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情報収集へ

 移動には、三十分もかからなかった。現在、すぐそばにトレントが鎮座した空き地がある。攻撃範囲外で待機して、今はトレントの動きを観察中だ。


 もし、トレントに対してトラウマが残っていれば、見た瞬間に反応が起こるはずだ。でも、現状その雰囲気はない。ボクが今いる地点で既に、トレントからの異常なまでの圧は来ているから、恐らくトレントを前にして動けなくなる、ということはないだろう。


「寝ている様子は……なさそうだな。残念だけど、昼と変わらないか」


『そうね。で、どうするの? 私はいつでもいいけど、あんたは行けるわけ?』


「流石にちょっと眠いかな。集中力ももって十数分くらいだろうから、今挑むのはやめておく。距離をとって、少し眠るよ」


『そ。それなら、あたしもちょっと休むわ』


 ピクシルに休みが必要なのか、正直未だに不明ではあるが、休むと言っているのだから休むのだろう。こうして姿を見せたり、会話をしたりするのも、案外精神的に疲れるのかもしれない。妖精ではないので、ボクにはいっちょん分からんが。


 空き地から離れる方向に歩みを向け、少し距離をとる。周囲に魔物の気配はなさそうだ。木を背もたれにして座り、そのまま目を閉じると、すぐに眠りに落ちた……。


 ……なんか、呼ばれた気がする。


『起きなさい。日が昇り始めたわ、あまり遅くなるといけないんでしょう?』


「……ああ、ありがと。やっぱり、こういう時目覚ましがないと不便だなあ」


 いつもは六時頃になれば自然に目が覚めるのだが、それ以前には基本的に目が覚めたことがない。多分だが、震度五くらいの地震と台風が同時に来ても、目を覚まさないだろう。危険すぎるぞ、ボク。


 今回はピクシルが起こしてくれたので、なんとか目が覚めた。溜息吐いているあたり、結構苦労したのだろう。すまんな、体質なんだよ。


「さて。あまりグズグズはしてられない。ちょっと目覚ましに食事と運動したら、トレント戦に向かうよ」


『準備が整ったら言って。私はちょっと、様子を確認してくるわ』


 トレントの、だろう。何か変わりがあったら対応しなければならないし、この判断はボクとしてはありがたい。


 ピクシルの姿が消えて、辺りが静かになる。収納魔法から卵を取り出し、森に入る前同様ちゃちゃっとゆで卵にして──鍋などは使わず、水と火魔法を空中で維持して茹でた──、三口で食べてしまう。水を飲んだら、一つ溜息を吐いて意識を切り替える。


 トレントと対峙しても、動けなくなることはないと分かった。これで、恐らく情報収集も出来るだろう。しかし、やはり相手は強敵だ。少しでも油断したら、今度は命ごと切り落とされるかもしれない。せっかく異世界に転生して、こうして大事な仲間もできたのだから、こんなところで死にたくはない。


 腰に装備したままの剣を抜き、その場で素振りを始める。人間の脳は起きてから三時間までが活発に活動している、と聞くが、やはり寝起き一番はやめた方がいいだろう。


 それに、動くことでアドレナリンなどの物質が分泌されて、目も冴えてくるはずだ。コーヒーことカヘルはここにはないため、こうする他あるまい。


 そういえば、もう三十分は経ったけど、ピクシルは大丈夫だろうか。あれでも結構賢明だし、一人で挑むなんてバカな真似はしないだろうが。


「ふぅ……だいぶ目も覚めてきたし、そろそろ行くか」


 水魔法で水を作り、それで顔を洗う。収納魔法から出したタオルで拭き取って、少し乱れた髪を手櫛で整える。


「よし、行きますか」


 左腕の防具の締まり具合を確認して、頬を叩いて気合いを入れる。


 木の葉のほとんど付いていない木々の間を、無駄に体力を消耗しないよう歩いて進む。その間、昨日のトレントの姿を思い出す。


 トレントの攻撃速度は、見てから動いていては間に合わない。そのくらい速い。だが、ボクには魔力振動による探知がある。攻撃パターンは今のところ、枝による斬撃しか分かっていないが、恐らく他の攻撃手段があったとしても、対応出来るだろう。


