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試合準備

 夜が明けた。今日は遂に、学園生活の中における、仲間達との最後の試合であり特訓だ。


 でも、これといって特別なことはしない。いつも通り六時頃に目を覚まし、寮の周りをランニング。その後ピクシルに手伝ってもらって、剣の訓練。


 三年間のうちに体力作りのメニューも変わっていって、今では寮の周りを十五周ランニング、筋トレや体幹トレーニング、ピクシルの手伝いによる剣の立ち回りの確認が主だ。最後のやつは、四方八方、上下あらゆるところから氷や土属性の魔法で弾を飛ばし、ボクはそれを剣で弾いたり回避するというものだ。


 お陰で、随分と体力はついた。今なら短距離なら馬ともいい勝負が出来るかもしれない。見よ、ボクの末脚を! なんて冗談は置いといて。


「へぐっ!」


 変な冗談考えてたせいで、一発額に当たったじゃないか。なんてことしてくれたんだ、過去のボク。数秒前だけど。


 姿勢も相まって、そのまま尻餅をつく。氷の礫を喰らった額は、ヒヤヒリと冷たさと熱さが混在している。普通に痛い。


 ただ、出血だったり骨にヒビが入るような怪我ではないので、そのまま放置することにする。まあ、集中してしまえば気になることもないし、ヨシ!


『特訓するのはいいけど、昼には試合あるんでしょう? 体力大丈夫なの?』


「てて……まあ、大丈夫でしょ。これまでも授業中に体力切れしたことなんてないし……よいしょっと。もっかい頼む」


『はいはい……』


 呆れ気味に溜息を交えながら、ピクシルが再び魔力の結集を始めた。立ち上がったボクも剣を手に取り、継続している魔力振動と手に持つ剣に意識を集中させる。


 そして、再び始まった大挙する物理魔法を、時に魔力を纏わせた剣で弾き、時に躱す。


 大振りに剣を振るっていては間に合わないため、必要最低限の動きで砕いていく。小刻みなステップで位置を調整し、躱していく。


 今日の戦い、恐らくボクの教えてきたことを踏まえて戦略を練って来るだろう。しかし、アルミリア達も特訓で何度も打ち破られてきたのだから、バカ正直にパリィアンドスイッチをやってくるとは思わない。


 それに、チルニアとパミーがどう動くかも予想が出来ない。彼女達には魔法も剣も教えているため、恐らくどちらで戦っても十分に戦力になる。


 アルミリアとアニルドの速度に合わせることが出来るかは分からないため、恐らく序盤は魔法で援助をするだろう。だが、それでも常に接近の注意をしておく必要がある。


 しかし、せっかくボクと戦うのだ。合体技を使う可能性も大いにある。やはり、幾つかのパターンで推測しておいた方がいいか。


 そして、剣士組だが。あの二人がどんな戦い方をするか、興味があった。アルミリアもアニルドも、戦場の中での臨機応変さで考えるとかなりの上手だ。それに、お互い視野が広い。


 状況に応じて戦い方を変えるか。はたまた、同じ作戦を貫くか。これに関しては、ボク次第にもなってくるが、楽しみではある。


「止めて」


 そう言うとすぐに、ピクシルは魔法を止めた。それと同時に、休憩のために魔力振動を止める。


 剣を振り土や氷を落とし、刃に欠けがないか確認してから鞘にしまう。


 すると、寮の西側の並木区画の方から、ザッという土を踏む音が聞こえてきた。


「試合当日だっていうのに、朝からよくやるな」


「おはよ、アニルド。寝癖すごいよ?」


「うるせぇ、後で直す……」


 寝起き特有の嗄れた声で話しかけてきたのは、ボクの指摘通り寝癖で髪があっちこっちに飛びまくっている、半分目の閉じたアニルドだった。


 既に六時半を過ぎているらしい。アニルドはこのくらいの時間に起きることが多いから。え、何故知ってるか? それはあれだよ、一時期アニルドについて調査してたことがあって、それ由来だよ。他意はない。


 頬を伝う汗を、左腕に巻き結んでいたタオルで拭き取る。少し乱れた髪を手櫛で直し、魔法で氷のコップを作り出しそこに水を貯める。そして、少し水が冷えるのを待ってから、一気に飲み干す。


「ふぅ……調子はどう?」


「それなりだな。今日こそは勝たせてもらうぞ」


「それは無理だろうね。ボクが本気を出していない時ですら勝てないのに、本気のボクに勝てると思ってるの?」


「やってみないと分からないだろう?」


 アニルドの目に闘志が宿る。やる気の満ちたその表情に微笑を漏らしながら、剣を鞘ごと剣帯から外し、地面に置き、寮の壁にもたれかかって座る。


「横、座る?」


「いや、いい」


「そう」


 アニルドと話している間に、乱れていた息は整っていた。


「……今日で、最後なんだな」


 小さく呟いたアニルドの声には、ほんのりと寂しさのようなものが含まれていた。


「寂しいこと言うなよ。学生の間の特訓は最後だけど、トレントにボクが勝って、皆生きてさえいれば、いつでも戦えるし遊ぶことも出来る。だからさ、今日が最後だなんて言わないでくれ」


