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テストの前日

「フッ!」


 短く息を吐きながらのアニルドの縦横無尽に迫ってくる剣戟を、躱し、弾き、流す。


 一年とは早いもので──去年も言った気がする──、地球よりも一ヶ月長いにも拘らず、既に第二学年が終わろうとしていた。


 明日は三年次におけるクラスのランクを決めるための試験があり、今日はパーティーで大詰めの戦闘を行っていた。つまびらかに言えば、ボク一人対アルミリア、アニルド、チルニア、パミーの四人だ。そして、四人からはボクが本気で戦うと命の危機を感じる、と真顔で言われたため、ボクのみ魔法禁止のハンデで戦っている。


 アニルドの袈裟懸けを左に回転しながら躱し、勢いそのままに横薙ぎに木剣を振る。アニルドはその攻撃を姿勢を低くして躱し、ボクの腰辺りの高さで続け様に水平切りをする。


 即座に体を捻りながら跳んで、すんでのところで回避に成功する。


 着地と同時にバックステップでアニルドと距離をとる。しかし、近くに気配を感じ上体を後ろに逸らす。直後、ほんのコンマ数秒もないくらいの誤差で、目の前を細い枝のような木剣が通り過ぎる。


 その後も、その細い木剣──レイピア型の木剣を操るアルミリアの刺突の嵐を、集中力を限界まで引き伸ばして対処する。


 アルミリアが僅かにテンポをズラした。その一瞬を見逃さず、剣の角度を調整して振り上げる。目論見通り──なお良しのアルミリアは木剣が手から離れる、なんてことは無かったが──、大きく弾くことに成功する。


 すぐに剣を引き戻し、切り上げの体勢をとるが、足下に僅かな魔力の乱れを感じ取る。


 アルミリアへの追撃を諦め、アニルドのいない左側へと大きく跳ぶ。次の瞬間、さっきまでボクがいた場所と、アルミリアとの間に氷の障壁が現れた。


 ボクの攻撃を防げ、かつアルミリアに当たらず、かつ魔力の消費を最小限に抑えた完璧な氷壁だろう。この繊細さは、パミーのものか。属性の相性から見ても違いない。


 パミーの残り魔力量を計算しながら、正面から迫るアルミリアとアニルドに視線を向ける。どうやら、これまでの特訓を活かして二対一を仕掛けるらしい。


 軽く腰を落とし、二人の攻撃に備える。まず仕掛けたのはアニルドだ。バランスを崩すことなど考えていないのか、本気の突撃だ。


 何度か剣を交えたかと思うと、ボクの水平切りを屈んで躱し、その上から跳躍してアルミリアが刺突を数度かましてくる。


 リミッターは既に外しているらしく、その連撃は音速に近いものだった。しかし、その変化は分かりやすいためボクも即座にリミッターを外し、対応する。


 やはり、二人の代わりながらの攻撃は凄まじく、下がりながらの防戦一方となる。剣が一度当たれば脱落のルールでやっているから、攻撃を喰らわなければ問題は無いのだが、あまり大きく移動しすぎると塀や生えている草などで戦い方が大きく変わってくるため、なるべくこれ以上の移動は避けたい。


 そう思った瞬間、足元がツルリと滑った。二人に集中し過ぎて、魔力の乱れに気付けなかったようだ、足下の地面が凍っている。すぐに、体勢を崩したボクへとアニルドが剣を振り下ろす。


