パーティー試験
翌朝。テスト日和とでも言うべき快晴の下、チーム戦でのテストを迎えた。
パーティーでの準備時間も考慮して決められた、大体九時半に全員が集合し、フルドムによって今日の説明を行われることになる。ボク達も、例に倣って九時半前に集合した。時計どころか定められた時間もないため、本当に大体ということになるが。
「全員集まったな。では、今日はパーティーでの戦闘テストを行う。これによって次年度でのクラスが決まるため、気張って行けよ。対戦組み合わせはこちらで決めるが、いいか?」
フルドムが質問を投げかけた瞬間、ボクのパーティー以外の全パーティーの、恐らくリーダーが手を挙げた。
「……そっちから順に」
フルドムが視線を右に向けて、そちらから順に意見を言っていく。
「ルーシアのパーティーとは、当たりたくないです」(以下同文)
と、些細な違いはあったものの、概ね「ボクらのパーティーとはやりたくない」というものだった。いやはや、予想通り過ぎて面白くすらある。
「気持ちは分かるが、この際どこかのパーティーには犠牲になってもらわなければ……」
おい、犠牲って言い方は酷くないか。ボク達は別に、供物とか貰う立場じゃないぞ。
フルドムの言い回しにちょっとムッとなったが、それは思うだけにして、昨日こうなる事態を想定して温めておいた案を提示する。
「では、どこかのパーティーが二度戦って、ボク達は先生方で組んだパーティーと戦う、というのはどうですか?」
「……俺は出来れば、お前らとは戦いたくないんだが」
でしょうね。丁度一年前に、ボクに負けてますしね。しかも、ボクと引き分けたアルミリアも居ますしね。
「そうは言われても、ボク達と相手するパーティーがいないのでは、試験にならないのでは。この際、生徒がダメなら先生に犠牲になってもらわないと」
フルドムの言い回しを真似して言う。かなり葛藤しているようで、眉間にシワが寄っている。
しかし、やはり教師として生徒を不平等に扱うのは躊躇われたのか、溜息を一つ零して視線を上げた。
「しゃーない。分かった、ルーシアのパーティーとは俺らがやろう。どこか二戦してくれるところはあるか?」
俺達が、と手を挙げたパーティーがあったので、これで丸く収まった。どうやら、そこもこうなることは想定していたらしく、その場合二試合することも決めていたらしい。
さて、教師陣のパーティー、どのくらい強いだろうか。命の掛かっていないこういう戦いは、スポーツみたいで戦闘狂の血が騒ぐぜ。
♢
その後、フルドムによって試合のルールが説明された。
曰く、五人対五人による争奪戦らしい。互いのチームには一つの球が預けられ、先に相手のその球を奪った方の勝ちらしい。最初はパーティーの後方に台があり、そこに置かれているが、試合開始後はそのまま置いて戦うも、誰かが所持して戦うもあり。
武器は互いに木製で、魔法の使用は制限なし。しかし、命に関わるような威力を使った場合、失格となる。試合においては、武器による致命傷になると判断される攻撃を受ける、気絶する、魔法により転倒するなどの場合、脱落となりそれ以降の試合には参加不可、言ってしまえば応援となる。脱落後の外からの指示などは許可されている。
そして、午前中のうちにボク達以外のパーティーの試合は終わった。どこもそれなりに白熱して、面白いものだった。
でも、その試合は言い表すなら小学生のスポーツ少年団の、地区予選レベルと言い表せよう。戦略も、個人の技量も、駆け引きも、どれもがまだ拙くて、やはりプロの試合のような激しさはなかった。
昼食を終えた午後一時頃。どうやらボク達の試験以外、学園内の授業は終わりになったらしく、寮の方が騒がしかった。
「おお、教師陣あんまり気にしたことなかったけど、強そうな人いっぱいいたんだね」
現在、ボク達と向かい合うようにして、教師で組まれたパーティーが集まっていた。
「フルドム先生以外、あまり関わることもなかったですものね」
「それな。ボクは学園長くらいしか、フルドム先生以外に会話もしたことないしなあ」
教師陣は、フルドムを加えた男性三人、女性二人だ。全員見覚えはあるものの、名前や担当クラスまでは把握していなかった。うち最も高齢と思われる木製のハルバードを持った男性は、学園長とよく一緒にいる印象がある。副学園長とかだろうか。
「こっちの準備は整った。そっちはどうだ?」
集まって話し合っていた教師陣がこちらに向き、フルドムが話し掛けてくる。ボク達は既に段取りは決めていたため、
「大丈夫です」
と、返しておく。
「それじゃあ、こちらの紹介をしておこう。俺以外はあまり知らないだろうからな。こっちから、二次学年Bクラスのキシニル、副学園長のブレスト、一次学年Aクラスのグリシ、一次学年Bクラスのスメリスだ。全員、Bランク冒険者の称号を持っている」
ボク達から見て左から紹介される。魔術師キシニル、ハルバード使いブレスト、両手剣使いフルドム、片手剣使いグリシ、魔術師スメリスという構成だ。構成としては、バランスが取れているだろう。
にしても、全員Bランク冒険者って、この学園気合入ってるなあ。
「さっき決めた通り、ボクが上手く立ち回って二と三を相手する。その間に、アニルドとアルミリアで一……フルドム先生をお願い。チルニアとパミーは後ろで、四と五を牽制、ボールを守って」
一々先生と名前の後に付けていては、指示が長くなるために、フルドムを一、ブレストを二、グリシを三、キシニルを四、スメリスを五と番号で呼ぶことは、さっきの時点で決めていた。チルニアが覚えているのかは分からないが、そこはパミーになんとかしてもらおう。
