対ドロウス
商業区で食料を調達し──アルミリアとアニルドが折半した──、街と森との間にある平地を公道を使って進んでいる。
何故街と森との間に平地があるかというと、もし魔物が攻めてきた時、迎え撃ちやすくするためだそうだ。外壁は上に登ることができるらしく、そこには弓矢が常設されているらしい。でも、直で森では弓矢なんて余程の技量がなくては撃てっこない。
それに、森の中は木が密集していて、魔法も使いにくいし武器も振るいにくい。そういう面もあり、街を作った時に周辺の木は切り倒してしまったらしい。勿論、その後は建築やその他の目的で使われたそうだ。
距離はせいぜい三キロといったところらしい。森も防壁から目視可能だ。しかし、それでも全方位でそれをしたとなると、かなりの木を倒したことになる。街を作った人達、ご苦労様でした。
東側にはボクは出たことなく、アルミリア、チルニア、パミーもないそうだ。アルミリアはありそうな気がしたが、親戚や王都も北の行動から全て繋がっているそうなので、基本北以外は使わないそうだ。西はかつてはアレン村に行くために使ったそうだが、南に至っても一度も使ったことがないらしい。
そういうわけで、東の公道から実家の領地に繋がっているというアニルドに、先導してもらっている。勿論、森までの道は一本道なので、案内の必要はないのだが、念の為だ。
そして、もうすぐ森に到着しようとしていた。
「もうすぐ森に着くぞ」
「それじゃあ、昼も近いし休憩がてら昼食をとっておこう」
「ルーシアさん、戦闘前の食事はあまりよろしくないのでは……」
アルミリアの言う通り、戦闘前の食事はよろしくない。食べ過ぎると動きが鈍くなるし、満腹感による眠気も天敵だ。
「こういう時はゆで卵かな。栄養価もあるし。塩がないのは残念だけど」
収納魔法から馴染みの武器屋の金床や道具を借りて作った鍋(他にもフライパンとかの調理器具も作った)と、街でとれた卵を取り出す──傍目からはいきなり出てくるように見える──。この街には、南の生産区で養鶏場もあるらしく、新鮮な卵が買えるから実にいい。
土魔法でちょうどいい高さに鍋を置くための台を作り、日本では五徳と呼ばれるらしい置き場を成型して、その上に鍋を置く。魔法で水を作り出し、空中で火魔法を使い熱してお湯にする。そのお湯を鍋に入れて、五徳の間で火魔法を発現させる。
沸騰したら日を弱め、殻がついたままの卵をそのお湯の中に入れる。そして、火を維持したまま三分が経過した。
「よし、完成っと。熱いから気を付けてね」
学園の朝食セットでたまに半熟の卵が出るが、皆それを普通に食べていたのは確認済みだ。
それぞれ一個ずつ受け取り、殻を剥いていく。一口かぶりつくと、僅かな白身の抵抗が弾けてホロリと崩れ、トロリとした黄身が口の中に流れ出て甘味が広がる。見事な半熟卵だ、我ながら流石である。ごめん、今の自画自賛なしで。
「とろける〜」
「ルーシアって、料理も出来るんだね」
「いや、ゆで卵くらい時間を間違わなきゃ多分大抵はできるよ」
「いえ、この半熟具合は簡単ではないと思います……少なくとも、私は今までここまで完璧な半熟は、作れたことがありません」
アルミリア、料理したことがあるらしい。貴族ということもあり意外性もあるが、姉は料理出来ると言っていたこともあり、それを真似てやったことがあるのだろう。
アニルドも口には出さないものの、満足そうな表情をしているため、今回のゆで卵はパーティー内では好評だったらしい。
「さて。腹ごしらえはこれでいいとして、後の準備済ませて森に入ろうか。ドロウスは何体かパパっと倒して、早いうちに帰るとしよう」
期間は二週間あるものの、長引けば長引くほど、野宿経験の浅いボク達にとってはかなりストレスになる。それがどんな形であれミスになれば、命に関わってしまう。だから、討伐体数が記載されてなかったため、数体倒してすぐに帰るつもりでいた。
本当は神樹まで行って調べたいのだが、やはりこのメンバーを危険に晒すのは、避けたい。
「そうですね。私達ではあまり多くは倒せないでしょうが、精一杯頑張りましょう」
いや、そんなことはないと思うよ?
