集団戦
朝食を終え、学園長室へと向かう。アルミリア達は先に実技場に行ってもらっているから、今はボク一人だ。
扉をノックする。中には三人の気配があり、左からフルドム、学園長、アンダルドだ。恐らく、アンダルドは褒奨金を渡しにでも来たのだろう。
「第二次学年、ルーシアです」
「入れ」
学園長の声が、ボクの入室を許す。引きドアのノブを持ち、自分の方へと引く。ほとんどの抵抗もなく、扉はボクの方へと開いた。
「よく来たな」
「お呼ばれしてたので。それで、呼び出された理由は……褒奨金だけでしょうか?」
他にもあるだろうことは、分かっている。でも、その内容は説教くらいしか思い浮かばなかったから、尋ねてみた。
「……すぐに分かる。まずは、フェルメウス殿」
「ああ……ルーシア、またも貴公にはこの街を救ってもらうこととなった。本来なら我々フェルメウス家が対処すべき事態、貴公の手を汚すこととなり申し訳なく思う」
アンダルドが頭を下げる。街がこれだけ繁盛しているんだ、誠実な貴族であることは今更だろう。
「今回の褒奨金だ……本当ならば、国を挙げて礼をすべきところだが、国に伝えたところ、国民故当然のことと返事を受けた。だから、金額は貴公の手を汚したことに足りるとは思わないが……」
アンダルドの持つ麻袋を受け取る。ジャラという金属の擦れ合う音と重さから、かなりの金額ではあると思う。少なくとも、一年前の魔物の襲来の時より、多少多いだろう。
「……スレビス盗賊団は、一度討伐隊を退けた……というより、全滅させたと聞いてます。もしかして、国を挙げてのことだったんですか?」
「ああ。あれは何年前のことだったか……今の国軍長が就任する前の事だった。一度、国軍はスレビス盗賊団に壊滅させられて、それ以降に就任した、元貴族の国軍長の手腕により、その存在を再び立ち直せた、と言えるな」
その国軍長というものも気になるが、やはりスレビス盗賊団は余程のものだったようだ……付け加え、この国のトップ、国王のクズさも見て取れる。
アルミリアから聞いた話だと、今の国王は領地を持つ貴族からかなりの額の税金を徴収しているようだ。そのため、貴族は自分達の生活のためにも、その税以上の金を領民から摂る必要がある。これはそのまま悪の連鎖に繋がり、これまでいくつもの領地が滅んだそうだ。
そして、今回のことを見ても。国を挙げて失敗したことを、一国民が達成したのだ。なのに、そこに何も、お礼も何も無く国民の義務で終わらせる。このような奴が国王であることに、遺憾を覚えてしまう。
まあ恐らく、血筋が繋がっているから今の国王が国王たらしめているのだろう。もし選挙で選ばれたなら、こんな国王は存在するわけが無い。流石、民主主義の「み」の字もない、中世の世界だ。
「……まあ、国王を悪く言えば、首が跳ねかねないから何も言いませんが」
「すまぬ」
「いや、アンダルドさんが謝ることじゃないですよ。それに、こんだけの額でも相当ですし。また、アルミリアにお金使い過ぎって怒られませんか?」
「あいつのことだ、むしろ少ないと怒られるかもしれんな」
ああ、確かに。ボクが人を殺したことは、多分アルミリアから伝わっている。そして、事件の顛末を詳しく知っているのは、ボクを除けばアルミリアくらいだ。この事件の重大さは、ボク以上にアルミリアの方が感じ取っているかもしれない。
でも、アルミリアも貴族であり、フェルメウス家の娘だ。財政のこともちゃんと分かっているだろうし、そのお金が領民からの税金であることも理解しているだろう。
多分、この金はアンダルド達が自分達の生活を削って、作り出している。受け取らないのはむしろ不敬だろうが、大切に使うとしよう。盗まれないためにも、収納魔法にしまっておく。
