第二次学年
一ヶ月が経過した。半年掛けて実技の訓練をした第一次学年を修了したボク達は、春季長期休暇を経て第二次学年へと進級していた。
春休みの間はちょっと暇で、ボクは体力作りと訓練に励み続けた。チルニア達とは一度も会わなかったから、あろうことか今日からの学園が楽しみで仕方ない。
毎日のように道場に通ったボクだったが、リミッターを外せる時間が以前よりも長くなった。それに、時間は腐るほどあったから、色々とモノづくりもして、それなりに有意義に過ごした。
進級した結果、一次学年Aクラスの生徒の顔触れは一人も変わらず、ボク達に後輩が出来たという変化のみがあっただけだ。まあ、この学園じゃ先輩後輩との接点はほぼないから、関係ないけど。
そして、第二次学年では、パーティープレイを中心に鍛えることとなっている。第三次学年では実際にクエストを受けることになるのだが、それはまだ先の話だ。
「では、パーティーを決めていくぞ」
フルドムが正面の黒板のようなものに、パーティーAからHまでに該当するこの世界の文字を書き、そこに独断と偏見で名前を書いていく。五人ずつ書かれていく名前は、基本的に男子と女子はばらけていた。しかし、
「っと、五人ずつだと男子が一人余るな……」
書かれていない男子の名前は、アニルド。そして、四人のパーティーとなっている女子組は、ボクといつもの三人。
「ルーシアのところに、アニルドを入れてもいいか?」
「……ボクはいいですけど」
「大丈夫です。アニルドさんなら、ルーシアさんが基本的に相手をしてくれると思うので」
それはどういうことかなアルミリア?
何となく仕組まれた感があるのは、気にしないようにしよう。
アルミリアの言葉に心の中でツッコミを入れながら、パミーの下に書かれるアニルドという文字を眺めていた。
アニルドからは、どこか距離を置かれているような気がしていたため、正直少し一緒に居づらい。それに、春休みを終えてから、更に闇が深くなっている気がしてならない。
どうせ今から変えることはできない。溜息を吐きながら、この状況を甘んじて受け入れた。
「よし、それじゃあ、今日はパーティーで固まって、それぞれの得意な戦い方や基本的な戦術を話し合え。明日からが実技だ」
フルドムが言うと、生徒はそれぞれのパーティーで固まりだした。
ボクも自分の席を離れ、中心にあるチルニアの席へと近付く。そこに、アルミリアやパミーも近付いてくる。
「アニルド、来ないと始められないぞ」
自分の席を離れようとしないアニルドに呼び掛ける。いつからか、ボクはクラスメイトは誰であろうと呼び捨てで呼んでいた。一々さんを付けるのはめんどくさいし、それこそ、周囲はボクが呼び捨てにしても、タメ口で話しても何ら文句を言わなかったのだ。
ボクの呼び掛けに応えたのかは知らないが、アニルドが重そうな腰を上げて近付いてくる。
「よろしく」
握手をするために手を伸ばすと、アニルドはそれを返さずに、チルニアの斜め前の席にどかっと座った。その行き場をなくした手を少し眺めるが、思春期男子なら仕方ないと思い、その手を下ろしてチルニアの左側の席に座る。
「アニルドさん、これからはパーティーメンバーとして一緒に戦うのですから、もう少しマシな態度をとってはどうですか? それこそ、あなたの家名に、泥を塗る行為ですよ」
「あー、気にしないで、アルミリア。男子って、このくらいの歳になるとこうなる奴が多いんだよ」
「そ、そうなんですか? それでも、そのような態度は……」
「ボクは気にしてないから、言及しないでやって」
「……分かりました」
貴族としての自覚をしているアルミリアは、どうもこう言うところには煩い。まあ、多くの人の命を抱えているようなものだから、当然と言えば当然かもしれないが。
「それじゃ、まずはお互いの戦い方からかな。それを踏まえて、戦法を考える。それでいい?」
「はい」
「オーケーだよ」
「いいよ」
アニルドは、返事をするでもなく、頷くでもなく聞いているだけだったが、それを肯定と勝手に受け取り、話を進めた。