 もし魔法を使えたとしても、それも対応出来るはずだ。それに、剣に魔力を纏わせれば、魔法を斬ることだって出来る。集中力を切らさなければ、簡単にやられることはないだろう。


 問題は、冒険者の証をどう回収するか、だ。ピクシルを頼ったはいいが、あのおどろおどろしい魔力に満たされた空間の中だ。ああは言っていたが、ピクシルもただでいられるとは思えない。


 それに、ボクも影響がないとは言えないだろう。体の構造からして、ボクは魔法を使えばすぐに周囲の魔力を満タンまで取り込む。殺意に満ちた魔力を体に取り込んで、無事でいられるかどうかは、正直分からない。それこそ、精神に干渉されて、自我を保てなくなる可能性だって皆無とは言い切れない。


 今回は、魔法は禁止した方がいいかもしれないな。正直、ボクのメインウェポンは魔法だから、かなりハンデになるだろうが……背に腹はかえられん。


 え、いつも剣で戦ってるじゃないかって? だって、基本的に剣で事足りるもん。ボクの周りでリミッター外せるのなんてアルミリアくらいだし、そのアルミリアもスピードに対応できれば、負けないし。


 それに、ボクの必殺技は「天獄炎龍」だ。前世の知識を使えるのも、勿論魔法だ。ゆえに、ボクのメインウェポンは魔法である。q.e.d.


 なんて、証明をしているうちに目的地へと着いた。


『来たのね。準備は出来たの?』


「うん。そっちはどう?」


『正直、冒険者の証をいくつも回収するのは難しいわ。私で攻撃手段を確認したけど、枝での攻撃の他に木の葉を飛ばしてくる攻撃もあった……しかも、魔力を纏っているから、あんたも私も、喰らえばただじゃ済まないわ』


 ボクはまだしも、ピクシルがただで済まないとはどうなのだろうか。魔力で成り立っているピクシルが、そんな攻撃で──いや、ありえる。ボクも、これまで何度か魔法を魔力を纏わせた剣で斬ってきた。魔法と妖精の成り立ちは同じだと言っていたのだから、同じ現象が起きても不思議ではない。


 魔法を使うかはともかく、ただでさえ範囲の広い枝攻撃に加えて、飛び攻撃まであると来た。しかも、喰らえば命の危険すらあるものだ。


「……高望みはしない。一つだけでいいから、回収しよう。でも、もし無理なら引き下がろう」


『ええ、そうね。あんたならそう言うと思って、覚悟だけは決めてあるわ』


 やはり、この世界に来てから、おはようからおやすみまで、一番長く関わってきただけのことはある。ボクの考えることは、いつも読み取っていたこともあって、手を取るように分かるみたいだ。ボクのプライバシーは、ピクシルと出会った時点で失ったらしい。あなかなし。


 今はトレントの攻撃範囲外にいる……らしい。枝でも木の葉でも、攻撃をして来ないからそう判断しているが、もしトレントにそれ相応の知恵がある場合、作戦の可能性もある。


「そういえば、ないな……」


『ないって、何が?』


「ボクが脚を切られた時に隠れてた、あの木だよ。探してみたんだけど、切り株が見当たらないんだ。方角もこっちで確かなのに」


 それに、よくよく観察してみると、少し木の配置が変わったような気がする。いや、配置が変わったのではないのだろう。枯れ果てて形すら保てなくなった木の範囲が、後退している。


 これの理由としては、二つほど挙げられる。一つは、トレントの勢力が拡大していること。力が増すことによって、必要な栄養量が増えたために更に木から養分を奪い取っている可能性がある。


 もう一つは、トレントが移動していること。こっちはトレントから見て西側で、アレニルビアがある方角だ。このサイズのために、移動にかかる栄養の制限が大きいため街に着くには時間がかかるだろうが、それでも遠くないうちに辿り着く──即ち、時間制限があると考えなければならなくなる。


