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黒い靄と祝勝会

 祝勝会は夕食の時にする事になり、女子陣と共に風呂に入ったボクは、少し学園から出ていた。今は、道場の縁側に座っている。


 縁側は西側にあるため、アレニルビアの東側にある神樹は、望めない。しかし、試験が終わった瞬間に見えたあの黒い影。今も、脳裏にしっかりと焼き付いている。


 周りをふわふわと飛んでいたピクシルが、ボクの右肩に腰を下ろした。重量があるため、実体を使っているようだ。


「それで、あの黒い影が何なのか、分かったの?」


『分かったも何も、あれは魔力よ。もっと言えば、感情を孕んだ魔力ね』


「感情?」


 魔力が感情を含むことなど、あるのだろうか。そもそも、感情を含む魔力とはなんぞや。


 そんな疑問が浮かび上がるが、ピクシルが詳しく説明してくれるだろう。こと魔力に関しては、ボクよりも魔力から存在が為っているピクシルの方が、断然知識を持っている。


『色彩索敵って、あんたも知ってるでしょ』


「確か、よく使われる索敵魔法のうちの、一つだっけ。敵対する魔物や人が、色で表れるっている」


『そう。あんたが見た黒いもやは、それとほぼ同じ原理だと思っていいわ。色彩索敵は、あんたが言った通り敵対意識を色で認識するの。その敵対意識は、生物から漏れ出した感情として魔力に干渉することで、感情を孕んだ魔力へと為り、魔術師が魔法を使うことで色として認識するのよ』


 感情が魔力に干渉する。何ともまあ、想像しにくいものだ。


 そもそも、感情というものは、脳の扁桃へんとう体や前頭前野、大脳皮質といった部分が関わって発するものであり、それが外部の魔力に干渉するとは思えない。それとも、これも先天魔力が関係するのだろうか。


 それに、人間以外がどうかは置いといて、人間は感情がかなり複雑な生き物だ。ラブコメなんかでよく見る表現だが、「嬉しさと恥ずかしさ、それにちょっとした負の感情も合わさった、複雑な気持ち」といったものもある。それは魔力にどう干渉し、どんな色で表されるのだろうか。


 そして、もう一つ大きな疑問点があった。それは──


「ボク、あの時色彩索敵魔法なんて使ってないよ。戦いの為に魔力振動は行ってたけど、それだけ」


『そうね。いきなり見えるようになったのは、多分あんたの目がだいぶ魔力に慣れてきたからだと思うわ……でも、もう一つ大きな理由がある。それは、あの神樹と呼ばれる大木を取り巻く魔力に含まれる感情は、並大抵のものじゃないってこと。そして、あの色は──殺意』


 魔法を使わずして見えるほどに、強い感情。そして、その感情の種類は殺意。なんとも、物騒で恐ろしいことだ。全身の毛が逆立つ思いだよ。


「でも、どうして神樹が殺意の感情に包まれてるんだよ。木にも感情があるってこと?」


『知らないわよ。私は魔力で出来てるんだから、あんな重っ苦しい場所になんか行きたくないし、木に感情があるかとか、知ったことじゃないわ』


「デスヨネー」


『でも、予想はできるわ。可能性としては、トレントという魔物』


「木によく似た魔物だっけ。授業で習った感じだと、素材はまんま木だよね」


 トレントは、今ボクが言った通り木の魔物だ。材質は木。しかし、どうして木が動くのか、とか、どうして木に意思があるのか、とかのことは詳しく分かっていないらしい。ボクも、魔力や魔法なんてものがある世界だから、と今は結論づけている。


『そうよ。ただ、トレントにあの大木がなっているのなら、何の事件も起きていないのはおかしいと思う。街の中でも、そういう話題はないし』


「だね。ボクもそんな噂は聞いたことないよ」


 つまり、神樹がトレントになっている、という線はないと見ていいだろう。あくまで今は、であるが。もちろん、これから先もならないならばならないでいて欲しい。


「さて。まああの黒い靄が何か、大まかには分かったし。今からちょっと街の中ぶらついてから帰ったら、丁度いい時間かな」


 太陽が少しずつ西へと傾き始めている。この世界も、地球と基本的なところは同じだから、もうすぐ夕方だ。


 傍に脱ぎ捨ててあったコートを取り、袖に腕を通す。少し体感温度が上がったところで、立ち上がる。それと同時に、まだ肩に乗っていたピクシルも浮かび上がった。


「よし、今日は夜まで楽しむぞー!」


 伸びをしながら、上擦る声でそう宣言する。


 道場を出て、夕飯時で買い出しをしている主婦が沢山いる商業区の中を、色々と覗きながら進む。食材を眺めながら、食堂にあるメニューを思い浮かべて、何を食べようかと思いを馳せる。


「やっぱり肉かな、豪勢に行くとしたら。それとも、野菜で健康に気を使う? いっそ、全部作ってもらって、皆で分け合いながらっていうのもありだな。お金なら、スレビス盗賊団の討伐金がまだ半分は残ってるし」


 スレビス盗賊団のことを思い出すと、たまに手に人の肉と骨を断つ鈍い感触がよみがえる。しかし、この記憶はもう乗り越えたものだと言い聞かせ、逆に決意を強める材料へとしている。


 この世界に来て、色々なことがあった。そして、幾つものトラウマを抱えて、乗り越えた。まだ乗り越えていないものもあるが。


 目覚めてからたったの二年しか経っていないが、それでも、前世の同年代の頃と比べると、違いなく濃厚で楽しい日々だと言えよう。共に高め合う友、互いに全力でぶつかり合えるライバル、大切に思ってくれる家族。どれもが、前世でボクが見落としていて、見ようともしなかったものばかり。


