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けじめ

 逃げている間、ピクシルが時空魔法で脚が切られる前まで体を戻してくれたおかげで、回復はした。少なくとも、もう痛みは発生することはない……錯覚による痛みはかく


 神樹は確かにトレントになっていて、その強さはあまりにも格が違いすぎた。リミッターを外して、やっと対等になれるかどうか、といったところかもしれない。


 木を背もたれに腰掛けさせられているボクの向かいに、呼吸を荒らげたアニルドが座っている。制服には、ボクの脚から飛び散った血がまだらに付いている。


「アニルド、大丈夫?」


 問いかけるが、アニルドからの返事はない。呼吸は整い始めているが、表情は暗く、俯き気味だ。


「……ごめん、ルーシア」


「アニルドは悪くないよ。あれは、向こうが強過ぎただけだ」


「そんなことはない。俺がいなきゃ、ルーシアはあの攻撃を避けられていた。俺がルーシアに……ルーシアを、傷付けた」


 己を強く責めているのだろう。泣きそうな様子に裏返り、掠れた声がアニルドの悲痛な様子を掻き立てる。


「……確かに、アニルドがいなきゃあの攻撃は回避出来たかもしれない。でもね、アニルドがいなきゃ、ボクは死んでた」


「何を、言って……」


「アニルドが傷付かないように、ボクはより慎重に進んだんだ。もし、アニルドがいなかったら、ボクは集中力をさっきより欠いて、致命傷を負ってたと思う」


「……そんなの、可能性じゃないか」


 確かに可能性だろう。ボクとしては、実際にそうなるような気はするものの、絶対と言い切る自信はない。


 でも、アニルドを傷付けまいとしてより意識を集中させていたのは、事実だ。きっと、あの時アニルドが腕を掴まなければ、ボクは本当に死んでいただろう。


 自分で言うのもなんだが、ボクは他人の命を優先するきらいがある。そのせいで、どこか自分の命をないがしろにしてしまうことが多々ある。自分のことは、自分が一番分かっているものなのだ、客観的に見ることさえ出来れば。


 今回もきっと、その悪癖あくへきが出てしまったであろう。しかし、その悪癖のお陰で今回ばかりは助かった。


「自分を責めるのは勝手だ。でも、それを他人に押し付けるな。ボクは、ボクが生きててアニルドも生きてる……あれだけの強敵を前にしたのに。それだけで十分だ」


「……お前は、なんでそんなに優しくするんだよ」


 アニルドは消え入りそうな細い声で問いかける。俯いて伸びた髪のせいで見えないが、ポタポタと雫が地面に落ちるのは見て取れた。


「自分のミスを分かっている人に、それ以上の追い討ちをかけるほど、ボクは鬼畜じゃないだけだよ」


 「それに、多分アルミリアが必要以上に怒ってくれるしね」と、付け加える。そうなる未来は容易に想像出来るので、ほぼ百パーセントそうなるだろう。同じことで何度も怒られることほど、自己肯定感を失うものはないし、ボクは実際怒りが湧いている訳でもないので、不必要には怒らない。


 安心しろアニルド、お前にはアルミリアという専属のお叱り役がいるんだからな。


「とりあえず、神樹がトレントになってるのは確実……それと、あまりしっかりとは見れなかったけど、冒険者が沢山消えているのがトレントのせいっていう事実も得られた。めちゃくちゃ強いっていうのもね」