「ピクシル、そろそろ始めよう」


『了解。死なないでね』


「そっちこそ」


 集中のためか、ピクシルが姿を消したのを合図に、ボクは空き地へと駆け出した。



 朝目を覚ますと、ルーシアさんがどこにもいませんでした。てっきり、いつものように体力作りでもしているのかと思いましたが、先程、全員が起きたところで、アニルドさんからとある説明を受けました。……いえ、本当は理由を知っていましたが。


 慣れていないためか拙い説明でしたが、状況は今日までの二日間のことも鑑みると、ある程度掴めました。


「……行きましょう」


「待て、俺達は森の外でルーシアを待った方がいい。俺達が行ったところで、何にもならないだろ!」


「しかし、ルーシアさんが死地にいるのです。仲間の私達が、ぬくぬく日向ぼっこなどしていられません!」


「それなら、ドロウスでも討伐していればいいだろ!」


 アニルドさんの説明は、こういうことでした。ルーシアさんは、トレントの情報を集めるため、一人現場へ向かった。午前中には必ず帰るから、皆は安全なところにいてくれ、と。


 ルーシアさんがみなさんが寝ている輪から抜け出しているのに気付いて、こっそりとつけて聞いた、昨夜の二人の会話は、どうやらこういうことだったようです。てっきり、愛の告白でもしているのかと思っていましたが……好きだのなんだのと言っていましたから。


「あのー、私はアニルドに従う方がいいと思います」


 チルニアさんが、小さく手を挙げて発言します。その内容は、私の意見とは食い違うものでした。


 いえ、分かっています。ルーシアさんは一昨日、トレントはルーシアさんが本気を出してギリギリ対応出来る相手だ、と言っていました。いつもの戦闘訓練では、ルーシアさんが本気を出していないことなど明白……つまり、私達にとっては手に余る相手であり、私達の加勢は足手纏いにしかならないということです。


 だから、昨日、アニルドさんは手伝うのではなく、止めようとしたのでしょう。懸命な判断です……しかし、最後にはルーシアさんに説得されてしまった。どうして、最後まで止めなかったのか、どうして、ルーシアさんを行かせて、更には私達を止めようとするのか、問い詰めたい気持ちはあります。ただ、それを聞いたところで何にもならないことも分かっています。


「……構いません。これが危険なことは、重々承知です。なので、皆さんは外で待っていてください。私一人で、ルーシアさんを説得しに行きます」


「なんでルーシアが黙って行ったと思ってるんだ!」


「私達を巻き込まないためでしょうね……しかし、それはあまりにも自分勝手だと思います。わたしたちが、どれだけ心配するのか彼女は分かっているのでしょうか?」


「それは……」


 アニルドさんは口籠もります。本当を言えば、私にも分かりません。


 三年近くそばにいながら、ルーシアさんの行動はたまに想像を超えてくる。そして、彼女は誰かの為ならば、自分の命の危険すら顧みないことすらある。そんなところが凄いと思いながらも、やはりいつ彼女がいなくなってしまうのか、と怖くなることもあります。


 なぜそこまで出来るのか、なぜ私達を置いて行ってしまうのか。私には、到底分かることではないのかもしれません。


 だからこそ、今は多少の危険を冒してでも、ルーシアさんに私達の思っていることを伝えなければ、彼女は己を犠牲にし続ける。そう思うのです。


「……分かっている、と思いますよ」


 不意に、パミーさんが口を開きました。静かに、囁くような声です。


「ルーシアは、いつも私達を助けてくれます。アルミリアさんも、アニルドさんも、チルニアも……みんな、一度ならず、何度もルーシアに助けられたことと思います。それは、ルーシアが私達を思い、時に心配しているからです。本人が何度も感じていることなのですから、分からない、ということは、ないと思います」


 パミーさんの言う通りなのかもしれません。いえ、きっと正しい。


「それでも、私は……ルーシアさんを、止めに行きます。助けに行きます。友達を危険に晒して、戸惑っていたくありません」


 そう、友達だから。私の、初めての友達だから。見捨てたくない、失いたくない。だから、自分をも犠牲にする。……ああ、そうですね。ルーシアさんも、きっと、こういった葛藤が、迷いがあった上での行動なのでしょう。