「……それで、ルーシア」
アンダルドがフルドムの声を聞いて、引き下がる。フルドムも立場は弁えているのか、アンダルドに一礼をしてから、ボクの前に進み出た。
「お前にとって、人を殺したのは初めてのことのはずだ」
「ええ、まあ」
「……その、なんだ。大丈夫か?」
「口下手ですか。大丈夫じゃなかったら、多分ここには居ません。色々な支えもあって、一応乗り越えられましたよ」
フルドムにはピクシルや本物のルーシアの存在は伝えられない。だから、こんな曖昧な表現になってしまったが、多分彼はアルミリア達ルームメイトのことだと思ってくれるだろう。もしかしたら、アニルドも含まれるかも知れないが。
フルドムは「そうか……」と小さく呟く。そしてそのまま、しばらくの間沈黙が部屋の中を満たした。その沈黙を破ったのは、短く鼻から息を吐いた、学園長だった。
「ルーシア。お前にとって酷な質問になることは分かっている。だが、お前にとって必要な質問でもある。だから、敢えて問おう」
学園長を含め、ボク以外の人の間に緊張が走る。恐らく、この三人で元から聞こうと決めていたことなのだろう。そして、学園長が今言った通り、ボクにとっては酷な質問なのだ。
多分、ボクが受けた大きな傷を、再び開いてしまうのではないか、という疑念があるのだろう。それが、この緊張を産んでいる。
「……人を殺して、どう思った」
確かに、ボクにとって酷な質問だろう。あの事件の光景を思い出すような、あの時の感触を思い起こさせるような質問だ。
でも、もうボクは一度乗り越えた。いや、実際はまだ迷っているところもあるけど、それでも、心の中で決意は固まっている。
「……二度としたくない……そう思いました。以上です」
にこやかに返事をする。三人は驚いたような表情を見せ、お互いに顔を見つめあった。
「そ、そうか。まあ、悪い方向性でなくて良かった」
もっと詳細に言えば、怖くなって、死にたくなって、苦しくなって、目を逸らしたくなった。でも、今はもう二度としたくない、この一点だけだ。他はない。
「じゃあ、アルミリア達を待たせてるので。失礼しました」
説教は結局なさそうなので、そそくさと学園長室を後にする。長居する必要もなかったし。
実技場に向かうと、何ともまあ痛ましい光景が広がっていた。端的に換言すれば、アルミリアがアニルドをボコボコに打ちのめしていた。
アルミリアもアニルドも、使っている剣は同じ木剣だ。そう、アルミリアも木剣を使っている。
だというのに、アニルドはアルミリアに一切のダメージも与えられず、ボコボコにやられていた。あ、またアルミリアがアニルドをぶっ飛ばした。
「……随分と痛々しいものだね」
「ルーシアさん。お話は?」
「すんだよ。アンダルドさんも来てた」
「そのようですね。入口に馬車が来ていましたから、そうだと思っていました」
アニルドが痛ましすぎて見ていられない。息は絶え絶えで、頭から血を流していた。唇の端も切っていて、顎まで赤黒い血が垂れている。相当本気で戦っていたようだ。
アニルドの脇にスカートの中が見えないよう、手でお尻をなぞるようにしてしゃがみこみ、アニルドの傷口を回復魔法で塞ぐ。呼吸が安定してきて、一旦それを中止する。
「……で、何があってこんなことに? 喧嘩でもした?」
「いえ。ルーシアさんがいない間に、アニルドさんの実力は見ました。基礎はある程度出来上がっていたので、チルニアさんとパミーさんにさせていたように、本気での立ち会いをしていたところです……まあ、この現状ですが」
まあ、仕方あるまい。アルミリアはレイピアを使えば最強だが、体幹も一年前と比べるとしっかりしてきている。両刃の剣を振るっても、多分もうボクまでとは言わずとも、チルニアと同等には戦えるだろう。剣に魔力を纏わせたチルニアには、流石に勝てないだろうが。
