褒賞金
学園に入学してから二週間が経過した休日、日本で言う土曜日。
チルニアとパミーは実家に帰り、アルミリアは先日父親と会ったということもあり、寮に残っていた。勿論、ミリアの邪魔をしないため、という大義名分をもって、ボクも部屋にいる。
「そして、彼らはこう言ったんです……おっさんじゃん!? と」
「あはははは!」
ボクは今、日本で読んだラノベや漫画、見たアニメや映画をアルミリアに、勝手に加筆修正しながら話していた。異世界で地球の話をすると意外とウケる、という話を思い出したのだ。実際、こうやって話す転生者が主人公のものも、存在する。
「そして、その七人は巨人の助けを得て、敵である氷の巨人を倒して伝説の武器を手に入れました。めでたしめでたし」
「すごい大冒険ですね……ヨツンヘイム、でしたか? そのような場所が、この世界にもあるのでしょうか……」
異世界だからどうとも言えないけど、少なくともヨツンヘイムは空想の世界だからな……異世界だからどうとも言えないけど。
大事なので、二度言っておいた。
その時、部屋の扉がノックされた。アルミリアが「どうぞ」と返事をすると、今日の午前中の監視さんが立っていた。
「ルーシアさんに会いたいという方がいらしています。姉と言っているのですが……」
「リアか……通してください」
「分かりました。どうぞ」
監視さんが一歩下がると、壁に隠れて姿の見えなかった人物が姿を見せた。
肩口で切り揃えられた髪で一瞬誰か分からなかったが……心配そうなその茶色の瞳を見た瞬間、完全に安心した。間違いなく、ミリアだと確信が持てた。
ルーシアの記憶ではロングだったはずだが、何か心境の変化でもあったのだろう。後に聞いたところ、邪魔だったかららしい。特に心境は関係なかった。
監視さんが一礼して去るのを、こっちも一礼して見送る。
「シア、大丈夫なの……? 四日前に警団の人が来て、シアについて話を聞かれたんだけど……犯罪なんか、してないよね……?」
「あー……うん、もう解決したから」
魔物を誘った容疑の話だろう。
「あと、貴族の人が学園に行ったって聞いたけど……」
それも、さっきの案件でボクが騎士を脅して、アンダルドを学園に呼び寄せた案件だろう。
「それも同じ案件で、既に解決済みだから。それに、もうちょっとで褒賞金が貰えるんだよ。多分、結構な金額になると思うから、ミリアにも渡すね」
「え、いや、そんな……」
そんなの貰えないよ、とミリアは首を横に振る。こういう、自分のことを後回しにする所は、ミリアのいい所であり難点だろう。
「いいから受け取って。学園に入れたのはリアのおかげなんだからさ。それに、あの日リアが冒険者の人達を呼んでくれなきゃ、ボク死んでたもん」
「う、うん……分かった」
言い返してももうボクが意見を変えるつもりがないと分かったのかミリアは頷いた。
ミリアとは、あの日以来会っていないため、しかもあの日もボクは事件の後は忙しくてミリアとはろくに話していないため、実質初対面と言ってもいいはずだ。
出来る限り、違和感を抱かせないように気を付けているが、やはり完全にルーシアになりきることは無理なようだ。ミリアはちょっと顔を顰めている。
「……あなた方は、姉妹なのですか?」
存在に気付いていなかったのか、ミリアはアルミリアの声にビクッと肩を跳ねさせる。何度か瞬きを繰り返すミリアに、アルミリアは笑顔を向けた。
「え……っと、どちら様……?」
「こちらはアルミリアさん。この領地の領主の次女兼ボクのルームメイト。で、こっちはボクの姉でミリア」
「き、貴族様でしたか! すみません、お顔も知らずに……!」
「構いませんよ、次女ですから……頭を上げてください。私は、アルミリア・スームド・フェルメウス。この領地を治めている、フェルメウス侯爵家の次女です」
「わ、私はシア……ルーシアの姉の、ミリアです! 街の西側にある宿屋に住み込みで働いています!」
「よろしくお願いしますね……ところで、さっきの質問なのですが」
やはり、見た目の差にどうしても疑問が残るのだろう。隠す必要も無いから、ボクとミリアの馴れ初めを話す。
「ボクとリアは姉妹ですけど、実際は違いますよ。ボクもリアから聞いただけなんで曖昧ですけど、どうやらボクがまだ赤子だった時に、リアが拾ってきたそうです」
「えと、シアの言う通りで……妹にする、というのは、私が強くそう言ったからだそうです。私も、当時のことはよく覚えていないんですが……」
「捨て子だったのですか……」
「みたいです」