 しかし、この世界に来て、ルーシアとして目覚めて、やり直せているという実感がある。今はもう、前世の「自分が死神だ」なんていう、悲劇のヒロインぶった考えもない。周りにいる皆は、いつも笑顔で、全力で、真剣だ。きっと、こんな殺伐とした世界でなくとも、それこそ日本だったとしても、今仲良くしている皆と友達になれるんじゃないかと思う。


「……いないより、やっぱりいた方がいいな、友達ってもんは」


 一度立ち止まって独りごちる。きっと、アルミリアにチルニア、パミー、そしてアニルドとは、これから先もずっと友達でいるだろう。アルミリアとは、永遠のライバルでいるだろう。


 ミリアとは、多分ボクが本物のルーシアじゃないと気付かれても、家族として手伝ってくれるだろう。今とは少し違う関係になるかもしれないが、そんな確信がある。


 そんなふうに思えるくらい、ボクは今の日々が楽しくて、充実していて、失いたくなかった。


 もう二度と、誰も傷付けたくないし、失いたくもない。前世で、失うものは全て失った──そう、思いたい。


「あれ、シア?」


「? ……リア?」


 背後から聞き覚えのある声がしたと思うと、野菜がいっぱい入った袋を持った、ミリアが立っていた。心の中で、とはいえ、噂をすればなんとやらというやつだ。


「どうしたの、こんなところで。学園は?」


「今日はもう終わったから、ちょっと散歩してたとこ。リアは宿の買い出しかな」


「うん。そういえば、もうすぐ春の長期休暇だね。宿に戻ったら、今度は何するの?」


「そうだなー……」


 これまで、長期休暇は色々なことをしてきた。色々と調べ物を纏めたり、今履いているスパッツを作ったりと、本当に色々としてきた。


「宿の手伝い、かな。やりたいことが見つかったら、その時に始めたらいいし」


「そっか。じゃあ、店主に伝えておかなきゃね」


「うん、お願い」


 じゃあね、と言い残して、ミリアは重い荷物を抱え直しながら西へと向かって行った。ミリアの背中が人混みに消えるのを待って、一つ小さく溜息を吐く。


 どうも、やはりミリアと会話していると、気疲れしてしまう。それに、薄らと罪悪感じみたものも、湧き上がってくる。恐らく、これはボクが本物のルーシアではない、と心の底で意識しているからだろう。本物のルーシアを詳しく知る数少ない人物のうちの一人のミリアは、ボクにとって立ち回りの難しい相手だ。


 ──でも、いつか話す時が来る。ボクから話すのか、ミリアから切り出すのか、そこまでは分からないけど……その時のために、準備はしておかないと。


 どう説明するか。これが一番の問題だった。でも、ミリアのことだ、事実を話せば分かってくれるだろう。


「さて、そろそろ急がないとな」


 思ったより長くぼーっとしていたらしく、日がかなり低くなっていた。駆け足気味に学園へと向かう。


 学園に着き、コートと制服を脱いでラフな格好に着替える。少し乱れた髪を手櫛で直し、「よし」と小さく呟いて食堂へと向かった。


 食堂は既に大勢の生徒で賑わっていて、座席はほとんどが埋まっていた。


「あ、おーい! ルーシア、ここっ、ここっ!」


 大きな声でボクの名前を呼び、そして大きく手を振る黒髪の少女を視界に収める。流石に──身長のこともあり──周りまでは見えなかったが、魔力振動を常に使っているため、他の三人も既に集まっていることは分かっている。どうも、アルミリアとアニルドはまた喧嘩したようだ、お互いそっぽを向いて水を飲んでいる。


「待ったかな?」


「待ったよー。でも、皆で話してたから、暇じゃなかったかな」


「それなら良かった」


 ボクの質問にチルニアが答える。どうも、今までに皆でそれなりに楽しめていたようだ。貴族組二人は、ちょっとあれだが。


「祝勝会始める前に、料理はどうしようか」


「はい! あたし全部注文したい!」


「チルニアさん。それは流石に欲張り過ぎだと思いますよ。作る側のことも考えましょう」


「はい……」


 チルニアがしゅんと縮こまる。大丈夫、ボクも一度は同じ考えに至っているから。


「じゃあ、それぞれ好きなものを頼もうか。お金はアニルドが払ってくれるって」


「おい、俺はそんなこと言ってないぞ!」


「あはは、冗談冗談。ボクが払うよ、お金ならそれなりにあるから」


 アニルドが、少し頬を赤く染めながら突っかかってくるが、軽くいなして回避する。


「それなら私が出しますよ」


「ダメダメ。貴族のお金は住民から集めた税金なんだから、それは領民に還元しないと。それに、ボクの持ってるお金って、ほとんどアルミリアのとこから出てるから、実質アルミリアが払うも同然なんだよね」


「私が払わない、という件は分かりましたが……あなたの持つお金は、あなたの働きに払われたものです。なので、そのお金は違いなくあなたのものであると思いますよ」


「それもそうだね」


「あー、はいはい! 難しい話は終わりにしましょう! ほら、ルーシア、注文行くよ。皆注文はどうします?」


 チルニアが、ボクとアルミリアの間に入ってボクのお金の所有権に関する話を中断させる。しかし、これ以上白熱しても面倒だったので、これはナイスアシストだろう。


 それぞれ、好きなものを頼んで、この夜は食堂が閉まるまで実に盛り上がったものだった。

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