮かんでは却下を繰り返す。その間も、レイルの攻撃は止めどなくボクを襲い、なけなしの体力もどんどん削られていく。


 呼吸もままならなくなり、肺も痛い。腕も脚も重く、頭も痛い。歯を食いしばって、根性で耐えるが、それも最後の抵抗でしかないだろう。


 もう、この戦いに勝算はない。力量の差も、経験の差も、全てが劣っている。


 ボクの負けだ。


 そう思った瞬間、レイルの一振りがボクの剣を大きく弾き、派手に体勢を崩した。


 剣を持つ右腕は大きく後ろに弾かれ、防御には間に合わない。疲れのせいか、魔法を使うことに意識が集中出来ない。


 チャンスと見たか、レイルは大きく腰を落とし、跳び上がる素振りを見せる。恐らく、あのまま二本の剣を振り上げ、地面を砕く勢いで振り下ろされるのだろう。距離が少し空いているから、死に至ることはないだろうが、大きなダメージを負うことは確実だ。


 負けた。ボクは、本気で戦って、負けた。諦めよう、もう、勝てない。ボクの──


「勝てー! ルーシア ────ッ‼︎」


 不意に、鼓膜を揺らす声が聞こえる。今まで試合の途中、レイル以外の声は聞こえなかった。だが、確かに今、聞こえた。ボクに、勝てと言う声が聞こえた。


 聞き覚えのある声だ。いや、毎日のように聞いてきた声だ。


 そういえば、試合前に言ってたな、「聞こえなくても全力で、でっかい声で応援する」って……チルニアの奴。


 まだ試合は終わっていない。何諦めているんだ、ボクは。逆転の余地はない? だからって戦いの途中で諦める奴があるか。


 視界は若干霞んでいる。でも、レイルの姿は捉えられる。今、跳び上がった。


 負けるな、ではない。勝て、と言われた。ならば、勝つしかないだろう。


 記憶の奥底から、昼前のことが思い浮かぶ。僅かな勝利への希望の光が灯り、細く笑みが溢れる。


 全身が痛む中、無理矢理体勢を整える。浮かんだ右足を地面に着け、仰け反った上半身を前に屈めさせ、左腕を正面に構える。


 そして、レイルが剣を振り下ろし始めた瞬間、ボクは収納魔法に放り込んだあの簡素な盾を、左腕に嵌める形で具現化する。紐を結んでいないため、この試合で使うのはこれ限りだろう。そもそも、入れていたのを今の今まで忘れていたが。


 左腕に僅かな重みが加わった瞬間、レイルの剣が霞むように動いた。直後、全身を衝撃が貫く。


「──────ッッ!」


 先刻の、ボクの攻撃なんて比じゃない。身体中を襲う痛みに、声にならない悲鳴を漏らしながら耐える。恐らく、至る所の骨や筋肉が逝っているだろう。


 体を支える両足を中心に、地面が大きくひび割れる。ボクを中心に、闘技場が窪み、クレーターが出来上がる。


 衝撃を堪えながら息を吸い込み、鋭く吐くと同時に左腕に力を込める。


「らあっ……ああああっ!」


 左腕を振り切る。力で押し勝ち、レイルが大きく仰け反った。


 勝負は、剣で切り傷をつけることにより決する。あの盾はしっかりと役割を果たし、ボクの左腕には──衝撃により骨はボロボロであろうが──一切の切り傷を残さなかった。振り払ったと同時に、どこかへ吹き飛んでしまったが。