呻きながらアニルドが体を起こした。傷は癒したが、まだ痛みは残っているはずだ。腕を押えながら、ゆっくりと立ち上がった。そして、傍に落ちている木剣を拾う。
そこで、ボクの存在に気付いた。
「……なんだ、ルーシア。来てたのか。悪い、気付かなかった」
「回復したの、ボクなんだけど」
「……そっか。いつもそこの黒髪の方がしてくれてたから、いつも通りそいつかと思ってた」
「ちょっ! いい加減名前覚えてよ!」
チルニアの反論にボク達女子陣は苦笑を零すが、アニルドはそんなこともお構いなしに、アルミリアと対面するように立って剣を構えた。
「……もう一度だ」
「まだするつもりですか? あなたではいくら戦っても、私に勝ち目はありませんよ」
アルミリアの言い分は最もだ。アニルドの構えは、確かに様にはなっている。しかし、あまりにも粗雑過ぎた。隙が多く、今までレイピアで隙を狙うことを鍛え続けたアルミリアにとって、簡単に倒せるただの的でしかなかった。
「ふーむ……まあ、個人の力量を鍛えるのはいいんだけど、ボクがここに来たからには、それは置いておこう」
左側にある物を、右側に移動させるようなジェスチャーをする。アルミリア達には何度も見せているから伝わったが、アニルドは鋭く細めた目に、疑問の感情が漂っていた。
「アニルドはボクが鍛えてあげるから、授業の間は集団戦の特訓をしよう。ボクはもうほぼ完全復活してるから、心配はご無用だよ!」
女子である、しかも色々と恩のあるボクから教えを受けるのに躊躇いがあるのか、アニルドは少し視線を逸らした。しかし、アルミリア達の実績があるからか、溜息を吐いて妥協したようだ。
「じゃあ、このパーティーのフォーメーションを発表します! この前スレビス盗賊団と戦って、あいつらは人間性はアレだったけど、戦闘は違いなく集団戦において強者だった。だから、ボク達のパーティーにそれを加えようと思う」
でも、このパーティーでの前衛は、ボクとアルミリア、アニルドだ。チルニアとパミーは後衛で魔法を撃ってもらう必要があるから、スレビス盗賊団と同じ戦い方は少し難しい。
だが、片手剣使いのアニルドとレイピア使いのアルミリア、という組み合わせは、昔アニメで見た二人組を思い出す。あの動きを再現出来れば、かなりの脅威になるはずだ。ただ、昔見たことがある、では通じにくいから、スレビス盗賊団との戦いで見たということにさせてもらった。
「アルミリアとアニルドには、コンビネーションでパリィアンドスイッチという動きを特訓してもらう」
「「……は?」」
二人の声が被った。
「この人と!?」「こいつと!?」
再び、被った。絶対無理だ、とでも言いたそうな顔をしている。
「そ。まあ、やり方は簡単で……アルミリア、軽く剣を振り下ろして。チルニアはその剣を、上に大きく弾いて」
二人はそれぞれに了承の言葉を零し、ボクの指示通りに動く。
アルミリアとチルニアが正面に、互いの剣の間合いに入る位置に立ち、ボクはチルニアの後ろに立つ。そして、アルミリアが剣を振り上げ、振り下ろす。その剣をチルニアがかあぁ──ん……と子気味のいい音を響かせて、弾かれた瞬間──
「っ!?」
アルミリアが無音の驚きの声を洩らした。それもそのはずで、チルニアが思い切り弾いてアルミリアの姿勢が後ろに崩れた瞬間、ボクが二人の間に入り込んで、アルミリアの喉元に剣先を当てていたからだ。一瞬の出来事で巻き起こった剣風が、アルミリアの絹のような波を描く髪を靡かせた。
……うん。剣は振れる。もう、人を殺したというトラウマは、乗り越えられた。