 私にとって、ルーシアさんは大事な人です。しかし、ルーシアさんにとっては、街全てが……事に至っては、全ての人が大事なのでしょう。スケールが違いすぎて、なんとも想像がつきませんが。


「はあ……分かった。俺も行く。お前だけに任せたら、何が起こるか分からねえ。俺は一度トレントを見てるから、お前らより危険性は把握してる。バカな真似をしないよう、監視役としてついていく」


「じゃあ、私もついて行きます。前に出ないよう、後ろにいますので」


「これだと、私も行く事になりますね……一人だと、私が危険ですし。私も、チルニアと後ろにいます。何かあれば援護が出来るようにはしておきます」


「皆さん……すみません、私の勝手に付き合わせてしまって」


「今更だろ」


「今更ですね」


「そうだっけ?」


 チルニアさんは記憶が欠落しているのか同意はしませんでしたが、パミーさんとアニルドさんには今更と言われてしまいました。私、そんなに自分勝手にやってきたでしょうか? まあ、いいです。


「行きましょう。場所は分かりますか?」


「なんとなく分かる。こっちだ」


 アニルドさんの案内を頼りに、私達はルーシアさんのいる場所へと向かい始めました。



 現在、苦戦中。


 いや、実際戦ってみると分かるけど、強いわこのトレント。枝の攻撃も葉の攻撃も、正直アルミリアの剣戟と変わらない、事によってはそれ以上の速度だ。


 それに、木の葉攻撃のせいもあって、ピクシルも冒険者の証回収に苦戦している。戦い始めてから十分と経っていないが、ずっと集中していることもあって、かなり疲れが溜まってきている。


 このままでは、近付くことすらままならないぞ。せめて一度剣で切り掛かって、神樹本体にダメージが通るか確かめたいのに。


 上空では、縦横無尽に飛び回る木の葉が何かを追いかけている。目には見えないが、魔力振動で干渉できない為、そこにピクシルがいるのは明白だ。冒険者の証がすぐそこにあるというのに、木の葉が邪魔で近付けないらしい。


 どうする? もしこのまま戦い続けたとしても、攻撃を与えるのも、証を回収するのも無理かもしれない。最悪、ボクもピクシルも死んでしまう。引いた方がいいのか?


「っ!」


 頭上で枝が動いたのを感じ取り、すぐに横へと大きく跳ぶ。直後、ボクが元いた場所に巨大な枝が振り下ろされる。


 このまま戦い続けて、このトレントがスタミナ切れするのを待つか? でも、それがいつかは分からない。太陽がだいぶ上がってしまった今、光合成で少しずつだろうが栄養を作ることが出来る以上、ボク達が先に倒れる可能性の方が高い。


 魔力を纏った葉が飛んでくる。ステップで躱しながら、魔力を纏わせた剣で切り落とす。その瞬間だった。


 ニンゲン、コロス……


「ぐっ!」


 いつもピクシルが話し掛けてくる時のように、脳に直接声が流れ込んできた。しかし、これはピクシルのものとは全然違う。まるで、精神を直接攻撃するかのようだ。


「魔法を使うと、こうなるか……」


 魔力を纏った葉を切り落とすにはこちらも魔力を纏わせないと難しい為、半反射的に剣に魔力を纏わせたが、そのせいで周囲の魔力が体内に流れ込んだらしい。恐らく、今の声もそれが理由だろう。


 やはり、ここでの魔法は極力控えた方がいいかもしれない。なんというか、魂が直接攻撃されたかのような感じだった。体に痛みはないのに、吐き気がするかのようなダメージが入った。


