魔法実演
翌日。今日もいつもと変わらず、教室で座学だ。あと半年はこれが続く。日本で習わなかった内容だからまだいいが、もし既習の内容だったら堪えられる気がしない。
ついでに、今日は酷く眠い。昨晩は昨日の事が気になって、なかなか寝付けなかった。
──アルミリアの親父さん、この傷を見てから態度が変わったよな。この傷、一体何なんだ?
授業は左耳から右耳へと聞き流しながら、右手の甲にあるケロイドになった古傷を眺める。今まで、この傷で何かが起きたことはなかったため、小さい頃に何かあったのだろう、と決着をつけていたつもりだった。
でも、昨日の出来事のせいで疑問が再燃してしまった。
「ルーシア、聞いてるのか?」
「……」
「ルーシア!」
「ひゃい!」
「ちゃんと話を聞け。お前も魔法使いなんだから、この授業は聞いて損はないぞ」
「は、はぁ……」
一応耳の中には入ってきていたので、内容は多少理解している。今日は魔法についての授業だ。ちなみに、昨日までは冒険者について簡単な授業をしていた。
魔法が使えない者も勿論いるのに、魔法の授業をするのには理由があるらしい。
どうも、魔法についての知識があれば、魔法使いや魔法を使う魔物と相対した時の対処がしやすくなるとか何とか。詠唱文とかも今週で暗記させられそうだ。
「それじゃあルーシア、魔法を使う上で大事なことは何だ」
ボクが魔法を使う場合はイメージだけど、この世界じゃ魔法の現象の原理を知らない。だから、言葉で発して魔法の《現象》をイメージするしかない。つまり、
「詠唱ですよね」
「そう、正解だ。王宮魔術師には詠唱を使わない、無詠唱で魔法を行使する者もいるというが、やはり無詠唱では威力が低下する。やはり、詠唱を省略したとしても、魔法名だけを言うだけでも威力は変わってくる」
正直、魔法の授業については興味なかった。特に、属性魔法については。なんせ、ボクは愛斗の知識として現象の原理はほとんど理解しているため、一々詠唱など必要ないからだ。
しかし、この二週間の間に理解したこともある。理解した、というよりも、使いにくい魔法の存在だ。
それが、《時空魔法》であった。その中で今練習しているのが、周辺を把握する《索敵魔法》だ。
複数種存在する《索敵魔法》であるが、特にルーシアがゴブリン戦の時に使っていた《魔力振動》を利用した索敵魔法は、今のボクには全く使えなかった。
その理由に関しては、今日までピクシルと話し合って二つに絞り切っていた。
一つは、魔力の操作だ。ピクシルとの特殊訓練のお陰で魔力を見れるようになったはいいが、まだ感じ取ることは出来ないし、それを操るのは更にその先だ。
これまでの人生で様々な物質を操ってきたが、世の理を書き換える物質など、存在自体が地球生まれ地球育ちのボクには異様でしかない。
二つは、時空というものが、ボクは上手く捉えることが出来ないことだ。何せ、前世においても時空を操るなど、時代もあってまだ不可能に等しかった。
死の直前においてやっとこさ空間内の重力を操る理論を作り出し、装置を作るまでは辿り着く事が出来たが──失敗して死んだけど、恐らくちゃんと作っていれば理論上は作動したはず──、やはり空間、更には時間を操るなど無理だ。ボクはドラゴン・水タイプやドラゴン・はがねタイプのモンスターではないのだから。
魔力振動の授業、いつするのかなぁ……
一応、どこかで索敵魔法はするはずだった。しかし、現状はまだその様子はない。今やっているのも、属性魔法中心だ。
「……ルーシア、お前真面目に授業を受ける気あるのか?」
「え? ああ、はい……それなりにはありますけど」
「そう言えば、昨日お前は魔法で風呂の湯を入れたそうだな。入学の時にも言っていたが……ここで使ってみろ。全属性だ」
めんどくさいことになってしまった。
面倒くさいという意思を伝えるべく、嫌そうな顔をしてみるが、フルドムは有無を言わせぬ雰囲気だ。仕方ない、諦めよう。大して疲れもしない作業だし。