 振り払った勢いそのまま、右足を前へと踏み出し、右手に握る剣をレイル目掛けて突き出す。これで届かなければ、ボクはもう勝てないだろう。


 祈りながら突き出した剣は、僅かに硬いものを捉えた感触を手に伝えた。


 僅かな、ほんの一瞬の静寂が訪れる。


 霞んだり、ピントが合ったりを繰り返す視界を上げる。そして、剣先二センチ程がレイルの左肩に刺さっているのを、確かに視認する。


 途端に全身から力が抜け、その場に背中から倒れ込む。


「……勝っ、た?」


 呟くと同時、四方八方から歓声が轟いた。試合前とは比較にならない程、それこそ、この会場を揺るがす程の歓声が、闘技場内を包んだ。


『なんと、これは大番狂わせだ! ルーシアが、レイルを打ち破った!』


 実況の声が響き、ボクの勝利を実感する。


「ああ、勝ったんだ……」


 掠れた声で、小さく呟く。


「いやぁ、負けた負けた」


 仰向けの視界の中に、レイルが入り込む。既に剣は二本とも、鞘に収められていた。


「随分と、余裕そうだね」


「まあ、このくらいの試合時間ならな。ああでも、勘違いするなよ。俺は全力でお前と戦って、お前に負けた。これは事実だ」


「ふふ、そっか……」


 全身が重く、今は体を起こすのも難しい。剣を仕舞うなど、絶対に無理だ。


 魔法を使おうにも、頭がズキズキと痛み集中出来ない。そもそも、全身がボロボロで痛みが訴えかけているのだ。一度気の抜けてしまった今、この痛みを抱えて魔法を使える程、ボクは頑丈ではない。


「取り敢えず、控え室に向かうか。運んだ方がいいよな?」


「お願い」


 そう答えると、レイルはボクの剣を鞘に仕舞ってから、ボクの背中と腿裏に手を差し込む。待て、これってまさか……


「よっ」


 レイルに抱きかかえられた。そう、俗に言うお姫様抱っこというやつで。急速に恥ずかしさが込み上がる。


「ちょ、まっ」


「どうした。暴れると落ちるぞ?」


 いや待て、落ち着くんだボク。この世界にお姫様抱っこという概念はないかもしれない。いや、レイルがそういうの知らないだけかもしれないけど。ラノベ主人公っぽいし、あり得るけど。


 そのまま、レイルにお姫様抱っこで控え室へと運ばれた。顔が赤いのは、痛みを我慢しているからだ。そうに違いない。


 控え室に入ると、近くにある椅子へと座らされた。


 なけなしの集中力で魔力振動を使い、体のダメージを確認する。脊髄にこそダメージはなかったものの、腕も脚も肋骨も、至る所に骨折が見て取れた。筋肉も、いくつか切れている。左腕は尚更だ。


「二人とも、お疲れ様。ルーシアちゃん、回復するね?」


「お願い、ユリリーナ」


 控え室に入ってきたユリリーナが、椅子に座るボクに近付いて詠唱を唱え始めた。ユリリーナの周りの魔力が乱れ、魔力の集まりが一つ彼女の前に顕現する。


「あ、待って。リターン・ヒールはやめて」


「えっ?」


 ボクの唐突の言葉に、ユリリーナの詠唱が途切れて、魔力塊が霧散する。


「レイルとの戦いを、無かったことにしたくなくて。完治じゃなくていいから、普通の回復魔法でお願い」


「……分かった。もう、ホント二人とも似てるんだから」


 そう呆れながら微笑を溢し、さっきとは違う詠唱を唱え始める。そして、《ヒール》の言葉が紡がれた瞬間、全身から痛みがある程度引いた。


「もう一回しようか?」


「ううん、これなら自分で大丈夫」


 ユリリーナの使った回復魔法は、謂わば本人の治癒能力を限界まで引き出すものだ。でも、それには勿論限界がある。痛みこそだいぶ引いたが、骨折や筋肉のダメージは、完治はしていない。


