卒業試合
ボクが地面を蹴ると同時、アルミリアとアニルドは二手に分かれて、ボクを挟むように動いた。
そして、先に仕掛けてきたのはアルミリアだ。
スピードに対応出来るよう、無駄な力を抜いてアルミリアの全身の動きを感じ取る。勿論、魔力振動でアニルドや魔術師二人の動きも確認している。
音速とも思える速度の刺突が、ボクに襲い掛かる。どうやら、スタートからリミッターは解除済みのようだ。ボクも既に解除はしているから、問題はない。
アルミリアの攻撃を抑えていると、背後からアニルドが剣を突いてきた。それを、地面から壁を迫り出させることで防御する。
しかし、アニルドはボクの魔法を読んでいたのか、その場で回転するようにステップを踏み、壁の横からボクへと剣を横薙ぎに振るう。
流石に、剣一本ではこの二人を対応しきれないため、二人の間を縫って攻撃の範囲から逃れる。
──アニルドの奴、リミッターを外していない……というか、まだ外せないはずなのに、予想以上に動きが速い。この後の二人の動き次第では、少し苦労しそうだな……でも、そうでなくっちゃ面白くない!
ただ、一つ疑問が浮かんでいる。チルニアとパミーは、ボクが遠距離から魔法を撃つのを警戒してか、自身に魔力防壁を張っているものの、ボクへの攻撃の挙動は一切ない。魔力防壁以外の魔力の乱れが、一切ないのだ。
「まさか、二人だけでボクに勝つつもりか?」
「それが出来たら、ありがたいんだけどな!」
アニルドが駆け出すと、数テンポ遅れてアルミリアも動いた。
その後は、アニルドとアルミリアが交互に入れ替わりながら、ボクへと無数の刃の雨を降らせた。それを、後ろに下がりながら耐える。
スピードに対応しなければならないアルミリアと、パワーに対応しなければならないアニルドでは、やはり防御する際に使う力が異なって来る。
二人が場所を入れ替わるコンマ数秒の間に、ボクはその力の入れ方を変えなければならない。
さもなくば、アルミリアのスピードに対応出来ず、アニルドのパワーに剣を弾かれてしまう。どちらをミスしても、ボクにとってこの試合の敗北を意味する。
でも、リミッターを解除して体感時間はほぼ極限にまで引き伸ばされている。
それに、今回は魔法もアリだ。対応くらい、造作もない。
斬撃と刺突の豪雨に包まれながら、高揚する気分に笑みが漏れた。
♢
アルミリアとアニルドという貴族の二人の剣技は、実に見事なものだ。あれだけの速度で振るいながらも、狙いは確実にルーシアの防御しにくいところを突いている。並の剣士なら、一振りも受けれずに負け確定だろう。
だが──
「あいつ、ホントに強いんだな」
「凄いよね。学生であの速度が見えてるだけでも凄いのに、反応出来てる。相手の二人も強者だけど、ルーシアちゃんは格別だね」
「ああ、違いない」
ユリナの言葉に同意する。
恐らく、全てを躱し弾いてるわけではないのだろう。たまに剣以外の光が見えているあたり、魔法も織り交ぜての防御なのは違いない。
だが、それでもだ。レイピアの刺突と直剣の斬撃では、やはり防御の仕方は大きく変わる。
スピードがあり攻撃自体は点にしか見えないレイピアは、防御に相当の集中力がいる。しかも、腕に余計な力が入っていれば、反応が難しくなる。
それに対し、直剣の斬撃はレイピアに比べ見ることこそ難しくはないが、刺突に比べて剣で受けた際にかかる力が大きい。刺突の対応のために力を抜いたままでは、恐らく簡単に押し負けてしまう。
二人の攻撃の入れ替わりに掛かる時間は、ほんの一瞬だ。しかし、どうやらルーシアは、その一瞬のうちに相手する攻撃の意識を切り替え、力の入れ方までコントロールしているらしい。
「しかも、『激化』までしている。『神速』は流石に使えないらしいけど、この歳なら十分すぎる強さだ」
「激化」は、極限まで集中することで、身体能力の限界を引き出すことだ。俺も使えるが、これを使った後は身体的にも精神的にも疲労が凄く、長時間使えるものではない。
