ルーシアvs.アルミリア 再び
「今日は最終試験を行う。二人一組で対戦し、俺がそれを見て合否判断をする。対戦相手は、授業中のお前らの出来によって、こちらの独断と偏見で選ばさせてもらった。負けたからといって不合格にするわけではないから、全員本気で挑むように」
剣技の訓練が始まり、約半年が経過した。日本風に言えば年も変わり、一次学年としての一年の終わりも迎えようとしていた。
試験は順調に進み、チルニアとパミーは二人とも勝利し、合格をもらっていた。魔法使いの二人だが、接近戦に持ち込まれた際の対応は、恐らく並の冒険者よりも素晴らしいものだったと思う。
しかも、ボクが教えた剣に魔力を纏わせる技術で、木剣を木剣で叩き切った。最後まで会得には結構苦戦していたが、これが何故か本番に初めて成功する、という都市伝説だろうか。凄い歓声が響いたものだ。
そして、三十八人、十六組の試合が終わり、残りはボクとアルミリアの二人だけになった。ただ、白熱する試合もいくつかあり、試験は中断、昼食へとなった。
「先生、ちょっといいですか?」
「ルーシアか。どうかしたか?」
昼食を早々と終えて、フルドムのところへ向かったボクは、一つ提案したいことがあって話しかけた。
「アルミリアとの試合の前に、軽く身体を動かしたいんです。なので、一戦交えてもらえませんか?」
「……俺と試合をする、ということでいいんだな?」
「はい。木剣でもいいですけど、せっかくなので実剣で試合できませんか? もしもの時は、ボクが回復魔法を使えばいいので」
「ほう……面白い、いいだろう。俺が準備運動の前哨戦というのが、気に食わんが……まあいい。先に一撃加えた方の勝ちでいいな?」
「はい」
体を温めたい、という意味もあったが、もう一つ知りたいことがあった。今のボクの強さが、冒険者ランクBの相手に通用するのか。
Bランクの基準は、国一つを滅ぼす恐れのある魔物と戦える強さ、だ。魔物の例を挙げるとすれば、ケルベロス、ゴブリンキング、オーガデストロイなどだ。最後の奴はオーガの上位種の一つらしい。
「俺は持ってるが、お前の剣は?」
「ここにあります。念の為持って来ておいたので」
念の為いつも帯剣している。まあ、この半年間はこれといったアクシデントはなかったから、この念の為も杞憂に過ぎているが。
「そうか。……もうすぐで全員集まる。そうしたら始めるとしよう」
フルドムとの決戦が決まり、少しだけテンションが上がる。どうやら、ボクの中にはちょっとした戦闘狂の気があったらしい。
これといった呼称がないからこう言うが、昼休みの終わり時間も迫っていて、生徒達はどんどん修練場へと集まっていた。一部の生徒には既にボクとフルドムの試合のことが伝わっているのか、コソコソと話し合っている。賭け事でもしているのかな。
「……揃ったな。始めるか」
フルドムの言葉に頷き、一度息を整える。
フルドムとの距離を取り、お互い十メートル離れたところで停止する。剣帯に通した鞘から剣を抜く。フルドムも、腰に装備した大剣を抜く。ボクの剣より、幅も長さも一点五倍はありそうだ。
「誰か審判を……」
「私がやります」
「頼む」
アルミリアが手を挙げ、二人の中間から数歩下がった位置に立つ。
アルミリアさんの剣は速い……両手で持ってちゃ、反応が追いつかないか。あまりしたことはないけど、片手でやるか。あの大剣には力負けするかもだけど。
右半身を引き、少し腰を落として、剣は地面に向けて構える。対してフルドムは、その大剣を上段に、正面に構える。一撃で仕留めるつもりなのだろう。
「始め!」