 深呼吸をして、今の苦しさを振り払う。集中を再開した瞬間、枝が落ちてくる。右へと跳んで回避。


 しかし、人間殺す、か……このトレントに宿っている魂の持ち主は、どんだけの恨みを持ってるんだろうな。一人かどうかは分からないけど、その恨みは並大抵ではなさそうだ。


「長居は危険か。一か八か、一撃喰らわせてやる……!」


「ルーシアさん!」


「っ⁉︎」


 駆け出そうとした瞬間、この場に聞こえないはずの声が聞こえた。アルミリアの声だ。


「なん、で……」


 アルミリア達には、アニルドが説得してくれたはずだ。ここに来るはずが──


 一瞬隙が出来てしまった。トレントはそれを見逃さず、枝を振り下ろす。気付くのに若干遅れたボクは、それを躱すことは不可能だった。


「ぐいっ!」


 突然の横からの衝撃に、変な声が漏れた。


「大丈夫か。悪い、あのクソ真面目令嬢が、話聞かなかった」


「……そっか」


 皆心配するだろう、とは思ったが、まさか命を懸けてまでこんなところに来るとは思わなかった。嬉しい、と思う中に、僅かな怒りが込み上がる。


「どうして来たんだ! 危険なことは伝えたはずだ、とっととここから逃げろ!」


「あなたも一緒に行くのです! 危険なことは、あなたも変わりありません!」


 聞く耳を持たなさそうだ。しかし、ボクはまだ引き下がるわけにはいかない。少なくとも、ピクシルを回収してからでなくては。


「ボクより弱いくせに、でしゃばってくんな! 邪魔だからここから失せろ!」


 荒々しい言い方なのも、皆を傷付ける言い方なのも分かっている。でも、きっとこれくらい言わないと、皆引き下がらない。もしかしたら、これでも無理かもしれないが。


「アニルド、下がっててくれ。先日の二の舞にはしたくないだろ」


「分かった。気を付けろよ」


「十分気を付けてるさ」


 アニルドは危険性を理解しているのか、すぐにボクを置いて下がった。


『ルーシア、一つだけ回収出来たわ!』


 ピクシルからの声に、僅かに高揚感が出てくる。しかし、ここで気を抜いてはいけない。


「十数えたら下がる、いいな!」


「分かりました!」


 他の皆も頷いたのを確認する。そして、一から数え始める。


 一、二、三……


 カウントをしながら、少しずつ、後退りながらトレントと距離を作る。ピクシルは木の葉を引きつけながらも、逃げる用意は出来ているようだ。


「八、きゅ──」


 そこまで数えた瞬間、全身に鋭い痛みが走った。特に、腹部の痛みが酷い。


「は……?」


 一瞬、何が起きたのか分からず、目の前の光景を疑った。地面から突き出た黒褐色の何かが、ボクの腹を穿っていた。吐き気が湧き上がり、喉の奥に詰まったものを吐き出すと、赤黒い血だった。


「ぁ、ぇ……?」


 腹に刺さったものが抜け、地面へと戻っていく。支えの失ったボクの体は、そのまま前のめりに倒れた。辺りには、既に赤黒い水溜りが出来ていた。


 ああ、そっか。根っこか。失念していた……


 体の中心が寒くなってくる。もうどこにも力は入らず、このまま死にゆくのが目に見えていた。


 相手は元人間だったんだ。言葉は理解出来るし、カウントダウンの数字だって分かっただろう。それなのに、ボクはあまりの異形にそれを忘れ、声に出して指示を出し、カウントした。恐らく、逃げる直前の一瞬の隙を狙われたのだろう。


「《リターン・ヒール》!」


 声が響いた瞬間、全身の寒気も、痛みも、全てが消え去った。まるで、攻撃を喰らう前に戻ったかのように──否、事実、攻撃を喰らう前に戻ったのだ。


「俺達でこいつを引きつけておく。魔術師の二人は動けそうにないから、担いで逃げろ」


 穏やかな中に力強さのある声が、近くでそう囁いた。内容からして、ボク以外の皆も今の攻撃を受けていたらしい。


「アニルド、パミーをお願い! ボクはチルニアを運ぶ……この人達に任せて、逃げるよ!」


 もう形振なりふり構っていられない。この謎の人物を信じて、ボクは逃げることを選択した。指示ももう、聞かれたところで構わない。すぐに逃げるから。


 ボクは、チルニアを担ぎ上げて一目散にその場を離れた。ボクの失敗で皆を傷付けたことによる罪悪感にさいなまれながら。

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