喧嘩
翌日から、アニルドとアルミリアのコンビネーション特訓は、一気に追い込みへと向かった。
昨日のうちに、かなり成功率が上がっていたことが、主な理由だ。ただ、もう一つ理由を挙げるとすれば、ボクのせいでこのパーティーの特訓が二週間分遅れているということだ。
期間はほぼ一年分あると言っても過言じゃないから、あまり心配しなくてもいいだろう。それに、みんなそれぞれにかなり才能を持っている。二週間くらいなら問題なさそうに思えるが、やはりボクとしては、周囲と悪い意味で格差が出来るのは許容し難い。
平民ズの二人は、昨日言った通りに魔法の練習をしている。アルミリア達との特訓の合間に、魔法のイメージの仕方や、現代日本で培った現象の起こる原理を教えている。まあ勿論、チルニアは午前中だけで、何度か頭がパンクしていた。
「いやー、今日は日差しが強いねー。サングラスが欲しくなるよー」
昼食を終えた午後。
教師陣により整備された実技場にて、カンカン照りの太陽を、右手で目に傘をしながら見上げる。恐らく、このルーシアの姿なら、麦わら帽子を被ってワンピースを着て、ひまわり畑の真ん中にでも立てったら、かなり絵になると思う。いとをかし、だ。
「サングラスって何?」
「んー? 名前の通り、太陽の光から目を守る眼鏡だよ。こう、レンズを黒っぽい色で塗りつぶすんだよ」
透明なものもあったりするが、まあ黒っぽいものが多いのは事実だろう。日本じゃ、ディオプトリというメガネの屈折力の単位で規定されているそうだが、まあ紫外線から瞳を守るにはどんなものであれかけた方がいいのは確かだろうな。
「ふーん。パミーに言ったら、作ってくれるかな?」
「んー、どうだろ。細工屋の娘だから、形くらいは出来そうな気もするなあ」
チルニアと他愛ない話をしているが、ボク達の目は、アルミリアとアニルドの喧嘩へと向いていた。アルミリアがあそこまで悪感情を剥き出しにするの、ほんとアニルドくらいだと思う。逆にすげぇよ。
なんなら今、鍔迫り合いしながらお互いに文句言い合っている。見ていてちょっと面白い。
「……風が気持ちいいなあ」
「……そうだねえ」
「そういや、パミーはどうしたの?」
「ええっとねえ……」
チルニアの視線は、校舎の方へと向いた。その視線の先を追ってみると、そこには校舎の壁にもたれかかって座り、右手には釘のような物を持ち、膝に木版を乗せて左手で支えたパミーがいた。なんというか、真面目っぽさが引き立っていて、凄く様になっている。
「朝ルーシアに習ったこと、纏めておきたいんだって。真面目だよねえ、そこがあたしは好きなんだけど」
「……チルニアに見習えって言っても、絶対に無理だろうね。まあとにかく……パミーはいいとしても、あの二人はどうするかねえ」
遂には剣を打ち合い始めてしまったアルミリアとアニルド。ボクが本気を出せば、あの二人くらい簡単に気絶させれるけど、やっぱりあまり手を上げるのはよろしくなさそうだ。一応、平成を過ごして来て令和に入るまでは生きた身、昭和的な体罰を行うのはゴメンだ。
「……しょーがない。手を上げはしないけど、脅すくらいは許容するか」
「どうやって止めるの?」
「まあ、人間は痛いの基本的に嫌いだからね。ちょっとそれで脅してくる」
よいしょ、と声に出して立ち上がり、スカートのお尻部分に付着した土を払い落とす。
木剣を持って、二人に近付くと、同時にボクの方に視線が向いた。
「はいはい、二人とも落ち着いて」
お互いに睨み合うが、ボクのその言葉を聞いて揃って木剣を、腰の剣帯に仕舞う。
「で、一体何が気に食わなくて喧嘩してるの? 朝も険悪ムードだったけど。倦怠期?」
「私達は夫婦でもカップルでもありません! それに、アニルドさんは自分勝手が過ぎていて、癪に触るのです!」
「それを言うならこっちのセリフだ。お前なんかと一緒に過ごすだけでゴメンだな。上級貴族だから何でも出来ると勘違いしてるようだが、俺からすればお前は足手まといだ」
「なんですか!」
「んだよ!」
うん、凄く仲のいい二人だな! きっと将来は誰もが羨む夫婦になるな!