アルミリアの言葉にそう言いたくなるが、ここは早目に切り上げるため、頷いておく。でも、実際を言えば、ボクとアルミリア二人いれば、その辺の冒険者パーティーの三倍は狩れると思う。包み隠さず言えば、食料さえ十分に用意していれば、全滅も簡単だろう。
「しばらくは公道沿いに探す。前情報ではドロウスはこっちが攻撃するまで、何もしてこない。だから、先手必勝──先制攻撃で仕留める。念の為聞くけど、ドロウスについて、授業で聞かされていない情報持ってる人いる?」
「はい、一ついいでしょうか」
「はい、パミー」
「ドロウスは全身粘液で覆われていて、その粘液は生物が触れるとピリピリと痛み、力が入りにくくなると言うのは聞いたと思います。私の家は材料集めに森に入ることもしばしばあるので、その時の護衛の冒険者から聞いたのですが、ドロウスに火魔法は使ってはならないそうです。引火しやすく、近くで火を使うだけで爆発すると聞きました」
「ふむふむ、なるほど。もしかして、温度変化に弱いのかな……よし。元々森の中だから極力使わないつもりだったけど、これで火魔法は厳禁だね。チルニア、他の属性で頑張って」
「りょーかい!」
チルニアがビシッと音が出そうな勢いで、敬礼をする。これも、ボクとの関わりで使うようになったジェスチャーである。
「よし、準備して行くか!」
♢
その後、諸々の準備を終えたボク達は、森の中へと入った。
森の中は予想に反して、かなり明るかった。木漏れ日という表現が似つかわしくない程に、木の葉の間から入ってくる光は、眩しかった。
季節は十月であり、本来ならまだ落葉はそこまで進んでいないだろう。それに、アレニルビア周辺の森の木は、落葉がかなり遅く始まり十二月半ばだと聞いている。
「妙に明るい気がするんだけど、アニルドが以前通った時もこんなだった?」
「……いや、前はもっと暗かった。木漏れ日なんてないくらいに」
「そっか」
アニルドの表情が少し固い。この明るさを気にしているのか、はたまた妹を攫われた時のことを思い出しているのか、理由は分からないが。
しかし、アニルドのお陰でこの明るさが本来とは違うと分かった。アニルドがここを通ったのが春だとしても、落葉が遅いここの木は秋である現在とも大して変わらないだろう。ならば、これは異常だ。
現在の異常を纏めてみると、「森の浅い所に姿を見せるドロウス」、「姿を消す森の奥に入った冒険者」、「例年よりもかなり早く落葉を開始した森の木々」と言ったところだ。少なくとも、前二つには関連性があると見ていい。森の深部に棲息しているはずのドロウスと、森の深部で消えた冒険者。発生場所が一致している。
最後の一つは、まだ微妙だろう。しかし、ドロウスが森の浅い箇所に姿を見せた理由と何か関係があるのだろうか。
森の深部で植物の葉を溶かして食べるドロウスと、枯れているかのように落葉を早めた木々。関連性が見つかりそうで、ギリギリ手が届かない。
その時、地上に半径一キロの半球体に展開していた魔力振動の索敵に、一体の人間以外の反応を捉えた。立ち止まって目を閉じ、視覚を該当箇所に移動させる。そして、そこで見た姿は、まさにモウセンゴケもといドロウスだった。
「ドロウス発見。公道上に一体」
「じゃあ、このまま真っ直ぐ行けばいいんだな」
「ああ」
アニルドと短く言葉を交わし、同時に剣を抜いて歩みを遅くして進む。出来る限り音を消し、忍者の如く抜き足差し足忍び足だ。
ドロウスがいるのは、カーブした道が終わったすぐそこだ。そして、カーブに差し掛かったところで、木々の隙間からその姿を捉える。どうやら、今は木の葉を溶かして食事中のようだ。
「ボクは木を渡って先に仕掛ける。皆は公道から回って挟もう」
「出来るなら先に倒してくれ」
「任せとけ」
