新特訓
三週間が経った。アルミリアは一日も休むことなくレイピアの特訓を続けた。今ではボクがゾーンに入っていない状態で見せた五連撃と同じ速度で、八連撃までできるようになっていた。
「だいぶ速さは様になってきましたね。型もしっかりしてるし、体力も付きだしてます」
「そ、そうですか……でも、まだまだです」
今日も実技の授業の後の特訓をしている。既に一時間休みなくやっていて、アルミリアはかなり息が上がっている。
「はい、まだまだです。体幹もしっかりしていたので、そろそろ次のステップに入ります」
アルミリアの表情に真剣味が増す。一言一句聞き逃すまい、とか、そんな感じだろうな。
「今までの特訓は、とにかくレイピアを使った攻撃の型のみを極めてきました。アルミリアさんは多分、とっくにボクよりもレイピアの扱いは上手いと思います……でも、今までの特訓では、正面の敵としか戦えません。この世界は弱肉強食、正面からのみ攻めてくるような、死を選ぶかの如き所業に及ぶ人は、馬鹿かそれが作戦の人くらいです」
「つまり、正面だけでなく……四方八方、どこから攻められても対応出来るようにするための特訓、ということですか?」
「理解が早くて助かります。今アルミリアさんが言った通り、今日からは全方位に対応出来るように特訓していきます」
「なになに、新しい特訓始めるの?」
試合の合間の休憩なのか、チルニアとパミーが近寄ってくる。
「うん。だいぶ方になってきたし、そろそろいいかなーって」
「私達には何かないの? これでもだいぶ強くなったつもりだよ」
ふむ。確かに、二人とも強くなった。なんと言うか、実戦慣れしてきた。
まあ、そうなるように仕向けたし、当然なんだけど……そうだな。二人にも新しい特訓あげた方が良さそうか。
「分かった。二人にも新しいの考えるよ。アルミリアさんの教えてる間に」
「やった!」
子供っぽいチルニアのことだ、飽きてきていたんだろう。かなり嬉しそうだ。
「じゃ、アルミリアさん。今日からはこの特訓を基盤にやっていきます……よっと」
最近使えるようになった収納魔法から、以前チルニア達に拾ってきてもらった落ち葉の入った袋を取り出す。収納魔法内の時間は停止しているらしく、葉はまだ枯れていない。
「あ、それ私達が拾ってきたやつ」
「そ。アルミリアさんにしてもらう特訓は、上空から落ちてくる、まあ三十枚くらいの葉っぱを、レイピアで貫いてもらいます。手本見せましょうか?」
「お願いします」
アルミリアからレイピアを受け取る。今まで手本を見せる際は、こうして借りていたから、その流れで手渡してきたのだろう。
受け取ったレイピアを右手に持ち、袋の中から三十枚ほどの葉っぱを風魔法で上空へと飛翔させる。
ある程度の高さまで行ったところで、魔法をやめる。そうすると、勿論葉っぱは空気抵抗を受けながら、ヒラヒラと落ちてくる。
胸の前にレイピアを構えて、葉っぱが落ちてくるのを待ち──そして、正面に来た瞬間に、レイピアを打ち出す。
ステップを踏んで位置を調整しながら、何度も何度もレイピアを突き出す。
およそ三十回ほどそれを続け……動きを止めた時には、レイピアには葉っぱが大量に刺さり、地面にも空中にも、一枚も残っていなかった。
「なんか、踊ってるみたいだった」
「綺麗だったね」
「でもさ、なんか私にも出来そうな気がする。やってみてもいい?」
チルニアが少し自信ありげに言う。
レイピアから葉っぱを抜き取り、もう一度風魔法で空中に飛ばさせる。
「アルミリアさん、いいですか?」
「え、ええ。勿論構いませんが……」
「じゃ、チルニア、やってみな。はい」
レイピアをチルニアに手渡す。チルニアは見様見真似だろうが、かなり様になった構えをとり、葉っぱが落ちてくるのを待つ。
「行くよー」
チルニアが頷く。いつもなら元気よく返事するところだが、集中しているからか静かだった。
それに、目付きも今までとは違って見える。パミーとの戦いで、真剣さを身に付けたのかもしれない。
「ほい」
魔力の流れが消滅し、葉っぱが再びヒラヒラと舞う。
さっき使った穴の空いた葉っぱだからか、少し落ちる軌道が変わっている。
「やああ!」
チルニアが、気合いの籠った声を上げて、予想よりも素早い刺突を繰り返す。
しかし、悲しきかな、その刺突はほとんど葉っぱを捉えることが出来ていない。表情に焦りが見え始め、動きも更に粗雑になってきた。
そして、二十秒後……最後の一枚が、地面に落ちた。レイピアには、二枚のみ葉っぱが刺さっていた。
「う、うそだ、こんなこと……」