「まずボクから。ボクは、基本的に剣と魔法で戦うよ。剣の腕前はもう知ってると思う。魔法に関しては、全属性使えて、索敵魔法も使える。あと、時空魔法も多少齧ってる。収納魔法くらいなら使えるよ。魔法の使用回数に限度はないかな」
ボクが言い終わると、時計回りに進むことになったらしい、アルミリアが続いた。
「私はレイピアのみです。魔法は全く使えません。ルーシアさんの言うリミッターを外せるのは、少しの間だけです」
それも既知の情報だ。春季休暇のうちに特訓して強くなっているかもしれないけど、まあそれはこれから確認しよう。
「私は魔法ですけど、チルニアほど強くはないので、保険くらいに思っておいて欲しいです。チルニアが詠唱に失敗した時に、私がフォローをするくらい、と考えておいてください」
「私も魔法です。ルーシアに教わって剣は多少使えるけど、やっぱり魔法の方が基本的になると思います」
ルーシア、アルミリア、パミー、チルニアの順に説明を終えて、残りはアニルドとなった。しかし、アニルドは話そうとはせず、座ったまま窓の外を眺めていた。しかし、その視界は定まっていない。
「アニルドさん、次はあ……」
「……俺は剣だけ」
短く言ったアニルドに、アルミリアが少し顔を顰めたが、一応これで全員自分の戦い方は言い終えた。次は、戦法だ。
「えーと、前衛二人に、後衛二人……ボクはどっちも出来るから、敵に応じて役割を変えれる……戦局を見ながら遊撃になるのかな」
「バランスとしては良い方ですね。ここはやはり、私とアニルドさんの二人で攻撃しながら、チルニアさんとパミーさんの二人に援護してもらうのが定石でしょうか? ルーシアさんは、まあ本人の言う通り、自由に動いてもらうとして」
まあ、このパーティーは皆スキル高いし、ある程度パターンを決めておけば、多少自由に動いても機能しそうだ。
「定番通りに行くと、そうなるね。じゃあ、その形で行くとして、明日からはボクが中心になって、集団戦の戦い方をレクチャーするよ」
「ルーシアさん、集団戦も詳しいのですか?」
「詳しいかは分かんないけど、それなりに戦い方は分かるよ。でも、集団戦って言っても二種類あるから、その両方をするよ」
アルミリアとチルニア、パミーが三者三様の返事をするのを聞いて、笑みを浮かべて頷く。久々の講師役だ、腕が鳴るぜ。
アニルドが未だに静かなのが少し気にはなるが、後で話を聞いてみることにしよう。
♢
早く終わったので、残りの時間はちょっとした雑談の時間となっていた。
ボクも女子の楽しみなどはそれなりに把握してきたし、女子としての生活にもかなり馴染んでいた。だから、三人の話に混ざってはいたのだが、やはりアニルドが気になって、愛想笑いを浮かべていただけだった。
そして、フルドムが授業の終わりを告げたため、その雑談時間も終わった。ずっと外を眺めていたアニルドは即座に席を離れ、寮の自室にでも戻るのか、教室を出ようとしていた。
アニルドが教室を出る前に腕を掴み、一言告げる。
「後で、食堂で。話がある」
そうとだけ告げて腕を離すと、アニルドはボクを一瞥してそのまま教室を出た。
「何なんですかね、あの態度」
「まあ、そうカッカしないで。アニルドも、色々あるんだと思うよ。後で二人きりで話聞いてくるから、話せそうな内容なら、アルミリア達にも話すよ」
「分かりました。何かあったら、すぐに言ってくださいね」
男子の悩みだったのなら、話せないかもしれないが。まあ、その何かがないことを祈るか。
寮に戻らず食堂に向かい、地球のコーヒーのような飲み物である、カヘルを注文し、二人席の片方に座って窓の外を眺めていた。
食堂は校舎の奥にあり、窓からは勿論塀が見えている。
そして、数分後。
誰かが食堂に入ってきた。本来この時間に食堂に人が来ることはないから、それはアニルドであると簡単に推測できた。
アニルドに向けて軽く手を挙げる。しかし、アニルドはそれを真顔で受け止め、返すことも無く、同じくカヘルを注文してボクの向かいに座った。