 唯一、ダメージが少なく今の回復魔法で全快した右腕を胸に当て、目を閉じてイメージする。細胞を複製し、筋肉や骨を繋ぎ合わせ、元の状態に戻していく。


 一分程続けると、痛みは若干残っている──これは恐らく脳の錯覚だろう──が、体は完治していた。問題がないか軽く動かしてみて、安全を確認して一度頷く。


「よし、オッケー」


「もう大丈夫なのか?」


「うん。そっちは?」


「俺の方も問題なしだ。つっても、肩に突き刺さったやつ以外、ほとんどダメージなかったけどな」


 そう言われてしまうと、なんだかやるせなくなってしまう。何せ、こっちは全身ボロボロになりながら勝ったと言うのに、負けたレイルは敗因のダメージ以外無傷なのだから。


 しかし、それは仕方ないことだろう。力量も経験も負けているのだから。そんな中で勝ったのだ、誇らしいよ。


 と、思うのだが、流石にこの疲れ度合いは無視出来ない。回復はしたものの、戦いの前に身体の時間を戻したわけではないため、疲労は完全に残っている。頭も、ズキズキと偏頭痛のような痛みが主張をやめてくれない。


「魔法の使い過ぎか……いや、いつもよりリミッター外す時間が長かったか?」


「リミッターってなんだ?」


「レイルもやってたでしょ。ほら、滅茶苦茶集中して、身体能力の限界を突破するやつ」


「ああ、『激化』のことか」


 「激化」とは何ぞや。いや、何ぞやではなく、どう考えてもリミッターを外すことだろう。どうやら正式名称はそう言うらしい、こっちの世界では。元の世界では、多分ゾーンとかそんな感じだったろうが。ただ、身体の構造や能力の向上があまりにも違うため、ゾーンという表現を避けたのはある。


「まあ、確かに、あれすっげえ疲れるよな。それに、最近は使える奴も減ってるしさ。使えてもほんの短時間しか使えなくて、勝負にならないー、なんて奴も結構いたよ」


「そうなんだ。じゃあ、最近では廃れた技術になってきてるのか」


「そうだろうな」


 せっかく凄いことなのに、それは残念なことだ。でも、剣での戦いには限界があるだろうし、仕方のないことではあるのかもしれない。魔法の方が有用、という面もあるだろうが。


「にしても、いやー……負けたのは悔しいなあ! しかも、白髪紅目によー!」


 レイルが腰に両手を当てながら、壁へともたれ掛かる。ぽすっと音が鳴り、二秒程溜息を吐いた。


 何故白髪紅目を気にするのか、と思ったが、先日のレイルの発言を思い出して納得がいった。


 ギルドで初めて会った時、レイルが三人しかいない白髪紅目の話をしていた。うち一人はボクとして、残り二人のうち片方は世界最強などと謳われている存在だ。恐らく、その世界最強となんらかの関係があって、ボクへの敗北を余計に悔しがっているのだろう。


「はあ……《凶獣殺し》なんて呼ばれるようになってから、結構な奴と戦ってきたけど、負けたのはお前で三人目だよ……クソー、マジで悔しい!」


 本気で悔しいのだろう。レイルの瞳には未だに闘志が宿っている。


 というか、あれだけ強かったのに、レイルより強い人がまだ二人もいると言う。もしかして、世界最強の白髪紅目さんは、その一人ではないだろうか。もう一人に関しては予想も付かないが。


「運が良かっただけだよ。もう一度戦ったら、多分もう勝てない。今のボクじゃあね」


「そうだろうけどさあ……ほら、やっぱり一回目って大事だろ? これで勝てたら、スゲー自信付くじゃん」


「分からんでもないけど」


 あまりにもオーバーに悔しさを顔にも口にも出すものだから、つい苦笑が漏れてしまう。見ていて面白い。


「でもまあ、これだけ強けりゃ任せられるな。トレント、お前に全部懸かってるんだから、気張ってくれよ。俺も、ユリナとのコンビで本領発揮して、お前をピンチから救ってやるからよ」


「頼もしいことこの上ないよ。よろしく」


 右手をレイルに向けて突き出すと、レイルも寄り掛かった壁から離れて、その手を握り返してきた。


「……なあ、ルーシア」


 レイルが不意に、真剣な表情と声で呼び掛けてくる。その視線は、ギルドの時と同様右手を貫く傷痕に注がれていた。


「その傷、どういうものか知ってるか?」

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