「……悪い」


 ボクから視線を逸らしながら答えたアニルドの声には、さっきの寂しさはないように思えた。むしろ、喜びが含まれていたような気すらする。


 しばらく、お互い何もせずに静かな時間が過ぎた。


 チラッと横を見てみると、アニルドはなんだか落ち着かない様子だ。でも、なんとなく理由は分かった。


「まだ、ボクと付き合うことは諦めてないの?」


「んなっ⁉︎」


 多分、男子というものは、好きな相手のそばにいる時、何も会話がないとソワソワしてくるものだ。女子については分からん、ボク精神的には男子だから。


 アニルドはボクのことが好きだし、今も落ち着かない様子だったのは、それが理由だろう。そして、ちょっとからかってやろうと今の質問だ。


「ボクってば、平民だからさ。お貴族様のアニルドと婚約は難しいと思うんだよね。よくて愛人? いや、それはヤだなあ」


 というか、男と結婚することすら正直パスだ。勿論、アニルドは友人としてとても好きだ。しかし、流石に夫婦になるのは無理だろう。精神的に。


「……別に、付き合うとか結婚とか、そういうのはどっちでもいいんだ。ただ、お前と、その……仲良く出来るなら、何でも」


 奥手なタイプがよく言うやつだ、これ。アニルド、アルミリアとあれだけ激しく言い合いするくらい自己主張してるのに、恋愛に関しては随分と弱気なものだ。


「そんなこと言ってるうちは、ボクが君に惚れることは一生ないだろうね」


「……いいんだよ、俺は別に。お前が幸せなら、それで」


 奥手も奥手、恋愛すら自分には烏滸おこがましいと思ってるタイプだ、これ! 一番めんどいやつ!


 いやまあ、相手はボクだし、ボクとしても男と付き合う気ないからいいんだけどさ。


「もうちょっと自分に素直になってもいいと思うんだけどなあ……」


「自分に、素直……」


 あ、無意識に漏れてた。でも、アニルドにとってアルミリア以外にも自己主張出来る相手が増えるのなら、いいのではないだろうか。


「そうそう。自己主張大事だよ、誰かの言いなりになっちゃうと、人生楽しくないからね」


「……そうだな。うん、努力してみる」


「努力も何も、アルミリアにやってることなんだけどね」


 アニルドの中でアルミリアとそれ以外でどう違うのか、ボクには分からないが。


 というか、なんでこんな話になったんだっけ? あ、ボクがからかおうとしたからか。


「さて……汗で気持ち悪いから、ボクは着替えて来るよ。アニルドも昼からに向けて、ちゃんと準備進めておきなよ。準備不足で負けました〜、なんて、許さないからね」


「分かった。お前が俺に惚れるくらい、圧倒的に勝ってやるよ」


「んー、圧倒的に負けても、惚れることはないかなー。でもまあ、その意気だ!」


 かなり覚悟を決めた発言だったのか、顔を赤くしてプルプルと震えているが、そこは自業自得だ。「じゃ」と別れを告げて寮の自室へ向かう。


 部屋に戻ると、既にアルミリアは起きていた。


「おはようございます」


「おはよ。調子は……良さそうだね」


「ええ。コンディションはバッチリです。いい試合にしましょう」


 アニルド同様、アルミリアの瞳にも、闘志が宿っている。今日の試合、実に楽しみだ。


「そうだね。後の二人はどうする?」


「もう少しして起きなければ、起こそうと思います。ルーシアさんは、今日も体力作りですか。毎日続けて、すごいですね」


「ある種の日課になってるからね。もう、やらない方が気持ち悪いくらいだよ」


「流石、雨の日でもやるだけのことはありますね」


「どやっ」


 ボクのオノマトペを合わせたドヤ顔に、アルミリアが手を口に当てて小さく笑った。


 荷物入れから着替えを取り出し、下着も含む全ての服を替える。その際、魔法で作ったお湯で濡らしたタオルで全身を拭いてから、着替えを着る。


 秋も後半になり、気温もかなり下がり始めてきた。昼から試合があるから、という理由もあるが、風邪をひかないためにもかなり着込んでおく。幸い、分厚い服はチルニアと一緒に何着か作ってあるので、困らない。


 脱いだ服は魔法で水を操って洗い、魔法の温風で乾かしてしまう。ホント、魔法って便利だ。もう魔法なしでは生きていけない体にされてしまったよ。


「……今日までの日々、本当に楽しかったですね。でも、これからも人生は続いていく……きっと、もっと沢山の楽しいことが待っていますよね。勿論、ルーシアさん達と一緒のことも」


「たりめーよ。人生は長いんだ。生きてさえいれば、いくらでも楽しいことなんて積み重ねられるからね」


「ふふっ。これからのことが、俄然楽しみになりました」


 未来が楽しみなことはいいことだ。ボクも、未来は楽しい方向で考えたいしね。


 でも、その前に大きな障壁があるのも事実だ。トレントとの戦い……これを乗り越えなければ、決して皆との幸せな未来には辿り着けれない。


 今日とレイルとの戦いで更に強くなって、トレントとの戦いで死なないようにしなくてはならない。


「がんばるぞー……!」


 小さく、決意の言葉を呟いた。



 数時間が経ち、学園の実技場の一面にて。


 ボク一人とアルミリア達四人で、相対していた。そう、試合が始まろうとしているのだ。


 既にそれぞれの得物を手に持ち、準備は整っている。後は、フルドムの試合開始の合図を待つだけだ。


 周りはクラスメイトだけでなく、何故かレイルとユリリーナまでいた。でも、今は関係ない。


 深呼吸をして、心を落ち着かせる。


 本気で来いと言われたのだから、スタートから全力で挑むつもりでいる。勿論、リミッターも序盤からガンガン解除していくつもりだ。


 今回の武器は全て自身の武器だ。ボクとアニルド、チルニア、パミーは直剣、アルミリアはレイピアだ。ただ、チルニアとパミーは装備しているだけで鞘に入れているので、やはり序盤は魔法を中心に戦うのだろう。


「準備はいいか?」


 フルドムの声に、ボクを含む全員がほぼ同じタイミングで頷く。


「では、試合開始!」


 フルドムの声が聞こえた瞬間、ボクは地面を蹴った。

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