アルミリアの声が響くと同時、ボクは地面を蹴る。フルドムも同時に動いた。フルドムの上段からの振り下ろしがボク目掛けて襲い掛かる。それをすんでのところで左に躱し、右水平斬りを放つ。しかし、フルドムは流石の反応で手首を切り返し、その剣を受け止めてボクを弾き飛ばす。
「やりますね」
「これでも教師でB級冒険者なんでな。学生に負けるわけにはいかん……気になったが、お前、いつもと構えが違うな」
「アルミリアさんとの勝負に向けて、新しい戦い方をしようかと」
「その割には剣筋がしっかりしている。やはり、お前は只者ではないな」
「そう言ってもらえると、光栄です!」
言い終わると同時に斬り掛かり、右手のみで操る剣を縦横無尽に奔らせる。細かいステップ、フェイクを織り交ぜてフルドムの隙を作らせ、そこを確実に突いていく。アルミリアに教えたレイピアの戦い方に似た戦法だ。
「セアッ!」
「フンッ!」
二人の掛け声が重なり、ボクの斬り下ろしとフルドムの斬り上げが交錯する。
しかし、いくらクラスでも指折りに力のあるボクと言えども、大人であるフルドムには劣る。それを理解していないボクではない。
フルドムに剣を弾かれた瞬間地面を蹴り、剣が弾かれた勢いそのままバク宙をしながらフルドムへと蹴りを入れる。それを予想していなかったフルドムは驚きの顔を見せ、必要以上に仰け反り躱した。
体重の移動で素早く着地をし、即座に地面を蹴り、フルドムに剣先を突きつけ──剣先が、僅かにフルドムの腹へと食い込んでいた。
♢
休憩は終了し、ついにボクとアルミリアが戦う時が来た。
「先生、実剣でしてもいいですか?」
「構わんが……死ぬようなことはするなよ」
「もしもの時は、ボクが対処します。アルミリアに負けることは、多分ないと思うので」
もしスピードで負けそうになるなら、本気を出せば──リミッターを外してしまいさえすれば、負けることはないだろう。アルミリアでは、あの速度には届かない。
この交渉の結果を、アルミリアに報告する。実剣での勝負については、最初から二人で話し合って決めていたことだった。特訓は実剣でやったのだから、ここでやらなくては効果があまり出ない。
「では、本気でやりましょう」
「負けるつもりはないけどね」
「私だって、これまでたくさん特訓してきました。例えルーシアさんに更なる秘策があったとしても、負けはしません」
お互いに意志を伝え、闘志を燃やした笑顔を向け合い、距離を取り、およそ十メートル離れたところで停止する。
「それでは、ルーシアとアルミリアの試験を行う! アルミリア、ルーシアの特別訓練の成果、見せてみろ」
「勿論です」
「ルーシア、俺に勝ったんだ。あっさり負けるようなら、容赦はしないからな」
「面目を守るためにボクを使わないでくださいよ……でも、負けるつもりはないです。最初から、飛ばしますよ」
フルドムは二人の返事に満足したのか、頷いて腕を前へと伸ばした。後は、「始め」の声とともに腕が振り上げられれば、試合が始めとなる。
周囲に緊張が走る。ボクとアルミリアだけでなく、その試合を観戦する生徒達までが、緊張した面持ちをしている。
「両者、抜剣!」
お互い、高さの違うシャリーィンという音を響かせ、剣を抜いた。そして、アルミリアはいつもボクが見せていた、胸の前で剣先を敵に向けた構えをとる。ボクは左半身を前に、左腕を前へと伸ばし、剣を持つ右手を後ろに引いて、剣を左手に乗せるように構える。傍から見れば、刺突対決のように見えるだろう。
──でも、ボクにはその意思はない。
アルミリアの全体に視線を向ける。腕や脚の動き、視線、顔の傾き具合など、攻撃を予測するための要素を全て取り込み、攻撃を防ぐためだ。刹那的な反射で攻撃を防ぐのには、限界がある。
「始め!」
