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二人の技

 ある休日の昼間。昼食を終えたボク達平民ズは、三人で部屋でのんびりしていた。いつも厳しい特訓をしているので、今日は休みだ。アルミリアとアニルドは、やりたい事があると道場へ行ってしまった。


 ベッドに俯せになって鼻歌を歌っていると、しばらく胡座あぐらをかいて唸りながら座っていたチルニアが、ベットにぼふっと倒れ込んだ。


「あーもう、思い付かない!」


「どーした、チルニアや。好きな人の落とし文句でも考えとるのかね?」


 急に叫んだチルニアに、ちょっとなまりの加えた話し方で聞く。この訛り方は、どうやらこの辺の地域のものらしい。


「そういうんじゃないよぅ。それに、あたし好きな人とかいないから」


「え、いないの?」


「いないよ。逆にルーシアはいるの?」


「いるよー」


「え、誰!?」


「このパーティーの皆だよ。あ、友達とか仲間としてね」


 ベッドから乗り出し気味に話に乗ってきたチルニアが、がっくしと項垂れた。嘘は言ってないぞ、少女よ。


「多分、『コンビネーション技』のことでしょ。私もチルニアも、まだ全然決まってないから」


「そうそう。もうあれから半年も経つのにね」


 そういえば、確かに言ったなコンビネーション技。毎日忙しすぎて忘れかけてたわ。


「ちなみに、二人の得意属性は分かってるの?」


「「わかんない」」


 おう、ピッタリハモったね。流石腐れ縁で幼馴染のお二人さん。


 しかしまあ、コンビネーション技というものは、中々に難しいと思う。例え使う属性が決まっていても、属性同士の干渉や相性、発動した際の現象にもよってかなり変わってくる。かくいうボクも、今すぐ二つ以上の魔法で合わせ技を作れ、なんて言われたら、簡単には作り出せないだろう。ゼロから一を作るのは、本当に大変なものだ。


「何はともあれ、まずは得意属性を見つけないとか。ボクの推測では、チルニアが炎でパミーは水……を超えて氷だと思っているんだが」


「え、そうなの?」


「理由は?」


「性格」


 ボクの言った理由に、二人はポカーンとした顔をする。合体魔法の話をした日に、性格から得意属性が見つかるかも、とは言ったのだが、戦いの中でも二人の得意属性は、ボクの推測通りだと思う。


 今日まで、特訓の最中で色々な属性を使わせてきたが、発動の速さから見ても、違いないと思われる。


 それに、実技場で試合形式の特訓をする時、チルニアもパミーも、咄嗟とっさの時にはそれぞれ火魔法、氷魔法を使うことが多い。他の魔法も原理から教えたため使えなくはないが、やはりそういうことだろう。


「チルニアは元気で活発、だから燃え盛る炎。パミーは冷静でたまに冷酷、だから冷え切った氷。まあ、他にも理由はあるけど、こういう推測」


「どう思う?」


「……私は無理矢理だと思うけど、でも、言われてみたら氷魔法が一番使いやすいかも」


「だよね! あたしも火魔法使う時はやりやすいんだ、何でか分からないけど」


 おっと、やはり当たっていたか。


 チルニアは「ルーシアすげー!」と盛り上がっているが、パミーはやはり、このオカルトレベルに怪しい理論に首を傾げている。しかし、思い当たるところが沢山あるのだろう、溜息を吐いて考えるのをやめた。


「それで、どんな感じにする?」


「はいはい! あたし、ルーシアの魔法みたいなのやりたい!」


「天獄炎龍……だっけ。でも、あんなに大きなの、できる?」


「それはこう、気合いでなんとか!」


「無理だと思う」


 ボクも無理だと思う。多分、魔力的にもチルニアの脳的にも無理だと思う。


 などと思うが、人体については教えていないため、更なる混乱を招かないために思うだけにしておく。


「えー……じゃあ、どうしよう」


「私はどうしようかな……」


「あまり難しく考えなくていいんだよ。例えばこう、片方が敵の動きを封じて、もう一人が攻撃するー、みたいな。役割を作ったら、自然に魔法の形も定まってくるんじゃないかな」


