報告
「入っていいか?」
「帰って来たか。いいぞ」
「んじゃ、お邪魔しまーす」
軽い口調で部屋に入って来たのは、腰までの黒衣に巻きスカートのように同じ色の布を腰に巻いた、あたかもラノベ主人公のような少年だ。背中には二本の長剣を背負っている。髪は黒く少し刺々しく、目に掛かるくらいの長さの前髪には、左寄りに白いメッシュが入っている。染めた感じはしないのだが、地毛なのだろうか。
隣に、栗色のボブヘアをした可愛らしい少女もいる。こっちは白のローブを着ているし、魔法使いだろうがロッドやステッキといったものは見当たらない。二人とも、ボクと歳はあまり変わらないと思える。
そして、その黒衣の少年の声には聞き覚えがあった。そう、トレントに殺されかけた時、助けてくれた人の声と同じだった。
「よ。無事みたいだな」
片手を上げて、そう話しかけてくる。ニカっと歯を見せる笑顔がよく似合う、イタズラが好きそうな顔をしている。それに、前世の僕と同じく、中性的だ。
「さっきはありがとうこざいます。お陰で助かりました」
「ああ、気にすんな。そこのギルマスに頼まれてやったことだ、ちゃんと報酬は貰うしな。他の奴らも森の前で見かけたけど、魔術師の二人も目を覚ましてたぞ」
少年からチルニアとパミーが目を覚ました、と聞いて、心底安心した。脈はあったものの、もしかしたら目を覚まさないのではないか、と危惧していたものだから、嬉しい知らせだ。
「それで……ちょうど話をしてたところだと思うが、トレントのことだ。あいつは強敵だぞ、俺らが今まで戦って来た中でも、一二を争うくらいだ。ユリナの魔力を纏った剣で攻撃したけど、傷を付けるのが精一杯だった」
「ふむ、そうか……これは、レイドを組まざるを得んな」
「それはやめた方がいいだろう。あいつの攻撃は、並大抵の奴じゃ反応すら出来ない。他の方法を探すしかなさそうだ」
「……だが、ほかにどんな方法があると言うのだ。討伐せねば、いつ街に被害が出るか分からないぞ。多少の犠牲を孕んでも、レイドを──」
二人はトレントをどうするかという論争が盛り上がり始めてしまい、ボクの入る余地は無くなってしまった。
「ごめんね。あの黒いヒト、すぐああなっちゃうの。多分、納得のいく方法が見つかるまで終わらないわ」
透き通った優しい声が、耳元で囁かれた。黒衣の少年がユリナと呼んでいた、栗毛の少女だ。眉をハの字にして、呆れている。多分、少年があんな風に論争をするのは、いつものことなのだろう。
しかし、恐らくこのままでは埒が開かない。それに、トレントをもし討伐出来たとしても、トレントに宿っていた魂は新たに木に宿り、次のトレントを生み出してしまう。やはり、魂を成仏──この世界だと、魔還と言うらしいが──させるしか道はないのだろう。
「あの! ボクに、一つ提案があります」
論争を止めた二人が、一斉にボクへと視線を向けた。
「提案とは、なんだ?」
セルガストの重たい声が、ボクを威圧する。しかし、こんなところで引き下がれない。
「トレントに宿る人の魂を、説得します」
「トレントに宿る人の魂だと? バカを言うな。トレントが人だと言うのか?」
「正確には──」
「──怨念を持って死んだ人の魂、だろ」
ボクが言おうとしたことを、少年が引き継いだ。誰も知らないのだろう、と思っていたのだが、まさか知っている人物がいたとは。驚きだ。
「古い文献を読むのが好きな奴がいてな、そいつから聞いたんだ。トレントは怨みを持って死んだ人の魂が宿ったものだ、って。まあ、言い伝えだから信憑性はどうかは何とも言えないけどな」
「ふむ……ルーシア、お前はどこからその話を聞いた?」
実際はピクシルからだ。しかし、妖精の存在をバラしていいものだろうか。恐らくだが、この世界では妖精は特別な存在のはずだ。それこそ、神に近しい存在であるかもしれない。
そんな存在を簡単に話しては、ピクシルどころかボクの身まで危険が及びかねない。ここは、少し言葉を濁すとしよう。
「知り合いから聞いたんです。その人、妖精と面識があるみたいで、そういうまだ解明できていないことも聞き出せるそうで」
「そうか。妖精か……ふむ。まあ、いいだろう」
なんとか乗り切ったようだ。ピクシルも、これで納得してくれたらいいが。
「了解した。俺達では良案は出てこなさそうだからな、その妙案で行くしかなさそうだ……レイドは組まない。その分、お前への負担が大きいが、いいのかルーシア?」
「はい。その、ボク一人だと流石に危険なので、出来れば信頼出来る強い人が来てくれると……」
「なら、ここにいるメンバーでいいんじゃないか?」