「……もう、十分か?」


「本音を言えば、一つか二つ、冒険者の証を持ち帰りたいところだけど……難しいかな。今は皆のところに戻ろう」


 立ち上がろうと、伸ばしていた脚を曲げて、重心を移動させるために、手で地面を押して前へと力をかける。その瞬間──


「ひっ……!」


 脳内に、地面に拡がる赤黒い血液と、枝を振り下ろした巨木、そして強烈な痛みがフラッシュバックする。


 勢いを止めるための力が脚に入らず、そのまま前のめりに倒れ込む。


「おい、ルーシア!」


 ああ、ダメだこりゃ。トラウマになってやらあ。


 恐らく、しばらく歩くことも、立ち上がることも出来ないだろう。困ったものだ、どうしようか。


「ごめん、アニルド。しばらく立てそうにないや」


 すぐに状況を理解したのか、顔を顰めてボクの近くで背を向けて屈む。


 膝立ちまでなら問題はないので、膝立ちになってアニルドの背中におぶってもらう。


 見た目はまだ子供なのに、意外としっかりとした背中にたくましさを感じる。いつの間にか、アニルドも成長してたんだな。


「案内、頼む」


「分かった」


 一時中断していた魔力振動を再開し、休憩をとった空き地を探す。既にアルミリア達は戻っていたのか、三人の気配がそこにあった。


「あっち」


 方角を指差して、進む方向を伝える。アニルドは、それに従って歩き始めた。その足取りは、どこか遅く感じた。



 前世で、ボクは痛みとはほぼ無縁の人生を送った。怪我をすることなんてほとんどなく、それこそ骨折すら一度もしたことがない。


 生まれつき運動神経がよく、体が柔らかかったこともあるのだろうが、お陰で辛い思いもすることはなかった。事故ですらも、ほぼ無傷だったレベルだ。幸運値すらもカンストしていたのだろうか……いや、それはないか。


 剣道の経験もあったのだが、一度も負けたことは無い。ちなみに、部活とかではなく、単に遊びでやっただけだ。それで、高校生の日本一の選手に勝ったのだから、余程である。


 つまり、面も胴も小手も、受けたことがない。よって、痛みとは無縁だったのだ。


 それに、死ぬ時もあっという間──本当に一瞬の出来事だったせいで、死んだという実感を得るのにも数秒かかったくらいだ。視界が真っ白になった瞬間、意識が途絶えたみたいな感じだったのだ。


 この世界に来てからも、これといった大きなダメージを負ったことはない。アルミリアやアニルドとの特訓中に木刀であざが出来たことは一度や二度ではないし、実剣での試合でアルミリアに頬を斬られたのも、事実だ。でもそれらも、言ってしまえば大した怪我ではない。


 つまり、ボクは今回、前世も通して初めて大きな怪我をしたのだ。それも、骨を断ち切られるような、前世では滅多に体験できないような形の。


 回復魔法によって、歩くことは出来る。だけど、心がそれを拒否している今、ボクは歩けない。まだクエストの途中だというのに、リーダーとして情けないったらありゃしない。


 でも、むしろ好都合だったかもしれない。もし、ここでこの恐怖を乗り越えることが出来たなら、完全ではないかもしれないが痛みという天敵を克服したことになるだろう。弱点は早いうちになくした方がいいのは、当然のことだ。


「けじめ、つけなきゃな……」


「けじめ?」


「ああ、いや……この恐怖を乗り越えないといけないなって。ボク、こんな大怪我したのも初めてで、慣れてないからさ」


「痛いのは俺だって慣れてない。お前の特訓とアルミリアのせいで沢山してきたから、以前よりはマシだろうけど……それでも、痛いのは嫌さ」


 それもそうか。痛いのが好ましいのなんて、極度のドMでもなけりゃそうそういないだろう。ボクは残念なことに、ドMどころかどっちかといえばSだ。だから痛いのなんてゴメンだ。


 アルミリアも、チルニアも、パミーも、アニルドも……みんな、自分を信じてボクの特訓を──辛い思いを乗り越えてきたんだ。ボクが負けてどうする。


「明日までには乗り越えるぞー!」


「のわっ、背中で暴れるな!」


 アニルドの背中の上で両腕を振り上げたせいで、バランスを崩しそうになる。アニルドがなんとか耐えてくれたお陰で倒れることはなかったが、怒られてしまった。失敬失敬。


 既に空き地までの距離はほとんど踏破しており、ものの数分でアルミリア達と合流出来た。チルニアはパミーと楽しそうに話していたが、それでも見て取れるくらいには表情にかげりを感じた。


