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考察

「せいっ!」


 音速に近い速度で打ち出された拳が、目の前の氷像を粉々に砕く。


 あれから、今のを加えて三体のドロウスを討伐したボクらは、休憩をしようとしていた。ドロウスに対して何らかの敵意の芽生えたボクは、凍らせて砕くの討伐法を用いて、鬱憤うっぷん晴らしを存分に堪能した。


「さて。休めるところは近くにあるから、そこに行ってしばらくのんびりしよう。ちょっと話したいこともあるし」


「分かりました」


 アルミリアが代表して返事する。既に公道からはかなり外れていて、今はもう森の中をボクの索敵を頼りに進んでいた。


 凍らせる、という攻略法を見付けてからは、ドロウスの討伐も楽になったので、本音を言えば体力の消耗は移動が一番大きい。しかし、転移魔法だの便利な移動手段だのはないので、仕方あるまい。


移動の最中見付けておいた森の中の空き地へと向かう。木々の隙間から見える太陽は徐々に傾き始めているが、恐らくまだ十五時前後だろう。暗くなる前に野営の準備をするとして、切り上げるのが十七時だとしてもまだ二時間ある。さっきまでのペースなら、今から三十分休憩しても、残り時間で五体は倒せそうだ。


そんなことを考えているうちに、空き地へと着いた。そこは木の生え方がまばらで、五人が少し距離を置いても座れそうなくらいの空間があった。


そのまま地面に座るのは好ましくないため、収納魔法から大きめの布を数枚取り出す。レジャーシートも、この先必要そうになってきそうだ。


なるべく隙間が出来ぬよう地面に敷き、その上に座る。そうすると、他の四人もボクに倣ってそこに腰を下ろした。


「警戒はボクがしておくから、皆はゆっくりして」


「任せっきりですみません」


「いいのいいの。ボクの取り柄の一つだから、索敵は」


そう、適材適所である。この言葉は事ある毎に使ってきたため、皆もそういった意識は芽生えているらしく、それ以上は何も言ってこない。


「それでルーシア、話したいことって?」


パミーが切り出してくれたので、その流れに乗らせてもらうとする。


「アルミリア、ボクの不可思議な涙の話は覚えてる?」


「ええ。確か、魔物の集団が攻めてくる数時間前に、何の前触れもなく、ルーシアさんの意思も関係なく流れる涙……だと記憶しています。何分、かなり前に聞いたことなので、どこまで正しいかは分かりませんが」


「いや、修正点ないくらい完璧だよ。むしろなんでそんなに謙遜気味?てのは置いといて」


左にあるものを両手で挟んで右に移動させるようなジェスチャーをする。表情を真剣なものに引き締めて話を続ける。


「実は、その涙が大体二ヶ月前、嵐のあった日に流れたんだ」


「……あの日のことはよく覚えています。しかし、あの日以降に魔物が攻めてきた、という情報はどこにもありません。それ以外の理由で流れたということですか?」


「流れた理由はまだ分からない。でも、不可思議な涙が流れる理由が『魔物の集団が攻めてくる』じゃなくて、『命の危険がある』だと仮定した場合、一つの仮説を立てることが出来るんだ」


「仮説、ですか?」


頭の中で、今から説明することを順序立てる。そして、それを一度言葉として纏め、伝わるレベルに纏まったところで言葉に表す。


「実は、二ヶ月ほど前から、東の森の奥地へ入った冒険者が消える事件が多発している。そして、森の奥に住まうドロウスが森の浅い所に姿を見せ始めたのも二ヶ月前。ボクの涙が流れたのも二ヶ月前だから、これらの事象には何らかの関連がある。さっきの仮説を『森の奥に強力な魔物が現れた』と言葉を変えた場合、全てが繋がるんだ」


「なるほど。ルーシアの涙が流れたのは、森の奥で強力な魔物が現れたから。ドロウスが浅い所に出始めたのも、その魔物のせいで住処を追われた……冒険者が消えているのは、その魔物に襲われたせい」