ボク──ルーシアも、赤ちゃんの頃の記憶はない。それも当然で、ボクの中に存在する二つの意識が入れ替わる際記憶が合わさりはしたが、お互いに覚えていないことを共有することなど出来ようもないのだ。
「その、ミリアさんは、ルーシアさんが卒業後に旅に出ると言っていること、どう思うのですか?」
うげ、それ聞くかあ。
「……私は、宿で働く以外に出来ません。でも、シアは何でもできるし、努力家だし、それに……私は、妹を応援したいんです。姉として、縛りたくはないんです」
……ちょっと驚いたな。ミリアに旅のことは話したこと無かったから、何か言われると思ったのに。
「素晴らしいことだと思います……私も、卒業後は実家に戻って花嫁修行だと思われるので、ルーシアさんが羨ましいです」
学園の卒業は主に十三歳で行われる。この世界に結婚の最低年齢の制度はないが、それでも暗黙の了解で十五歳までは大抵はしないらしい。
そのため、学園に入った貴族の娘は、卒業後は残りの二年を使って花嫁修行をする。自分を守る術を身につけたら、次は男を落とす術を身に付けなければならない、ということだ。
「貴族様も、色々とあるんですね……」
「ええ……」
あー、なんかしんみりしちゃったなぁ……
その時、再び扉がノックされた。生徒以外が学園に入っていられるのは夕方まで、と制限はあるが、今はまだ午前中だ。多分、他の要件だろう。
「どうかしましたか?」
今度もアルミリアが答える。そして、扉が開き、さっきと同じ監視さんが姿を見せた。
「ルーシアさん、学園長が呼び出しています。アルミリアさんも同行してください、とのことです」
流石に男である学園長が女子寮に入ることは憚られたのか、女性である監視さんからの報告だった。
「分かりました、ありがとうございます……リア、待ってる?」
「ううん。七の月には長期休暇があるんでしょ? お話はその時に聞かせて。私は、帰ることにする」
「分かった。じゃあ、褒賞金貰ったら今度の……」
いや、待て。このタイミングでボクとアルミリアさんが同時に呼ばれるのって、それ以外の要件であるだろうか。いや、それ以外の要件であるはずがない。思わず反語を使ってしまったよ。
「……やっぱり待ってて。多分、今から褒賞金が貰えるはずだから」
「え、何故学園で渡されるのですか? 普通なら私の実家で渡されると思うのですが……」
「ボクは一度犯罪者に落ちた身ですよ。いくらその冤罪が晴れたからって、よく思っていない人もいると思います。多分、それを考慮しての学園での手渡しなんだと思いますよ」
適当に考えた予測だが、アルミリアは少しの間思案して直ぐに納得した。
「なるほど、あり得ますね……」
「てわけだから、リアは部屋で待ってて。特に遊ぶものとかないけど……」
「私子供じゃないから。一応シアより六つくらい上なんだよ?」
「そーいやそーだった。んじゃあ、行ってくるね」
ボクの実年齢が分からないから、憶測の差でしかない。だが、ミリアの母親曰く、拾った時のボクは生後五ヶ月くらいだったらしい。
ボクはアルミリアと一緒に部屋を後にし、学園長がいるであろう校舎へと向かった。
♢
ボクとアルミリアは、ボクが学園長室の扉をノックし許可を得て中に入った。
「第一次学年Aクラス、ルーシア」
「同じくアルミリア」
「うむ。ルーシア、お主にフェルメウス侯爵から褒賞金が出ておる」
学園長から視線を右に移動させると、見覚えのある顔があった。彫りの深い顔立ちに、少し白髪の混ざった金髪。違いない、アンダルドだ。
「先日は済まなかった。これが、魔物の襲来を抑えた褒賞金と、先日の迷惑に対する謝礼金だ。合計、金貨五十枚だ」
「うぇ、それってやろうと思えば一年くらい遊べる金額じゃ……」
「そうだろうな……しかし、もし君が対応していなければ、この街の一画が魔物に占領されていただろう。それに、ゴブリンが言葉を話したという報告もある……ゴブリンは普通話さないが、もしかしたらキングが現れている可能性もあるからな。それに対して、金貨四十枚だ。そして、ありもしない罪を着せて、多くの人から信頼を奪ったことに対する謝礼の意を込めて、金貨十枚だ」
「お、お父様、そんなにお金を出しても大丈夫なのですか? 我が家は、上級貴族と言えど、その中では貧乏な域に入りますが……」
「貴族の矜持だ」
ま、そんな所だろうな。
アンダルドの言葉に頷く。アルミリアだけが、意味が掴めていないようだった。
「アルミリアさん、貴族にとって大事なものってなんだと思います?」
「え? それは……領民からの信頼、ですか?」
「はい。もし、お金がないからという理由で、領地を守ってくれた冒険者に報酬をケチったら、領民はどう思うと思います?」