少年の発言に、一度周囲を見渡す。恐らく、少年少女は問題ないだろう。ボク達を助けた上に、トレントに攻撃が通るかの実践まで行ったくらいだ、腕は確実に立つ。ただ、セルガストは戦力がイメージ出来ないでいる。
セルガストを一点集中で見ていると、少し顔を顰めて渋い声を更に渋くしてボクに文句を付ける。
「俺が信用ならんか?」
「いやっ、そうじゃなくて……いや、そうなんですけど。来て大丈夫ですか? めちゃ強いですよ?」
「ふん、舐められたもんだな、小娘。これでも学園の教師陣よりは断然強いぞ」
マジか。いや、貫禄あるけど。もしかして、Aランク冒険者なのだろうか。
「Aランクなりかけた冒険者だからな、セルガストのおっさんは。俺らは後ろでお前の援護をするだけだから、基本的に気にするな。それに、セルガストのおっさんは判断が速くて正確なんだ。元冒険者パーティーの頭張ってたしな」
「な、なるほど」
なりかけた、っていうのがなんとも残念だ。しかし、確かにそういう戦いでは判断要員は必要だろう。今回のクエストでも、ドロウスとの初戦でアルミリアという指揮がなければ、ボクはストリップショーを公開していたに違いない。必要性はしっかりと感じ取っている。
「分かりました。じゃあ、ここの四人で」
「よし! じゃあ、自己紹介しとくか。俺はレイル、Aランク冒険者だ。巷じゃ『凶獣殺し』なんて呼ばれてる。よろしくな、『火炎大蛇』」
「その通り名、ここ以外でも拡がってるのか……」
答えながら差し出された右手を握る。Aランク冒険者か。初めて見たな。ボクと大して年齢変わらないのに、凄いものだ。
レイルの顔を見てみると、視線がボクの右手に注がれていた。そこには、未だ不明の古傷が残っている。若干表情に曇りが見えたが、一度息を吐き出すと笑顔に戻った。この傷について、何か知っているのだろうか。
「そりゃあな。白髪紅目は色んなところ行った俺でも、お前を省いて二人しか知らない。うち一人は世界最強なんて言われてるしな。そんな中で白髪紅目の強い奴が現れた、なんてなれば、冒険者の間じゃその噂で持ちきりになるさ」
世界最強ってなんだよ、絶対強いじゃん。何はともあれ、ボクの名は既に国内の冒険者にはほとんど知れ渡ってしまったようだ。ついでに、容姿も。街を出る時は姿を隠せる服装を用意せねば。
「私はユリリーナ。レイルのパーティーメンバーよ。ちなみに、パーティー名は『時空の護人』っていうの。ちょっとセンス疑っちゃうよね」
「おい、カッコいいじゃないか!」
「あはは……」
レイル命名らしい。中二くさいというか、なんともこういう年頃の男子が考えそうだ。
「ルーシアです。まだ学園生なのでランクはないですけど、卒業後は冒険者になるつもりでいます。レイルさんの言った通り、『火炎大蛇』なんて呼ばれてます」
「よろしくな。あと、硬っ苦しいのはやめようぜ、俺そういうの苦手だからさ」
「分かった」
この世界の言語にも敬語とタメ語みたいなのがある。ボクは基本初対面と目上と思ってる人には敬語を使うのだが、レイルには正直初めから敬語を使うのか迷っていた。
何せ、歳はほぼ変わらないし、性格からしても苦手だろうことが分かっていたから。まあ、助けてもらった恩もあったから、流石に最初は敬語を使ったが。最終的にはタメ語に落ち着きそうだ。
「一つ確認しておくが、この戦いはいつ行うつもりなんだ? お前の卒業を待つほど、余裕があるとは思えぬが」
確かに、今はまだ十の月で、卒業は来年の三の月の半ば。一年が十三ヶ月あるこの世界では、卒業まで半年も残っている。こんなに残している理由は知らないけど。
それに、冒険者学園生は卒業まで冒険者として登録が出来ないことになっている。信頼ある組織であるギルドであるためには、出来る限り規定違反を作るわけには行かない。しかし、そうなってはいつ侵攻を開始するか分かったものでないトレントを、半年間も放置することになる。それがどれほど危険なことか分からないほど、ここにいるメンバーはバカではない。
ただ、その解決法なら簡単だ。それは即ち──
「ボク一人だけでも先に卒業できないか、交渉しておきます。ギルドから説明を入れてくれたら、成立の可能性は上がると思いますよ」
セルガストはふむと少し考え込む素振りを見せるが、その方法が最良だと判断したのだろう。すぐに頷いた。
「……分かった。こちらからも話を通しておく」
「え、じゃあルーシアは卒業試合に出ないのか⁉︎」
「卒業試合?」
なにそれ、初めて聞いた。スポ少とか部活で、最高学年が卒業する最後の練習で、卒業生と在学生が試合する思い出残しみたいなやつ?