席に座ったまま溜息を吐き、とりあえず基本属性魔法のイメージを巡らせる。
ピクシルから教えてもらったが、この世界にはいくつかの魔法属性が存在する。基本属性と呼ばれる火・水・土・風、付与属性と呼ばれる光・闇、回復魔法を中心とする援助属性である聖。基本属性は応用が利くため、時に氷属性のような応用属性が入ることもある。そして、もう一つ特殊な属性が存在し、それは時空属性と呼ばれていた。収納魔法や召喚魔法、索敵魔法などがこれに該当する。
ボクは基本的に全ての魔法を満遍なく使えた。更に、魔力は理を書き換える物質だと知っているため、属性など関係なく、原子を強制的に結合させたり、物を作ったりもできる。
火は酸化を、水は空気中の水蒸気を搾り取ってっと。風は……空気を圧縮するか。土はその辺を飛んでる微細な粒子を掻き集めて……ふむ。そういえば、普通この世界の人が風魔法や土魔法を使う時、どんな風にイメージするんだろう。
などと余計なことを考えながら、詠唱を唱えることも忘れて、小さな火球、水球、土塊を作り出す。そして、風魔法は自分の周囲に上昇気流を発生させることで使っていることを示す。
「す、スゲェ……」「同時に基本属性全部……?」「ありえねぇ、あいつ、ありえねぇ……」「しかも無詠唱だぞ?」
などと、クラス中から驚きの声が聞こえてくる。
多分、一々現象を一からイメージしなくとも、大まかに考えるとある程度は再現出来る。既にその実験も済ませてある。魔力というのは、ご都合主義なのだ、魔力器官が使える者にとっては。
「こんなとこでいいですか?」
「お、おう……他は使えるのか? 付与属性とか、援助属性は……」
「使えますけど……」
どうせ魔力は尽きないし、いくら使っても問題はない。脳が耐えている限りは。
基本属性の魔法を消滅させ、光球と闇球を作り出す。
光属性は主にこういう光を基としたものが多いが、雷などの魔法もここに含まれるらしい。闇属性はあまり使われることはないが、幻影や潜伏など、地味だが厄介な魔法が多い。
「聖魔法使うなら、傷を付けないとか……そんじゃあ」
横に立て掛けておいた剣を抜き、ボクは左手首に充てがう。
「ま、待て! 俺が腕に傷を付けるから、それを回復してくれ」
「……分かりました」
フルドムが懐から護身用と思われる小刀を取り出し、腕を切りつけた。血が数滴腕を流れる程度の傷が付いてフルドムの顔が歪むが、これくらいしないと効果がわかりづらいことは理解しているようだ。
ボクは剣を鞘に仕舞い、席を離れてフルドムに近付く。
回復魔法は魔力を使って細胞や血液を作ることにより再生させるものと、本人の細胞生成などの速度を加速させる方法がある。前者だと拒絶反応などを考慮する必要があり、後者だと本人の限界があるためどのみち時間がかかる。ただまあ、後者の方が本人への負荷はかかるが、確実に回復出来るから使われるのはこっちの方が多い。
ボクもそれらのことを考えた上で、後者の魔法を使う。
やはり回復魔法といえば、これを言いたくなるよね。
「《ヒール》」
そして、フルドムの腕の傷は、ものの一秒ほどで跡形もなく消え去った。クラス中から「おー」という歓声が聞こえてくる。
「想像以上の腕前だな……しかも、これだけやってまだ魔力が残っているのか?」
「えと、まあ、はい……」
多分、ボクはいくら魔法を使っても問題はない。脳が耐え切れるうちならば。そのことが分かっているから、ボクはこの実演を受諾したのだ。
ただ、ボクもこの歓声については悪い気はしなかった。むしろ、少し自慢に思ってしまえるくらいだ。
「……よくやってくれた。席に戻っていいぞ」
席に座った瞬間、堪えきれずに欠伸を零してしまう。
いかん、眠い。
その後は、半ばウトウトしながら休み時間までを過ごし、それ以降の授業も何となくでやり過ごした。
そして、この日から、多くの魔法使い志望者がボクに押し掛けることなど、この時のボクはまだ知りもしなかった。
早いとこ魔力の操作に慣れないとな……