声が響くと同時、地面を蹴った。先制攻撃を仕掛けるつもりだったらしいアルミリアは、一瞬意表を突かれて動きが鈍ったが、すぐに立て直して地面を蹴る。
ワンテンポ早く動いていたボクは、引いていた剣を突き出す瞬間、剣を上へと投げ、左前へと屈みながら素早く身を動かす。
その瞬間、アルミリアがあたかも標的を失ったかのように動きを止めた。あらゆる方向に視線を向け、ボクを探している。
その隙にボクはアルミリアの背後で跳び、空中で投げた剣をキャッチしてアルミリアの首筋目掛けて剣を振るう。
しかし、気配に気付いたのかアルミリアは屈み、その斬撃を躱す。そして、前方へと大きく跳躍してボクから距離をとる。
「……一瞬、姿を見失いました。魔法でも使ったのでしょうか?」
「まさか。ボクはこの戦い、魔法を使う気はさらさらないよ」
「……情けをおかけになるつもりですか?」
「違うよ……ボクは単に、アルミリアと本気で剣を交えたいだけさ」
それは本心だった。アルミリアは魔法を使えない。だから、剣を極めている。そんなアルミリアとは剣で戦いたかった。
「それなら構いません……先程の姿を消える技術、後で教えてくださいね!」
言い終わる直前に、アルミリアは動き出す。
音速に近いかのように思える刺突を、弾き、払い、躱す。
教えた通り、アルミリアは細かいステップで位置とリズムを切り替え、縦横無尽にボクに刺突を浴びせる。
速い……でも、まだ対応出来る。
「……決めに行きますよ」
「決めに……? ……っ!」
直後、今までとは桁違いな速度で、レイピアが顔の横を通った。もみあげの髪が、数本切れて空中へと散った。
「まさか……!」
右半身を即座に引く。瞬間、光の如き速さで何かが──いや、アルミリアが駆け抜けた。
そして直後、ボクを四回の刺突が襲った。その刺突は、まるで一瞬で繰り出されたかのような速さだった。なんとか躱したが、このままじゃ危ない、
五発目が来る前にバックステップで下がる。なんとか間に合ったのか、それとも単にアルミリアが攻撃できなかったのかは分からないが、剣のリーチからは十分離れた。
まさか、アルミリアがリミッターを外すなんて……剣の才は充分に持ってるとは思ってたけど、ここまでとは。
アルミリアは、ボクの言う「リミッターを外した」のだ。つまり、普段の人間能力から、この世界の人間の限界近くまでへと能力を引き出している。
日本風に言えば、ゾーンに近い状態だろう。でも、その運動能力は桁違いで、ゲームかのような動きを見せることもある。半年前、ボクがアニルドを助ける時に見せた、十メートルジャンプがそのいい例だろう。
アルミリアを見つめる。瞬間、アルミリアが動いた。まだ使いこなせていないのか、身体がついてきていないようにも思える。
アルミリアがマッハで突進し、剣を突き刺し……ボクは、それを難なく躱した。
アルミリアも、ボクがリミッターを外したのを感じ取ったのか、一瞬顔を顰めるが、すぐに真剣な顔へと戻る。
そして、常人では見ることすら難しいであろう、高速の剣戟が飛び交い始めた。アルミリアの刺突を弾き、ボクの刺突や斬撃をアルミリアが軌道を逸らしたり躱したりしながら、互いに決着の一撃を決めるべく、剣を振るい続けた。
一撃ごとに衝撃波が発生し、周囲の空気を揺らす。
刺突を弾こうと、横から剣を走らせる。しかし、アルミリアは予想外の動きを見せた。
──しまった!
アルミリアは一瞬のうちに、ボクの背後へと移動していた。予想外の動きに力が篭もり、剣を下まで振り切ってしまう。
──間に合わない……!
ザッというアルミリアが地面を蹴る音が聞こえた。
強くなったな、アルミリア。……でも、ボクは負けない!