しかも、最近ではこれを使う者はかなり減ってきている。
俺も数え切れないほどの剣士と戦ってきたが、「激化」を使った者はものの数人しかいなかった。それに、使えたとしても数度剣を交えるだけで限界を迎え、倒れてしまうような奴ばかりだ。
しかし、ルーシアは──どうやらアルミリアというレイピアの少女も「激化」しているようだが──既に二分近く使い続けている。ここまで使い続けることの出来る人物を、俺は十人足らずしか知らない。
「うずうずしてるね」
「当たり前だろ。こんなにワクワクする奴、中々いないぞ」
「ふふ。目がリュナさんと向かい合った時と同じだよ」
「リュナか……そうなるのも仕方ないだろ。強い上に似てるんだから」
リュナというのは、現在王都で騎士隊長をしている少女だ。白髪紅目をしていて、俺が知る限り唯一「神速」を使いこなす人物だ。ついでに、俺がAランク冒険者になってから負けたことのある二人のうち、一人はこいつだ。もう一人は隣のユリナだ。
「神速」というのは、「激化」を超えた身体強化だ。俺もまだ使えたことがないため、やり方は知らない。ただ、俺では剣を目で追うことすら出来ないくらい、速くなることは体感済みだ。
「ルーシアちゃん、将来有望だね」
「そうだな……俺達の目的、手伝ってもらうか?」
「ダメだよ。これは口外禁止の私達だけの目的だよ。それに、危険が伴うんだから、誰かを巻き込みたくない」
「冗談だよ、マジな目しないでくれ」
ユリナのトーンの落ちた声とマジな目に、つい両手を上げて縮こまってしまう。何度この声と目の時に叱られたことか。いや、ほぼ俺が悪いんだけど。
「お、試合が動くぞ」
チラリと視線を試合に向けると、ちょうどルーシアの動きに変化が起きた。
♢
「ふっ!」
アルミリアとアニルドが入れ替わる一瞬の隙に、爆発的な突風を巻き起こす。流石の二人も耐えられず、大きく後ろへ吹き飛ばされた。
このまま着地に失敗して倒れたら失格になったが、そんなに上手いこと行かなかった。
二人がほぼ同時に着地した瞬間、アルミリアの方へと地面を蹴る。
アルミリアもそれに気付き、すぐにレイピアを構える。
攻守が入れ替わり、ボクの斬撃をアルミリアはなんとか凌いでいる。しかし、ボクの重い斬撃に、防御し切れない場面も多く見える。
それでも、ダメージを一度も負わないあたり、やはり成長を感じる。
「ぐっ!」
アルミリアのレイピアが、大きく打ち上げられた。そのまま剣を振り下ろして退場させようと力を込める。
「らあぁっ!」
少し離れたところに着地していたアニルドが、横から剣を突き出して突撃してくる。
それを、振り下ろした剣の柄を刃の腹に当てて軌道をずらし、手首を切り返してアルミリアの脇腹を軽く裂く。
「ぐぼっ!」
そして、背後からアニルドの掠れた声が聞こえる。体勢を崩したアニルドの鳩尾を目掛けて、地面から柱を迫り出させたのだ。
これで、剣により傷を負ったアルミリアと、魔法により倒れたアニルドは脱落だ。
「冷たっ」
そう思った直後、足場が凍りつき、地面から氷の蔦がボクの脚を這い上がってきていることに気付く。
直後、空が真っ赤な光を放った。いや、空ではない。空中に浮かぶ、八体の大蛇からだ。
「チルニアとパミーの合体技……でも、なんで今更……」
既に剣士二人は脱落済みだ。なのに、今更動いて、どういうつもりだろうか。まるで、チームプレーを放棄したかのような。
いや、違うのか? あえて、こんな風に分かれて戦っている? 最初から、ボクに勝つ気がない?
だとしたら、どうしてだ。せっかく用意してもらった最後の戦い……それを、こんな風に負けるつもりで戦うような奴らじゃないはずだ。でも、こうしてチームプレーを放棄して、負け前提で戦っている。
しかし、四人とも全力でボクにぶつかってきている。負け前提なのに、全力なのには何か理由があるのか?
「んっ……」
そんな考え事をしているうちに、氷の蔦は太腿まで登ってきていた。さっきのは別に、感じたとかじゃないからな。断じて違うからな!