「学園が執り行う催しだよ。卒業生のうち、立候補者やパーティーが冒険者と戦うんだ。最近じゃあ賭け事も行われたりするらしいけど、本来は卒業生の力を示して、パーティーへの勧誘を誘発するのが目的だ。ルーシアが出るなら、一度手合わせしたかったんだけどなあ……」
「もー、強い人を見つけたら、すぐそうやって戦おうとする。血気盛んなのはいいけど、犯罪には手を染めないでよね」
「やらないよ、そんなこと。これでも善悪は弁えてるつもりだ」
「どーだか……」
レイル、ユリリーナからの信頼があまりないようですね。恐らく、性格面で。
ただまあ、卒業試合がなんなのかは分かった。それに、ボクも強い人と戦うのはなんだかんだで楽しい。レイルとの勝負なんて、なんてグッドな響きだろうか。いやはや、大概ボクも戦闘狂だな。
「卒業試合も、ボクだけ行えないか交渉しておくね」
「マジか! そりゃ助かる。お前はあいつによく似てるし、強いって話は何度も聞いたからな。いやー、楽しみだぜ!」
「まだやるって決まってないでしょ」
「あでっ」
ユリリーナにチョップをかまされるレイル。仲のよろしいことで。ここまで嬉しそうにされちゃ、やらないわけにはいかないな。交渉にも力が入るぜ。
にしても、ボクに似てるあいつというのは誰だろうか。先に出てた、白髪紅目の二人のうちのどちらかだろうか。まさか、世界最強と似てるなんてないよな? どんな因果関係だよ。生き別れの姉妹とか? ないか。
「話は纏まったな。学園には今から言伝に向かおう。お前はこれからどうする?」
「ボクも、一度学園に戻ります。仲間も待たせてるし、色々と話さなきゃいけないことも出来たので。それに、どうせなら、一緒に交渉するのもアリだと思いますよ」
「そうだな、それがいいかもしれん」
「じゃあ、俺らはしばらく用無しか。宿でのんびり過ごすとするかな」
「どの宿に泊まるの?」
「一番西にある宿だ。確か、茶髪の俺らより少し年上くらいの娘が働いてるとこ」
ミリアの働いている宿だろう。ユリリーナがどうかは分からないが、レイルはボクのことを知りたがっているだろうから、一つ教えておいてあげよう。
「その茶髪の娘、ボクの姉だから、ボクのこと聞きたかったら教えてくれると思うよ」
「……似てなかったよな?」
「血は繋がってないからね」
「分かった。時間がありそうなら聞いてみる」
「じゃあ、ボクは先にギルドを出ておくので、学園で合流しましょう」
「ああ」
セルガストとの合流の約束をし、ボクはギルドマスター室を出た。同時に、レイルとユリリーナも退室する。
ちょっと空気の圧が下がったような気がして、細い息を零す。
ふと、一つ気になることが脳内に浮かび上がる。
「ユリリーナ……ユリナの方がいいかな?」
「ユリリーナでお願い。ユリナはレイルが勝手に呼んでるだけだから」
「分かった……それで、一つ聞きたいことがあるんだけど。トレントのいた場所で魔法を使って、なんともなかったの? 例えば、胸が苦しくなったり、変な声が聞こえたり」
「? 何もなかったよ」
ユリリーナが答える。その答えを聞いて、その場でボクは固まってしまった。
ユリリーナは、あの苦しさや声は感じなかったという。何故、ボクにはあの声が聞こえて、ユリリーナには聞こえなかったのか。ボクとユリリーナの異点は多過ぎて、正直絞り切ることは出来ない。だから、理由は分からない。
だが、もしあの声がボクにだけ聞こえたのならば。ボクは、何か特別なのだろうか。
「特別なら、どうせならもっとこう、楽できる感じのが嬉しいんだけどね……」
「何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」
──ピクシルは聞こえなかった? 色んな声が人間殺すって言ってるの。
『聞こえたわよ。でも、私は妖精で成り立ちが魔力だから、人間のあんたらと比べない方がいいわよ』
今は姿の見えないピクシルに問い掛けると、そう返答が来た。それもそうだろう。魔力から成る妖精ならば、魔力を介して伝わる声くらい容易に聞こえるだろう。人間と比べることは不可能だ。
「そっか、うん……ありがと。じゃあ、ボク、先に行くね」
そう二人に告げて、駆け足でその場を離れた。これから、本当に忙しくなりそうだ。トレントのこともそうだし、きっとそれ以外も。ルーシアには、あまりにも謎が多過ぎる。
ルーシアだけではない。この街も、国も、世界も、全てが謎だらけだ。なんなら、ボクの存在すら怪しく思えてくる。これら全てを解明する気なんてさらさらないが、どうしても、いくつかは避けられない未来なんじゃないか、という不安がのしかかる。
右手の傷。たった三人しかいない白髪紅目のうちの一人。不可思議な涙。妖精ピクシル。ボク関係だけでも、これだけの謎がある。それに、どれもが特別な真実に繋がっているようにさえ思える。
──全ての人を幸せにする。
こんな願いを抱いたはいいが、ボクはその願いを追いかけるスタートにすら立てていない。世界を知らな過ぎる。ボクを知らな過ぎる。こんな状態では、誰かを幸せになど出来やしないだろう。
ああ、本当に……今度の人生は、忙しくなりそうだ。