現状としては、相手にはボクとアルミリアが最も脅威だということが分かっている。更に言えば、ボクは魔法の脅威もある。だから、最初にボクを退場させに来る、と推測している。何人で来るかは分からないが、一人で来ることは多分ないだろう。
そして、上手く分散させるために、ボクが先陣を切って突撃、少し遅れてアルミリアとアニルドが二人で固まって攻めることになっている。後攻めの二人に守りが二人行く可能性はあるが、そこは立ち回りで行かせないようにすればいい。それこそ、魔法で壁を作るとか。
「準備出来ました。いつでもいいですよ」
少し声を張ってフルドムに伝える。頷くのが見えたので、全員各々の武器を手に取る。向こうも同じように、武器を持った。
「審判は私がやろう」
そう言いながら出てきたのは、ボクも僅かだが会話の経験のある学園長だった。
しかし、ボク達が反応を見せる間もなく手を前に出して開始の合図の構えをとったので、色々と気になるのは後に回して意識を前に向ける。
「チルニア、パミー……チャンスは作るから、頑張って」
正面を向いたまま言ったから、二人の顔は見えない。しかし、なんとなく頷いたように思えた。
「始め!」
その声が響いた瞬間、全開の四割程度の速度で駆け出す。全開の四割、と言っても、リミッターを外したのが十割だとすれば、五十メートル走で六秒を切るレベルの速度は出ている。
正面からは、予想通り前衛の三人が囲むようにして攻めてくる。正面からブレスト、左からフルドム、右からはグリシだ。
正直、ここで人が吹っ飛ぶくらいの風速で風魔法を放てば、簡単に三人を脱落させることは出来るだろう。でも、これはパーティーの試験である以上、ボクのバランス崩壊アビリティを使うわけにはいかない。
「フルドム、抜かれるぞ!」
ブレストの声が響く。抜かれる、というのは、ボクに少し遅れて動き出したアニルドとアルミリアが、魔術師二人が防衛する「球」へと向かっている、という意味だろう。
正面のブレストがハルバードを振り上げ、ボクに向けて振り下ろす。左に跳んで回避し、ブレストとグリシがフルドムの手助けに行けないよう立ち塞がる。
「お二人はボクが相手です。どうぞ、本気で来てください」
剣を隠すように、右半身を引いて軽く腰を落とし、左手を前に伸ばして構える。その際、こっそりと木剣を持つ手を順手から逆手に変える。
先にボクを脱落させることにしたのか、それとも挑発に乗ったのか。理由はなんであれ、ボク目掛けて再びハルバードが向かってくる。それを駆け出すと同時に、逆手に持った剣で軌道を変えることで躱す。
ハルバードが地面に衝突した瞬間、空中で順手に持ち替えた剣を、ブレストに向けて振る。しかし、そこは流石熟練の冒険者と言うべきか、即座に屈んだブレストとその上から剣を振り上げるグリシによって塞がれる。
バックステップで距離をとり、今度は正面に剣を構える。
本気を出せば、それこそリミッターを外せば、その手段を知らないこの二人を倒すことなど一瞬だろう。でも、ここはボクは戦略と他の四人の活躍の場を作る時間稼ぎ要員として、働くことに徹する。
「流石、判断が早いですね」
「じゃねえと、本能のままに攻撃してくるモンスターになんぞ戦っておれんからな」
「確かに、そうですね」
「呑気に話をしてていいのか?」
「ええ、むしろボクとしては疲れないので、ありがたいですよ」
柄の端を持った剣の先を、地面に打ちつける。その瞬間、少し右に離れたところで、交差するように二本の土柱が飛び出す。横から隙を狙って近付いていたグリシが、咄嗟に足を止める。
「……気付いていたか」
「まあ、このくらいで隙を突かれてちゃ、師匠としての立場がないので……っと。向こうは終わったか」
「何を……」
ブレストがボクの言葉に呟いた直後、学園長の「フルドム、脱落!」の声が響いた。予想はしていたのだろう。しかし、正面のブレストと、右側で土柱が消えた向こうに立つグリシが、顔を顰める。
「……んじゃあま、こっちも終わらせるか」
地面に突き立てていた剣を、柄を持って肩に担ぐように乗せる。ボクから異様な鬼気でも感じたか、ブレストとグリシの武器を持つ手に力が、表情に険しさが篭もる。
軽く足を開き、腰を落とす。短く息を吐きながらハルバードをボクに向けて突くブレストが、次の瞬間前へと倒れ、そのまま動きを止めた。手に持っていたハルバードは、持ち手の部分で叩き切られている。魔力を纏わせた剣で叩き切ったのだ、チルニア達に教えたように。ブレストに対しては、魔力を霧散させてから背中へと剣を振った。
一瞬のことに驚きを見せたグリシだが、すぐにブレストが脱落した現状を把握し、剣を振るう。しかし、その剣がボクに届くことはない。一瞬で背後に回り背中に剣を叩きつける。
「ブレスト、グリシ、脱落!」
「チルニア、パミー、今だよ!」
学園長の声の直後、魔術師の二人に声を飛ばす。二人には、相手の魔術師の牽制に加えて、もう一つ指示を与えていた。それが、ボクが指示を飛ばしたところで、「コンビネーション技」を使うことだった。
既に相手の前衛は残っていない。それに、もし敵の魔術師が二人の魔法を邪魔しようとしても、ボクが防ぐことが出来る。
実は、この「コンビネーション技」はまだ一度も成功したことがなく、安定のために詠唱を必要とするので、隙が大きいのだ。流石に、剣で戦いながら二人の詠唱が終わるまで邪魔をさせない、なんてことはボクにも難しいので、こうして余裕を持てる状態まで引っ張ってから、指示を飛ばした。
二人は短くアイコンタクトを交わし、パミーから詠唱を始めた。