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覚醒

 一度、大きく深呼吸をする。力んでいた手から力を抜き、真っ直ぐ前を見据える。


 正面には土が入った目を、剣を持たない左手で押さえたゴブリンが一匹。冒険者六人が相手しているゴブリンの数は、ざっと見たところ五十から百。


 最初ルーシアに攻撃をしてきたゴブリンは既に倒されていた。


「やああっ!」


 ゴブリンの視界が復活する前に、目の前のゴブリンの胴を凪いだ。


 ルーシアの持つ剣は、どちらかと言えば日本刀寄りの剣だ。両刃でありながら刀身は薄く、幅も他の剣に比べれば狭い。


 その分、力と速さで敵を叩き斬る西洋剣に比べて、スーッと滑らせるとスパッと斬れる。小柄な身体で、力の弱いルーシアにとっては有難い構造だった。


「カモが増えただけだ! とっとと捕えちまえ!」


「なっ」


「ゴブリンが喋った……!?」


 ホブゴブリンが嗄れた声を張る。それを聞いた冒険者たちは驚きの声を上げ、攻撃の手が一瞬止まった。その隙を突いて、ゴブリンが攻撃をする。


 体勢を崩された冒険者たちは、防戦一方へと変わった。


「前の村に比べりゃ、今は数が少ねぇ! やっちまえ!」


 ──前の、村? 前の村って……


 この街はルーシアが住んでいたアレン村の隣だ。しかも、この方角はちょうど、ルーシア達がアレニルビアに入ってきた方角。つまり、ルーシア達の故郷がある方角。


 ──こいつらが……ママを、みんなを、殺した。


 頰をすうっと涙が伝った。歯をくいしばる。


 頭の中が赤く染まる感覚がする。この赤は、何だろうか。血の色? それとも、燃え盛る炎の色?


「……火よ。獄炎の猛火よ。太陽の如く燃え滾れ、世界を滅ぼすまで! ヘル・フレイ──」


「待て、その魔法だと森が燃えちまう!」


 伸ばした左腕を冒険者の一人が掴む。しかし、ルーシアの頭の中の深紅は消え去らない。


「ヘル・フレ──」


「落ち着け!」


 ぱしんっ


 ルーシアの腕を掴んでいない右手が、ルーシアの頰を叩いた。


「冒険者は冷静でいてこそだ。怒りに任せたら、生き残れるものも生き残れない。分かってるな?」


「……こいつらは、殺さないと。私が、やらないと……」


「おい、ブレーム! 一匹抜けたぞ!」


「んなっ!?」


 どうやら、魔法を止めることは承知していた他の冒険者達の防衛線を抜かれたらしい。当然のことだろう。防戦一方となっていた冒険者陣は、この人数でギリギリ押さえていたのだから。一人抜ければ、戦力は落ちる。


「きゃああぁぁ!」


 ミリアの悲鳴が響いた。


「おいっ!」


 ブレームと呼ばれた冒険者を押しのけ、ルーシアはミリアの方へと走った。ルーシアとミリアの距離は、ゴブリンとミリアの距離の二倍ほど。


 いくら急いでも、間に合わないだろう。しかし、それは他の冒険者も同じだ。戦場にいる以上、死ぬことは仕方がない。そう割り切った冒険者達は防衛を続けようと戦っているが、勿論、そんな割り切り方はできないルーシアは、ミリアのために走った。


「あああぁぁ──!」


 叫ぶ。間に合えと。無詠唱でごく小さな火球を創り出す。それを投げ飛ばして、少しでも時間を稼ぐ。


 火球はゴブリンとミリアの間に留まり、ゴブリンの目の高さで停止した。


 ゴブリンはその炎を恐れたか、動きを止め……なかった。


 火球がゴブリンの目を焼く。痛みに対する不協和音な悲鳴が響き動きが止まるが、それも束の間、すぐに音か匂いを頼りにしたか、ミリアの方へと走る。


 でも、その約五秒は無駄ではなかった。同年代の女子の中では最も走るのが速いルーシアにとっては、二倍の距離を縮めるのには、十分すぎる時間だった。


 しかし、それでもゴブリンとミリアの距離の方が僅かに近い。


 ルーシアは剣を逆手に持ち、ゴブリンの攻撃を防ぐことを諦めた。ミリアを見捨てるわけではない。


 剣で止めるには、ゴブリンの正面に入る必要がある。しかし、この距離差ではそれは難しい。だから、ミリアを突き飛ばすことにした。これなら、少しの距離差があっても間に合う可能性があった。


