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決闘前

 一週間が経った。仲間内での卒業試合の日の夜は、予定通り夜会を行ったのだが、正直あまり楽しめなかった。レイルのあの迫力を感じた後では、心の底から楽しむことは難しかった。


 そして、一週間の特訓の末、ボクの身体はかなり仕上がっていると思う。


 今日の試合、大事になってくるのは、レイルの二刀流から繰り出される、間隙なき連続攻撃への対処だろう。そのため、特訓は基本的にそれに向けたものを中心に行ってきた。


 朝食を済ませ、今は試合に向けた着替えをしている。いつもの特訓時の服を身にまとい、その上からコートを羽織る。上から下までボタンを留めて、腰に剣帯を巻く。


「よしっ……と。ん?」


 忘れ物がないか物入れの中を見てみると、半円に曲がった鉄板が目につく。長らく使ってなかったが、防具として学園に入る際にミリアからもらったものだ。最後に使ったのは、この前のクエストだろう。その前は多分ゴブリン戦だ。全然使ってねえじゃん。


 確かに、この三年間で防具を必要とする機会はほとんどなかった。剣一本でなんとでもなったし、魔法も組み合わせたら負けはほとんどなかっただろう。


 しかし、今回の敵はこれまでと違う。Aランク冒険者という未知の強さであり、しかも戦闘経験──特に命を懸けた戦いの数が違う。


 今までやってきた戦いは、ゴブリンや盗賊団が相手のものこそ多少の危険はあったが、ボクの意識が目覚めて以降はほとんどのダメージを負わずに勝ってきている。勿論、向こうの命を考えずに戦った結果ではあるが。


 でも、レイルのやってきた戦いは、きっとそんなものではない。「凶獣」などと呼ばれる強敵と幾度となく渡り合い、切り抜けてきた。どんな魔物かは分からないが、恐らくゲームでいうフィールドボス級よりも強いだろう。それこそ、フロアボスのような奴もいたかもしれない。


「……持っとくか」


 どんな展開になるか分からない。可能性を考慮して、持っておくことにした。装備はせずに、収納魔法に仕舞う。


「うし、これでオッケーっと。後は昼まで待つだけか」


 試合の開始は、午後一時頃を予定している。時計などはこの世界にはまだ無いので、大まかな予定になるが。


 朝食を食べ終えたのは十時頃で、言ってしまえば朝食兼昼食である。ただ、時間的に試合後にお腹は空くだろうから、三時のオヤツ替わりに何か食べるつもりでいる。


 試合の行われるコロシアムは、かなりの人数を収容出来るらしい。そして、どうやら賭けも行われるそうだ。まあ恐らく、レイルへの賭け金がかなり多くて、ボクへの賭け金はほぼないだろう。それこそ、よくて仲間達がしてくれるかどうか、くらいだと思っている。


 そうなると、ボクの倍率が凄いことになりそうだ。どういう計算法を取るのか、全く知らないが。


「……ま、ボクがレイルに勝つのは、本当に難しいだろうけどさ」


 例えお互いがリミッターを外した状態で戦ったとしても、経験差はやはり大きい。箱入り娘、と言うには随分自由にやってきたが、レイルの戦闘経験はボクの何十倍もあるだろう。それに、同じ相手とばかり勝負してきたボクと違い、レイルは様々な戦い方をする人と、そして魔物と戦ってきたに違いない。


 勝率がどんなものか知らないが、きっと高いだろう。ボクでは勝てないような相手にも、勝ったことがあるかもしれない。


「……やめだやめだ! マイナスなこと考えたって、何にもならない。前向きにいこう、うん! がんばるぞー、おー!」


 右腕を振り上げる。こういう時、バッドタイミングで扉が開いて誰かが入って来るのがよくあるオチだが、ありがたいことにアルミリア達は特訓に実技場へと出向いている。だから、誰も見ていない。


『あんたって、そういうの恥ずかしくないたちなのね。三年近く一緒にいるけど、初めて知ったわ』


「ピクシルいるの忘れてたああー!」


 地面へと勢いよく項垂れた。うむ、地面に打ち付けた腕が痛い。そして、恥ずかしくて顔が熱い。今、多分結構紅くなっているだろう、見ないでください。


 深呼吸をして、一度爆上がりした脈を静める。まだちょっと顔は熱いが、少しは落ち着いた。


「三時間近くあるか……歩いて行っても十分で着くし、どうしようか」


 今から特訓をするのは、恐らくスタミナが試合中に持たなくなるだろう。それに、起きてから一時間半ほど既にやっているため、今はゆっくりと試合に向けて身体を落ち着けた方がいい。


