決闘
控え室に入り、装備の最終チェクをする。学園支給の革製の防具の紐が緩んでないか、ブーツが脱げないようしっかり結ばれているか、コートは全てのボタンが留められているか、鞘は剣帯から抜け落ちないか。
確認が終わり、立ち上がって、軽くアキレス腱や筋肉を伸ばして解す。
秋も終わり近い今の時期、やはり空気は冷たい。しかし、張り詰めた緊張感や強敵との戦いというワクワク感が、内側から体を熱くする。
控え室に一人だけ立っている女性が、闘技場へ向けて手を挙げる。どうやら、準備完了の合図らしい。
『さあ、お互いの準備が済んだようです。特別な事情でいつもより早く行われる、この卒業試合。戦士の紹介をしましょう』
風魔法かそのあたりの魔法で拡大されているであろう音声が、闘技場に響く。多分、魔法陣でも施された魔道具でも使っているのだろう。
「どうぞ」
控え室の闘技場入り口近くに立った女性が、その入り口へと誘導する。それに従い、女性に軽く一礼してから、闘技場へと身を晒す。
瞬間、歓声が轟いた。観客席を見渡すと、ほぼ全席が埋まっているではないか。
『街中では知らぬ者はいない、《火炎大蛇》で名の知れた天才少女、ルーシア!』
紹介をされた瞬間、更に歓声が大きくなる。恐らく、この卒業試合というのは、街の人達にとっても年に一度の一大イベントなのだろう。
視線を正面に戻すと、向かいの入り口に立ったレイルと目が合った。不意に、とてつもない圧がボクを襲う。トレントと対峙した時とはまた別の、純粋な戦意の圧力だ。
『続いては、数多の凶暴な魔物を屠ることから、《凶獣殺し》の異名を持つAランク冒険者、レイル!』
レイルが陰から身を現し、歓声が更に膨れ上がった。
幼さの残る中性的な顔に張り付いた笑みからは、そんな印象すらも吹き飛ぶくらいの鬼気を感じる。アルミリア達と戦った日の比ではないくらいに、ボクの身を喰らい尽くさんとする。
これが、戦場における、本物の戦士なのだろう。でも、怖気付いてもいられない。ボクは今から、このレイルに勝つのだから。
「随分と鍛え上げてるな。感じるぜ、お前の覇気。今日は楽しもう」
「勝たせてもらうよ。初めから本気で行かせてもらう」
闘技場の中央で向かい合い、短く言葉を交わす。お互いに背を向け、十メートル程の距離を置いて、再び相向かい合う。
意識をレイルに集中させる。周囲の歓声、実況の拡張されたボイスが徐々に遠ざかる。
腰の剣を抜き、正面に両手で柄を持ち構える。対峙するレイルも、背中の二本の直剣を同時に抜く。しかし、剣を持つ両腕はダランと垂れ下がり、構える様子はない。いや、もしかしたらそれがレイルの初期フォームなのかもしれない。
どこから来るのか、予想が出来ない。でも、どこから来てもいいように特訓してきたのだ。
『試合開始!』
僅かに耳が捉えたその言葉の瞬間、レイルが目にも止まらぬ速さで動いた。
左から迫る剣を払い、右上から襲い来る剣を手首を切り返して受け止める。
そして、嵐のように降り注ぐ斬撃の豪雨を、細かいステップと最低限の切り返し、風魔法の風刃で全て対応する。
脳が焼き切れそうな程に意識を研ぎ澄ませ、魔力振動による空間感知と、視覚による動きの視認、シックスセンスとも言えそうな直感をフル稼働して、レイルの攻撃を受け止める。
レイルの攻撃は粗雑なようで、精錬されている。狙いは確実にボクの防御しにくい所を選び、重さはアニルドのものなど可愛いくらいだ。速さも斬撃にも拘らずアルミリアにも劣らず、以前のボクなら確実に二秒ももたなかっただろう。
でも、今のボクはピクシルとの特訓で、高速の攻撃には慣れている。それに、レイルの攻撃は一方向からだ。重さという点を除けば、難易度は高くない。
レイルの攻撃を躱し、ほんの一瞬出来た隙に背後へと回り込み、回転をそのまま勢いとし、蹴りを見舞う。
