強者の貫禄
「勝者、ルーシア!」
フルドムの声が鼓膜を揺らす。短く息を吐き、剣を鞘に収める。
振り向くと、今まで戦っていた仲間達が、地面に座り込んでいた。皆、かなり疲れた様子を見せている。特に、チルニアは頭を抱えて辛そうだ。
「大丈夫?」
近寄って話し掛けると、左目を閉じたままボクに視線を向けた。うん、分かるよ。魔法使いまくった後って頭痛くなるよね。ボクも以前は「天獄炎龍」使った後、頭痛酷かったもん。
「多分……ちょっと休んだら、治ると思う」
「部屋に戻って寝てな。疲れが溜まってるだけだから」
「はーい……」
「じゃあ、私が連れてくね」
「うん、よろしく」
ゔ〜、と痛みを堪える唸り声を喉で鳴らしながら、パミーに肩を借りて寮へと歩いて行った。
二人の姿が小さくなるのを見送っていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「負けた負けた。結局最後まで勝てずじまいかよ」
「やっぱり、ルーシアさんは強かったですね」
「元から勝つつもりなかったくせに」
ボクが指摘すると、二人はほぼ同時に「ゔ」と小さく喉を鳴らす。イタズラのバレた子供のように、先程の姿勢のまま固まってしまった。
「ボクに成長を見せたかったのかな。チルニアやパミーの魔法でボクの集中を分散させれば勝機はあっただろうに」
再び、同時に濁った声が二つ聞こえる。図星だったらしい。どうやら、ボクの推測は当たっていたようだ。
皆の思惑が分かり、胸の奥がギュッとなる。試合も終わってしまい、今度こそ嗚咽が溢れそうになるが、唾を飲み込みなんとか奥の奥へと仕舞い込む。
「……はあ。やはり、バレてしまいますか。流石ルーシアさんですね。良かったですねアニルドさん、伝わって」
「るせぇ……」
頬を紅くして、アニルドが視線を逸らす。なるほど、提案者はアニルドか。粋な計らいをしてくれるじゃあないか。
でも、アニルドの計らいのお陰で、ボクは皆の成長を一人一人感じることが出来た。
確かに、この試合はボクの勝ちで終わった。しかし、この戦いには勝敗以上の価値がボクにはあった。
「……はあ。俺達の成長を見せたんだから、お前に学園での心残りはないだろ。だから、冒険者としてしっかり戦え。戦って、生きてまた俺と勝負しろ。死ぬことは、絶対に許さない」
アニルドの言葉は、重かった。沢山の感情が、思いが、……そして、願いが篭っていた。ボクの小さな背中には、あまりに重すぎる言葉だろう。
でも──
「分かった。必ず、もう一度……いや、何度でも戦うよ。友として、ライバルとして、君と」
「それならいい。俺から言うことはない」
「そっか」
口下手なアニルドが、振り絞って出した応援の言葉だったのだろう。それも、頑張れなんて直接的じゃなくて、未来の話をするなんていう、遠回しな言い方ではあるが。
真剣な表情を崩して、そっぽを向いてしまったアニルドを横目に、口下手な隣の人物に呆れた顔をしたアルミリアに視線を移す。微笑を浮かべて視線をボクに向けると、落ち着いた声音で話し始める。
「私から言うことは、ほとんどありません。頑張ってください。私達は、心からあなたの勝利を祈っています」
「ありがと……って、まだ一週間くらいは学園いるんだけど、なんでこんなに卒業ムードな訳?」
「だって、あなたは今日から、本当の卒業試合に向けて調整に入るのでしょう? その後はすぐにトレントの討伐に向けての調整……私達がゆっくりお話出来るのも、今しかありませんから」
「それもそっか」
確かに、レイルとの戦いは勝てるかどうかは別として、今まで以上に仕上げる必要があるだろう。その先のトレント戦は、正直ボクが要と言う他ない。精神的に落ち着けるためにも、あまり無駄な会話は出来そうにない。