などと、冗談はさておき。将来のことはどうあれ、現在は二人はあまり馬が合わないようだ。まあ、上級と下級の貴族である上に、アニルドの実家であるクスカ家は、多少の領地は持っているがそれも農地で使う程度の広さで、住まいはフェルメウス家の領地であるアレニルビアにある。立場的な諍いもあるのだ。
付け加えれば、二人は真逆の性格をしている。チルニアとパミーは頭の良さが真逆だが、この二人は性格が真逆なのだ。いや、うん。うちのパーティー結構難しいね。
アルミリアは真面目かつ活発で、何事にも挑戦して立ち向かうスタイルだろう。だから、去年ボクにいきなり勝負をしよう、なんて提案もしてきたんだと思う。
対してアニルドは、慎重かつ消極的で、冷静に物事を判断しながら幾つものパターンを先読みし、最善策を見つけ出していくスタイルだ。言い換えれば、安定を求めている。
アルミリアがスポーツのような瞬間的な考え方なら、アニルドは将棋のような長期的に策を練る考え方だ。あまりにも極端に対極なものだから、まだ関わりの浅い二人はお互いのペースが掴めていないんだろう。
「そうだなあ。じゃあ、授業の時は喧嘩しないように頑張って」
「「無理です(だな)」」
見事に被った。
「喧嘩したら、ケツソードを喰らわそう。ケツソードとは、お尻に剣を思いっ切り振り当てて、四つに割る罰ゲームです」
イメージをしているのか、数秒間二人の視線が虚空に向いた。そして、想像が出来たのだろう、瞬間的に二人の顔が青ざめる。
「……ルーシアさんの前では、喧嘩をしないようにしましょう」
「……賛成だ」
小声でそんな執り行いをする。まあ、聞こえてるけど、ボク五感鋭いし。
「そうそう。続くようならレイピアバージョンもあるよ」
「「絶対にしないっ!」」
二人の声が綺麗にハモり、脅しが成功したことが分かった。
いやー、やっぱりこの二人はお似合いだ。
「っと、そうだ。パーティーの特訓って、活動時間とかは自由だったよね?」
「ええ、確かそのはずです。それがどうかしたのですか?」
「このメンバーでの親睦を深めるのも含めて、ちょっと一緒に遊ぼうじゃないか」
アルミリアとアニルドは、顔に疑問の表情を浮かべていた。チルニアは地獄耳なのか、かなり距離もあるというのに、「遊び」という言葉に極端に反応した。まだまだ子供ねぇ。
♢
ボクお手製道場にやってきたボク達は、その中で現在遊んでいた。
「はい、ボク一抜けー」
「お前、毎回一抜けじゃないか! 何か卑怯なことしてるだろ!」
「何だいアニルド? 一度も勝てないからって、言い掛かりはやめてもらおうか」
「ぐっ……」
今はババ抜きをしている。トランプは、ボクがパパっと木の板で作った。木目とかが見えないように、しっかりと色も塗ったし表面も磨いているが。
五試合を終えて、ボクが五試合全部一抜け、アルミリアが三試合二抜けで二試合三抜け。チルニアとパミーは結構似た戦績で、二抜けが一つ、三抜け一つ、四抜けが二つだ。ただ、ここにチルニアは三抜けが、パミーは四抜けがプラス一される。野生の勘と言うべきなのか、チルニアが少しいい戦績を残している。
そして、結果から見ても分かると思うが、アニルドが全部ビリ。
「なんで、勝てないんだ……」
「そりゃあ、ねえ」
試合毎に並び順は変えている。だから、本来なら攻略法は試合毎に見抜かなければならない。
しかし、アニルドは毎試合ババを手元に残して負けているのだ。ただ、その理由はハッキリしている。ボクの言葉に、アニルド以外の全員が頷く。
