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一大事

 入学から半年が過ぎた。時間の流れは一定なのに、振り返ると短く感じるものだ。ボクはこれは、人間が忘れるからだと定義しているが、専門家的にはどうだろう?


 授業は午前中で終わり、昼食を食べてから、その後一度だけクラスメイト全員が、教室に呼び出された。


「それじゃあ、来週からは実技に入る。装備は学園で貸し出しをするが、自分のものがあるのであれば、武器以外は自前のものを使ってくれて構わない。今日まで習ったこと、忘れないようにしろよ。じゃ、今日はここまで」


 フルドムが教室を出て、教室内は急激に騒がしくなった。ボクは相変わらず魔術師志望の連中に絡まれていたため、席が一番角なのをいいことに、こっそりと教室を後にした。


 早歩きで校舎を出て、その後は走って寮へと戻る。


 寮は男子寮と女子寮で建物は違うが、同じ敷地内にある。ちなみに、並木がある西側が男子寮だ。


 部屋に落ち着いたボクは、これまでの中で、感じ取ることも出来るようになった魔力の操作の特訓をする事にした。この特訓は、ここ数週間で始めたものだ。


 それに、どのみちこの部屋の残り三人も戻ってくるまでは時間がある。その間、ボクはピクシルにヒントをもらいながら、魔力の操作──もっと細かく言えば、《魔力振動》の特訓を進める。


 この《魔力振動》は、あの半年前のゴブリン戦の時、ボクが目覚める前のルーシアが使っていた索敵魔法に通じるものだ。一応、他の二つの索敵魔法も使えるには使えるのだが、ピクシルの話を聞く限り、今練習しているこれが、最も効果の高いものと思える。


 結局、授業で《魔力振動》を習うことはなかった。残り二つの索敵魔法、《色彩索敵》と《飛翔索敵》に関しては習ったのだが、《魔力振動》に関する《索敵魔法》については、話すら表に出なかった。


「ふ、ぐぐぐ……ふはぁ……ダメだ、出来ない……」


「まだまだねぇ。無茶苦茶にやろうとしても無理よ。もっと意識を集中して、呼吸を整えるの。魔力を感じ取ることは出来るようになったんだから、難しくはないはずよ。それに、見たところあんた、自分の中の魔力は操作出来てるし」


「それはなんとなく感覚で掴めたんだよ。でもさ、こう……連結させるのが上手くいってない感じがする。なんていうか、真空の壁があるような……」


 両手で二重の壁を表現する。ピクシルも今日までにボクの前世の知識を多く取り入れ、忘れるという概念のないピクシルは、それを全て覚えているのだ。羨ましい。


 実体のピクシルが、声帯を震わせて発言する。にしても、いつ見てもこの実体、凄いよな。人間の構造をほぼ再現している。


「どうすればいいのかしらねえ……私は元々魔力と同一の存在だから、なんの造作もないけど……」


 この世界の人間でないボクは、魔力というものに触れたのも最近のせいで、やはりまだ完全に馴染めていないらしい。だが、少なくとも、魔法はこの世界の中でもトップクラスに自由に操っている自信はある。


 しかし、やはり地球では縁のなかった空気中に存在するものを機械や薬品を使わずに操る、というイメージが上手く湧かない。


「そういや、授業で《魔力振動》についてしなかったことに、見当は付いてる?」


「簡単な話よ。《魔力振動》を使うには、魔力を感じ取るしかないの。でも、魔力を感じ取ることが出来るのは、極一部の選ばれし人間ってレベルの人数しか存在しないの」


「そっか。……待てよ。今までの会話や経験からして、この魔力感知に関する才能ってまさか……」


「あんたも気付いてしまったようね……」


「敏感であることか……なるほど、凄い才能とは言い得て妙なものだ」


 ルーシア、恐ろしい子である。どれだけの才能をその小さな身体の中に秘めているのやら。


 ついに、あの日アルミリア達と卒業後の話をした風呂場で、ピクシルの言っていた「敏感なことが凄い才能」というものの真意を知る。


「端的に言えば、敏感だから、普通だと感じ取れないような魔力を感じ取れる、と?」


「そういうこと。魔力を見るのに関しては別の才能だけど、感じ取ることに関しては、まさに敏感なことが必須条件なのよ。でも、敏感な人なんてそう多くないでしょう? だから、魔力感知や魔力振動の授業は基本的にないのよ」


「なるほどなあ……でも、魔力振動と敏感なことに、関連性はあるの?」


 魔力感知について、敏感なことが関連することは分かった。しかし、魔力振動は聞く限り、魔力感知と関係がない気がして来た。その疑問を投げかけてみる。


「基本的に、魔力振動は誰でも出来るのよ。人間の体で例えるならば、先天魔力を振動させることで魔力器官内の魔力を振動させ、更にそれを体外にまで影響させるの。だから、魔法が使えるならば誰でも出来る。でも、魔力を感じ取れないとその効果は発揮出来ないの。魔力振動と魔力感知を同時に使うことで、様々な効果を発揮出来るから」


「へぇ、なるほど。そういう関連性があるのか。ちなみに、魔力を見ることに関する才能は?」


「特にないわ。視力がめちゃくちゃ良かったら別だけど、これに関しては魔法を使ったり、なんなら勘で見る人もいるもの」


「なんだよそれ!」


 恐らく、ボクのに関しては魔法で見ているのだろう。魔力が存在する物質というイメージと、それが見えるというイメージの掛け合わせで、それが魔法となって視力に特殊なフィルターを掛けている。それによって見えるようになる。