「今のが、パリィアンドスイッチ。パリィは剣を……というか、攻撃を弾いて相手の体制を崩し、スイッチは瞬時に二人が入れ替わるもの」
攻撃の姿勢を崩し、剣を肩にトントンと当てながら、アルミリアとアニルドに視線を向ける。
「どう、出来そう?」
「「この人(こいつ)でなければ」」
仲良いなあ、この二人。
「よし、出来そうだね。じゃあ、頑張ろー!」
「おい、話聞いてたか!?」
「聞いてた聞いてた、まあそこは気合いで頑張れー!」
アニルドはボクに対して強く出られないのか、それ以上は文句を付けてこなかった。アルミリアも、経験としてボクにはこれ以上言っても無駄だと察したか、溜息を零して頭を抱えていた。喧嘩ばかりする二人は、いざという時に想像以上のコンビネーションを見せるものだからね。きっと大丈夫だ。
「で、チルニアとパミーね」
「あたし達にも何かあるの?」
「うん。あるけど、二人はこれからは、普通に魔法の特訓をしてもらう」
「……どういうこと?」
パミーから問いが投げかけられる。それもそうだろう、だってアルミリア達にはコンビネーション系の指示を出したのに、二人にはまるで個人技量の向上のためにするような内容の特訓を言い渡したのだから。
「まあ聞きな。ボクの見立てだと、二人の息はかなりピッタリだ。異議は?」
「ないよ。まあ、あたしとパミーはずっと一緒にいるもんね!」
「半ば腐れ縁だと思うけど」
チルニアがパミーの腐れ縁という言葉に、酷いと声を荒らげる。ただ、それは無視して話を続ける。
「そんな二人には、合体魔法を開発して欲しい。まあ、難しく考えずに、一人一人の得意を足し合わせて、最大の効果を発揮出来るようにしてくれたら構わない」
「合体……」
「魔法……」
チルニアとパミーが、息の合った合体魔法(言葉)を見せてくれる。
「まあ、まだ二人とも自分の得意属性が分かってないだろうし、それはこれから探せばいい。意外と、性格から見つかったりもするだろうし。だから、今は魔法の特訓をして、強力な魔法にも耐えられる体を作っておいて欲しいんだ」
「……そっか。合体魔法ってなると、二人の魔法が干渉しあって大きな効果を生み出すかもしれないから、私達への負担が大きくなるかもしれない」
「……うん、まあそういうこと、かな?」
魔法が干渉しあって、とかは考えてなかったが、もしかしたらそれも有り得るのかもしれない。正直、魔法を使いまくれば魔法の変換効率が上がって、魔力の消費が減るんじゃないかなあ、位にしか考えてなかった。
「ええと、まあ……うん。理由は何であれ、魔法を使い続けてれば、少しは上達するかもだし。それに、二人には英才教育を施していくから、魔力の消費量も減らせるはず」
「英才教育?」
「……あたしにも理解出来る?」
「出来るように教える。多分」
言っちゃ何だが、チルニアは結構バカだ。だから、ボクの前世での知識を理解出来るかどうかは……正直微妙だ。
でも、そこは座学トップクラスの成績を誇るパミーに頑張ってもらおう。パミーなら、何とかしてくれるような気がする。
「ボクはどの道やることないから、今回も皆の指導役を買って出るよ。それと、放課後の個人特訓はどうする? アニルドはこのパーティーの動きに慣れてもらうために、強制参加してもらうけど」
「やりましょう。私達も、まだまだ貧弱ですから」
ボクと引き分けたアルミリアさんが貧弱だったら、その辺の人達はみんな赤ちゃんだよ。
結局、放課後のルーシア道場は、生徒を一人増やして続くこととなった。もちろん、無料だ。
「さーて、そこの二人もいがみ合ってないで、ボク相手に特訓するよー!」
何故か睨み合っているアルミリアとアニルドにそう呼びかけ、二人の前に立つ。そして、二週間遅れて、ボクも集団戦の特訓に参加したのだった。