そう考えると、皆とのんびりしていられるのも、今日が最後と思った方がいいだろう。アルミリアの言ったように。
「じゃあ、今日の夜はゆっくり夜会でもしよっか。学生である間の、このメンバー最後の夜として」
「あまり夜更かしはよろしくないのではありませんか?」
「今日の特訓は早く切り上げるつもりだから、早く始めれば問題なし! だよ」
「そうですか。それは、楽しみですね」
「仲間間のお話は終わったかな?」
「うん、終わったよ」
後ろから話し掛けてきたのは、件のレイルだ。武器は装備せず、上着も着ていないラフな格好だ。隣のユリリーナも、ローブは着ていない。おっと、意外と大きいんですね、ユリリーナさん。
精神が男である性と言うべきか、はたまた大きさの前には性別など関係ないのか分からないが、ユリリーナの白を基調とした服を押し上げる大きな山に、つい視線が行ってしまった。
「そっか。にしても、今日の戦いは見てて楽しかったよ。仲間も随分と鍛え上げてるんだな」
「そりゃあ、師として当然のことだよ。まあ、ボクにはまだまだ遠いけどね」
「そりゃそうだ。お前の強さは段違いだったぜ。……今から、お前との勝負が楽しみだ」
「っ!」
唐突にレイルから放たれた、鬼気迫る圧に一歩後退りそうになる。実際、後ろにいた二人は数歩よろけている。反射的に、腰の鞘に収まっている剣の柄に手を掛ける。
これが、死地を切り抜けてきた歴戦の戦士の迫力、だろうか。イタズラ小僧のような笑みからは予想も出来ない、まるで魔王の前にでも立っているかのような気分だ。
さっきまでとは、まるで違う。Aランク冒険者という時点で分かっていたつもりだったが、そんな理解は一瞬で吹き飛んでしまった。これが、本物なのだ。ゴブリンやウルフのような、その辺にいる魔物を狩ってきた冒険者とは、別次元だ。「凶獣殺し」という二つ名が示す通り、きっとドラゴンのような凶暴な魔物と戦ってきたのだろう。
骨の髄まで呑み込まれそうな、強大な力。背中に嫌な汗が伝う。でも、ボクはこの相手と戦うのだ。今、気圧されていては話にならない。
「……ボクも、楽しみだよ。勝つつもりで行くから、覚悟しておいて」
「やれるものならやってみろ。これでも、伊達にAランクやってるわけじゃないからな」
剣を持たずにこの迫力だ。もし、剣を持ったなら……いや、普段はここにユリリーナも加わるのだ。この二人が本気を出したら、ボクは冷静に戦うことが出来るだろうか?
なんて、弱気なことを考えるのはやめよう。今は、目の前の戦いに向けて集中しなければならない。
「んじゃ、俺らは帰るとするか。勝負は一週間後だ。それまでに仕上げておけよ」
「そっちこそ。食べ過ぎで動けない、なんてなしだよ」
こんな風に軽口を叩くのすらも、かなり無理をしている。心臓はさっきからバクバク鳴りまくりで、うるさいくらいだ。
でも、あまりにも強大な迫力を前に気圧されながらも、戦闘狂な本能がワクワクも主張している。汗の滲む手を、強く握りしめる。
二人の姿が学園から消え、緊張感が一気に弛緩する。この場にいた全員が、きっとほぼ同時に長い長い溜息を零したことだろう。
「じゃあ、ボクは道場で特訓してくるよ。二人はゆっくり休んでな」
「……分かりました」
振り返って言ったボクの言葉に、アルミリアが若干掠れた声で答える。まだ、その表情には緊張が孕んでいるように見えた。
二人を残して、ボクは道場に向かった。
そこで、ボクはピクシルに手伝ってもらい、人が見れば倒れてしまうと言われそうなくらい、激しい特訓を行った。特訓を終える頃には、身体中に痣や傷が出来ていた。




