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アニルドの悩み

「……何だよ」


 アニルドがぶっきらぼうに言う。ボクとしても、半年前のこともあるからちょっと目を合わせにくい所がある。アルミリア達が言わなきゃ、特に意識もしなかったろうに。……そういや、翌朝の「ごちそうさまでした」がなんなのか、聞きそびれてる。まあ、今はいいか。


「知ってるかい、少年。迷っている時は、誰かにその思いをぶつけると晴れることの方が多いんだよ」


「……だったら何だよ」


「ボクが相談に乗るよ。これでも、一応男心は分かってるつもりさ」


 実際、元は十七年間男として生きていた。恋愛や友情に関してはなんとも言えないが、少なくとも、男の悩みくらいは分かる。


「……お前に話す必要は無いだろ。これは俺の問題だ」


「ボク多分、今のパーティーのリーダーだからさ。仲間のことは気にかけておきたいんだ、心配だから。それに、今年から二年間、ボク達はずっと一つのチームとして活動する……ボクだけならまだしも、アルミリア達に迷惑を掛けて欲しくない」


「……」


 アニルドがカップを手に取り、一口カヘルを飲む。目は鋭くその黒い液体を睨んでいる。目の下に、薄らと隈ができているのが見て取れた。寝ていないのか?


「そうだなあ……うん、それじゃあ。半年前のことでボクに恩義を感じているなら、話して」


 アニルドの表情が歪む。何せ、今のはアニルドの人間性を試す提案でもあったからだ。


 アニルドは──下級とはいえ──貴族だ。つまり、他人からの信頼が重要になる。しかし、もしここで話さず、命を助けて貰ったことに恩義を感じていないと言ったならば、それは貴族以前に人間性が欠けていることになる。


 それを悟ったのか、アニルドの表情が一瞬だがゆるむ。諦めたのだろう、黙っていることを。


「……この前、長期休暇があっただろ。あの時、俺、家族で隣の領地の親戚を訪ねてたんだ」


 あ、これ。男心とか関係ないわ。


 ボクがそんなことを悟っているなど梅雨知らず、アニルドは話を続ける。


「帰り道、この街に着く少し前だった。盗賊に襲われて、護衛の一人が死んで、残りの三人が重傷、両親も結構な怪我負って……妹が攫われた。俺も、剣を持って戦ったのに……手も足も出なかった」


 授業を見ていたところ、アニルドはそれなりに剣の腕は立つ。多分、磨き上げればボクと並ぶくらいには。


 そんなアニルドがいて、経験も多いだろう護衛が居たに拘わらず、死傷者を出した上に妹を攫われた。その盗賊は、かなりの強さを誇っているに違いない。もしくは、相当な数がいた。


「でも、それなら国とか領地から討伐隊が編成されるんじゃない? 死者が出るような事件を起こしてるんだから」


「無駄だ。相手が悪いからな」


 当事者のアニルドが言うんだから、余程だろう。


「……盗賊共の総称は、『スレビス盗賊団』。十年くらい前から活動していて、少女ばかりを狙う極悪だ。死者が出るような事件も何度も起こしているけど、奴らは今まで一人も死んでないし、捕まった奴もいない。一度だけ討伐隊を編成したが……跡には目を覆いたくなるような惨状だけが残っていたらしい」


 何も言えない。そんなに強大で凶悪な存在が近くに居るということだろうか。アニルドの事件は街の近くであったと言った。つまり、この街に潜んでいてもおかしくない?


「……父さんと母さんは、娘なんかいなかった、妹なんかいなかったって自分に言い聞かせて、忘れようとしてる。……でも、そんなこと出来るわけないだろ……!」


 アニルドが歯が砕けそうな程に、食いしばる。目には獣の如く鋭い光が宿っているが、しかしその眼光は行き場を失っているように思える。


 前世での知識でしかないが、盗賊は女子供を攫った後、すぐに違法奴隷にするわけではない。まず、自分達で弄んでから売り飛ばす。つまり、まだ遠くには行っていない可能性が高い。


「……探してみる価値はある、か」


 椅子から腰を上げる。机に立て掛けてあった剣を手に取り、剣帯に通す。


「お、おい、どこに……」


「助けられる人がいるのに助けないのは、ボクのポリシーに反するんでね」


 安心するように、笑顔を浮かべてアニルドにそう伝える。しかし、アニルドは迷ったような顔をした。


 内心は多分、こうだろう。自分の問題なのに、他人を巻き込みたくない。でも、ボクみたいに強い奴なら妹を救ってくれるかもしれない。だから、頼りたい。


「ま、カヘルでも飲んで待ってなよ」


 ボクはアニルドを置いて、食堂を出た。



『全く、また怒られても知らないわよ』


「言っただろ、ボクは全ての人を幸せにするって。例えその行動がバカに見えても、ボクはやれることはしたいんだ」


 持っている才能や力を使う使わないはその人次第だ。でもボクは、前世で何も出来なかった分、この世界では力を使うことにしている。まあ、前世で培った数式や工学の知識を使う機会が訪れるのがいつなのかは、今のところ分からないが。


