表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/101

クエスト実習

 八月のある日のこと。


 前日から暴風暴雨が続いていて、特訓もままならずにいた。立地が日本とはかなり違うからだろうが、この地域はあまり台風は来ないのだが、時期と天候から予想するに、ボクにとって(この世界における)人生初の台風がやって来たようだ。


 この二日間は、流石に少し距離のある道場に行くのも危険と判断して、夏休みなのをいいことに宿でのんびりとしていた。


 いや、実際はのんびりなどしていないが。珍しい台風のせいで、宿の中が大変なことになって、かなり手伝わされた。特に、ボクの際限ない魔法は重宝ちょうほうされたものだ。


 一応バイト代のようなものは入った。それを収納魔法にしまった頃には、既に日も暮れ出していそうな頃合になっていた。そして、その頃にはほとんど雨も止んでいた。風は強かったし雲で空は隠れていたが。


 蝶番ちょうつがいにガタのきた入口のドアの修繕しゅうぜんを手伝うついでに、ボクは少し街の中を歩いてみた。学園の方や道場まで見て回ったが、正直民家はかなりダメージを受けていたと思える。


 チルニアの家である服屋は、看板が吹っ飛んだだけで家屋自体への被害はなさそうだった。パミーの実家は場所を知らないから、何とも言えん。


 宿に帰ると、ボクの手間のかかる所の手伝いの甲斐あってか、既に修復は終わっていた。遅めの夕飯を食べた後、食器の片付けや掃除を終えたミリアと、部屋で談話していた時だった。


「シア、それ……」


 ミリアが、ボクの顔を指さして、小さく震えた声を出したのだ。頬を触れてみると、水が手に付いた。舐めてしょっぱさを確かめるまでもなく、それは涙だった。ボクが、意図したものではない。


「……ごめん、リア。明日からは、手伝えそうにない」


「……そうだね」


 この休みでだいぶ一緒にいることに慣れてきて、少しの間ならなんともなくなっていたボクとミリアとの間に、重苦しい緊張感が漂った。



 学年が変わって、半年が経過した。今日から、ボク達はパーティーごとに分かれて、クエストに臨むことになっている。


 ちなみに、今日までの六ヶ月半のうち、最初の二ヶ月は冒険者ギルドについての座学だった。座学、といっても半日だけで、勿論体が鈍らないように、午後からは二次学年の時と同じように、パーティーごとの特訓だったが。


 ここで、少し冒険者ギルドについて話をしよう。まあ、ボクが授業で受けた内容しか話せないが。


 冒険者ギルドは、十年ほど前に出来上がった一つの組織だそうだ。実際、地球に住んでいて異世界もののラノベを読んだことがある人は、知っている人も多いだろう。そう、予想している通り、そこでは一般の人や貴族などが依頼と達成金を預け、冒険者がその依頼クリアすることで達成金を受けるとことができる、云わばクエストの仲介をする場所だ。


 作ったのは、コウという名の一人の青年らしい。これまでは酒場や宿屋が依頼の掲示を担っていて、その依頼を依頼主のところに受諾しに行くという手間があったが、ギルドのお陰でその手間が省け、達成金も目安が設けられているので、交渉の必要もなく楽にクエストを行えるそうだ。ちなみに、今も酒場や宿屋で依頼を掲示しているところはそれなりにあるらしい。


 今のところは、この国にのみあるらしく、国家ですら介入が出来ないくらい大きな組織となっているそうだ。


 と、まあ、こんな感じだ。実際の授業では、クエストの受け方やその他ギルドでのルールなど、色々と教えてもらったが、長くなるので割愛させてもらう。


 そして、座学を終えた後の四ヶ月半は、間に夏休みがあったが、基本的にパーティーごとの自主練となった。


 ボクのパーティーでは、アルミリアとチルニア、パミーに関してはもう教えることはある程度教えていたので、二次学年の終わりにアニルドに頼まれたこともあり、アニルド中心に特訓をした。


 その結果、アニルドは普段のボク──リミッターは外さずに本気のボクと、互角に渡り合えるくらいに強くなった。アルミリアとの二人を相手にした時に至っては、全体のうち一割ほど負けている。


