帰還後
学園に帰り、学園長達との交渉は滞りなく進んだ。やはり、セルガストが付いて来て説明してくれたのが大きかったのだろう。
ボクの早期卒業、そして卒業試合(vs.レイル)も承諾してくれた。試合については、レイル達がギルドに来た時に言ってくれるらしいので、任せておくことにする。
ただ、ボクの懸念は学園に対してではなかった。そう、ボクの大事な仲間達への説明だ。
今回のクエスト中のこともあり、やはり受け入れてもらうには苦労するだろう。何せ、皆ボクのことを凄く大事に思ってくれているから。幸せ者だよ、全く。
でも、ここで止めるわけにはいかない。だって、ボクはこの街の命運をこの手に握っているのだから。仲間達に止められたから、すまないけど皆を危険に晒すね、最悪死ぬかもだけど。なんて言えるわけないだろう。言ったらボクはどんだけ悪人か、という話だ。
それに、どのみちボクがやらねば、皆も危険に陥れることになる。二年半前、アンダルドに「顔も知らない人より、友達や家族を守る」などと言った通り、少なくともミリアや仲間達だけでも救いたいのが、ボクの思いだ。望みと言ってもいい。
現状、ベリーグッドエンドは「ボクがトレントの説得に成功し、トレントに宿る魂も幸せに魔還し、誰も傷つかない」だ。それに対しベリーバッドエンドは「ボクがトレントに殺され、街も蹂躙されて誰も生き残らない」だ。極端な話になっているが、やはりグッドエンド寄りに済ませにいきたいものだ。
部屋に戻っても誰もいなかった。恐らく、アニルドのことを考慮して食堂にでも行って待ってくれているのだろう。女子部屋に男女比三対一なんて、拷問でしかないからな。経験者は語るぜ。
部屋に戻ったついでに、汚れた制服から、外出する予定は全くないが、外出用の私服に着替える。麻製で、ちょっとダボっとした長袖のTシャツと、七分丈のパンツ、どちらも黒無地のものだ。ちなみに、ボクお手製。
黒なのは単にボクが好きな色──少女のルーシアは赤が好きらしい──だからという理由だ。ただ、前世ではとことん肌を見せるのを嫌ったボクだが、今となってはこの麗しい少女の脚くらいは、見せるのは慣れたものだ。制服も膝丈スカートだしね。
食堂へ向かうと、案の定皆集まっていた。各々、楽な服装をしている。女性陣は髪が少し濡れているあたり、お風呂にでも入っていたのかもしれない。乾かさないとハゲるぞ、乙女どもよ。
「待たせて悪かったね、皆の衆」
「……ルーシアさん。ギルドへの報告は、どうなったのですか?」
「終わったよ。はいこれ、報酬ね。銀貨が十枚入ってるから、一人二枚ずつ取って」
収納魔法から取り出した麻袋を机に置き、一番に銀貨二枚を取り出す。よくよく見ると、二枚ともちょっと形が違うな。やっぱり、貨幣を作る専用の工場とかがないんだろうな。
ボクに倣って、他の四人も銀貨を取り出す。皆が取り出し終わったところで麻袋をしまい、ボクも手前の空いている椅子に座る。
というか、考えてみればドロウスのようなさほど強くない魔物を倒すだけで、約二千円って随分値段設定高いな。学園生だから、という理由なんだろうけど、受け取った時は流石に驚いたよ。
「とりあえず、今回のクエスト達成を祝して、何か飲み物でカンパイする?」
「……その前に、一つ言いたいことがあります」
あ、これお説教かな? 勝手な行動したから、怒られる? いやでも、うん。皆に心配かけたのは事実だし、甘んじて受け入れ──
「すみませんでした!」
「……へ?」
罵声が飛んでくるものと身構えていると、謝罪が飛んできた。お陰で、素っ頓狂な声が変なところから出たではないか。
でも、言葉の意図はすぐに察することが出来た。恐らく、トレントとボクが戦っている時皆が来たのは、アルミリアの意思を他の三人が尊重したからなのだろう。
アルミリアが一度決めたことを曲げるのを嫌う質なのは今更だし、恐らくこのパーティーで一番ボクを心配するのは、アルミリアだろう。まあ、常ならばアニルドも内心では同じくらい心配するだろうが、あの時はボクの考えをほぼ全て打ち明けていたのだから、度合いは小さかったと推測出来る。
「あー、うん。皆無事だったんだし、結果オーライってことでいいんじゃないかな?」