「アニルドは、分かりやすいんだよ。確かに、いつも冷静で最善の判断をしてくる。けどね、判断のための選択肢が多過ぎて、パニックに陥りやすい。言っとくけど、ボクなんてほとんど何も考えずにやってるよ? あるとすれば、ポーカーフェイス……顔とか仕草で、どれが何のカードなのか、推測をするくらい」
「……そうなのか」
「じゃあ、今ボクがアニルドの持ってるカード、一枚当てるね」
アニルドが持っているカードのうち、一枚に指を乗せる。アニルドはボクに見えないように持ち、そのカードを確認する。勿論、まだボクはそれが何かを分からない。
「答えたりしないでね。顔も一切動かさないこと」
アニルドの表情が引き締まる。
「このカードは、ゲーム内で今すぐにでも次の人に回したいもの」
アニルドの表情は動かない。恐らく、これはジョーカーではないのだろう。
「このカードは、大きい数字だ」
瞬間、アニルドの呼吸が僅かに乱れる。そして、視線が僅かに動いた。その先を辿ってみると、ボクが最後に置いたクイーンのカードが置かれている。
捨てカード置き場にて、現在見えているカードは、一番上のハートとダイヤのクイーン、クローバーとハートの三、全マーク揃った一だ。それ以外は、それらのカードに隠されていて見えない。
これで、ボクの触れているカードは十二の可能性が上がった。
「このカードには、女性が描かれている」
カードを持つ手に、力が籠った。恐らく、無意識なのだろう。思考の中では、当たるわけがないと何度も言い聞かせていると思う。
「剣」
眉間にシワが寄った。今のは、マークを予想するためのものだ。スペードは剣を模した模様で、この世界にもこれらの四つのマークに似たものがあり、それは四人にも確認済みだ。
「……スペードの十二だね」
アニルドが強く歯を食いしばり、諦めたように息を吐いてカードが見えるように置いた。ボクが指を乗せていた右から二番目のカードは、推測通りスペードの十二だった。
「……俺、顔に出やすいのか?」
「顔、というか、もう全身に出てるよね」
「そうか……」
意気消沈といった感じた。心がへし折れただろうか。
「諦めるのは、まだ早いよ」
「……は?」
「アニルドはボクの特訓を受けていないからね、強さに差があって焦っているのは分かる。それに、アルミリアと性格が合わないのはあるだろけど、ここまでアニルドがアルミリアを目の敵にするのは、アルミリアが強いからだろう?」
アニルドが目を逸らす。図星のようだ。
「ルーシアさん、どういうことですか? 全く理解が出来ないのですが」
アルミリアの言葉に、チルニアとパミーもウンウンと頷く。
「えっとね。これはボクが見た感じの話なんだけど……アニルドは、アルミリアに少し憧れてるんだよ。アルミリアが、お姉さんに憧れているように」
「え?」
入学当初、アルミリアが男子に言い寄られまくっていた時期まで話は戻るが。
その頃から、ボクは結構周りをよく見ていた。その時に、アニルドの視線がよくアルミリアに向いていることに気付いた。でも、言い寄っているところは一度も見たことがなかったのだ。
そして、一番アルミリアに視線を向けていたのが、剣を扱っている時。恐らくだが、アニルドは学園に来る前からアルミリアと面識があり、そのどこかでアルミリアの剣技を見たことがあったのだろう。
「アニルドはアルミリアに、求婚とは違う意味で憧れていたんだ。例えば、剣の腕、とかね」
「……確かに、何年か前の貴族での会食の時、子供だけで剣術大会を行ったことがあります。その時に、アニルドさんの姿もありました」
「ちなみに、結果は?」
「私が優勝しました。勿論、他の方も強かったのですが、たまに騎士団に混じって特訓するなんてことは、私以外には中々なかったようで」
つまり、アニルドはそこで、アルミリアの剣技に感銘を受けたのだろう。