「リア──っ!」


 ゴブリンが緑に鈍く光る剣を振り上げる。ルーシアがミリアに向けて飛び込む。全力で伸ばしたルーシアの手が、ミリアを突き飛ばす。


 ミリアは助かった。今のところは。しかし……


「つぁ……」


 ルーシアは、脇腹に鈍い痛みを感じていた。そう、ゴブリンの剣に斬られていた。


 飛び込んだ勢いそのまま、ルーシアは四メートル近く地面を転がった。上着は土で汚れ、斬られたところには少しずつ血の色が広がっていっていた。


 傷は深くはない。まともに手入れされていないゴブリンの剣では、完全に肉を切り裂く、などということは出来ないからだ。


 しかし、革鎧を、その下の服をも斬った剣は、僅かにルーシアの脇腹の肉を裂いていた。臓器への傷はない。しかし、痛みは酷く、徐々に力が──


 ──力が、入らない……?


 少し気になっていた。ゴブリンの剣に塗られている、あの緑の液体。最初は剣の腐食や錆びるのを防ぐためかな、などと思っていたが……どうやら、毒性を持つ植物をすり潰したものらしい。


 まだ、ギリギリ体は動く。歯を食いしばり、腕に力を込めて上半身だけでも起こそうとする。


 ──あれ、痛みが……ない?


 脇腹の痛みが引き出した。直後、完全に力が入らなくなった。ルーシアは知りもしないが、この毒性には神経を麻痺させる効果があった。中枢神経を麻痺させるほどの強さではないが、末梢神経の麻痺くらいは簡単に出来るほどの、だ。


 ザッザッと音が近付いてくる。霞む視界に、緑色の何かが入ってきた。ゴブリンの足、だろうか。


 このままだと殺される。ギャヒヒと笑う声が聞こえる。


 村のみんなが負けたのも、この毒のせいなのだろうか。そんな思考が巡った瞬間、走馬灯のように母親の顔とミリアの顔が浮かんだ。


 ──守らなきゃ……でも、私一人じゃ、守れない……誰か、助けて……



 ルーシアは真っ暗な世界に一人で立っていた。


「ここは……」


 何もない。


 ──死んじゃったの……? でも、全然痛くない……死ぬのって、こんな感じなの……?


「まだ死んじゃいない。毒素も分解したし、いつでも戦えるよ」


「……え?」


 声だ。男子の声だろうか。でも、少し高め。透き通っていて、歌っているみたいな声。優しい声。


「……誰?」


「救世主、みたいな? いや、そんなカッコいいもんでもないか」


 ニヒヒと笑う少年は、ルーシアの頭に手を乗せた。


 ──……あの時の、温かさと、同じだ……もしかして


「後は僕に任せな。なんとかなるから」


 ルーシアは少年の腕を掴んだ。


「もしかして、あの涙って、あなたが……?」


「どうだろうね……僕も、今の今まで寝てたみたいなものだからさ」


「……みんなを、助けてください。お願いします……!」


「……分かった。でも、一つ約束してくれ」


「約束……?」


 ルーシアが疑問の声を上げる。少年の言葉の続きを待つ。


「僕は別に強くない。だから、君は僕を支えてくれ。僕の、そばにいて欲しい」


 ルーシアの頰を、涙が伝った。そして、力強く頷いた。



「ああ、全部思い出した……」


 ルーシア……いや、ルーシアの中で意識を覚醒させた僕は、これまでの経緯を全て思い出した。死んだこと。神様(?)と会ったこと。異世界に来たこと。そして、ルーシアという少女と交わした約束も。


 そして、どうやらルーシアと意識が入れ替わったらしい。いや、その表現が正しいか分からないが、現象としてはこの言い方が的を射ているだろう。そして、ルーシアの記憶も、僕の記憶も、鮮明に思い出せた。


「それじゃ……ボクの異世界生活を始めるか」


 僕は不敵に笑い、剣についたゴブリンの血を振り落とした。

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