 かといって、今から二時間半近くずっと動かないのも、なんだか気持ちが悪い。


『お風呂でも入れば?』


「せっかく装備着たのに?」


『別にいいじゃない。それ着るの、五分もかからないでしょ?』


 確かに、装備が面倒な構造をしているわけでも、ボクが太ってサイズが合わないわけでもないから、着るのに関しては大して時間は掛からない。


 だけど、やっぱり一度着たものを(汗などで汚れたわけでもないのに)脱ぐのは、面倒極まりない。


「……でも、さっきは身体拭いただけで、あまりさっぱりはしてないんだよなあ」


 お湯で濡らしたタオルで拭いたとはいえ、やはり実際にお湯に浸かるのとでは大きな差がある。


 時間はかなりあるし、それもいいのかもしれない。服を脱ぐのは面倒だが。


「まあいっか……よし、お風呂に行こう!」


 ということで、試合前に一時間ほどお湯に浸かった。勿論、お湯は魔法でちょちょいのちょいと。


 基本的に魔法使いは、戦いを前にして魔法は使わないのがセオリーだが、ボクの場合は魔法を使ったらすぐに魔力が補填されるため、そういった心配は一切ない。ありがたい作りをしているものだ、ルーシアの身体は。



 二時間半が経って、試合も目の前へと近付いた。


 既にコロシアムへと移動し、入り口前でアルミリア達と集合した。ただ、ボクは試合への集中を始めていて、皆もその雰囲気から話しかけにくいのか、会話はほとんどない。


 レイルの戦う姿は一度も見ていないため、本物をイメージすることは出来ない。でも、前世で見たアニメに二刀流で戦うキャラクターは沢山いた。そこから推測すれば、多少なり戦い方は見えてくる。といっても、やはりそれもハリボテなものでしかないが。


 それに、今回、ボクは新しい戦い方をしようと考えている。そのイメージも、頭の中で何度も反芻はんすうし、確実に定着させる。


「ルーシア」


「……ん、何?」


 意を決したように、アニルドが話しかけてくる。最近は自分の特訓にかかりきりになり、結局皆と会話する機会はほとんどなかったため、アニルドの声を聞くのは久々な気がする。他の女子陣も、夜おやすみを言うくらいで、ほとんどの会話はなかった。


 ボクが気を張り詰めていて、皆がそれを気にして話しかけなかったのだろうが、ちょっと寂しくもあった。でも、そのお陰で今日まで集中して特訓出来たのだから、マイナス面ばかりではない。


「今日の試合、勝てるのか?」


「さあね、ボクもまだ全然分からない。でも、勝つ気ではいるよ」


「そっか」


 アニルドが短く答える。相変わらず、会話を続けるのが下手なものだ。


 そんなアニルドに小さく鼻から息を吐いていると、その横でもぞもぞと落ち着きのなかったチルニアが、いつもの元気な声を投げかける。


「あたし、全力で応援するからね! でっかい声で応援するからね!」


「聞こえないと思うよ、多分」


「それでも! でっかい声で応援するから!」


「分かった……じゃあ、ボクもその応援に応えられるよう、全力で臨むよ」


「うん!」


 チルニアのテンションに、なんだか安心感を感じる。そしてそれが、ボクの中に元気を生む。全く、チルニアの存在は本当に大きいものだ。


「頑張ってくださいね」


「チルニアには負けるけど、私も応援するね」


「うん、ありがとう。期待に添えられるよう、頑張るよ」


 アルミリアとパミーの声援も受け取る。


 期待というものは、時に苦しめるおもりとなることもあるが、逆に時に力となることもある。皆の声援を糧に、今日は頑張らねばならない。


「アニルドさんも、何か言ってはどうですか?」


「……ま、せいぜい頑張れよ」


 可愛げのない奴だ。でも、いつも通りだ。変にテンションを上げられても困惑するし、これが平常運転で落ち着く。この場合の平常運転は、この後にボクのからかいも付属するが。


「どうせなら、チルニアくらい元気に応援して欲しいなあ。ほらもっと、声に魂を込めて」


「……あれは無理」


 アニルドがガチトーンで呟く。ボクも少し考えて、同じ答えに至った。


「……そうだね、ごめん。無理言った」


「あたし何かバカにされてない⁉︎」


「してないしてない、元気で凄いねーって話してたの」


 嘘ではない。


 チルニアが「ほんとかなー?」と首を傾げているが、そこからは目を逸らす。


「まあ、なんだ。応援はするから、勝てよ」


 頰を掻き、視線を斜め下に落としながら小さく言った。若干、頬も赤くなっている。相変わらず可愛いものだ、こういう反応をするところは。


「分かった。勝ってくる」


 時間も程よくなってきた。そろそろ控え室に入った方がいいだろう。装備の最終チェックもしなくてはならない。


「じゃあ、ボクは行くね。また、試合の後で」


「ええ、それでは」


 軽く手を上げて、別れを告げる。いつも通り、代表したアルミリアの送る言葉を聞いて、ボクは控え室へと向かった。

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