 この世界では、恐らくトップクラスに強い。それに、材料が集まればの話だが、前世での知識を使って機械工学や科学技術を発展させることも可能だ。そうすれば、きっとこの世界の苦しんでる人を、少なくとも何人かは救えるだろう。


 寮の入り口に向かっていると、寮内のT字路から話し声が聞こえてきた。聞き馴れたその声は、おそらくアルミリアとチルニアだろう。


「どこか行くの?」


 その問い掛けでボクの存在に気付いたのか、アルミリアとチルニアが視線を向けてくる。そして、いつものようにアルミリアが答える。


「はい、ちょっと。最近、レイピアの切れ味が落ちてきているので、少し鍛冶屋に行こうかと。休息日でもいいのですが、今週は鍛冶屋が閉まっているそうなので」


 なるほど。確かに、アルミリアも休日の間結構特訓していたようだ。それならば、刀身に少しダメージが入っていてもおかしくないだろう。


 ただ、少し視界内が寂しく思えた。その理由には、すぐに思い至る。


「そっか。パミーは?」


 アルミリアとチルニア、パミーの三人は、基本的にいつも一緒にいる。だから、この二人だけ、というのは珍しかったし、視界内が物足りなく感じた。


「いやね、ルーシアに教えてもらう前に、少しだけ集団戦の知識を入れたいって、図書室にこもっちゃって」


「勉強熱心だな、パミーは」


「そうですね。ルーシアさんも、一緒に行きますか?」


「ごめん、ボクは他の用事があるから」


「そうですか、残念です。では、また後で」


「またねー」


「ほい、後でね」


 アルミリアとチルニアが寮の入り口へと向かう。二人が出て行ったのを見計らいそちらへ向かい、寮の扉を少し開けて二人がいないことを確認する。


 魔力振動でも二人の不在を確認して確信を得て、寮の裏へと走る。着いたところで、勢いそのまま脚に力を入れ、上へとその力を放出──


「どこへ行こうというんだ、ルーシア」


「へぼぁ!?」


 突然の呼び掛けに、足を滑らせて地面に顔から着地する。「いてて……」と小声で呟きながら、顔と服に付いた土を落とす。


「……先生ですか」


「ああ、そうだ。それで、どこに行くつもりだ?」


「散歩ですよ、単に」


「アニルドのことか」


 どうも予想されていたらしく、言葉に詰まる。でも、可能性は十分有り得ただろう。何せ、フルドムはここの教師であり、ボク達の担任だ。アニルドの身の上のことは、聞いていても何らおかしくはない。


「……なんで、ボクが行くと思ったんですか?」


 いつでも逃げられるよう、少しだけ腰を落として尋ねる。


「偶然とは言え、お前がアニルドと同じグループになったからな。それに、授業の後に食堂で二人で会っていたと聞いた。もしかしたら、と思ってな」


 同じパーティーになったのが偶然、というのは信じ難いところしかないが、流石一年間見てきただけの事はある。ボクの行動パターンもなんとなく分かっていたんだろう。


「俺としては、お前を行かすわけにはいかない。今回は相手が悪すぎる」


「……スレビス盗賊団、ですか。アニルドから少し情報は貰いましたよ、討伐隊すらも全滅させたって」


「ならば、お前もその危険性は分かっているだろう。奴らは不明な点も多数ある。いくらお前が強くても、そんな状態で臨んでも救える可能性は低いぞ」


 確かに、そうだろう。誘拐された側が諦める程に巨悪な存在だ、ボク一人で勝つのは、ゼロではなくとも百ではないことは確実だ。


 だとしても、


「諦めるのは簡単だ。でも、いつまでも野放しにしていたら、苦しむ人が増える一方……それに、時間が経てば向こうも技量を増すかもしれない。相手は人間だ、向こうにも絶対はない」


「……お前の言い分は俺にだって分かる。俺も一人の人間だ、救える可能性を潰すのは快くないさ……でも、お前は一人の強者である前に、俺の生徒だ。俺より強いことは分かっている。それでも俺は、お前の命を危険に晒したくない」


 いい教師だ。日本の教師に比べて仕事量が少ないというのもあるかもしれないけど、フルドムは生徒全員を隅々まで見逃さず、成長へと繋げ、危険を排除する。苦手な体育会系の教師ではあるが、好意の持てる相手だろう。