「そうは言いましても、私は……」
「アルミリアが謝ることじゃないよ。確かに、アルミリアが皆を危険に誘ったのは事実だろうし、ボクも想定外のことで一瞬判断が狂いもした……でも、それを最初に引き起こした大元はボクだ。だから、謝るのはボクの方なんだよ。ごめんなさい」
深々と、頭を下げる。この世界にも謝罪の際は頭を下げる慣習があり、「首を切られても構わない」という意味があるらしい。さっきも、アルミリアも深く頭を下げていた。
しばらく、沈黙が続いた。頭を下げていて皆の顔を見れないから、どんな表情でいるのかは分からない。今のボクの謝罪が妥当だと思っているのか、はたまた予想外のことで驚いているのか。
でも、皆がどう思っていようと、ボクは謝るつもりでいた。皆を危険に巻き込んだという意識はあったし、少し考えればアルミリア達があの場所に駆け込んでくることだって、予想は出来たことなのだ。
「皆に黙って行ったことは、ボクの判断ミスだった。本当に申し訳なく思ってる」
「ルーシアの隠し事なんていつものことだし、ルーシアが言った通り皆無事だからいいんじゃない? あたしはそう思うよ……ます」
チルニアが敬語を後付けしながらボクの弁護に入る。確かに、ボクは隠し事多いけどさ。
「……はあ、そうですね。そういえばそうでした。むしろ、私達は今まで何度も、ルーシアさんの隠し事に助けられて来た身ですからね。あまり強くは言えません」
「そうですね。私のアクセサリーを勝手に使った、なんて可愛い隠し事もありますけど」
「あ、私もおやつにとっておいたお菓子を知らぬうちに食べられたことあります。やはりあれって、ルーシアさんの仕業だったんですか?」
「うぇ……」
イエス、アイディド。というか、アルミリアのはともかく、パミーのまでバレてたのかよ。ほぼ同じになるように片付けたはずなんだが。
「あ、あたしも寝てる間におっぱい触られたことあります!」
「おいそこ、便乗して事実に嘘を混ぜるな。ボクはチルニアが寝てる間に胸を触った覚えはないし、むしろいつもそっちから触らせてくるだろう」
勢いよく手を挙げて立ち上がりながら言うチルニアに、そう指摘する。
実際、ボクは既に数十、ことによっては数百に至ってチルニアの胸に触れてきた。勿論、抱き付かれたりクエスト中のような寝ている間の事故も含むが。
しかし、そのうちのほとんどがチルニア自身から「触る?」と聞いてきたからなのだ。いや、別にボクが恨めしそうに見つめていたとかそういうことはないぞ? 断じてないからな!
意図こそは知らないが、触り心地は脳内で再生出来るくらいに触ってきた。直に触ったのも一度や二度ではない。いやはや、柔らかいものっていいね、癒されるよ。
「ということは、私のお菓子とパミーさんのアクセサリーの件は事実なのですか?」
「う……はい」
「全く……こういう可愛いこともするのですね。後で説教です」
「私もちょっとだけお説教しようかな」
「あたしも!」
「チルニアはする権利ないだろ⁉︎」
騒がしくしているせいで、唐突に溜息を吐いたアニルドの存在を完全に失念していた。表情は完全に呆れのそれだ。
「オホンっ。えー、今回のクエストは皆無事でクリアしたからオールオーケー、ってことでいいかな?」
咳払いして無理矢理締めたが、全員が頷いたのでよしとしよう。多分、これで説教がなくなったとかはないと思う。
これで、今回のクエストについての話は終わった。しかし、ボクにはもう一つ話がある。
「……皆、聞いてほしい」
一瞬空気が緩んだが、ボクの真剣な声に反応して、ボクへと視線が集まりすぐに空気がピリッと重みを増す。
「一足先に、卒業することになった。早くトレントを討伐するための措置だし、卒業したらすぐに冒険者登録するから学園に戻ることもない。急なことですまないけど、あと一ヶ月もしないでボクはここを去る」
机を囲む皆の表情が固まる。ただ、アニルドは予想していたのか、それとも取り繕っているのかは分からないが、頬杖をついたまま微動だにしない。
すると、徐ろに口を開いた。
「卒業試合はどうするんだ?」
