許されざる所業
正面の男に斬り掛かる。三十人近い男達は全員各々の武器を手に取り、ボクが正面の男と打ち合っているうちに周囲を取り囲むように移動し始める。対峙している男もかなりの強者で、ボクの剣戟を八割方防いでいる。ただ、やはり少しずつダメージは通っており、動きが鈍り出す。
一人目を倒そうと剣を引いた瞬間、横目に影が入るのに気付いた。留めを刺すのを諦めて、横からの攻撃を防御する。両手で柄を持ち、剣を弾く。体制を崩したところを狙うが、今度も同じように視界の中に横入りを見てとる。
舌打ちを我慢しながら、剣を横に大きく振り払う。ギャイインと音を響かせて、剣の軌道がズレてボクの横で地面に突き刺さる。
面倒な戦法だ。でも、これなら一人を相手にするには有効だろう。討伐隊を全滅させたのはこの方法では無かったかもしれないけど、この技量とこの戦法をもってすれば、護衛の一人や二人いないも同然だ。
スレビス盗賊団の戦法はこうだ。まず、一人が攻撃をする。相手にもよるだろうが、攻撃を塞いだら追撃を仕掛けようと相手はするだろう。その瞬間、もう一人が別の方向から攻撃を仕掛ける。そうすることで、相手は防御せざるを得ず、一人は下がって回復をすることが出来る。それを連続すれば、ただでさえ相手からすれば一人対複数人だというのに、スレビス盗賊団にとっては複数人対一人だ。体力の消費は格段に違う。
そして、相手の体力が尽きようとしたところで、留めを刺すのだろう。時間が掛かるだろうし、コンビネーション能力が高くなければ難しいが、成功すればかなり強い。現に、ボクも今剣での戦いで苦戦を強いられている。そう、剣での戦いで、だ。
一人の攻撃を受け止め、鍔迫り合いに追い込む。空気を深く吸い込み、維持する。そして、目を閉じてあるイメージを脳内に浮かべる。
次の瞬間、この地下空間内に強烈な突風が巻き起こった。そして、その突風は周辺の土を削り空間内を土埃で満たした。恐らく、他の者は土埃のせいで視界を封じられ、口を開ければ土が入ってくるため声も上げられまい。しかし、ボクには魔力振動による空間の把握が可能だ。
そのアドバンテージを活かし、まずは目の前の男の剣を弾いて横薙ぎに腹を斬る。近くにいる者から次々と斬り伏せる。その間も魔法は維持して、周囲から土埃が無くならないようにする。
そして、アルミリアとチルニア、アニルドの妹、スレビス盗賊団のボスの気配のみを残して、他の気配はなくなる、もしくは弱くなった。殺すと宣言した後だ、手加減しなかったせいで何人か殺してしまったかもしれない。数度手に伝わってきた骨を断つ感覚が、剣を握る手を振るわせる。
魔法による風を止め、土埃がなくなるのを待つ。
「……まさか、今の短い間……しかも、土埃の中で、全員倒したというのか?」
スレビス盗賊団のボスが目を見開いて掠れた声を零す。
魔法で体や服に付いた土汚れを取り除き、集めて地面に戻す。呼吸を再開し、そして、目を開く。嫌でも周囲の斬られた人体が幾つも転がっているのが目に入る。これを全てボクがやったのだと……こと数人に到っては殺してしまったのだと思うと、胸が苦しくなる。
「火炎大蛇……噂には聞いていたが、とてつもない強さだ……だが、俺が負けることは無い。なぜなら、俺は最強だからな」
「……ここにいる全員を殺すつもりは無い。でも、お前だけは絶対に殺す!」
血と土が混ざったものがこべりついた剣を構え、ボスに向けて地面を蹴る。ボスも腰の剣を抜き、ボクの攻撃に対応した。
「言っておくが、俺はBランク冒険者よりも強い。お前のような小娘では、勝てはせぬ」
「ボクだってBランク冒険者より強い! 正義のヒーロー気取りは好きじゃないけど、ここで諸悪の根源であるお前は断ち切る!」
コンマ数秒も間隔のない剣が交錯する音が、空間内に響き渡る。音速に近い剣の軌跡が幾つも描かれ、二人の周辺はある種の芸術作品のようになる。
しかし、その剣戟の応酬も長くは続かなかった。ボスの剣の中心を捉えたボクの一撃が、その剣を折った。ボスの目は再び、先程よりも大きく見開かれ、次の瞬間腹にはボクの剣が刺さっていた。高速で突き刺さった剣は、男の背骨すらも断ち切っていた。
「そん、な……バカな、ことが……」
「……力の使い方は自由だ。でも、誤れば何らかの形で報いを受けることになる……こんな風にな」
剣をボスの腹から引き抜き、振り払って付いた血を落とす。ボスは膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れた。しかし、僅かに魔力に乱れを感じ取り、魔法で回復しようとしていることに勘づく。
「がっ」
そして、逆手に持った剣をボスの心臓の近く、魔力器官に突き刺す。