 ボクとて、有事でなければフルドムの気持ちを尊重したい。でも、今はアニルドの妹の命が懸かっている。


 十年間、一度も被害を受けていない盗賊団だ。しかも、討伐達が編成されるほど大きく活動していて、だ。手練てだれ揃いかつ戦略などの知力面も優れているに違いない。怪我の一つや二つで済むか分からない。それこそ、天獄炎龍を使う必要も出てくるかもしれない。


 こうして推察を並べ立ててる時点で、ボクにそのスレビス盗賊団に関する情報が少な過ぎる。これでは、対策を立てようにも対策する先がない。


「奴らは街中でも事件を起こす。それに、しばらくすれば領地や国を変えると聞くしな……後はもう、警団に任せるのが的確だろう……」


 フルドムの言葉が、ボクの堪忍袋の緒に大きく傷をつけた。歯を食いしばり、両の拳を爪が食い込むくらい強く握って、怒りを収める。


「警団は役に立たない。それならまだ冒険者やアルミリアを通してフェルメウス家の騎士団を投入した方が、見通しがつく。でも、それらよりもボクは更に不確定要素になれる。ボクは魔法も、剣もその辺の冒険者なんて話にならないくらい強い。事件を終わらせるなら、今ボクが動くのが一番だと思う」


「それでも許可は出せない」


「何で!?」


 つい、声を荒らげてしまう。すぐに怒りを収めようと視線を落とすが、無意識に眉間にはシワがよっていた。


「お前が俺の生徒だからだ。俺はお前を不容易に危険なところに行かせたくはないし、お前を人殺しにもしたくない……とうしても行くというのなら、俺を殺して行け」


「う、ぐ……」


 柄に手を掛ける。しかし、剣を抜くことは出来なかった。


 罪もない人を、殺したくない。それに、ここでボクが強行突破しても無駄だろう……寮は、教師である冒険者達に取り囲まれているから。



「……何で、ボクはここにいるんだろう」


 部屋のベッドで横になって、虚空を見詰める。ベッドの天井──或いはアルミリアのベッドの底の、木目をじーっと眺める。特に目的もなく。


 ボクは、今どんな気持ちでいるんだろう。後悔? 安堵? 悔恨? どれでもなく、どれでもあるように思う。


 ──まだ、躊躇いが、迷いがあるんだろうか。全ての人を幸せにするということに……それとも、人を殺すことになるかもしれない、という可能性を恐れているのかもな。


「誰かいる?」


 ノックの後、扉の向こうから声がした。パミーの声だった。部屋に戻ってからどれだけの時間が経ったのか分からないけど、パミーも勉強を止めて、部屋に帰ってきたということだろうか。


「入るよ?」


 パミーが扉を開けると、少し疑問の表情を浮かべた。そして、部屋を見回す。小さい部屋だ、探し物があるならすぐに見つかるだろうが、あの様子だと見つからなかったらしい。


「ルーシアだけ? アルミリアさんと、チルニアは? もう夕飯の時間だから、帰ってきてると思ったんだけど……」


「夕飯の時間……?」


 ベッドから降り、窓から外を眺める。東の空は、既に薄暗くなっていた。西の空は多分、綺麗な夕焼けを人々に披露していることだろう。


「待ってたら来るかなって思って、食堂行ってたのに誰もこないから。もう夕飯の時間、半分過ぎてるよ?」


 嫌な予感がした。フルドムの言葉が蘇る。『スレビス盗賊団は街中でも事件を起こしている」という言葉を。


 もし、今この街にスレビス盗賊団が潜伏し、街中で事件を起こしているとすれば。奴らの狙いは少女だ、アルミリアとチルニアは的の中に入っている。寧ろ、中心の赤い点と言っても良いだろう。あの二人は共に美少女だし、アルミリアに到っては貴族の娘だ。奴隷として裏商業で売りでもすれば、高値で引き取られるのは相違ない。


 剣を手に取り、窓を限界まで開けて飛び出る。パミーが「ルーシア!?」と声を上げたのは聞こえたが、それに答えている余裕はない。


 ──校則がなんだ、今までの常識が何だ、フルドムの心配が何だ。迷う必要なんかない。守れる人を守らないのは、ただの甘えだ、自分を守るための他人の冒涜だ。ボクは前世、その技術を使えば世界の人を救えたかもしれないのに、それをしなかった。ならば、この世界でくらい、人を守るために戦ってみせる!


 アニルドを助けた時もかくやという程の跳躍で、寮を囲う塀を飛び越えた。

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