早朝特訓
「つ、疲れた……」
魔術師志望のクラスメイトを何とか撒いたのだが、部屋に戻った時には既に夕方だった。アルミリアとチルニア、パミーはありがたいことに、ボクを待っていてくれた。
「あれだけの方を相手にしていたのですから、疲れますよね。少し休憩してからにしますか、夕食は」
「そうですね。ルーシア、この状態じゃご飯が喉を通らなさそうですし」
「私は少しお腹が空いたけど……」
今はこの三人が女神のように思えた。チルニアのみ少し自分の欲望が漏れているが、まあそれでも待ってくれるようだから優しいものだ。
ただ、一つ疑問が浮かぶ。
「そう言えば、チルニアとパミーも魔法使えたよね? 聞かないの?」
「ルームメイトだから、いつでも聞くことはできるでしょ?」
「それに、ルーシアちょっと抜けたとこあるから、勝手に喋り出しそうだし」
ぜってぇ喋ってやんねえ!
チルニアの言葉に強くそう思うが、悲しきかな心当たりもあるから、言い返せない。
「羨ましいです、魔法が使えるのは……」
アルミリアが俯きながら小さく呟く。確かに、そうだろう。かく言うボクも、魔法の便利さに慣れてしまった今では、かつての生活に戻りたいとは思えない。
「アルミリアさんは使えないんでしたっけ?」
「はい、全く。私の家系は、そもそも魔法が使える方が少ないんです。他方の貴族からいらした母親は少し使えたのですが、それは私には引き継がれなかったみたいで……」
「他のきょうだいは?」
「姉様が使うことができますが……私は護衛能力だけでもあれば、と言う理由でここに入ったんです」
やはり、姉との間に劣等感を抱いているのか。出来すぎたきょうだいというのも、考えものだな……あれ、これはボクにも言える立場か、何せ天才と呼ばれてきたわけだし。ユイには迷惑をかけたかもしれない。
「お姉さん、魔法使えたんですね」
「はい。姉様は何でもできます……家事も、戦闘も、何でも……色々な貴族から求婚の申し出が、いくつも届いているんです。私には、一切来てないんですが……」
ふむ。これは少し元気づけた方が良さそうだ。チルニアとパミーも、空気の重さに気まずそうだし。
「たしかに、魔法って便利ですよね。使いこなせばなんでも出来るし、戦闘においても後ろから撃ってりゃいい。まあ、戦局は見ながらになるけど」
「はい……」
「でも、万能じゃないんですよ」
「え?」
アルミリアが目を見開いてボクを見つめる。多分、魔法が万能ではないということが、信じられないのだろう。
「魔力を使い果たせば動くのも億劫になります。だから、戦闘においては戦局だけでなく、自分の残り魔力量の把握も必要になる。そうしなきゃ、味方に迷惑をかけますから。それにさ……魔法を使えたとしても、人によってかなり才能に左右されるんです。ボクとチルニア、パミーじゃ全然魔力量も違うし、そうすると戦いにおける立ち回りも変わってくる。面倒事も多いんですよ」
魔力器官に関してはまだ人類には知られていない知識のため、濁して話す。ただ、確かに魔力を使い果たすと疲れがどっと来るらしい。チルニア達からそういう話を聞いたことがある。
「そう、なんですね……」
魔法の欠点を聞いて、アルミリアは少しだけ笑顔が戻る。でも、例えが戦闘系ばかりになったのは、ちょっとどうかと思うけど。いや、だって仕方ないじゃん。魔法があったら日常生活で不便になること、ほとんどないし。
「魔法にもいいところがあるように、剣や他の武器にだっていい面はありますよ。こう、相手との打ち合いの中の駆け引きって、やっている側も楽しいし、見てる側だとカッコよくないですか? ボク、ああいう常人に成し得ない達人の域に達したものって、見てて興奮するんですよ! ああいうのって、魔法じゃ難しいんですよね」
ボクのちょっと興奮気味に話すのが面白かったのかは知らないけど、アルミリアは小さく噴き出して、しばらく肩を震わせて笑った。魔法が使えないことに悲観していたみたいだが、元気が戻ったようで何よりだ。
「……私、もっと強くなりたいです。ルーシアさん、お願いがあります」
「なんです?」
「実技の授業が始まったら、私と一戦交えてください! 全力で!」
向上心があって、非常によろしいことだ。
アルミリアの目には、先程とは違う光が宿っているように思えた。
「いいですよ。でも、怪我しても泣き叫ばないでくださいね、お嬢様」
「お、お嬢様はやめてください!」
四人で一頻り笑い、ボクたちは食事に向かうことにした。
ああ、凄く楽しい。生まれ変わって、良かったかもしれない。
♢
翌朝、午前五時ごろ。
昨日は異様に疲れたせいで九時ごろに寝たからか、いつもは六時に目が覚めるところ、五時に目が覚めた。そして、眠気は完全に飛んでいる。
宿屋の娘、早起きすぎるだろ……朝食まで暇なんだよ、ゲームもないし。紙もまだ高価だから、何か設計図とかを書くのは勿体ないし。