 しかし、この状況でこの攻撃は予想しやすい。体を捻ってアニルドの剣にボクの剣を当て、軌道を変える。何とかそれで凌ぎ、バク転の要領で距離をとる。


 アルミリアとアニルドが小声で何かを話し合う。トドメを刺しに来るのだろうか。さて、魔法をボクは禁止されているため、どう切り返そうか。


 相談がついたのか、アニルドがこちらへと地面を蹴った。


「……やるか」


 どうするか、なんてことは考えるのはやめた。深く息を吸って、目の前に迫ったアニルドへと剣を振るう。


「ガハッ」


 剣を振り抜けてしまうほどの勢いで、腹に斬撃を喰らったアニルドが息を吐く。体がその衝撃で回転しながら、受け身も取れずに背後でドサッと落下した。アニルド、脱落。


 作戦が崩れたせいか、一瞬隙ができたアルミリアにすぐさま近寄る。流石、ずっとボクの下で一年半特訓してきただけのことはあり、すぐに体勢を整えてレイピアを構える。


 しかし、その時点で既にボクは、アルミリアの背後まで回り込んでいた。そして、胸の前でレイピアの如く構えた木剣を、これもレイピアの如く音速でアルミリアの脇へと突く。


「つぁっ……」


 アルミリア、脱落。


 直後、氷の矢が三本飛んできた。パミーの魔法だろう。


 炎や風と違い、実態のある氷は剣でも防げる。パミーにはそのことは既に教えてあるため、これも作戦のうちだろう。それに、チルニアから強大な魔力の乱れが放たれていることは、気付いていた。


 三本立て続けに飛んできた矢を剣を振るって砕く。


「そらあ!」


 チルニアの声が響くと同時に、直径二メートルはあるであろう火焔球が、ボク目掛けて飛んでくる。しかも、それはチルニアの頭上に三つあった。


 そのうちの一つが、まず飛んでくる。速度も中々のもので、時速七十キロはあるだろう。横へと大きく跳んで躱す。直後、爆発。


 次の球は、更に四つへと分裂し、一つはボク、残りは左右と前方へと向けて飛んでくる。後ろへと跳躍し、回避。直後、爆発。


 最後の一個は、そのサイズのまま既にボクへと迫っていた。


「結構上手いことやるじゃないか、二人とも」


 これはボクが一年前に提案した、コンビネーション技とはまた別のものらしい。だが、これでも十分に戦えそうなくらいのクオリティではあった。


 右手に持っていた木剣を担ぐように構え、最後の火焔球目掛けて投げ飛ばした。あの火焔球は、さっきまでのから物に触れると爆発するようイメージされていることは、推測がついた。そして、その推測通りに木剣が触れた瞬間に爆発。


 爆風で巻き起こる土煙の中、二人のいる方へと駆け出す。直後、魔力の乱れを感じて横へと転がるように跳ぶ。強風で土煙が吹き飛ばされた。パミーの魔法だろう。


 剣はさっきので使い物にならなくなっただろうから、ここからは体術で行くしかない。


 チルニアとパミーもそれを見越してか、既に腰の木剣を手に取っている。そのまま、二人は残り少ない魔力を計算しながら──チルニアに関しては多分計算してると思う──、それぞれの得意属性である炎と氷で攻めてくる。


 氷の矢や槍、炎の球を最低限の動きで躱しながら、二人に迫る。


 先にパミーを仕留めることにして、パミーの正面へと入り込む。左上からの袈裟懸けが来るのを構えから推測し、一歩更に近付いて右腕を振り下ろされるパミーの腕に当て、防御。ガラ空きになった鳩尾目掛けて、弱めだがしばらく動けなくなるには十分な威力で正拳突きをかます。