しかし、そのアルミリアの剣技は折られた。他でもない、ボクに。初めてボクとアルミリアが試合を行い、アルミリアが完膚なきまでに叩き潰された、あの日に。
その時に、アニルドの中で何かが崩れたのだろう。記憶が正しければ、あの日以降アニルドのぼっち化は加速していた気がする。
「アルミリアがボクに負けたことで、目標を見失ってしまったんだと思う。まあ、その後でボクと引き分けて名誉挽回はしたけどね」
「……それで、結論を言うと、何故私はアニルドさんに目の敵にされているのですか?」
「一度見失ったライバルが、自分では全く手の届かない場所に立って帰ってきた。それが、多分理由。まあ、推測だけど」
ライバルの認識は、アニルドの一方的なものだったであろうが。
しかし、一度折られた心はそう簡単には癒えない。その後の行動は人にもよるだろうが、アニルドはそのパターンの一つ、虚勢を張って自分を取り繕っているのだろう。
「……ああ、そうだよ。俺は、そいつの剣に憧れた。でもルーシアに負けて、目標を失っていたところに……お前は、もう手の届かないような強さになって、ルーシアと引き分けた。笑うしかなかったさ、俺はなんて遠い存在を目標にしてたんだろうってな」
アニルドが自嘲気味に笑う。その笑顔が、どうもいたたまれなかった。
すると、アルミリアが静かにアニルドへと歩み寄った。何をするのかと思った瞬間──
音のよく響く道場内に、パシーンと大きな音が広がった。アルミリアが、アニルドの頬を叩いたのだ。ボク達平民ズもそうだが、アニルドはそれ以上に驚愕の表情を見せた。
「あなたは、あの日のルーシアさんの言葉を、覚えていないようですね。あなたはまだ、痛みも、苦しみも分かっていないようです。覚悟が、出来ていないようです。……憧れるだけで、強くなれるなどと思わないでください」
頬をポリポリと掻く。一年近く前のことを思い出さされて、少し恥ずかしさが芽生えてきたのだ。
「私をライバルと思うのも、目の敵にするのも、お好きにしてください。今の私は、あなたに負けることなどありませんから、どうぞ。でも、私に突っかかって来るのであれば、それに見合うだけの強さを身に付けてください。そうでなければ、私はあなたをライバルと認めることは、出来ません」
子は親に似る、と言うが、これは弟子は師匠に似る、というやつか。あの日ボクがアルミリアに言ったことを、アルミリアは自分なりに解釈し、これまで沢山考えてきて、そしてそれを自分に憧れる者に向けている。
ボクの言葉がアルミリアをここまで強くし、それを受け継いでいく、という光景は何ともまあ、師としては嬉しいのだが、むず痒くもある。
ムズムズする腕を摩っていると、ヒュンと何かが風を切る音がした。音源を確認しようとすると、アルミリアが一枚のカードを、顔の前で手に持っているのが分かる。その先では、項垂れたアニルドが、何かを投げた後のような姿勢をしているのも。
「……お前に突っかかるに、見合った強さだァ? 上等じゃねぇか、やってやるよ。俺がお前を超えて、悔しさで肩を震わすのは、遠い未来じゃないぞ、アマ!」
「んなっ……相変わらず口の悪いことですわね。ええいいですよ、私もまだまだ強くなります。超えれるものなら、超えてみるといいです!」
きっと、二人はこれから先もいがみ合い続け、睨み合い続け、そして競い合い続けるだろう。
でも、その間には、確かな絆が結ばれた。それはきっと、かけがえのない、唯一無二のもの。互いに互いを高め合う、ライバルとしての絆。
「ルーシアさん!」「ルーシア!」
「「私を(俺を)鍛えてください(くれ)!」」
ボクは、二人の師匠として──最後まで見守ろう。