 リミッターを外したボクとは、流石にアニルドが勝つことはなかったものの、初撃を目で見て反応する程に動きも精錬されてきた。ただ、二撃目で毎回終わるが。


 今日まで見てきたところ、アニルドはどうも、一人で強くなることを諦めたらしい。誰かの手を借り、足りないところを補うという方法で強くなることにしたらしい。


 アニルドに手伝ってくれ、と頼まれた日、ボクは、前世で「僕」がついぞ辿り着けなかった、誰かを頼るということを、アニルドが達したことには驚いたものだ。尊敬する中で、羨ましく思うところもあったのは、事実だろう。


 そして、ボクが今日までやってきたのは、特訓だけではない。もう一つ、力を入れていたことがあった。


 八月某日、台風と思われる暴風雨がやってきた日に流れた、不可思議な涙。あの日以降、ずっと魔物が来ることを警戒していたのだが、結局今日まで一度も魔物が来た様子はない。


 しかし、これまでの経験からここで安心ができず、時間を見つけては冒険者ギルドに向かい、情報収集をしていたのだ。二年前のこともあり、一応ギルドの方にも顔は知れているし。


 結論として、一つだけ該当しそうな話を聞いた。それも、複数人──冒険者だけでなく、ギルド職員からも同じ話を聞いた。


 それは、最近普段は森の奥部でしか姿を見せない「ドロウス」という魔物が、浅い所でもよく見掛けられているらしい。その原因を探しに、深部まで入った冒険者が消息を絶っている、というものだった。中には、フルドムと同等のBランク冒険者という腕の立つ者もいるらしい。


 そのドロウスの異常行動の開始がちょうど二ヶ月前、そして消息を絶ち始めたのもその辺りからだそうだ。時期の一致から見て、あの涙はこの問題が関係していると推測していた。


 このことについて、昨日は夜中三時頃まで考え事をしていたものだから、ついつい今日は寝坊してしまった。今、凄い右頬がヒリヒリしている。理由はすぐに分かるだろう。


 遅刻したボク達に掲示板に残されたクエストは、件のドロウス討伐のクエストだった。実際、普段ドロウスは人に被害を与えないため、こうして学生用のクエストとして──数を減らすという目的もあるだろうが──貼り出されているのだろう。


「ルーシアさんが寝坊とは、珍しいこともあるのですね。夏季休暇の嵐が再来するのでしょうか?」


「いや、昨日寝るのが遅かったから起きられなかっただけだよ……そんなこと、起こるわけないじゃないか。というか、すっごいほっぺた痛いんだけど」


「……私の必殺目覚ましビンタで起きなかったのは、あの日のチルニアを除いて初めてだよ」


 あの日、というのは、恐らくスレビス盗賊団事件のあった日のことだろう。寝ている間に、あの日チルニアが喰らっていたビンタを受けていたらしい。痛いわけだ。


「残りがこれですか。ドロウス……と言えば、あの球から触手が何本も出ているような見た目のやつでしたっけ」


「はい。本来は森の奥の方で、その触手で溶かした木の葉を栄養として生きているそうですが、最近は森の浅い所でも姿を見せているそうです。ただ、人への被害はほとんどないので、公路での影響が出ないよう、間引くような感じでの依頼だそうです」


 アルミリアの言葉に、パミーがドロウスについて更に細かい情報を追加する。


 球に触手ねえ。授業で見たフルドムのイラストでのイメージは、地球にも存在する食虫植物のモウセンゴケとよく似ていた。モウセンゴケと較べて、もっとおどろおどろしい感じではあったが。