「なるほど。じゃあ、私が動きを封じる方かな、属性的にも魔法の精密さ的にも」


「じゃあ、あたしはその後にドカーン! ってすればいいのか」


 相変わらずチルニアの表現はオノマトペだが、恐らくこの形式で最終的にも落ち着くだろう。炎で相手の動きを封じ、氷で攻撃するというのは難しいだろうし。


 そこから、二人は話し合って技の概要と技名を考え出した。技名を言い始めたのは、勿論チルニアだ。


 ボクは二人の邪魔をしないため、仰向けに寝返りしてアルミリアのベッドに繋がる天板を眺める。


「んー……やっぱりルーシアのやつ真似したいよぅ……ド派手にズガーン! って行きたいぃ」


「そうは言っても、難しいと思うよ。チルニア、そもそも魔法で生き物の形をコントロール出来るの?」


「分からん、やったことないし」


 やっぱり天獄炎龍を真似したいらしい。しかし、生き物の形を保つのも、そのまま動かすのも普通では難しい。コツは、その生き物になりきる……否、なってしまうことだろう。


 顔の前に人差し指だけを立てた右手を持ってきて、その先に氷魔法で蝶を作り出す。そして、翅を羽ばたかせて、ゆっくりと浮かばせる。


 そのまま移動を続けて、こっそりとチルニアの頬に止まらせた。


「ちめた!」


「どうしたの?」


「いや、急にほっぺたに何か冷たいものが……何これ、氷の蝶?」


「合体技の概要は君達で考えたらいいけど、魔法のコツならボクに聞いたらどうだい? 一応、ボクは二人の師匠なんだからさ」


「そっか。師匠、生き物の形の魔法って、どうやったらいいんですか!」


「よかろう、教えて進ぜよう」


「じゃあさじゃあさ、技名は『フリーズエクスプロージョン』でどう!?」


「……うん、まあ効果からして妥当かな」


 「うおー、やるぞー!」とテンション爆上げのチルニアと、やっと決まったとばかりに少し安心したようなパミーを、微笑ましく思いながら眺める。


 ──この二人、傍から見たら本当の姉妹……というより、姉弟みたいだな。


 こういう姉弟愛みたいなのは、やっぱり少し後悔が浮かんでくる。前世の妹、優依ゆえのために何もしてやれなかったからだ。


「……今は、こっちのこと考えなきゃだな」


「何か言った?」


「うんにゃ、なんでもない。今日から特訓する?」


「今日は休もう、無理は禁物だよ」


「パミーが言うなら、そうしよう」


「ホント、仲良いなあ二人とも……うおっと」


 急に、チルニアが向かい側の上段のベッドから飛び降り、ボクの横に寝転がる。


「仲良いのは、ルーシアも一緒でしょ!」


「……急に入ってくるなよ、こんにゃろー!」


「うひゃひゃ、ゴメンゴメンって! てか、ルーシア的確すぎ! ひゃ、ひゃめろー」


 仕返しとばかりに、脇腹をくすぐる。目尻に涙を浮かべ、笑い声を漏らし続ける。パミーも向かいのベッドで、チルニアを指差しながら笑いを堪えている。


 こういう、仲のいい友達みたいなことが出来るのは、本当に嬉しく思える。こんな日々が続いてほしいと願うのは、欲張りだろうか。


 何であれ、二人の合体魔法は半分完成した。後は、使えるようになるだけだ。



 二人の周囲の魔力が揺らぐ。ボク視点だからそう見えるのだが、他の人から見ても異様な雰囲気は感じ取っているのだろう。ピリピリと空気が帯電したかのような感覚に、神経の中枢からゾクゾクするかのような感じがする。


 二秒足らずで、イメージが整ったのだろう。アイコンタクトを交わした二人は、空気を深く吸い込み、パミーから詠唱を始めた。


「我らを取り巻く水の元素よ、凍てつく氷の蔓となりて、敵の動きを封じよ!」


 そう唱えた瞬間、パミーから敵の魔術師──キシニルとスメリスの周辺へと魔力が瞬間的に飛来し、周囲の温度が極端に低下する。二人は慌てて魔力で障壁を作ったが、そんなものに意味は無い。何せ、パミーの魔法は、二人の周辺の水分へと干渉し、氷の蔓となって身体に巻き付き、動きを封じるのだ。


 二人は状況的に危険だと察知したのか、杖で殴ったり火魔法を唱えたりとなんとか脱出を試みる。しかし、現象からイメージされたパミーの魔法は、仮初めの詠唱で発動する魔法や、何の変哲もない杖で叩いたくらいでは砕けない。