チルニアが両肘両膝を地面に着いて、絶望を全身で表現する。うんうん、チルニアはやっぱりこういう大袈裟な方が似合ってるね。
「どう?」
「……うん、無理だった」
「でしょ?」
レイピアの葉を抜き取り、落ちているものは風魔法で浮かばせて袋に仕舞う。そして、レイピアをアルミリアへと返す。
「葉っぱは一枚一枚、大きさも曲がり方も違うからね。落ち方もそれぞれ個性がある。それに、刺突の時にレイピアが纏う風に乗って、当てるのも難しいんだよ」
「……そういう難しい原理? みたいなのはわかんないけど、難しいのは確かだよ。あたしじゃ無理」
余程悔しい感情が大きいのか、一人称を取り繕うことすら忘れている。
「じゃあ、アルミリアさん。行ってみましょうか」
「が、頑張ります!」
日本のオタク界隈では「頑張るぞい!」と呼ばれるポーズでアルミリアがやる気を見せる。つむじ風魔法で葉っぱを空中に浮かばせ、アルミリアの準備が整うのを待つ。
「じゃ、行きますよ。それ!」
アルミリアの呼吸が整い、レイピアを構えたのを確認して魔力を注ぐのを止める。瞬間、葉っぱが落下を始めた。
しばらくは大丈夫そうだから、チルニアとパミーの方に向く。
いつの間にかチルニアは復活していて、二人揃ってボクの言葉を待っている。
「それじゃあ二人には、これをやってもらうね。これ、借りるよ」
床に置かれていたチルニアの竹刀を手に取り、二度三度と振ってみる。チルニアが使い込んでいるからか、持ち手に巻いた布がボロボロになっていた。
収納魔法を展開し、その中からここのリフォームの際に余った木材を取り出す。
「じゃあ、見ててね」
木材を上へと放り投げる。クルクルと回転しながら鉛直投げ上げ運動をして、落下してくる。その様子を、チルニアとパミーは真剣な眼差しで見つめる。
竹刀に魔力を纏わせ、剣の形に整えるイメージを浮かべる。今ボクがやっているのは、武器に魔力を纏わせ、整形するというものだ。
こうして魔力を纏わせることで、武器は固く、そして強力になる。武器自体に魔力を含ませたものも存在するらしいが。
そして、木材が目の前に達した瞬間、竹刀を振るう。
パカーンといい音が響き、カランカランと二つに切れた木材が床に落ちる。
「……うっそー」
「……それはおかしいと思う」
目の前の現実に疑いを浮かべる二人は、落ちた木材をそれぞれ手に取る。そして、断面をしっかりと観察する。
違いなく切れたものだ、と判断したのか、今度はボクの持つチルニアの竹刀をじーっと見つめる。触れたりもしたが、やはり普通のものだ。いや、だってもう纏わせてた魔力は霧散させたし、普通の竹刀に戻ってるよ。
現実だと、疑いながらも理解しだしたのか、お互いに顔を見合わせる。そして、遂に認めたのか、頷きあって、
「「どうやったの!?」」
おおう、息ピッタリだな。
「魔力を纏わせて、剣の形にしただけ。魔法使いの二人なら、多分魔力を剣に纏わせるくらいは出来るはずだから、その先の魔力の変形まで出来るようになろう」
「魔力を──」
「──纏わす……」
イメージが湧かないのかな。難しい顔をしてる。
「これからコツを教えるから、まずは自分の感覚でやって見て」
少し離れたところに、梁を作る際に残った大きく太く、長い木材を二本設置する。
二人は難しい顔をしたまま、その木材へと近付いた。
「……あなたのことですから、とんでもないことをしでかすとは思っていましたが。まさか刃の付いていないもので、木を斬ってしまうとは」
「まあ、結構難しいと思うけどね。これでもボク、天才って呼ばれてきたから」
ピクシルだったら、ここではいはいそーですか、とでも言うんだろうけど、アルミリアは目を閉じてその言葉を噛み締めるかのように押し黙った。え、何か言ってよ。自分で天才とか言ったボクが恥ずかしくなるじゃん。
「……本当に、天才ですね。世にも類稀なる」
「……そっか。アルミリアさんにとっての天才は、お姉さんですもんね。そんなお姉さんを超える存在に、戸惑ってたりしてます?」
「…………いえ、そんなことはありません」
今の間、なんだよ。絶対そんな事あるじゃん。別にいいけど。
「私は、こんなに凄い人が友達なんだって自慢に思っていますよ。目標は姉様であることに変わりありませんが、その姉様よりもすごい人に教わっている……これが、今の私にとって、凄く大きな自信です」
……そう思われているなら、光栄だな。
「そんじゃまあ、力を入れていきますかね。最終的には百枚目指していきますよ!」
「なかなかに厳しいですが……はい、全力で!」
アルミリアの気合いに満ちた笑顔。何とも輝かしいものだ。