「理解の早い子は好きだよ、パミー」


「すっ!?」


パミーの纏めたものはボクの言おうとしたことそのものだった。唐突の好き宣言で不意を突かれて顔を紅くしているが、一旦それは後回しにする。


にしても、不可思議な涙の話は今初めて聞いたばかりだろうに、理解力が高くて洞察力もある。探偵とか向いてそうだなあ、パミーは。


「今パミーが纏めてくれた通り、森の奥に強力な魔物が現れた可能性が高い。それに、アニルドに森に入ったばかりの時聞いたけど、木の葉が本来より少ないんだよね?」


「ああ、俺はそう感じた」


「もしそれが事実だとすれば、森全体の木に影響を出す──栄養を吸い尽くすような魔物がいるってことだ。ボクの推測では、この事件の黒幕は神樹、東の森の巨木だと思っている」


「神樹が黒幕?え、なんでそうなるの?」


チルニアはどこか神樹を大切に思っているのか、怪訝けげんそうな顔をしてボクに聞く。


「結論から言おう。神樹は、トレントになっている」


「トレントって、確か……木の魔物?」


「そ、木の魔物」


チルニアが珍しく授業の内容を覚えていたことに意外性を感じながらも、冷静を保って話を続ける。


「トレントは、授業でも言ってたけど、まだどういう魔物なのかよく分かっていない存在だ。でも、一つこんな言い伝えがあるってフルドム先生が言ってたんだ。『トレントの通りし道、草も枯れ果てる』って」


「言ってましたね。しかし、その言い伝えと神樹がトレントになったことに、どんな因果関係が?」


「木は本来、成長という形を除いて自ら動くことはない。でも、トレントは己の意思で動かないはずの木を動かしてるんだ。憶測だけど、それには多くの栄養を必要とする……だから、周りの木が草諸共枯れてしまうんだ。そして、神樹みたいな巨大な木がトレントになって動いたならば、森一帯の栄養を奪ってもおかしくない」


「つまり、森の奥の木がトレントのせいで枯れ果ててしまったから、食べ物を求めてドロウスは森の入口近くに出てきたってこと?」


「ご名答」


ボクのからかい攻撃から復活したパミーが、またも鋭い洞察力でボクの言わんとするところを、的確に説明する。


「で、でも、それって推察だよね?神樹じゃない可能性もあるよね!」


「……まあ、推察ではある。けど、残念だけど推察なのはこれら事象の裏付けであって、神樹がトレントになっているのは事実だ」


「そん、な……」


チルニアが神樹にどんな思い入れがあるのかは知らないが、その落ち込みようは今までに見たことない程だった。いつもポジティブな彼女だが、今回ばかりはそうも行かないらしい。


「……昔、ね。お母さんから聞いたんだ。神樹は、かつて──何百、何千年も前に、神様が植えた木なんだって。いつもあたし達を見守って、優しく包んでくれるんだって。あたし、ずっと優しい木なんだって、思ってたのに……」


「チルニア……」


チルニアがポツリポツリと震える声でそう語る。パミーはそのことを知っていたのか、少し俯き気味になった。恐らく、チルニアにとっては裏切られたような気分なのだろう。


チルニアにはこう言ったが、既に裏取りは出来ていた。ついさっきのことだが、索敵範囲を一度だけ広げて神樹の様子を確認していた。その時、確実に巨木は意志を持って動いていた。


──ピクシル。トレントってどんな魔物なの?