 二人があたふたしているうちに、チルニアも詠唱を始めた。


「燃え盛るグレンの炎よ、我が意思に従いて敵を焼き尽くせ!」


 パミーの頭上に、巨大な炎塊が現れる。その炎の塊から八つの柱が飛び出し、やがて龍のような蛇のような姿へと変わる。


 半年の特訓で、なんとか習得できた、ボクの「天獄炎龍」の劣化応用版だ。サイズや威力こそ劣るが、八つに分裂させることで相手に防御させにくくすることが出来る。


「コンビネーション技、『フリーズエクスプロージョン』!」


 意図してか、はたまた無意識か。二人は指を絡め合って手を握って、前へと突き出しながら叫んだ。直後、八つの炎の大蛇──ボクが一次学年の頃話し聞かせた、「スサノオの大蛇退治」という日本の神話に出てくる、八岐大蛇ヤマタノオロチを基にした魔法が、氷の蔓で動きを封じられた二人へと迫る。


 実を言うと、今までこの魔法は成功したことがない。その上、一度に多くの魔力を消費するため、一日の練習回数も限られてくる。


 その結果、ほぼぶっつけ本番となってしまった二人の合体技は、本番にて初の成功を収めた。


 二人は慌てて、もう一度魔力障壁を張り直している。その詠唱が間に合い、炎の大蛇が地面に着地する寸前で障壁が展開された。


 しかし、ほぼ同じ場所に着地した八つの蛇から起きた爆発は、簡単にそのバリアすら吹き飛ばした。しばらくして土煙が晴れると、二人は地面へと倒れ伏せていた。魔法による転倒という定義を満たし、


「スメリス、キシニル、脱落!」


 敵は全滅した。


 勿論、ここでボク達の勝利は確定した。ただ、勝利条件は敵が所有している球を手に入れることであるため、爆発が収まった頃には既に移動を開始していたボクが、敵陣の球を手に取る。


 二秒ほどその球を見つめ、視線を正面に向ける。その時、異様なものが視界に映った。


「……なんだ、あれ」


 空の一部分が、何故か黒く見えた。いや、今も見えている。位置としては、ここからでもしっかりと見えている巨木──神樹だ。


「Iチーム、勝利!」


 学園長の声で、異様な光景に引っ張られた意識が現実に引き戻される。


「……ピクシル、後で教えて」


『はいはい』


 姿は見えないが、そう返事が返ってくる。


「ルーシアー! やったよおー!」


「うわっ」


 背中に突然重量と柔らかい重圧が掛かる。倒れないようにすぐにバランスを調整し、背筋で前傾になった姿勢を立て直す。


「お疲れ様。ナイス魔法だったよ」


 グッと親指を立てて、サムズアップさせてみせる。この二年間で何度も使ってきたため、ボクのパーティーではちゃんとグッドの意味で伝わる。


「でっしょー! でも、ルーシアも凄かったよ、一瞬で二人倒しちゃうもん」


「ボクは元々、色々桁違いだから……」


「そうですよ。ルーシアさんを普通の人と見ていては、普通の定義が崩れます」


 アルミリア、それはそれでボク傷付くよ?


 近寄りながらボクを普通から外してくるアルミリアに、口には出さずに心の中でツッコミを入れる。


 チルニアがボクの背中に抱きついたまま、地面に足を着けたと同時に、残りの二人も近寄ってきた。


「お疲れ様です。すみません、私、今ちょっと疲れてて、あまりテンションを上げられなくて……」


「普通ですよ、それが。私達は元々、フルドム先生としか戦っていませんし、ルーシアさんは元より枠外、チルニアさんも元気だけは人並外れていますから」


 アルミリア、アニルドに毒されて少し言葉遣いというか、人のキャラクター認識が酷くないかな。いやね、間違ってはないんだけど。枠外とか言われると、本当に傷付くよ。


 などと思いながらも、口には出さない。悪口でないことは分かっているし、ボクとしても、軽口を言い合えるような仲だと思ってくれているなら、嬉しくもあるから。


「それじゃあ、ゆっくりお風呂にでも入って体力回復したら、祝勝会でもやりますか」


「わーい、はしゃぐぞー!」


「チルニアは羽目を外しすぎないようにね」


 こうして、勝利の余韻に浸りながらも、ボクは一抹の不安を感じていた。


 さっき見えたあの黒い影。今も、東の空に見えている。あれがなんなのか、もしかしたら良くないことが起こりそうな気がして、ただ喜びに全部を傾けることが出来なかった。

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