「ルーシアさん、どうしたのですか!?」


 アニルドに背負われるボクを見て、アルミリアが駆け寄ってくる。木に寄りかけて座らせてもらい、一度深呼吸をする。


「いやー、ちょっとトレント強過ぎたね」


 チルニアを刺激しないよう、少し声を抑えて言う。ただ、チルニアは結構耳がいい、聞こえているかもしれない。もし必要ならば、後で何かフォローしてあげよう。


「アニルドさん!あなたがいながら、どういうことなのですか!」


「……悪い、俺のせいだ。本当に、すまない」


 あまりに素直なアニルドに、アルミリアがたじろぐ。いつもなら言い返すのだが、今回ばかりは自責の念が強いのか、そんな様子は微塵みじんも見せなかった。


「……そんなに、強かったのですか?」


「普段のボクじゃ、反応するのがギリギリな相手だよ」


「それは……しかし、それでも……」


 トレントの強さを聞いて、アニルドを責めるべきかどうか悩んでいるようだ。ホント、アルミリアはボクのこと大事に思ってくれて、くすぐったいけど嬉しいよ。いい友達だ。


「……本当なら、許したくありません。しかし、今回は相手が悪かった……なので、許しませんが、見逃します」


「……ありがとう。本当にごめん、俺が弱いばかりに」


 アルミリアも、意外とアニルドのことを思っているらしい。もっととことん怒るものと思ったのだが、穏便ではないとはいえ早く収まったようだ。


「ルーシア、神樹は……」


 パミーとの会話を終えたのか、それともボク達が帰ってきたのに今気付いたのか、チルニアが近寄ってきて尋ねた。隠さず言うべきか、それとも隠すべきか悩むまでもない。チルニアには既にトレントになっていると言ったのだし、ここは事実を伝えるのがボクの仕事だ。


「トレントになってたよ。ボクの脚も、神樹にやられて、今はちょっと歩けそうにない」


「……そっか」


 今までのうちに、既に気持ちは固まっていたのだろう。表情は沈んでいるが、それでも唇を噛みしめて何かを耐えている。きっと、今心の中では色々な感情がせめぎ合っているのだろう。


「……うん。仕方ないよね。きっと、ルーシアがなんとかしてくれるよね!あたしには、応援するくらいしか出来ないけど……うん、ルーシアが、なんとかしてくれる!」


「……まったく。ボクだって一人の人間なんだよ。あまり重責を負わせないでよ……でも、分かった。元のように動けるようになって、冒険者の称号を得たら、きっとなんとかする。任せとけ!」


 チルニアは、いつも一生懸命だ。何事にも、出来ないことであろうとも、一生懸命だ。例え失敗しても、「ドンマイドンマイ、生きてりゃ次がある!」と言って、笑ってまた挑むだろう。


 ならば、ボクもそうしよう。今はまだ生きてる。例え怖くて歩けなくても、それはいつか乗り越えられる壁だ。歩く足は付いている。ならば、後は歩く意志だけだ。難しいことじゃない。


 守りたい笑顔を守る……全ての人を幸せにするなら、このくらい出来なくてどうする。やってやろう、生きてる間は。やってやろう、死にそうでも。夢のために足掻くのは、人間の特権だ、専売特許だ。


 何かを恐れて足を止めてちゃ、人生成功も楽しみも何も無い。覚悟を決めろ、ボク。乗り越えろ、僕。


 未来は、この手で引き寄せるんだ!


「神樹、元に戻してやるよ!」


 冒険者になるのは、学園を卒業してからになるだろうが、もしそれまでにレイドが招集されたなら無理矢理にでも参加しよう。ボクにしか出来ないことがある、ボクだから出来ることがある。もしトレントに宿る魂に心が残っているのなら、やりようはある。トレントの真実を知り、人の心を知っているからこそ、出来ることがある。


 さあ、ボクの冒険は始まったばかりだ。手始めに、バカな友達の笑顔を、取り戻そう。

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