ピクシルに問い掛ける。今日は一度も姿を見せていないが、傍でずっと浮遊していることは分かっていた。すぐに、返事がくる。


『トレントねぇ……あまり好ましい魔物ではないわよ。言ってしまえば、恨みを持った魂が木を拠り所としたもの。妖精の間では、怨霊樹おんりょうじゅとも呼ばれてるわね』


ピクシルの解説を聞いて、正直信じ難かった。何せ、魂と出たのだ。工学部に進んだこともあり、オカルトじみたそんな存在はないと思っていたが、妖精のピクシルがそう言ってしまえば、嘘だとは思えない。それに、そうだ。ボクがこの世界に転生した原理も、魂という存在がなければ成立しないだろう。体ごと転移したわけじゃない以上、これは魂が記憶を持ったまま異世界の一人の少女──ルーシアに宿ったと言わなければ、どう説明しようか。


「魂、か……」


魂。アニマ。ソウル。


古くから哲学ではよく使われるものだ。しかし、ボクはそんなもの信じてはいなかった。人間とは脳さえあれば成り立ち、魂も心も全身を通っている神経からなっているのだと考えていた。


だが、この世界に来てみて、どうだろう。転生の原理は魂のようなオカルトでなければ証明は困難。トレントには怨みを宿す魂が宿っている。


こうも魂が大きく事象をつかさどっていては、信ぜざるをえまい。


「……一度、神樹まで行こうと思う」


「バカ言うな、ルーシア。今の話聞いてりゃ、危険なことは分かる」


「でも、この目でちゃんと確かめて、ギルドに正しい情報を伝えないと」


「俺達は学生だ。いくらお前が人並外れて強くても、そんなことは許されない。それに、神樹がトレントになっていることは確かなんだろ?それを伝えるだけでも、十分に収穫だ」


「でも……!」


チルニアの落ち込む顔を見て、何とかしたいと思った。神樹に宿っているのが怨みを持つ魂なら、何とか出来るのではないかと思った。


でも、それがあまりにも危険で、命を落とす可能性があることは分かっている。アニルドの言っていることが正しいのは、分かっている。ギルドの職員にも危険は犯すな、と言われた。


「……俺も着いていく。お前が何やらかすか分からないからな」


「危険だよ?」


「お前が言うか……俺はお前を止める役だ。自ら危険を犯したりはしない」


きっと、これがアニルドなりの苦肉の策なのだろう。ボクを止めることが不可能だと判断したのか、危険を排除する方向へとシフトしたらしい。チルニアのためにも動きたいという意志が疼いていたので、正直このアニルドの選択は嬉しかった。


「分かった。それじゃあ、二人で行こう。変なことはしないでね?」


「するか、ばーか」


顔を紅くするアニルドをニシシと笑いながら、内心は少し心配だった。アニルドは今まで、人の死を見たことがある。もしそれがトラウマになっていれば、トレントの周囲に散らばっている肉塊や血痕など、それらを見て冷静でいられるか分からなかった。


でも、アニルドは成長した。もしかしたら、本当にボクを守ってくれるかもしれない。


「皆は、この後は二体ドロウスを倒して、その後は野営の準備を進めて。倒し方は分かるよね?」


「凍らせて砕く、でいいんですよね。それなら、私達でも問題ありません……本当に、行くんですか?」


「行くよ。守りたい笑顔があるから」


まだ暗い表情のチルニアに視線を向ける。本人が責任を感じないよう、気付かれる前に視線をアルミリアに戻すが、人の心情を読み取るのに長けているアルミリアのことだ。ボクの思っていることは筒抜けかもしれない。


収納魔法から野営用の道具を一通りパミーに手渡す。大きめのバックパックに似たものに入れてあるため、体力消費は増えるだろうが、移動はまだ楽になるはずだ。


「それじゃあ、アニルド、行こうか。三人も、気を付けて」


「ええ、あなた達も。アニルドさん、もしルーシアさんに傷一つでも付けたなら、許しませんよ」


「分かってる」


アルミリア達三人はもうしばらく──恐らくチルニアがある程度回復するまで──休憩するのか、空き地に留まった。


ボクとアニルドは各々の武器を確認して、その場を後にする。

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