そう言い残し、森の木々へ向けて地面を蹴る。木の幹を蹴って、空中を移動する。飛行魔法を使えば何ともないのだろうが、残念ながらまだ使ったことがないし、ピクシルも方法を知らないと言うので仕方なし。
ドロウスの真上へと躍り出たボクは、落下の勢いを利用して切り掛る。ドロウスがどうやって周囲を認知しているのかは分からないが、念の為声は出さない。
「ッッ!」
しかし、どう認知したのか。触手がボク目掛けて伸びてきた。体を捻って何とか回避したが、このままだと正面衝突してあの大量の触手に雁字搦めにされておしまいだろう。
風魔法を正面向けて放ち、その反作用の力で後ろへと飛ぶ。それで何本かの触手は弾かれたが、大人と変わらないくらいデカい体からは、五十本近い触手が生えている。数本弾いたくらいではどうにもならず、数十本の触手が迫ってくる。
魔法と体を捻りながらの回避兼剣での攻撃で何とか距離を確保する。
「チッ、こいつ思ったより手強いな……」
前情報に弱点に該当しそうなものがなく、どう手出しすればいいのかも分からない。ギルドで攻略法くらい聞いておけばよかったと、若干の後悔が沸き上がる。
「ルーシア、手伝うぞ!」
「変に近付くな、捕まる!」
アニルドがボクの声に即座に反応し後ろに跳んだ瞬間、元いた場所にドロウスの触手が空振る。
アニルドにドロウス意識が向いた瞬間、地面を蹴って高速で駆け寄り、右下から左上へと斬り上げる。しかし、思ったよりも素早い身のこなしで躱されてしまう。バックステップで距離をとり、対策を考える。
──触手は斬れないこともないが、斬ってもすぐに再生している。動きも速いし、どうやら音か匂いとかでこっちを認識してる。不意打ちにも簡単に対応されている。魔法で攻撃しようにも、火魔法は厳禁だしその他の属性も何が効くのか分からない。少なくとも、風魔法では剣での攻撃と変わらないだろう。
「……おかしいよ、ルーシア。このドロウス、なんか変!」
「変って、何が」
パミーの言葉に、詳細を訊ねる。少し、内容を整理しているのか考え込んで、そして説明を始めた。
「私、何度かドロウスは見たことあるの。でも、全部ここまで攻撃的じゃなかった。あくまで、自己防衛っていう感じで、自分から捕まえようとすることはなかったの。でも、このドロウス、ルーシアを捕まえようとしてる」
今更パミーを疑うつもりはないが、この話が本当なら、やはり森の中で何かが起こっているのかもしれない。このドロウスが単に特殊だ、という線も残るがそれは確率が低過ぎるだろう。
今はアニルドが狙われていて、ギリギリの所で捕まらずにいる。しかし、それも時間の問題だろう。
アニルドからタゲを外すため、ドロウスに斬り掛かる。上段に剣を振り上げた瞬間、まるで動きを読まれたかのように、腕に触手が巻き付いてきた。
「しまっ……」
次の瞬間、全身に触手が巻き付いてくる。両腕、両脚、腰にと、完全に動きを封じられた。
「ぐっ、魔法で……」
魔法を使おうと意識を集中させるが、次の瞬間に全身を巡ったピリピリと微電流が流れるかのような感覚に、集中を阻害される。そして、その刺激が──
──何これ、思ったより気持ちいい……
「ふぁ……」
──はっ! なんて声出してんだ、ボク! いくら敏感だからって……
「ん、ふぅっ……! 変な、とこ、触るなぁ」
ダメです、これ気持ち良すぎます、癖になります。ゴメンね、皆、ボクはもうダメなようだ。
甘い声を堪えながら、何とか振りほどこうともがいてみるが、本当に微電流でも流れているのか、筋肉に上手く力が籠らない。魔法も刺激──快感のせいで意識を阻害され、上手くイメージが出来ない。
何とかしなければ、と腕に視線を向けてみると、そこには予想外の光景が繰り広げられていた。スーッと背筋が凍るような感覚がする。そして、アルミリア達に伝えるため、声を振り絞って叫ぶ。
「ふ、服がっ、服が溶けてるっ!」