 ボクのパーティーメンバーも知っているようだし、モウセンゴケもといドロウスが森の浅い所にも出現している、という話は事実なようだ。


「なあ、学生に東の森に行かせて大丈夫なのか? 最近、あの辺よく冒険者が消えてるし……」


「浅い箇所のドロウス退治だ。奥まで行かなきゃ、問題ないだろう」


 ギルドにいた冒険者の会話が聞こえてくる。噂通り、冒険者の消失がよく起きているのは、森の深部らしい。


 ──森の深部か……確か、東の森には神樹があったな。関わりがなきゃいいんだけど。


 そう願うが、あそこまで大きく目立つ木だ。何も無い方が難しいのかもしれない。まさかとは思うが、半年前のピクシルとの会話がフラグになった、なんてことはないだろうな。


「仕方ない。嫌な予感しかしないけど、このクエストを受けよう」


「ルーシアさんに文句を言う資格はありませんよ」


「そうだよ。あたしだって今日はちゃんと起きたんだもん!」


 アルミリアに続いて、いつもは擁護ようごしてくれるチルニアまでもボクを悪く言う。いや、うん、悪いのはボクなんだけどね。


 仲間達のバッシングを背中に、パミーによる寝ている間のビンタでできた大きな紅葉を頬に携えて、クエスト用紙を受付へと、一応パーティーリーダーとして持っていく。


「……大丈夫ですか?」


「クエストのこと?」


「いえ、そのほっぺたです」


「ああ、これ。支障が出るようなら回復魔法でもかけるから、大丈夫。あと、このクエストお願いします」


 受付嬢がボクの手から紙を受け取ると、少し表情を暗くした。なんとなく心情は分かる。恐らく、件の案件が気にかかっているのだろう。


「出来る限り情報を持って帰ります」


 手招きして顔を近付け、耳元でそう囁くと、


「無茶はしないでください。死んでは元も子もありません、必ず生きて帰ってきてください」


「わかりました」


 心配の言葉に返事をしておく。しかし、無茶はしないつもりでいるものの、嫌な胸騒ぎが収まらないため、何か危険を犯す可能性はあるだろう。


 ボクとてそんな、問題事に己から首を突っ込んで面倒被るのは嫌だ。だが、それ以前に既に多くの被害が出ている以上、解決の力を持っているかもしれないボクとしては手出ししないでいるのも、もどかしい。


 クエストを受けたが、勿論クエスト受領のエフェクトだのファンファーレだのはない。


 パーティーの皆の下に戻ると、何か話し合っていたらしく、円を描くように集まっていた。


「なんの話?」


「今回のクエストでの戦いについてです。今のところ、チルニアさんとパミーさんはいつも通り後衛で魔法を撃つことになっていますが、前衛をどうしようか、と」


「ボクとアニルドでいいと思うよ。アルミリアは後ろで、魔術師組を守りながら、戦局を見て指示を飛ばしてくれる方が助かる。ボクはどっちかというと、前に出て臨機応変に戦うタイプだし」


「分かりました、では、そうしましょう。それで、食料なのですが」


「東側は商業区だし、ついでに買っていこう。ボクの収納魔法を活用してくれたまえ」


 アルミリアはどうやら、ボクの便利さを活用し過ぎて(、、、、、、)いいのか迷っているらしい。表情が浮かばない。


 そんなアルミリアを見兼ねてか、アニルドが今日初めて(ボクの前で)口を開いた。


「使えるものは使おう。弱点を減らせるのは利点だ」


「そうそう。便利なものは使っていこう。自分が怠惰にならなきゃいいだけだよ」


「……分かりました。そうしましょう」


 アルミリアの許可も下りて、商業区で食料を買ってから行くことになった。


「アニルド。あっちの道はボク行ったことないから、案内よろしくね」


「分かった、任せろ」


 半年前と較べて、随分丸い性格になったものだ。協力的になってくれたのはいいのだが……


「では、私は食料の経費を負担しましょうか。貴族ですから」


「んな……それなら俺も!」


「いえいえ、私が払いますとも」


「俺が払ってやるって言ってるだろ!」


「はいはい、二人で仲良く払ってよ」


「「この人(こいつ)と仲良くなんて出来ない!」」


 アルミリアとの仲の良さは相変わらずだ。いつも張り合っている。見てて面白いくらいだ。なんなら、アルミリアはいつもの敬語を忘れている。


「さて。それじゃあクエスト開始といきますか!」


「「「おー!」」」


 女子陣の声と拳を振り上げるのがハモる。アニルドは横で、恥ずかしそうにそっぽを向いている。ちょっとからかってやろう。


「アニルドは今日ご飯抜きね」


「お、おー……」


 耳まで赤くなりながら、小さな声で小さく拳をあげた。からかうの楽しいぜ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