「これで魔法は使えない。ここで、死んでもらう」
「そんな、嘘だ……俺が、負けるなど……ありえない!」
男の声が響いた瞬間、風の刃がその首を断ち、命をも絶った。足下を赤い水たまりが満たしていく。どんどんと拡がっていって……やがて、その拡大を止めた。
魔法を放つイメージのためにボスに向けた左手を降ろす。力が抜けて、剣がカランと音を立てて地面に落ちる。膝から崩れ落ちる。
返り血で、制服は赤い斑点が出来ていた。
「……ボクは、人殺しだ」
言葉に出した瞬間、その意識がボクの心の中に充満した。内側から抉られるかのように苦しい。右手の指先に、剣の柄が当たる。
──このまま、首を斬れば。
力の入らない手で、持ち上がるギリギリの重さの剣を取る。ゆっくりと持ち上げ、首の右側に宛てがう。
しかし、首を断つ決意も付かぬ間に、剣はボクの手を離れ、ボクは何か温かいものに包まれていた。花のような甘い匂いが鼻腔を擽る。知っている。この匂いを。
「何をしようとしているのですか」
聞き慣れた穏やかな声が、今度は鼓膜を揺さぶる。不意に、涙が込み上げてくる。涙脆くなってしまったものだ。姿が変わって、性格まで変わったのかな……脳が違うんだ、当然か。
「……ボクは、人殺しですよ。そんなに近付いてると、アンダルドさんが怒りますよ」
震える声で、己の心を封じ込めながら、そう言葉を紡ぐ。しかし、ボクを抱きしめる金髪の少女──アルミリアは、その言葉に離れることはなく、逆に抱きしめる腕の力を強くした。
「お父様が怒ることなんて、あるはずがありません。貴女は、私の危機を……いいえ、この街の危機をまたも救ったのです。状況を見れば分かります、私は誘拐され、ルーシアさんがその誘拐犯を倒したのだと……」
アルミリアは抱擁を解き、ボクの両肩に自身の両手を片方ずつ乗せて、真っ直ぐにボクの目を見詰めた。そして、言葉を繋げる。
「あなたは、今までこの盗賊団に傷付けられた方を、これから傷付けられるかもしれない方を、そして、……私達、今傷付けられようとしていた人を助けたのです。そんなあなたに、誰が人殺しだ、犯罪者だなどと言えましょうか」
「でも、ボクは……」
「大丈夫です……誰もあなたを責めませんし、例え全ての人があなたを非難しても、私だけは必ずあなたの味方でいます。だから、自分を責めないで」
アルミリアは土の付いたままの顔で、ボクに笑いかける。その笑顔が、ボクの心を揺さぶる。零れないように耐えていたのに、涙が後から後から溢れ出てくる。止まらない。アルミリアに見られているのに。
制服で何度も何度も擦って、涙を拭き取る。でも、止まらない。あまつさえ、嗚咽まで零れ始めた。ああ、ダメだ。ボクの意思ではもう止められない。
「……大丈夫です。今は泣いても。辛い思いをしていることは、私にも分かっています。人を殺すことと、魔物を殺すことに大きな違いがあることなど、誰にでも分かります」
アルミリアは、ボクの涙が枯れるまで、ボクを抱きしめて背中を摩ってくれた。
♢
涙は枯れ果て、ボクはしばらく休憩を取っていた。その間に、アルミリアはスレビス盗賊団の用意した縄で、生存者の動きを封じている。最中に、経緯も説明する。
「……迷惑を掛けてしまい、申し訳ありません。しかし、まさかアニルドさんにそのようなことが起きていたとは……後日、謝っておきましょう」
最後の一人の手首と足首を縛り、アルミリアは額に浮かんだ汗を拭った。
アルミリアが縛った人数は十八人。つまり、ボクは十数人の人を殺したということになる。犯罪を阻止した、ということで罪に問われることはないかもしれない。でも、人を殺したという自らの戒めが、自分の心を攻撃していることも、自覚していた。
「スレビス盗賊団ですか……まさか、この街に来ていたとは。しかし、ボスも倒したことですし、これ以上の被害は出ないでしょう。ルーシアさんのおかげです」
何度も、アルミリアはボクのおかげだと言った。多分、ボクの功績を沢山言うことで、ボクが自分で自分を許せるよう導いてくれているのだろう。ありがたいことだ……でも、全ての人を幸せにする、なんて言いながら、殺しを働いてしまった。
自責の念に、体育座りで縮こまる。アルミリアがそれを見て心配そうな表情を浮かべるが、ボクにはどうしようもない。
「……父上に今から報告してきますね。ルーシアさんは、ここで生存者が抵抗しないように、見張っておいて下さい。それと、チルニアさんとアニルドさんの妹さんが目を覚ましたら、状況の説明をお願いします」
何か指示をしてボクが責任感を持つことで、それを終えるまで自殺をさせないようにしているのか。そんな意図が無いのだとしても、ボクはその指示を遂行するつもりだ。
そして、アルミリアが階段を使って外へと出ていった。