「それは……信用できない、ですよね」
「つまり、そういうことです。お金がない中でも、領地を守ってくれた相手に対して報酬をケチらず渡す。それがどれだけ領民に信頼を与えるか、分かりますよね」
「確かに……すみませんでした。私が、無知でした」
アンダルドがボクを見て、口許を隠すように手を顎に当てた。まるでボクを観察するかのようで、少し嫌だ。
「うむ……にしても、ルーシアよ。お主、平民出の割に貴族としての知識が多いな」
「あー……」
なるほど、そういう意味か、今の観察眼は。
前世で書物を大量に読んだから、そういう知識が豊富なんです、なんて言えるはずもないよね。
「むしろ、平民だからこそ貴族にこういうことを求めてる、ってところですね!」
取り敢えず、曖昧に誤魔化した。でも、多分十分な効果があるはずだ。
「そうか。では、その褒賞金は受け取ってもらえるな?」
「勿論です! ありがたく、受け取らさせてもらいます」
「よし。……では、私は帰るとしよう。アルミリア、たまには顔を出しに帰ってくるのだぞ」
「はい、必ず」
「ありがとうございました」
アンダルドが出て行くのを見送る。アルミリアはちょっと緊張していたのか、小さく溜息を吐いていた。前回のこともあり、ボクとアンダルドが衝突しないか心配だったのだろうか。
「ルーシアよ」
学園長室から退出しようとすると、学園長に呼び止められた。
「はい?」
「お主は、何者なんだ?」
何者って言われてもな……
「魔物に村を追いやられた、ただの平民ですよ」
とりあえず、嘘ではないことを言っておいた。それで納得したかは分からないが、それ以上の追求はなかった。
♢
「ただいまー」
部屋に戻ると、ミリアは窓から外を眺めていた。ボク達の部屋は寮の東端だから、窓から見えるものは塀しかないはずだ。でも、もしかしたらミリアにとっては、冒険者学園の敷地内というだけで意味があるのかもしれない。
「おかえり、シア。その袋は……褒奨金?」
「うん。金貨五十枚だって」
「き、金貨五十枚!?」
驚くのも無理はなかった。何せ、金貨は日本円に換算すると、約十万円に匹敵するのだ。つまり、合計五百万円。
ちなみに、この世界には金額を数える単位はない。そして、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨、白金貨の六種類の貨幣が存在し、それぞれ日本円で十円、百円、千円、一万円、十万円、そして飛んで、一億円に値する。あくまで、ボクの感覚で、だが。
ルーシアの元本業である宿屋で考える。勿論、安宿もあれば国王が泊まるような超高級宿も存在する。安宿中の安宿だと、小銀貨八枚が最低で、超高級宿だと金貨数枚に及ぶのだという。ルーシアの育った宿は、銀貨三枚ほどの普通の宿だった。
「ボクはそこまで必要じゃないから、半分にする?」
「え、でも、ルーシアが貰ったものだし……」
ふむ、相変わらずの遠慮しぃだ。
「リアが冒険者を連れてきてくれなきゃ、ボク死んでたから。本音を言えば、ボクとリアで二、三でいいかなーって思ってるもん」
「じゃ、じゃあ……五枚だけ貰うよ。あまりいっぱい持ってても、狙われないか怖いし。シアが持ってた方が安全だし」
ふむ、一理ある。
確かに、ミリアに戦闘能力は無いに等しい。そんなミリアが数十万円にも至る金額を持っていれば、それこそ宿に泊まっている人から狙われてもおかしくない。
「それじゃあ、……はい、五枚」
「ありがと。これで服がいっぱい買えるよ」
実際、ミリアは二着か三着くらいの衣服を着回していた。そのため、どの服も色褪せてシワシワだった。傷みまくりである。
「あ、でも、宿の人にはそのお金のことは秘密にするんだよ。もし見つかったら、没収されたり悪いように使われたりするから」
「うん、分かった」
「どうやら、話はまとまったようですね」
「はい、ありがとうございます、外で待っててくれて」
「あ、アルミリア様!」
話が終わったのを見計らって、アルミリアが部屋の外から姿を見せる。
「いいんです。姉妹団欒の場は必要だと思っていましたから。それに、そんなに固くならないでください」
相変わらずミリアはガチガチだ。いっそダイヤモンドにでもなりそう。最近は慣れてきたパミーやチルニアの最初の頃を思い出すよ。それにしても、二週間で慣れるとは、あの二人も意外と順応力高いな?
「さて、昼食食べてく? ここの食堂、許可を取れば外の人も食べれるからさ」
「そ、それじゃあ、甘えさせてもらおうかな……」
そして、ボクはアルミリアとミリアと共に食堂へ向かい、許可を貰って三人で食事を済ませた。