アニルドは卒業試合のことを知っていたらしい。いや、皆の反応からして、チルニア以外は知っていたらしい。良かったよ、仲間がいて。チルニアマジ万歳。
「卒業前にレイル……ボク達を助けてくれた人のうちの一人と試合をすることになった。Aランク冒険者だよ」
「そうか……なら、その前に俺達と一戦交えろ。制限なしの、本気で」
今まで、このメンバーに本気を出したことはほとんどない。それこそ、大体が魔法禁止だし、そうでなくても、ボク自身も攻撃に魔法を使わないようにすることが多い。
しかし、アニルドが言う「制限なし」は、そのボクから課した制限すらも取っ払って、完全に本気で戦おう、ということだろう。
技術や戦力から見て、ボクの強さは他の四人のそれを合わせても届かないと思う。恐らく、天獄炎龍を使わなくとも、だ。だからこそ制限を付けて皆が危なくないようにしてきた。
「お前が俺らのことを気遣って手を抜いていたのは知ってる。魔法が得意なクセに、戦いの中でほとんど使わないからな。それでも勝てないんだから、俺達がまだまだ弱いってことだけど……」
一度閉じて開いたアニルドの目には、ナイフのような鋭さが宿っていた。
「最後に、お前の本気を知りたい。お前の本気をもって、俺達への訓練の最後に臨んでほしい」
「……怪我するかもよ。まあ、回復してあげるけどさ」
「お前の負った怪我や重責に比べたら、訓練中の怪我の一つや二つ、軽いもんだろ」
「分かった……」
アニルドが勝手に決めたことだろう。だから、一応残りの三人の顔を見る。
つい、微笑が零れた。だって、皆すげえワクワクした表情をしているから。
「いいぜ。最後に全員まとめて、叩き潰してやんよ」
こうして、もう一つの卒業試合が決まった。まるで、仲間との卒業試合とレイルとの卒業試合だ。
♢
アルミリア達との卒業試合は学園で、レイルとの卒業試合は街の中にあるコロシアムで行うらしい。やはり、こういう時代にはコロシアムが付き物なのだろう。
クエストから帰還して、二週間が経過した。同じクラスの面子は全員帰ってきて、学園内の賑わいも元通りだ。
現状、トレントの様子に変わりはないらしい。変わり、と言っても、街への進行があるかどうかだが。ただ、それがあるかないかで随分と変わってくる。
そして、アルミリア達との試合は明日に迫っていた。
昨日までは、ボクとそれ以外に分かれて各々特訓をしていた。戦略を隠すためだ。そのため、ボクは彼女らがどんな風に攻めてくるのか、全く知らない。まあ、特訓の間、違う場所にいるってだけで、寝食は基本共にしているが(寝の時はアニルドは別だが)。
今日は明日に向けて、特訓もそこそこに早目に切り上げた。ただ、ピクシルにも手伝ってもらったお陰で、体も精神もしっかり仕上がっている。今なら魔王だって倒せそうだ……いや、それは無理か。
……あと数日で、皆との学園生活が終わる。前世では碌に友達もいなかったせいで、こんな感慨に耽ることなんてなかった。やはり、友達とは偉大な存在なのだと思う。
でも、これで一生の別れというわけではない。ボクがトレントを止めることさえ出来れば、いつでも会えるのだ。旅に出るかもしれないアニルドは分からないけど。
「よし、こんなとこか」
手に持った今まで布で磨いていた剣が、開けた窓から入ってくる日差しを反射して、キラキラと光る。武器屋に先日持って行って研いだばかりで、切れ味も抜群だ。
鞘に仕舞って、座っていたベッドから立ち上がって、両腕を上にぐぐっと伸びをする。少し凝り固まった筋肉が解されて、楽になる。
「さて、風呂でも入ってくるか」
荷物入れから着替えを取り出し、部屋を出る。他の皆はまだ特訓しているだろうか。分からないけど、明日の試合が楽しみだ。
……明日、ボクはこの世界に来て初めて本気を出す。ゴブリンや盗賊団を相手にした時すら、本気を出さなかったというのに、初めて本気を出す相手は仲間ときた。
でも、ちょうど良かったのかもしれない。命すら危ういトレントを相手にする以上、自分の今の限界を知ることは。
レイルを見て戦闘狂だ、などと思ったが……全く、どうしようもない奴だ、ボクは。もう既に、本気を出したくてうずうずしている。
明日が楽しみで、笑みが勝手に零れてしまった。