 力の抜けたパミーの手から、逆手に鍔に手をひっかけて、剣を奪って本人の肩に当てる。パミー、脱落。


 その横合いから上段切りをするチルニアの剣を、後ろに下がって躱す。


 隙だらけの顔の前に剣先を宛てがう。その僅かながらに素早い動きで起きた剣風が、チルニアの黒髪を揺らした。


「……こ、降参」


 ガクガクと震える左手を挙げながら、上擦った声でそう告げた。チルニア、脱落。


 ボクの勝利が確定し、詰めていた息を吐き出す。


「いやー、やっぱルーシア強い!」


 チルニアがその場で仰向けに倒れながら言う。横で、やっと鳩尾へのダメージが引いてきたパミーが、まだ荒れた呼吸を繰り返している。


「まあね。伊達にみんなの師匠兼リーダーやってる訳じゃないから」


「あー、まだ痛え……」


「奇遇ですね、私もです……」


 アルミリアとアニルドも、それぞれダメージを受けた脇下と腹を押さえながら近寄ってくる。その際、魔力振動でこっそり診療するが、特にこれといった問題はなさそうだった。


「お疲れ様、二人とも。いいコンビネーションだったよ」


「どうも。ほらよ、これ」


 そう言って、アニルドが真っ黒の何かを投げてくる。パミーから奪った剣を持っていない左手で受け取り、確認してみる。


「……おやまあ、見事に真っ黒焦げ」


 チルニアの魔法へと投げた、ボクの木剣だった。元は白に近かった色が、今では見事に炭色だ。これ、もう使えないかな。


「……あ、焦げてるの表面だけだ」


 叩いてみると、黒焦げた部分が剥がれ落ちて、元の白い木目が姿を見せた。全部剥がして削って形を整えたら、まだ使えそうだった。刀身とかは小さくなりそうだが。


「短剣行きかな、こいつは」


「にしても、魔法なしのルーシアにも勝てないとはねえ。しかも四人がかりで」


 チルニアがそう独り言ちる。


「全くだ。この女が絶対に勝ちたいとか言うから、せっかく合わせてやったのに負けやがるしよ」


「んなっ! あれはあなたが先に脱落したからですよね! それに、あなただって最後くらい勝って試験に臨みたいと言っていたではありませんか!」


 一年経ったっていうのに、この二人は相変わらずだ。でもまあ、以前よりは仲良くなっていると思う。たまに二人で特訓してるし。


 互いに競い高め合う関係っていうのは、こういうスポーツのような世界では大切なんだろう。こと現状に関しては、命が掛かった世界での戦いの特訓だから、スポーツとは言い難いが。


「パミー、大丈夫?」


「うん、何とか……しばらく息できなかったけど」


「う、ごめん……」


「ううん、いいの。戦いの中だったら、そんなの普通だし」


 確かに、本気の戦いの中ではダメージの一つや二つ、文句を言う訳には行かない。それに、本当の戦場では、殴られるなんて生易しいものではなく、刃物で切られ、銃で撃ち抜かれ、大砲や爆弾で吹き飛び、毒ガスなんかで苦しんで死ぬようなものだ。この世界ではまだ、そんな第二次世界大戦みたいなことは起きないけど。というか、起きてほしくないけど。


「なんか、あたし凄い罪悪感……」


「一人だけノーダメだもんね」


 一人唯一攻撃を受けていないチルニアが、苦笑を零しながら呟いた。それに関しては、ボクが攻撃しなかったという事もあるため、責任は問えないだろう。


 何故攻撃しなかったか? だって、降参で締めた方がカッコイイじゃん。強者感出て。


「少し休憩したら、道場に行って軽く特訓して、今日は解散にしよう。明日に疲れが残ってたら困るしね」


「ルーシアさんの軽くは、軽くないと思うのですが」


「アルミリアさんに激しく同意します」


「はっ。あの程度で軽くないとか、弱いなあ」


 アルミリアの意見にチルニアが同意すると、それに対抗するかのようにアニルドが鼻で笑った。しかし、アルミリアはそれに目を細めて、


「……いつも一番特訓後に疲れてるの、あなたですよ」


「んなこと……ねえし!」


 今の間はなんだ。と、突っ込みたくなった。


 多分、自覚はあるのだろう。それに、普段の筋肉痛になる率はアニルドが一番多い。特訓の期間が違うから、仕方ないと思うが。


「さっきから凄い視線感じるんだけど」


「そりゃ、あれだけの戦いしてたんだから、仕方ないと思うよ?」


 チルニアの言う通り、さっきの勝負を見ていた同じクラスの全員が、こちらへと視線を向けていた。パミーの指摘は、的を射ているだろう。


 多分、パーティーで集まって、ボク達との勝負を避ける方法でも相談しているのだろう。この様子だと、ボク達は生徒以外と戦うことになりそうだ。教師陣とか。


「さて。それじゃあ道場に向かおう。水が欲しかったら言ってね、作るから」


 みんなに水を提供した後、ボク達は学園を出て、街の北寄りにある道場へと向かった。

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