どうせ二度寝するには時間がかかることもあり、諦めて学園服に着替える。
今日まで毎日のように六時までには目が覚めていたし、多分これからも、余程のことがない限りはこの習慣は続くだろうな。となると、だ。朝が一時間ほど暇になってしまう。
朝食の食堂が開くのが七時、授業が始まるのは八時半ということもあり、ここ最近は魔法の練習をしたり、ピクシルと話をして時間を潰してきた。だが、魔力感知も魔力振動もまだ完全に上手く出来ないし、寝起きで頭も働いていない以上意義は大してないようにも思えてくる。無駄ではないと思うが。
体に馴染んでいるために早く起きているが、ボクは元々寝起きに弱い。魂が目覚めたくないと言っている以上、やはり頭が醒めるのはしばらくしてからだ。
何か有意義なやることはないもんかね……そうだ、体力作りでもしようか。
ゲームとかだと、強敵でも数分で倒せるけど、実戦となると数時間耐久になる可能性もあるし。体力はあっても損はないはず。
「それなら、ランニングかな。持久力もつくし、走りは戦闘時にも必要になる。呼吸の練習にもなるし一石三鳥だ」
荷物入れの扉をそっと閉め、軽く伸びをしてから扉のノブに手をかける。
その時、衣擦れの音が聞こえた。誰かが寝返りでもしたのかな。
「……あれ、どこか行くんですか?」
「うひゃ!?」
訂正。誰かを起こしてしまったらしかった。多分、声と位置からしてアルミリアだ。
「いや、えと……目が覚めたので、軽く運動でもしようかと……」
「そうですか……気を付けてくださいね、まだ朝は冷えるので」
「はい」
予想通りだった。
アルミリアって、もしかして小さい物音で起きちゃう人なのかな? いや、タイミング悪くレム睡眠だっただけかもしれない。
などと、アルミリアについて推察を重ねながら寮の外に出る。
外の空気は澄んでいて、吸い込むと肺から全身にひんやりとした感覚が広がる。春も真っ只中ではあるが、アルミリアも言っていた通り、まだ朝は冷える。
寒いのは苦手だけど、運動には丁度いいかもしれない。
とりあえず、準備運動してから寮の周りを三周くらいしてみるか。そこで一旦休憩しよう。
寮の周りは大体一キロに及ぶ。だから、三周もすれば三キロに及ぶため、体力作りには丁度いいくらいだろう。
ランニングにおける呼吸法は……確か、二回吸って二回吐くっていうのと、六拍子呼吸法があったな。とりあえず一周ずつ試してみて、どっちが合うか決めよう。
アキレス腱や筋肉を伸ばす準備運動をしながら、方針を固めた。
♢
「ぅ、ん……」
もう、朝のようですね。目を覚ます時は、新しい世界が拡がるように思えて、少し好きです。
数時間の間動かさなかった身体を、伸びをして少し解します。力を抜くと、眠気もほとんど無くなっています。
ここ数日では日課のように行っているため、今日もチルニアさんとパミーさんに声を掛けて起こします。
「はわわっ、すみません、また……」
「おはようございますぅ……」
慌てるのがパミーさん、のんびりしているのがチルニアさんです。チルニアさんは朝に弱いらしく、いつも起こして一時間は半分寝ているように思えます。
そう言えば、ルーシアさんが外に出ていましたね。薄らとですが、覚えています。
物音が聞こえてきたので目を覚ました時、確か、軽く運動をしてくると言って出ていっていましたね。もうあれからかなり時間が経っていますが、まだしているのでしょうか?
「ルーシアさんを探してきますね」
「分かりました」
パミーさんからの返事を受けて、寝巻きのままですが部屋から出ます。チルニアさんはまだベッドで丸まっていて、右手を上に挙げていました。見送りの合図でしょう、なんだか可愛いです。
外は既に明るく、ルーシアさんを探すのはそこまで手間になりそうではありませんでした……いえ、手間などまったく掛かりませんでした。
「ルーシアさん!?」
ルーシアさんは寮の入り口の前で倒れ込んでいました。汗まみれになり、浅い呼吸を繰り返しています。多分、人には見せられない顔です。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あー、アルミリアさん……水、水ください……」
魔法を使う気力もないのでしょう。嗄れた声で頼まれたものですから、急いで食堂まで向かい、金属のコップに水を入れて戻り、それを飲ませました。
しばらく休憩を取ると、ルーシアさんは呼吸も安定し、元気が戻っていました。
「ありがとうございます、アルミリアさん……ああ、調子乗って十周もするんじゃなかったなあ」
「……それはまた、随分と走りましたね」
ルーシアさんは、ブツブツと何かを呟いています。どうやら、これからの体力づくりをどうするか、思案しているようです。真面目な方ですね、本当に。
体力づくりの道は、険しいのですね。