 それと同じイメージでやってみているが、この魔力振動の技術は魔法では再現不可能らしく、やはりピクシルの言うように、先天魔力と干渉させるしかないようだ。


 いつものように、自分の中に流れている魔力を感じ取り、それに干渉する。そして、今度は心臓の近くにある魔力器官の中の魔力に、それを連結させる。いつも、ここが上手くできない。


『やば』


 ピクシルのそんな声も聞こえず、ボクは兎に角集中した。そして、一分が経過し……


「ぴゃあ!?」


 集中しすぎていたせいか、肩を誰かに突かれた瞬間、どこから出たかも分からない声が出た。


「あ、ある、アルミリアさん……それに、パミーとチルニア……」


「何をしているのですか? 部屋のど真ん中に座り込んで、目を閉じて」


 ま……マズイ! な、何か、言い訳を考えないと……村に伝わる秘伝? いや、そんなのないし、調べたら分かるし……ボクだけの特別、特別……あるじゃないか、ボクだけの!


「こ、これは、ボクに封印されている魔物と対話をしていたのです。これを行うことで、封印を完全に解かない限り、少しだけ操ることを許されているんですよ……フッ」


 最後にカッコつけて前髪を手で払ったのは、まあ、単にカッコつけたかっただけである。ご愛嬌だ、中二病の。


「まだその設定引きずっているのですか……」


「せ、設定じゃないし事実だし! ……です!」


 平民ズは目を輝かせるのに、アルミリアは相変わらず疑い気味だ。いや、事実ただの魔法なのだが。


「それはそれでいいです……それで、今日はどうしますか? 私は三日後のルーシアさんとの決闘に向けて、少し特訓をするつもりなのですが」


「ボクは敵なので不参加で。二人は?」


「私もアルミリアさんに同行します。チルニアは?」


「うん! 私もアルミリアさんと同じで!」


 チルニアとパミーは、以前よりアルミリアとベッタリになった。どうやら、アルミリアといると普段とは違う景色が見えるらしく、今しか体験できないから楽しいのだそうだ。


「じゃ、みなさん頑張ってくだせー。ボクはさっきの魔物との対話を続けるので」


「では、また夕食で」


「後でね」


「頑張ってね、ルーシア!」


 チルニアの言葉に「ほどほどにやるよ」とだけ答えて、三人が部屋を出たところで、ピクシルが再び声帯を持つ生体へと姿を変える。


「収納魔法、便利だな」


「でしょ? 時空魔法は、使いこなせばすっごく強くなるわよ。便利だし」


「ボクも練習したいけど……まあ、まだ荷物を運ぶ必要も無いし、魔力振動を使いこなせてからにするよ」


「賢明な判断ね。同時に幾つものことをこなすのなんて、人間には不可能よ」


「人間様を舐めんなよ、妖精様」


「ちょ、触らないでよくすぐった……あはは!」


 ピクシルのお腹辺りを人差し指でグリグリとすると、ピクシルから笑い声が響いた。


「だあ!?」


「やめなさい!」


 自分のベッドの横に背中から突撃した。遊び過ぎたらしい、風魔法でぶっ飛ばされた。


 ピクシルが息を切らしながら、片腕をこちらに伸ばしたまま鋭い視線を向ける。しかし、すぐにその視線をやめた。


「はぁ、まったく……それで、続きをするの?」


「そりゃやるよ。早いうちに使えるようにならないと、ボクが表に出た以上、あの涙が流れなくなってる可能性もある。魔物の察知をするには、索敵魔法が必要になるからね」


「異性の魂が混同したっていうのも信じ難いものよね……」


「ボクも未だに女性経験に困惑するばかりだよ……これで生理なんて来たら、どうなることか……」


 瞬間、ピクシルの顔に疑問の表情が浮かんだ。


「せいり……って、何?」


「知らないの?」


「聞いたこともないわよ」


 少なくとも六千八百年は生きてるピクシルが知らない? そんなわけが……


「……子供って、どうやって作るの?」


「そりゃもちろん、男女が交わってできるのよ」


 できる過程は同じ……と。


 しかし、そうなると疑問が残る。生理のない人が子供を産めないわけではないらしいが、それでも、産めるかどうか分からないと診断されるほどに絶望的なはず。それに、それは病気だし、色々と処置をしないと妊娠しないはずだ。


「……人間の女性は、月に一回血を出すんだろ?」


「ええ、出すらしいわね」


 なるほど、この世界じゃ生理という言葉がないのか。ボクも知らないから日本語で言ったし……もしかしたら、それ以外にも何か違いがあるかもしれない。


「この世界で女性のそれって、どういうものなの?」


「ただの血が出る日よ」


「痛みとか、ダルさは……?」


「そんなものないって聞いてるわ。確か、妖精の研究では、それって排卵をしているそうね」


 痛みもダルさもない! なんと素晴らしきかな、この世界!


 ネットや資料で読んだことがあるだけだが、女性は生理のせいで月に十日くらいしか、元気な日がないと聞く。それがないと来たのだ。全地球の女性よ、この世界に転生することをオススメする。


「そっか、すげぇ安心し──」


 ズオオォォ────ン…………


「な、なんだ!?」


 ここは女子寮でも東端の部屋。そして、音の聞こえた方向は大体西側であり──西側は男子寮があり、その建物と塀の間にはかなりデカイ木が何本か並んでいる。


「木が倒れたぞ!」


「人が下敷きになってる!」


「アニルドが!」


 即座に窓を開け、兎に角全力で走った。

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