だが、流石の反応速度と言うべきか、素早い身のこなしで距離を作られる。
「やるな。今ので決めるつもりだったんだけど」
「二刀流のアドバンテージは、攻撃の速度と手数だからね。それを考慮して、特訓メニューは組んでたんだよ」
「なるほど、そりゃ対応されるわけだ」
「次は、こっちから行かせてもらう!」
地面を蹴り、レイルへと剣を振る。だが、こんな一撃が届くはずもない。交差させた剣で受け止められる。
右へと跳び、真っ直ぐ前、斜め四十五度程の角度をつけて、上空へと跳び上がる。
捻りを加えながら空中で前転し、地面を蹴る。上空から弾丸のように振る斬撃に、レイルは一瞬の逡巡を見せるが、すぐに体を捻りギリギリで躱す。
そう、これがボクの考えた新しい戦法だ。と言っても、ポケットなモンスターのアニメで、主人公と相棒がよくやるやつだが。
言うならば、三次元戦術だ。勿論、室内と比べると、この闘技場内の空間は立体的に動くための足場は少ない。でも、ボクには魔法という便利なものがある。
土魔法で小さな足場を作り、風魔法で反対から押すことで、ボクが着地した時の衝撃を吸収し、蹴って加速が出来るのだ。これを繰り返すことで、四方八方、そして上空からの攻撃を可能にしている。
練習こそ一週間しか出来ていないが、コツさえ掴んでしまえば難しくはなかった。
足場の向き、そしてそこに垂直に着地するための身のこなし。これらさえ出来てしまえば、あとはスピードを上げれば実戦でも使える。
室内を飛び交う弾丸のような、あらゆる方向からの攻撃に、レイルも打開策を見つけられずにいるのだろう。防戦一方となっている。
スピードに乗った一撃は重く、方向の読みにくい攻撃はかなり精神をすり減らす。表情に若干の焦りが見えた。狙うなら、今だろう。
あえてゆっくりと空中に作り出した足場に踏み込み、レイルの目の前を通るように蹴る。それを見逃すレイルではない。一瞬でタイミングを合わせて、ボク目掛けて剣を振り下ろす。
「なっ」
しかし、その剣はボクを捉えたにも拘らず、一切の抵抗もなく振り切られる。
直後、レイルが背後へと左手の剣を振るう。レイルの左前に落下していた土塊から、背後にいると推測したのだろう。勿論、その推測通り、ボクは背後からレイルに斬り掛かっている。
レイルの剣が、ボクの胸を横一文字に切り裂く。痛そうだなあ、あれ、などと思ううちに、ボクの姿は消えた。
そう、レイルが見て斬っていたのは、ボクが光魔法で見えさせた偽物のボクだ。あえてレイルが反応出来るよう、ゆっくり動かせたのも、落下していた土塊で動きを読ませたのも、この一瞬を作るため。
レイルが左右へと視線を移動させる。そして、上へと振り向いた。
それと同時に足場に着地したボクは、限界まで脚に力を込めて飛び出す。
ギャアアアアァァアン──と、鼓膜を劈かんとする爆音が響く。
かなりの初速を伴ったボクの落下斬撃を、レイルは交差した二本の剣で受け止めている。相当な威力を物語るように、レイルの全威力を支える両足を中心に、地面の土に小さな地割れが出来ている。
空中から着地し、鍔迫り合いでは敵わないと予想して、バックステップで距離を取る。
「二段構えのフェイクとは、驚いたよ。それに、随分と面白い戦い方をするな」
「流石だね……今ので、決めるつもり、だったんだけど」
僅かに乱れた呼吸を整えたレイルに、先刻のレイルの発言とよく似た文言で答える。でも、こうも激しい戦いはほとんど経験がなく、随分と息が上がってしまっている。
「さて……ファイナルフェーズといこうか」
レイルが深く腰を落とし、左手の剣を前に、右手の剣を後ろに構える。
恐らく、次の駆け引きで決着が着くだろう。レイルの言うように、ファイナルフェーズだ。