「まあ、本気でやれというならやってやるよ……」
掌を上にして、左手を前に伸ばす。直後、その上に少し浮いて小さな火球が発現する。
それを上へと放り投げると、瞬きをする間もなく、火球は直径五メートルの球体に肥大化する。その際に巻き起こった熱風で、ボクの脚に纏わり付いていた氷は瞬間的に吹き飛んだ。
とまあ、これはそれっぽい演出であるが。
「いでよ、『天獄炎龍』!」
声を張ると同時、球体から太く長い龍が形を成していく。二秒も経たずに、火球は一体の龍へと姿を変えた。
そして、炎の八岐大蛇と天獄炎龍が相対する。
♢
「な、なんだありゃ……」
ルーシアが声を張ったかと思えば、ほんの一瞬のうちに巨大な龍が姿を見せた。
「す、凄い……私、あんなの見たことないよ。あれがもしかして、噂の火炎大蛇……?」
「あ、ああ、だろうな。でも、あれ、蛇というより龍だろ、どう見ても」
ただまあ、龍は大陸の東の方にある国の、王の紋章らしいから、西の方にあるこの国の住民が知らないのも仕方ないが。
しかし、ルーシアがどうして龍を知っているのか、という疑問もあるが、あのデカさにはそんなものは塵と化してしまう。
「噂じゃ封印された魔物だって聞いたけど……え、あんなの封印されてんの?」
「魔法だよ、あれは。詠唱も魔法陣もなかったけど、それは違いないと思う」
「そ、そっか……いやいや! 封印された魔物だとしてもヤバいけど、魔法だったら尚更だろ! あんな規模の魔法、一人で使えるものなのか?」
「分からない。リュナさんなら使えるかもしれないけど、あのサイズで形を作って、操ることまで出来るかな……」
あのチルニアという黒髪の少女の魔法も中々の規模だろうが、やはりルーシアの龍の前には赤子も同然だ。
それに、属性の相性もあっただろうが、パミーという焦茶髪の少女の魔法も、簡単なものではないし、込められた魔力量も相当なものだろう。しかし、それすらもあっさりと巨大化の熱風で消し飛ばした。
「こりゃ、世界最強の魔術師誕生じゃねえの……」
「かもね……」
この魔法を前にしては、呆れる他どうしようもない。ゴブリンの大群を一人でやっつけた、というのも頷ける。
「レイル、勝てるの?」
「この魔法さえ使われなかったら、多分……」
剣の技量も、恐らく相異ないだろう。俺が二刀流で手数が違うとしても、ルーシアには俺の使えない魔法がある。しかも、魔法に至っては世界最強級だ。
「……特訓、付き合ってくれるか?」
「しょうがないなあ、もう。いいよ。その代わり、分かってる?」
「ゔ……はい」
今日から忙しくなりそうだ。
♢
お互い睨み合うまま、一分が過ぎた。チルニアはボクが長時間維持出来ないと踏んでいるのか、ボクの天獄炎龍が消滅するのを待っているのだろうか。随分と賭けなことを。
「なら、先手必勝だ!」
巨大な炎の龍が、チルニアの頭上の大蛇に向けて飛ぶ。
それに追随し、チルニアも大蛇を動かした。炎龍の相手を二匹に任せ、残りは大きく外からボクへと向かって来る。
しかし、そんな小細工はこの炎龍の前には無意味だ。二匹の大蛇を消滅させ、そのまま大きく円を描くように飛翔する。その移動速度は見た目にそぐわず、時速百キロはあるだろう。一瞬のうちに、残りの六匹も蒸発させた。
頭に僅かな痛みを感じ、それっぽい演出の下炎龍を消滅させる。
「ふぅ……」
離れたところで、チルニアが体をふらつかせてパミーが抱きかかえる姿が見えた。どうやら、結構無理していたらしい。
そんな姿になりながらも、チルニアはパミーに何かを告げ、ふらつきながら腰の剣を抜いた。それに倣って、パミーも剣を抜き構える。
その必死の様相に、チルニアの頑張りを感じる。バカなのに……いや、バカだからこそ、精一杯頑張る姿を見てきた。今も、チルニアは精一杯頑張っている。
パミーも、今日まで必死にその賢い頭で考え抜いたのだろう。ボクの脚には、小さな切り傷が幾つかあった。ただ、魔法での傷では失格にならないため、まだ戦いは終わらないが。
恐らく、氷の蔦に薔薇のように棘を張り巡らせていたのだろう。今も、チリチリと嫌な痛みが残っている。最初こそ気にならなかったが、一度意識すると、こういうダメージは意外と厄介だ。
「……ああ、そっか」
皆、ボクに勝つと言いながら、チームプレーを投げ捨てて負け前提で挑み、それでも全力でぶつかってくる。ボクの推測でしかないが、これはきっと、ボクへの贈り物なのだ。
一度別れてしまうボクへの、餞別の贈り物。そう、「自分達の成長」を、師であるボクのプレゼントに選んだのだ。
「皆、強くなった……ああ、凄く強くなった」
この推測が正しいのかは分からない。でも、こうしてボクは、皆の成長に、幸せを感じている。
最初は剣に振り回されていたアルミリア、難しいことを言うとすぐに頭が爆発するチルニア、魔力器官は平凡で強力な魔法は何度も使えないパミー、飛び抜けた才能を持っていないアニルド……皆、それぞれがそれぞれに、成長した。そして、その成長を導き見守ったのは、ボクだ。
「卒業式に生徒を見送る教師って、こんな気分なのかな……」
などと、溢れそうな感情をどうでもいいことを呟いて誤魔化す。
涙腺が刺激されて、視界が微かに歪む。
「まだ、試合の途中だぞ……」
そう、試合の途中だ。こんなところで泣くわけにはいかない。
だったら、終わらせよう。最後の特訓を。最高のプレゼントに、最高の戦いを以って応えよう。
ふっと短く息を吐いて、地面を蹴る。そして、二人に反応もさせずに、小さな傷を負わせた。