振り切った右手の手首を切り返し、右へと大きく切り払う。その勢いを利用し体を反転させ、目の前に迫っていたアルミリア目掛けて、更なる手首の切り返しで斬撃を見舞う。
一瞬、時間が停止したかのように思えた。右頬が熱く、ヌメリとしたものが伝うのを感じた。
右手首に鋭い痛みを感じ、剣を取り落とす。しかし、それと同時に、背後でも何かが倒れる音がした。
……こりゃ、引き分けか。
アルミリアの回復をしようと体を回転させようとした瞬間、視界がグラリと歪み、地面に倒れた。
──どのくらい、時間が経っただろうか。
頬をつんつんと突かれる感覚がして、意識が回復する。視線を向けると、ボクを微笑みながら見下ろすチルニアがいた。
「大丈夫?」
「……うん、多分」
痛む上半身を起こし、口の中にあった異物感の正体、土を唾を纏わせて吐き出す。
「……引き分けか」
「いや、お前の勝ちだ」
近寄ってきたフルドムがそう言う。
「でも、攻撃は同時に当たったはずじゃ……」
「あの傷だ、場合によっちゃ死ぬ恐れもあるダメージを負った。それに対し、お前は頬の切り傷のみ。誰が見ても、お前の勝ちだ」
なるほど、そういうことね。
でも、ルール上では引き分けだろう。先に攻撃を当てた方、もしくは相手を戦闘不能にした方の勝ちなのだから。
「アルミリアは、大丈夫?」
フルドムの死ぬ恐れもあるダメージ、と聞いて、少し心配になった。まあ、二人の話し方から見ても命に別状はなさそうだが。
「パミーが治療して、今はもう傷は治ってるよ。あたしじゃ、詠唱失敗しちゃいそうで、任せちゃった」
「……そっか」
チルニアはパニックに陥りやすい。それを考慮しての判断だろう。
右頬に触れる。傷は治っていて、血ももう止まっていた。それに、右手首の痛みも引いている。的確な回復だ。
「にしても、二人とも凄いね。途中から二人の剣見えなかったもん」
「……ボクも驚いた。アルミリアさんがあんな速さの攻撃をしてくるなんて、思っても見なかった。……本当に、凄いよ」
きっと、アルミリアはボクに隠れて練習していたのだろう。ボクがアルミリアにリミッターを外すのを見せたのは、ほんの一度だけだ。その一度を見ただけで、アルミリアはあそこまで出来た。才能と努力、この二つを兼ね備えた力には、センスだけのボクでは、完全勝利は難しいものだ。
「もっと、頑張らないとな」
立ち上がろうとするが、全身が痛み前に手を着く。
「手伝うよ」
「……ありがと」
チルニアの肩を借り、アルミリアの方へと近付く。まだ、体力が足りないかな。それとも、筋力か。
アルミリアは、今は仰向けになってパミーと小言を交わしていた。学園支給の皮鎧は、アルミリアの細い腹の三分の一近くまで裂けている。結構深く切ってしまったらしい。パミーには苦労掛けた。
「アルミリア」
「ルーシアさん……私の、負けですね」
起き上がろうとするアルミリアに、無理しないでと言って寝たままでいるように言う。自分の状態は分かっているのか、その指示に素直に従った。
「フルドム先生も言ってたけど……まあ、ボクの勝ちらしいね」
「……頑張ったのになあ。ルーシアさんの裏をかいて、見様見真似ですが、あの光のような速さにも、辿り着きましたのに」
「あれは、うん。ボクも予想外だった。まさか、アルミリアがリミッターを外してくるなんて、思ってもみなかったから」
アルミリアが嬉しそうにはにかむ。
ボクは、チルニアの肩から離れて、アルミリアの傍に膝を着く。そして、その頭をゆっくりと撫でる。
突然のことで、アルミリアは動揺したように見える。疑問符が幾つか浮かんでいそうだ。
「……ルール上では引き分けだ。アルミリアは、凄く強かったし、速かった。ボクの予想を上回ってきた……よく、頑張ったね」
ボクの言葉に、アルミリアは目を見開く。
今まで、こんな経験がなかったのかもしれない。勝つことが、上に立つことが上級貴族たる者の全てだと教えられ、負ければ怒られてきたのかもしれない。引き分けすらも、許されなかったのかもしれない。
でも、今、アルミリアは引き分けたのに、負けたのにこうして努力を褒められている。
口先だけじゃない。ボクは全て見てきた、全て教えてきた。そして、結果を我が身をもって感じた。
そのボクが、アルミリアをこうして「頑張った」と褒めている。きっと、彼女にとって、かけがえのない経験だろう。
「……はい!」
アルミリアの屈託のない笑顔。その笑顔だけで、ボクはこれまでの半年間の苦労が、前世から蓄積してきた知識の意味が、報われたように思えた。
ボクとアルミリアは、二人揃って合格だった。この戦いで傷を負ったのは、生徒一人に負け、更にはその生徒ともう一人の生徒が引き分けたという結果を背負わされた、フルドムだけだった。




